193/普通って、いいよね 約束の下での戦いを終えて、痛む腹を庇いながら、いつものように樹の下に座った現在。 「楽しかったのだー!」 俺の胡坐の上には、燥ぐ元気な鈴々さんが……おがったとしぇ。 「あれだけ動き回ってまだまだ元気って…………はぁあ」 本当に、つくづく調子には乗らせてくれないらしい。 いいけどね、天狗になるよりは。 ちなみに胡坐はそうしたのではなく、鈴々にそうさせられた。 ぐったりと足を伸ばして休みたかったのに、テキパキと膝を曲げられてこんな状態だ。そんな鈴々さんは俺に遠慮無用に体重かけてきていて、すっかりリラックスモードだ。 痛むお腹をさすりたくてもさすれない。タスケテ。 そんな俺へと、呆れ顔の秋蘭が言う。 「あまり無茶はするなよ、北郷」 うん、もうほんと無茶だった。 秋蘭が立ち会ってくれるから次に挑んでくる人が居ない……そんな安心感を武器に、もう本当に全力でいった。いった結果がこれだ。 いやー……安定しないなぁ俺。 最後のだって一か八かすぎたし、腹へのダメージが無ければそんな好機もなかったし。好機と思ったのにあっさり受け止められるし……うう。いけるって思ったんだけどなぁ。 「もっと強くならないとなぁ……道は遠いやぁ」 「かっかっか、そう易々と抜かれてたまるか。ほれ北郷、もっと強ぅなりたいならば氣脈でも広げておれぃ」 「いや、今無理……カラッポすぎてくらくらする」 「なんじゃだらしのない」 「これがだらしなかったら俺の目標って高すぎて泣けてくるんだけど!? もう泣いたけど!」 打倒愛紗……愛紗かああ……! 最終的に鈴々を梃子摺らせることも出来ないんじゃ、きっとまだまだなんだろうなぁ。鍛錬あるのみとはいうけど、筋肉が鍛えられないのは痛い。 「でもでも、お見事でしたお手伝いさん! 眩しくて直視出来ませんでしたが、きっと激戦の中でも凛々しいお顔だったに違いありません!」 「キミの視界の中の俺は常時フェイスフラッシュをしてるキン肉族ですか」 随分と周囲に迷惑な凛々しさだ。 「ごめんな、禅。きちんと組み手とかやって教えてやりたいんだけど、この調子じゃ無理そうだ」 「大丈夫だよぅととさま。さすがにこんな状態のととさまに体捌きを教えてとか言わないもん」 「そか。じゃあ見るだけなら出来るから。ごめんな」 「いいってば、もう。ととさまはあれだね、私たちに気を使いすぎだよ。たまにはととさまだって甘えてもいいと思うよ?」 「ほっ! 一丁前のことを言いおるのぉ公嗣様は」 「黄蓋母さまっ! 公嗣様はやめてってば!」 「あらあら……公嗣さま? 照れなくてもよいではありませんか」 「黄忠さまも!」 「うふふ……わたくしのことは紫苑でいいと、言ってありますよ?」 「うー……私も禅でいいよ。私が偉いんじゃなくて、偉いのはかかさまだもん。だから、禅って呼んでくれたら………………こっちは、その、紫苑さま、で」 「《にっこり》では駄目です」 「いじわるーーーっ!」 ……思うに、宅の娘らはからかわれやすいのかもしれない。 それが誰の影響なのか、どんな血が影響しているのかは……言わずとも理解できそうでちょっぴり悲しい。 そうして軽く落ち込んでいると、そんな俺の傍に立ちながら、キーキー騒ぐ禅に目をやる秋蘭がくすりと笑った。 「やれやれ……もはや、この賑やかさにも慣れてしまったな」 笑いとまではいかないまでも、彼女によく似合っている微笑。見下ろしてくる彼女を見上げながら、俺も“たはっ”と息をこぼすと、そこから笑う。 俺が感じている慣れと、秋蘭が感じている慣れは随分違うんだろーなーとか考えながら、腹に響いたけど、笑った。 そんな中、ちらりと視線を動かせば……弓使い三人衆を見つめながらもそろりそろりと逃げてゆくjを発見。そういえば積極的に会話に混ざることをしなかった。でも気配が殺しきれてない上に─── (j、jーーーっ! そっち行くと……あ、あー……) 後方にばかり注意していたjだったが、前方不注意でなにかにぶつかり……慌てて前を向いてみれば思春さん。そんな、j本人にしてみれば必死の逃走も、jには悪いけど今はなんだかおもしろい。 (誇れる自分になりたいと張り切ることは出来たって、教えてくれる三人が三人とも違う意見だから、逃げたくもなるよなぁ……解るよj。俺もそうだったから) 焔耶と翠に捕まって、随分と振り回されたなぁ。 それももう8年前か。 懐かしいなぁ…………なつかし───…… (……起きる事柄まで遺伝したりしないよな?) さすがにそれはないとは思っても、想像してみるとありそうで怖かった。 「うー……それで、ととさま? 私、なにをすればいいかな」 「そうだなぁ……基礎がしっかりしてるなら応用だな。自分の中での“動きやすい型”を見つけると楽だ。氣の使い方から構え方まで、いろいろ学んで“これだ”って思うものを体に叩き込むんだ。で、叩き込んだらそこからまた応用」 「ふええ……応用ばっかりなんだね」 「いつまでも同じ型だとね……少し手合わせしただけで全部見切られるんだよ……」 「あぅ……いつもお疲れ様、ととさま……」 だから相手一人一人にしたって違う戦い方を考えなきゃいけないわけで、ああもう……本当にこの世界は頭の回転だけはずぅうっとさせてなきゃいけない世界だ。 日本じゃ調べごとなんて調べれば一発なのに、ここじゃあ“体で覚えなきゃ解らない”有様。覚えるために何度空を飛んだかは考えたくもない。 それでも最終的にはこうして仲良く、笑っていられるんだから……ほんと、不思議。 「ねぇととさま。ととさまみたいに相手の内側に氣をぶつけるの、どうやるの?」 「鈴々いわく、んーってやってどかーんとやれば出来るぞ」 「解らないよぅ!」 「違うのだ! こう、うりゃりゃーってやって、どっかーん! なのだ!」 「な?」 「ますます解らないよ!?」 まあそこはおいおい。鈴々語を理解するなら、まずは彼女のうりゃりゃーがどんなもので、どっかーんがどんなものかを知るところから始めよう。え? 俺は解るのか? ええ、もちろん解りません。 「まあまあ。とりあえず少しぐったりしたいから、昼餉にしないか? 父さんお腹痛いのにお腹空いたよ……」 たははと笑いながら言う。 そんな俺を見て、秋蘭は懐かしむように「うむ」と頷いた。 「街の治安維持のため、兵となって駆けずり回っていた頃が懐かしいな。もはや走りすぎて吐くこともないか。逞しくなったものだ」 「あー……うん、あの頃はもう走りすぎて、ものが食べられないくらいだったのになー……。今じゃ動けば動くほど腹が減るよ」 現に殴られた腹は痛むものの、胃袋さんはそれはそれ、これはこれ。栄養よこせとばかりにゴルルゥと鳴っている。食べたって筋肉は作れないのに、なんと贅沢な。 ……これって栄養とかは何処に行ってるんだろ。 もしかすると、天……日本に戻った時に、って、もしかしてもなにも、これはちょくちょく思ってることだ。日本に戻ったら栄養だの筋肉だのがいっぺんにドカンとつくのでは。 と、考えてみたところで一度戻った俺の体には特にこれといった変化はなかった……はずだ。もっとも、ただ単に俺がそれを普通として受け取りすぎてたから気づかなかっただけなのでは……というのも何度も考えたこと。 よーするに考えても答えは出ないのだ。しょうもない。 「鈴々、どいてもらっていいか?」 「解ったのだ」 言ってひょいと立ち上がると、グミミミミと大きく伸びをする。 俺もそうしてみたものの、腹が伸びたあたりで痛みが走って、苦笑とともに中断。 そんな苦笑を顔に残したまま、厨房へ─── 「延姉さまぁーーーっ!! お手伝いさんが腹痛だそうです! 癒せますかーーーっ!?」 「《しゅざぁっ!》あらあらぁしょうがないですねぇお父さんはぁ〜〜〜っ♪」 「速ぁっ!?」 ───移動を開始した途端、ふらつく俺を見たからだろうか。jが叫んだ途端に延がシュザァと現れ、頬に片手を当ててにっこり笑顔。いやいやいやいやいやっ! あの速さで滑り込んできておいて、その仕草って物凄くヘンだぞ延!! つか、そののほほんとした性格の何処からあんな速度が生まれる!? あぁああでも穏もああ見えて多節棍を武器に戦えるわけでっ……! 基礎の身体能力なんか、氣を使わない俺なんぞとっくに追い抜いているであろう娘に、何を言えるやら……! 「い、いやっ、“しょうがない”って、俺はべつにっ……!」 「はいはい男の子特有の強がりとか負けず嫌いはいいですからぁ。早くお腹見せてくださいねぇお父さん」 「聞いて!?《グイィ》おわぁっ!? いやいややめろやめなさいこら脱がすな脱がすなぁあっ!!」 俺のことを、誰かが傍に居ないとだめな人と断じてしまったらしいあの日から、延は本当に過保護である。どっちが親だってツッコミを入れたくなるほどに世話をしようとするから、やめなさいやめなさいと言い続けているんだが……ああ、うん、その甲斐あって、そこまで踏み込んでこなくなったよ。現に恋との時はそうでもなかったし。 ただし、こうした失敗みたいなのが起こると、“やっぱり傍に居ないと駄目じゃないですかぁ〜♪”と、これまた嬉しそうに言うんだ……。 癒しの氣に特化していることもあって、こちらが怪我をしようものならこうしてズズイと踏み込んできて……氣脈の問題とかだったらそうでもないんだ。問題は怪我があるか否からしく、こうなるとこっちの話なんてそれこそ右から左だ。 ……ああ、なんだろう。ちょっとだけ、ちょっとだけだけど……もし延に彼氏とかが出来たら、きっと彼氏くんは苦労するんだろうなぁとか思ってしまった。 その苦労の中にはきっと、俺という親の存在も混ざっているのだろうけど……うん、割と娘を見ていると思うことだから、今さらだった。だからもし現れるのなら彼氏くん……胸に覚悟を刻んでくるのだ。……なんて、軽く目の前の出来事から目を逸らしている場合じゃなかった。 「それではお手伝いさんのお世話は私と延姉さまに任せて、みなさんは厨房へ! 大丈夫です! べつに食事の時まで三竦み状態で食べたくないとかそんなこと全然《がっし》あれ? あの、黄蓋母さま? なぜ私の襟を掴むんでしょうか。あのっ!? 私にはお手伝いさんのお世話という重要な使命がっ!」 「ほう? 癒しの氣は使えるか?」 「ふふん、伊達に目だけを褒められているわけではありませんよ? そんなものはちっとも使えません!《どーーーん!》」 「……よう言うた。それを恥とせず言う勇気には見事と言っておこう」 「……あれ? 褒められました? ……や、やりましたお手伝いさん! 私褒められ《ごすんっ!》はぴう!?」 「飯はお預けじゃ。妙才、紫苑。こやつに氣と武のなんたるかを叩き込むぞ」 「いたたたた……! なにをするんですか褒めておいてゲンコツなんて! これが噂のあれですか!? “ほめごろし”とかいうのですか!? おのれ喜びを持たせてからそれを破壊するなんて! こうなったらいつか靴を脱いだときに砂利を入れて、つぶつぶとした地味な痛みに困惑させてやります……!」 「……いちいちやることがみみっちぃのうお主は」 「本気で嫌がらせをして、本気の嫌がらせをされたら泣いちゃうじゃないですか!」 「それ以前に嫌がらせをやめればよいだろうに……」 ああ、祭さんが頭が痛そうに額に手ぇ当ててる。 しかもそんな祭さんに「頭痛ですか? お酒ばっかり飲んでるからですよ?」と普通に言う勇気ある娘。……拳骨は直後だった。 そういったやり取りに、珍しくも秋蘭が肩を震わせて笑った。笑った上で、言うのだ。 「くふっ……! はっはっは……! うむ、良い性格をしているな、jは」 なるほど、物凄い皮肉にも聞こえるし、実際いい性格だとも受け取れる。 本人と親の前で随分とはっきり言うなぁなんて、苦笑いと一緒に漏れてしまうのも仕方ない。 ただまあ、jの場合はそれが褒め言葉になることなどないわけで。 「え? 本当ですか? お世辞にもいい性格だなんて思いませんけど……これがもし相手だったら引っ叩いてますよ私」 本気できょとんとするjを前に、秋蘭の笑顔が引き攣った。 「良い性格すぎるぞ北郷……なんとかしてやれ」 「そこでいきなり俺に振る!?」 驚く俺は現在、延に道着を引っ張られてキアーと叫んでいた。 「そ、jちゃん……? 自分でそう思うのなら、少しは改めようとかは……」 「それで周りが変わりますか? 変わりませんよね? みんな私の目のことしか褒めず、目と武にしか期待しません。いいんですそれで。私は私が誇りたい、誇ってもらいたい道を歩みたいだけですから。……なるほど、そうですね、私も掌返しは嫌いみたいです。裏表なく真っ直ぐに見て、真っ直ぐに誇ってくれる人が一人でも居れば、それで満足だと思えます」 言いつつ、俺のところへテトテトと小走りに《がしぃっ!》……やってくる途中で捕まった。 「さぁj、鍛錬をしよう。父上と遊びたいのなら、まずは私を倒してみるがいい!《どーーーん!》」 述である。 何処からやってきたのか、jを抱きかかえると走り、少し離れた位置へとすとんと下ろす。 「……述姉さまはもうちょっと空気を読むべきだと思います」 「読む暇があるのなら、一歩だろう。むしろ“今だ”と思ったから降りてきたんだが。……お前に習い、見張り台から見ていたんだ。実に暑かった。ああいや、そんなことはいいんだ」 「……なんですか」 「j……私もいろいろと他人事みたいに見ていたことがあった。けど、お前の鍛錬を見て、私も決めたぞ」 「《じとー……》なにをですか……?」 「私は知を得ようと思う」 「《ぴくり》」 え? 今なんて言ったの述。 え? チヲエヨウ? ───知を……あの述が!? 「正気ですか? 今まで周囲の反対を押し退けて武を学んでいたのに。その延長で私にまで武を学べと言ってきた述姉さまが」 「しょっ……!? 正気を疑われるほど、頑固者だったのか、私は……」 あ、なんか落ち込んでる。 うーん……でもなんか、妹と話す述って珍しい気がする。むしろよく話していたのが登……子高ばっかりだったから、珍しいというよりは……ああいや、やっぱり珍しい。 「ああ、その、なんだ。私はあまりこう、話すのは得意ではないが……逃げるのは嫌だから、きっかけをくれたお前には言おうと思った。武を磨きたいのに知の才……才と呼べるのかも解らないものしかない自分が嫌だったが……生意気にもひとつ、得意だと自信が持てるものを得て、“改めて考える時間”を持った」 「考える時間……ですか」 「“遊戯が上手い”。こんな才、なんの役にも立たんと、ある日ひどく冷静に受け止めてしまった。途端に、目指した武を磨かずになにをしているのかと自分を殴りたいとすら思ったんだが……」 「殴りました? 痛かったですか?」 「いや殴ってない、殴ってないから興味津々って顔で目を輝かせるな」 「残念です。あ、舌打ちは嫌いなのでしませんよ? こういう時は“のり”でそういうことする人が居ますが、聞いていて不快なので」 「真面目に聞く気はないのか……」 「いえ、ただ本気なのかなと。目指した場所なんてどうでもよくなりましたか?」 なんでもないふうに訊くjは、けれど手だけはぎううと強く強く握り締めて、顔では冷静に述を見ていた。 「ああ、どうでもいい。それは私の目指したものではなく、状況によって目指すことを目標にされたような道だと気づいた。“母のようになりたい”。強い母が傍に居れば、それを目標にしてしまうのは、私の中では然たるものだった。だが……私は、そうするよりも遊びの才で人の笑顔を引き出せることの方が嬉しかった。だから悩んだ。本当にこのままでいいのかと」 「いいんじゃないですか? 遊びも武も知も、全部手にしてしまえばいいじゃないですか。周囲が期待しているから、目指したなにかを諦めて、なんて。そんなの誇れません。そんな自分は私が嫌です」 「そうだ。だから私は知を得る。知を得て、要領の悪いこの頭に理解力を叩き込み、その上で効率良く武を磨く。先ほど父上が仰っていたな。自分の力を応用してこそ、と。いい言葉だ」 「……そうですか。つまり、述姉さまは」 「ああ。私は知を得て、知を応用して武を得る。知を得れば遊びの才も広がるだろう。これが応用でなくてなんだ?《ドヤァアア……!!》」 わあ、素晴らしいまでの“頭いいだろ私はっ”て顔。やめなさい、背後に麗羽の幻覚が見える。 そんな姉を前に、jはとほーと溜め息。 「同類だったんじゃないですか……目的は違うかもしれませんが」 「いや、もちろん褒められたいという思いはある。何をやっても身に付かなかった私だ。褒められることの嬉しさは、正直捨てられない」 「私はとうに諦めてましたけどね。私になにかを言ってくる人なんてみんな同じ。同じなら、感情なんて込めずに薄目で見ていれば、誰に何を言われようがどうでもよくなります」 「……お前が半眼な理由って、それなのか?」 「目がいいって、いいことばかりじゃありませんから」 ふん、と鼻を鳴らして、半眼のままに述を見る。 亞莎のように“見ようとしている所為で目つきが悪い”のではなく、“見たくないものから目を背けようとして目つきが悪い”、なんて、親子で間逆のものの見方のままで。 「そうか。だったら私は同類だ、存分に見てくれて構わない」 「え? 嫌です」 そして即答だった。 黙ってことの成り行きを見守っている全員で、ズッコケそうになってしまった。 「な、何故だっ!? べつに見るくらい構わないだろうっ! ど、同類だってお前から言い出したのにっ!」 「え、や、ですからっ……──────恥ずかしい……じゃないですか《ぼそり》」 「───……へ?」 え? 今なんて言った? 地味に距離があって聞こえなかった。ぼそりとなんか言ったよな? むしろ述の口から“へ?”なんて言葉が出たことに、俺も思春も驚きを隠せなかった。 「は、ず……? え?」 「だだだ大体人の目を見て話せなんて無茶な考えですよ、なんですかあれ。べべべべつに人の目なんか見なくたって話くらい出来ますし? しょもっ……!? そ……そもそも、私はお手伝いさんさえ誇ってくれたらべちゅっ……べつに、それでっ……」 「………」 「………」 「ぶふっ!」 「《かぁああっ……!》笑うなぁあーーーーっ!!!」 なにかをぼそぼそと言って、述が吹き出した途端にjが暴走。 うがーと述へと襲い掛かり、こうして……武の才は無いけど鍛錬は続けていた姉と、武の才はあるけど鍛錬はサボっていた妹が激突。 「そうかそうか〜っ! あの子明母さまの娘の割りに堂々としすぎだと思った! j、お前はやっぱり───」 「偉大なる母さまの悪口を言うなぁぁあっ!!」 ぼうっとしている間に取っ組み合いの喧嘩が勃発。 すぐに止めようとしたけど、途端に紫苑からのアイコンタクトを飛ばされ、“止めてはいけない”という“意”を受け取る。……え? ほっといていいのかこれ───とか思っているうちに、jも混乱しているのかいろいろと叫び、そうして途中から聞こえてきた話を組み立てるに、えー……? 1:やっぱりみんなは自分の目にしか期待していない。 2:自分たちは私にいろいろ言うのに、こちらのことなんて右から左。私だって考えて行動しているのに、自分の考えに合った行動じゃないってだけですぐ怒る。 3:じゃあもう私だって見ない。誰が何を言ってきたって知るもんか。 4:なのに例外が一人出来た。(例外=俺、らしい) 5:同じくいろいろと考えさせられた。 6:一度は目を見て話そうとしたけど、今さら恥ずかしい。(俺は眩しくて見えないらしい) 7:なので目を見ないようにする半眼はこのまま続行。 8:諦めた。なんかもうお手伝いさんだけでいいです。眩しくて見れませんけど。 9:Fin…… ……とのことらしい。 ようするに、人の顔を見ずに話すようになって久しく、見たら見たで上がってしまうらしいそうで。 …………エート。 ((((親子だなぁ……)))) きっとこの場に居る全員が思ったことだろう。 顔を真っ赤にして、言葉を噛んだり語尾がしぼんだりして話す娘を前に、そう思わないでいるなんてことは無理だったのだ。 「じゃあ練習だ、j。私の目を見て話してみろ」 「嫌です知りません」 ……で、喧嘩したというのに、そのことに関しては引きずることもせず、jは口を尖らせそっぽ向き、述は困ったって顔に苦笑を混ぜた表情でjに話しかけ続けていた。 目を見なければ普通に話せるのか? とも思ったんだけど、どうにも感情を込めて言う言葉は噛みやすいようだ。 一方は知を求め、一方は武を求めた、互いに持って生まれたかった才能が逆な娘達。これで案外、もっと互いを知れば、誰よりも仲良くなれるんじゃないだろうか。 苦笑してばかりの本日、普通に微笑を浮かべて、娘達の成長を見守ることが出来る今に感謝を。嬉しくて、二人の頭を撫でたくなるものの……今割って入るのは空気が読めてないよなぁ。むしろ未だに道着を脱がそうとする娘に、俺はどうすればいいのでしょう。 「い・い・か・げ・ん・にぃい〜〜〜っ……! 脱いで、くださいぃい〜〜〜〜っ……!」 「うわわやめろ延! 破ける! 道着破ける! 今こっち氣がろくに使えないんだから、筋肉使って全力で抵抗するほかないんだよっ! そんなんでお互いが全力で引っ張ったら……!」 「お父さんが離せばすむことですよぅ!」 「別に脱がさなくてもできますよね!?」 「病魔退散の第一歩は触診だから必要なことです〜! これ以上延を困らせないでくさいぃ〜!」 「困らせるって言葉の割りになんで嬉しそうなの!?」 前略おじいさま、娘が怖いです。 まるで本当にだらしのない存在を甲斐甲斐しくも世話するお姉さんのような……! いやちょっと思春さん!? やれやれって溜め息吐いてないで助けて!? 俺もう腕力とか握力で娘に負けるって時点で泣きそう! 今まで氣でなんとか誤魔化し誤魔化しやってきたけど、疲れているとはいえこのままじゃ力で負けた上に脱がされる! 鈴々助け───あれ居ない!? 何処っ……あれ!? もしかしてもう厨房に向かった!? 祭さんっ……も居ない!? 食事は中止じゃなかったの!? 紫苑───は、jと述の言い争いをやんわりと宥めてるから、何かを頼める空気じゃない……! ていうか宥めながらjの汗を拭いている。器用だ。 ハッ!? 秋蘭は!? 僕らの良心、秋蘭は───……わあ、やってきた春蘭に食事に誘われてるー。こっち見てわざわざ軽く“すまないな”って顔を見せて……じゃなくて春蘭!? 俺も行く! 行くから誘って!? ていうか華琳の前に秋蘭を誘うなんて珍し───ぁあああそういえば華琳は他の王と一緒に視察に出てた! 華琳が居ればこんな状況も鎮まるだろうに! ……って春蘭待って! 顔赤くして逃げようとしないで!? むしろまだ赤いのですか!? ともかく俺も行くから! 逃げないでくれ! 俺も行く! 行くんだよォオーーーーッ!! 「大体ぃいっ……お父さん、はぁああ……! なにをっ……恥ずかしがって、いるん、です、かぁ……!?」 「そこは男の子というかっ……ぐぎぎ……! いろいろ意地とか事情があるんだよっ! 心配してくれるのは嬉しいけど、まだ娘に傷の手当とかしてもらう歳じゃないとか、なんかそういう抵抗感があるんだっ!」 「大丈夫ですよぅ! 延は医者ですからっ……! そんなことはっ……気にしないで、いいんです〜……!」 「だったらまず力ずくで道着を脱がすところから離れろぉおーーーーっ!!」 力の込めすぎで言葉が途切れ途切れになるほどとか勘弁してほしい。 何処まで元気なんだ宅の娘たちは。むしろこっちがもう限界なのに。 治療なら氣が溜まり次第やるからって言ったって聞きやしない。 やがて握力もなくなって、さらされる道着の下。 夏の陽の下、全力で力を込めていたこともあって汗ばんでいたそれを、赤くなりながらもなんとか留まっていた春蘭が見た時、彼女は真っ赤になって逃走した。秋蘭もそれを追うかたちで走っていってしまい……我らが良心が居なくなってしまった。 途端に誰かに挑まれるのではと警戒してしまうのは、えーと……悪いことじゃない……よな? 「だっは……はぁ、はぁっ……! ……いやほら……な? 汗もすごいし、触診したら気持ち悪いだろ、な?」 誰も襲い掛かってこないことに安堵して、力を込めっぱなしだった手をぷらぷらさせながら返すも、延さんは「そんな理由で嫌がっていたんですかぁ? 本当にもう、お父さんはしょうがないですねぇ〜」なんて笑顔で仰る。何処まで俺をだらしのない存在として見たいのでしょうか。 などと溜め息を吐きつつも、自分の腹を見てみると……痣、出来てた。ああ、まあ……一応武器で殴られたし。……ええいやめなさい、重症を隠していた子供を見るような“どうしてすぐ言わなかったの”って顔はやめなさい。 「……俺もさ、一応癒しは出来るのに、娘に癒してもらいたくて怪我をしたとか思われると恥ずかしいだろ……どこぞの猫耳フード軍師とか特に」 「怪我人は怪我人です。それ以上でもそれ以下でもありません。相手が親だろうと関係ないのです」 「凛々しく言っても、力の込めすぎで汗だくだぞ、延」 「お父さんがなかなか離してくれないからですよぅ!」 ともあれ、一度はだけてしまえば“もういいや”って感じで、タオルで腹部を拭う。そこに早速とばかりに手を添える延は、やっぱり仕方ないですねぇって顔でにこにこ。器用だ。 「延はこんなふうに、辻治療とかやってるのか?」 「時間が空いていれば、修行の一環としてですねぇ。活動時間が逆転してからは、どういうわけか体調も良いですし、体も健康そのものです。けだるさが無くなるって、素晴らしいですねー」 だから何度も夜は早く寝なさいと……。といっても過ぎたことだから、今さら言うことじゃないだろう。 氣で癒しをおこなってくれることに感謝しつつ、誰か見ていやしないかと辺りを見渡してみる。 ……珍しく誰も居ない。述もjも、紫苑に促されるままに厨房へ向かったみたいだ。ちらりと見たけど汗も拭いてたみたいだし、俺も早く行きたいんだが……移動しようとすると延に回り込まれる。 こんな状態のままだと、また桂花あたりが通りすがったりするんじゃないかと警戒しても、やってくる様子もない。平和だ。 とりあえず安堵。 思春だけが待ってくれているこの場で、ようやく長い長い息を吐けた。 あー、お腹痛い。気を緩めた途端に走る痛みは、さすがは模造品とはいえど英雄の腕で振るわれた一撃。随分と内側まで響いたらしい。 「本当にしょうがないお父さんですねぇ……みんなが居なくなるまで我慢するのも、親の勤めですか?」 「努め……努力のほうの努めかな。どうせなら延にも知られたくなかったけど」 「興覇お母さんはいいんですか?」 「どれだけ誤魔化しても見抜かれるからね、無駄なんだ」 支柱警護の仕事は伊達じゃあないらしい。 「う〜ん……親というのは心配事を隠すみたいですけど、見せてくれたほうが嬉しいことだってありますよぅ?」 「親の心配ねぇ……」 想像してみる。 ……頭に浮かんだのは、動けないほどの重症状態の親の姿だった。 ああなるほど、親っていうのは強い。 弱さを見せず、ようやく見えたと思えばもう手遅れってパターンばかりが頭に浮かぶ。 それなら小さな弱さを少しずつだろうと見せてくれた方が安心だと思えた。 ……小さな借金が洒落にならないくらいに膨れ上がって、どうしようもなくなってから相談されても困る……そんな感じに。 「なるほど、確かに隠すよりは見せてほしいな。手遅れになってからだと遅すぎる」 「はいぃ、そーゆーことです」 にこー、と笑顔でそう返す延は、熱心に氣を送って、腹部をさすってくれる。それがまた、こそばゆい。 「ハッ!?」 こんなふうにくすぐったさを感じた瞬間、桂花が!! …………居ないな。 ……もういい加減、罰が重なったこともあって懲り……る気がしない。なにせ桂花だ。 俺も、華琳に言われてやるとはいえ、ああいうのは心が痛むから自重してほしいんだけどなぁ……。 なのに仕返しとばかりに落とし穴を掘るものだから、またそれで呼び出されて罰くらって、って……。あの人軍師だよね? 懲りるってことを知らないって意味では不屈の精神お見事ですって言いたいけど、こうなるって解ってても地面を掘らずにいられないのは、こう……なんとかならないのだろうか。 ええはい……地味に桂花への罰は重なっていたりする。 その度に“桂花が嫌がること=俺とアレコレ”が華琳によって決定され、夜を待たずに華琳の前で……ああもう。 「どんな感じだ?」 「そうですねぇ……骨に異常はありませんね。お父さんのことだから、他の傷も隠しているんじゃないかって思いましたけど、大丈夫そうで安心しました〜」 「……地味に信用無いのね、俺……」 「娘相手だからっていろいろと隠すお父さんが悪いんですよぅ。そもそも仕事をしていることとか鍛錬をしていることも、隠していたからこじれたんじゃないですかぁ。……もっと小さな頃から甘えたいことだってあったのに。……まったく、本当にお父さんはしょうがない人です」 「申し訳ない」 けれどもそういうことがあったからこその今の関係も、もしやり直せるんだとしても無くすのは嫌だと思えるのだ。 過去の自分に“よくやった”なんて言えないような歩みだっただろうけど、諍いの上に築く信頼も、そう悪いもんじゃない。相手の良し悪しを認めた上で、それでも一緒にいる関係っていうのは……心にやさしいもんだ。そう思う。 (この都に住む人たちも、元々は争っていた人たち……なんだもんな) 戦が終わってから、こんな光景が当然って世界に生まれ落ちた人には、きっと理解出来ない世界。 こんなことがあったんだとどれだけ語られても、そんなことがあったんだと納得は出来ても、その場にあった怒りや悲しみまでもは受け取れない。受け取れたとしても……こうして辿り着いた未来を、なにも今さら引きずりだした怒りや悲しみで壊すことなんてないと、そう思える。 ……なるほど、抵抗はしたものの、こうやって娘の行動にいちいち焦るのも、平和であればこそなのだ。苦笑だろうと笑みを浮かべて、受け取ってい─── 「では下も脱ぎましょうねぇ〜」 「待ちなさい!?」 ───けないよ! なんでここで下!? ちょっと物思いにふけっていたら、娘がいきなり恐ろしい存在に! 「お父さんのことですから、普段は絶対に見せないところなどにも傷が───」 「無い! 本当に無い! 華琳に誓って無いからやめなさい!! ああもうほらっ! 考えてみたら氣を流し込まれてるんだから、少し貰えればそれで自分で癒せるじゃないか! いくぞ延! ご飯だご飯!」 「医療より食欲なんて……お父さんは本当に、大人なのに子供みたいですねぇ……」 「だからお父さんをそういうやんちゃ坊主を見る目で見るのはやめなさい!? ほ、ほらっ、思春も行こう! むしろお願い一緒に来て!?」 俺一人でこの子を躱すのは無理です。 なんでもかんでも“仕方の無い子ね”って感じで流される。流しておいて、こっちの話なんてほんと聞きやしないよ。嫌な方向でこの世界での生き方を学んでらっしゃる。 みんなももうちょっとだけ俺の話を聞いてくれればなぁ……聞いてほしい部分だけ、あえて全力でスルーしてくるからなぁみんな。 とほほと情けない顔をしながら厨房を目指して早歩きをする俺へ、隣を小走り気味に歩く延がまだ脱がそうと───ってだからやめなさい! 歩きながら脱がすってどんな芸当!? ともかくそんなやりとりをしながら厨房へ。 結構時間が経っていたにも関わらずみんな待ってくれていたようで───っていうか本当にみんなだ。同じ時間にこんなに集まるのは珍しい。面倒な人は大体が国ごとに用意された屋敷の厨房で食べるのに。 不思議がりながらも“たまにはこんな日もあるか”、と歩いて卓へ……座ろうという時、皆が静まって、一点を見ていることに気づいた。 目を向けてみれば、なにやらその視線は中央の卓に集中しているようで、そこでお腹を抱えて蹲る存在と、けろりとした顔……というかむしろ無表情で、ガッツポーズを取る存在が。 「うぅう……もう食べられないのだぁ……」 「……ご主人様の仇、恋が取った」 ……恋と鈴々でした。 ていうか、仇って……見てたんですか恋さん。 てこてこと寄ってくる恋の頭を、ありがとうとばかりに撫でるものの……いつもながら、かなり複雑な心境だ。負けた上に強力な助っ人に頼み込んで強引に謝らせた子供のような、なんとも情けない心境。 いや、気を取り直してご飯を食べよう。 「えっと……? みんなはもう食べたのか?」 「う……はい、私はまだですが、なんといいますか、その……」 「?」 訊ねてみると、もう食べ終えたらしい愛紗がそう返してくれた。のだが。なんだか妙に歯切れが悪い。 まあそれはそれとしてと、これまた気を取り直すように食事を探すのだが…… 「申し訳ありません、ご主人様。その……今、恋が食べたものが、作られたものの最後でして」 「───」 最後、って……いっつも随分作ってませんでしたっけ? や、というか今日も誰かが精がつくものをー、とか言って作ってたりとかは? 「作ったもの全て、鈴々と恋が……」 「え……いっつもみんなの分とは別に作ってなかったっけ」 精のつく料理が部屋に運ばれてきたりして、“俺だけ一人なんて嫌だー!”とばかりに場所を厨房に移してもらってからも、それは続いたはずなんだけど……え? それも全部? この二人が? 「それも、全部。加えて言うなら、もう材料がありません」 「うそぉ!?」 材料が!? 買い物には俺も荷物持ちとして付き合うけど、それでも何往復するんだってくらいのあの量を!? や、それでも冷蔵庫がないから、長期保存が出来ないものは買わないけど……それにしたって全部って! 「じゃあ、街に食べに行くしかないのか……。ていうかみんな、どうしてこっちの厨房に? 国ごとの屋敷の厨房でも十分に食べられるのに」 「いえ、それがその……」 みんなが集まって食べるなんて本当に珍しい。 けれども愛紗の視線が、空になった皿を申し訳無さそうに見ているあたりで、とても嫌な予想がゾワリと頭に浮かぶ。 「……もしかして、他の屋敷の食材もない……とか?」 「……仰る通りです」 宴が開催されれば買い出しに行ってでも用意する都だけども、それにしたって元々の大人数だから買い置きだって結構あっただろうに! それが全部!? 各国ごとで買い出しだってしてるでしょうが! どれだけ食ったんだよみんな! ……材料がなくなるほどだったね、そうだよね……。 「その……大食い対決ということで、食べることが自慢の者が我こそはと食べ、作っては消え作っては消え……」 「……それを叱るべき王さま方は? って、そういえば朝から邑の視察に出たって……」 「はい……気づき、止めに来た頃には、もはや食材も調理したあとで……」 うわあ……。 で、残しておくという余裕も湧かないくらいに腕自慢ならぬ食自慢たちががつがつ食べて、こんな静けさに到ってしまったと……。 対決だったのに、通りで静かだと思ったよ。 「解った。じゃあ食べてない人は俺と一緒に街に行こう」 「………《ソッ》」 「恋〜? 口の端にご飯粒つけながら、さりげなく挙手してもだめだぞ〜」 「………《しょぼん》」 あと、出来れば大食い対決はやめてください。 今は食材が随分豊富になったからといって、その食材のために命をかけた人々や、少量の食材のために襲われて滅びた村があったことを忘れないためにも。 ……そういう場所まで辿り着けたっていう意味では、本当に……平和になったなぁとは思うけどさ。 「じゃ、行こうか。あ、もちろん俺が奢るから」 途端にブーイングが(主に沙和とか真桜とかから)起こるが、からかう感じのものだから、こっちも苦笑は沸いても不快には思わない。 春蘭や秋蘭が居ないところを見ると、どうやら春蘭も街へ繰り出したようだ。元々そのつもりだったのか、途中で気が変わったのかは解らないけど。 「愛紗、食べたいものとかってある?」 「そうですね。麺よりは米の気分です」 「延もご飯がいいですねぇ」 「思春は?」 「なんでも構わん」 「そっか。んー……たまには我がまま言ったりしてみない?」 「必要ない」 そんな会話をしながら厨房をあとに……する前に、ちょっとしか食べられなかったという紫苑とjと述が加わる。 「父上、私は前に教わった“まーぼーどん”なるものを食べてみたいです」 「お手伝いさん、私は出来立ての胡麻団子で。これは譲れません」 「はいはい……紫苑は?」 「わたくしは、みんなで食べられれば何処でも構いませんよ」 うん、紫苑はなんとなくそう言うと思ってた。 伊達に長い間お母さんはやってな───……わあ、長い間ってところで、急に紫苑から黒い氣がモシャアと……! 女性って怖い。 口に出してもいないのに、どうして解るんだろうなぁ。直感ってやつか? ……な、なるほどー、こんな直感があるからこそ、みんなあの戦の中を生きてこられたのかー。 ……たとえ俺があの頃にどれだけ鍛えていたとしても……勝てる気がしないって思うの、仕方のないことだよな……? 「ほらj、目を見るんだ、恥ずかしがらずに」 「嫌です」 「ずうっとしそうして誰とも目を合わせずにいる気ではないのだろう? 悪いことは言わん、慣れておけ」 「述姉さま、もっと子供らしい口調で話してください」 「なっ…………こ、子供らしく、ないのか……?」 「はい全然。顔の作りも相まって、興覇母さまが喋っているみたいです」 「それはそれで嫌だとは言わないが……って、誤魔化すなっ! 目を見ろ目を!」 「嫌です」 笑顔の紫苑から漏れる黒い氣に嫌な汗をかきつつも、ちらりと娘達の様子を見る……が、あれで結構仲が良いのかもしれない。互いにつつくような会話をしているのに怒気らしいものを感じない。 ……あ、娘といえば……。 「紫苑、璃々ちゃんは?」 「璃々ですか? 今日は街の道場へ行っている筈ですから……そうですわ、璃々の昼餉も考えないといけません」 「道場か。槍だっけ、弓だっけ。それとも体術?」 「弓術です。好きなものにしなさいといったのに、体術は胸が痛くなるから嫌だと……」 「あー……」 「…………《ぎろり》」 「思春、べつに鼻の下は伸ばさないから、構えてなくていいよ」 「ぐっ……!? いやっ、私はべつに……!」 けれどまあ、胸が痛いっていうのは胸の大きさの所為だろうなぁ。 ……むしろ、弓術でこそ邪魔になるんじゃ、なんて言ったところで、きっと聞きやしないのだろう。紫苑も祭さんも秋蘭も、よくもまああの大きさで…………あ、いや、ごほん。 「じゃあ、みんなは先に飯店に行って席を取っておいてくれ。弓術道場には俺が迎えにいくから」 「え……けれどご主人様」 「いいからいいから。紫苑の方がこの二人を落ち着かせるのは上手そうだし。思春は……席を取っておいてくれって言っても、こっちについてくるよな?」 「当たり前だ」 護衛だもんな、そりゃそうだ。 そんなわけで、氣が少ないこともあって気だるい体を引きずるようにして行動開始。 どうせなら風呂にでも入りたいとはどうしても思ってしまうが、やっぱり気軽に入れるわけでもないのでこのまま。タオルで拭いただけだけど、戻ってからまた鍛錬をするなら……いやそもそも氣が無いから見てるだけって話になったんだ、着替えてから……。 「……《ちらり》」 娘たちをちらりと見る。 ……元気だ。じゃなくて、特に汗を気にした様子もない。 むしろこの世界じゃこれが自然だ。汗の香りは鍛錬の香りとばかりに、誇りはすれども恥ずかしがったりは……あまりしない。 いつでも風呂に入れるとか、汗の匂いを何とかできるって思える天が、この世界から見ればおかしいってレベルなんだもんな。汗を拭いたり着替えたりするだけで処理はOKなこの世界とは違う。 ……うーん、だるさの所為か、どうでもいいようなことばっかり頭に浮かぶ。正直に言えば部屋でぐったりと眠りたい。最近、氣を酷使してばっかりだから、体が休息を求めている……このままだとまた倒れるんじゃなかろうか。 そうなったら今度こそ華琳から罰が下りそうだから、それだけは回避しないとなぁ……。 「何か、体力がつくものを食べたいな……」 「……まあ、ご主人様ったら《ポッ》」 「夜のこととかじゃなくて、普通に疲れてるだけだからね? 紫苑」 「うふふっ、冗談です」 「ではお父さん〜? 師匠に針を落としてもらいますかぁ?」 「いや、華佗だって暇じゃないだろうし、こっちは休んでおけば回復するから」 言っている家に門を抜け、街へ。 そこで一度立ち止まって、みんなに道場に行くことを伝えた。 「っと、じゃあ俺は道場に行くな? ……いや待て待て、結局店は何処にするんだ?」 そうだった、結局何処にするのか聞いてない。 これじゃあ璃々ちゃんと合流しても向かう場所が解らない。 胡麻団子があって、麻婆豆腐があるお店かぁ……あ、ここからなら随分前に真桜が言ってた店があるか。思いつけばあとは早く、場所を紫苑に告げて、解らなかったら兵に訊けばすぐ解るからと自信を以って紹介。 今やすっかり警備というよりは案内人な兵たちだが、これでも丕が目を回すほどに忙しいのだ。……あくまで将が起こす問題に振り回される所為で。 「じゃ、行こうか。───延は紫苑についていくよーに。ちゃっかりこっちに来ない」 「はいはいぃ〜」 元々冗談だったのか、にこーと笑って紫苑と一緒に歩いてゆく。 子供が三人と紫苑が一人……なんだか親子だーって思えるから不思議。紫苑ってほんと、お母さんって感じだよな。 離れてゆく四人を見送って、じゃあ、と思春と一緒に道場を目指す。賑やかな街をのんびり歩いて、時折どころかしょっちゅう民のみんなに声をかけられたりしながら。 店の主人が俺の格好を見て「おっ、鍛錬してたのかい! 疲れてるだろ、これ食いな!」と威勢よく言って小さく摘めるものを無理矢理に持たせてきて、困りながらも食べて移動。アツアツのものを冷ましてしまうのはもったいない。そう、もったいないのだ。決して述と一緒に食べたくないとかそういうのじゃないんだから、あまり睨まないでください思春さん。 「思春ってあれだな。厳しいけど、最終的には子煩悩」 「───」 ノーコメントみたいだけど、顔からふしゅうううと湯気が出そうなくらい赤かった。 出会ったばかりの頃を考えれば、随分と変わったよな、思春。 いろいろ……本当に出会ってからいろいろあったけど、こういう形に落ち着いてくれたことには感謝するべきなんだろう。 (あの頃は魏に操を……って、そればっかりだったな) 懐かしい。 あの頃の俺が今の俺を見たら、どんな反応をするんだろう。 きっと、お前なんか俺じゃないとか言ったりするだろうな。 (……8年かぁ。そりゃいろいろ変わるよなぁ) 願わくば、左慈ってやつが来るまで……この平和が続きますよう。 いざこざがあろうと、人が死ななければいけないようなものではありませんよう。 そう願わずにはいられない。 少し心がしんみりした辺りで、自分を軽く笑うように思春に問いかける。相手の居ない誤魔化しは失敗したのか成功したのか。「やっぱり我が儘言う気はないかー?」なんて、食べたいものはないかと問うてみる。 思春は「ないと言っている」と返すだけで、ツンとした態度を取るものの……常に周囲に注意をしたり、俺の進む先になにかないかと目を光らせている。 俺の氣が少ないから余計にだろう。 しみじみとありがたいと思いながらも頼ってしまっている自分を思えば、周りだけじゃなくて、自分も相当変わったんだなって自覚が湧き上がる。 「思春、ちょっと道場覗いていっていい?」 思っている間に道場前。 街の道場とはいっても、町のド真ん中に“ででんっ!”と建っているわけではなく、数え役萬☆姉妹の事務所のように少し離れた位置にあるものだ。 えーっと、町の中ではあるが、街のド真ん中ではない。町と街って、ちょっと解りづらいよな。町は全体、街は一角……そんな考えということで。……あれ? じゃあ町のド真ん中ではないって例えのほうが……ああ、いいや、それより璃々ちゃんだ。 「覗くなどと言わず、堂々と入ればいい。ここで璃々が出てくるまで待っているわけにもいかないだろう」 「だよね」 ならばと中へ入ってゆく。きちんと靴を履き替えて。 そこは設計に協力したこともあって、実に“弓道場”って感じの弓道場だ。子供達は日夜ここで汗を流し、将来的には兵に志願したり、別の才を見つけて医師方面に志願したり、文官に志願したり、自分の先を見出すのに役立っている。 ……日夜と言っても、夜はべつに開いていない。一応。 「失礼します」 神棚はないので上座に礼をしてから挨拶。声をかけると、門下生の皆が一斉にこちらを向く。 子供から青年あたりまで、歳は案外ばらばらだ。 そんな中で璃々ちゃんが俺を見て笑顔をこぼし、丁度終わる頃だったのか本日の師範役だったらしい桔梗が終了を報せる。 途端に駆け出す子供たち……ということはなく、きちんと礼を行ったのちに解散。道場の外に出た途端にワッと散り散りに駆け出し、あっという間に見えなくなった。……速い。 「お疲れ、璃々ちゃん。桔梗も」 「うんっ、こんにちは、ご主人様っ」 「道場に足を運ぶとは珍しい。お館様は璃々にご用か?」 「屋敷のほうでいろいろあって、食材が尽きちゃってね。それの報せと、一緒にご飯を食べに行こうってお誘い。人数は……紫苑と延と述とjと、俺と思春の六人だな」 「ほほう、それはそれは……《ちらり》」 「……あーはいはい、窺うような視線を飛ばしてこなくても、きちんと俺の奢りだから」 「おっとと、いや失礼。べつに狙ったわけではないのですが。奢ってくださるというのなら、遠慮をするのも悪かろう。わしも同行して構いませんかな?」 言う割りに、ちゃっかりと奢りと聞いてから同行の許可を得ようとしている。この世界の女性って本当に逞しいというかなんというか。 が、当然断る理由もないので了承。 璃々ちゃんも喜んでくれてるみたいだし、あとは合流するだけだ。 「して、お館様? いったい何処で食べるおつもりか」 「ああほら、前に桔梗も連れていったことがあったところ。辛さと酒の組み合わせがうんたら〜って、うんうん頷きながら麻婆食べてただろ」 「おお、なるほど。ふむ……なるほど。あそこは飯しかなかったな……お館様、わしは今、麺の気分なのですが……」 確かめるように二回“なるほど”と言った桔梗がそんなことを言う。 一人くらいはみんなの意見から外れる人は居るだろうとは思ったけど、まさか後から追加されたメンバーからこの言葉が出るとは。 となると、璃々ちゃんも……? 「……璃々ちゃんは? なにが食べたい?」 「え? うん、私は……えっと、材料を買って、厨房で作るのはだめかな。もし大丈夫なら、ご主人様の料理が食べたいかなー……なんて」 「………」 嬉しいことを言ってくれる。言ってくれるが……。 「……璃々ちゃん。せっかく外で食べられる機会なんだ。俺の普通の料理よりも、美味しいのを食べよう」 それに対し、そっと肩に手を置いて、いかに自分の料理が普通なのかを真っ直ぐに語った。 なにも材料買ってまで俺の料理を食べることはないだろうと。 むしろ紫苑か桔梗のほうが上手く作れるんじゃなかろうかと。 そしたら璃々ちゃん、ちょっぴり残念そうな顔をして、「あ、うん、だめならいいんだ、わがまま言ってごめんなさいご主人様」と謝ってくる。 ……アレ? 当然のことをした筈なのに、なんだろうこの罪悪感。 「はぁ……。貴様はつくづく……」 そしてなんでか思春に溜め息を吐かれながら貴様呼ばわりされた。 や、だって買って戻るにしたって他の人は外で食べる気になってるだろうし、もう今さらって感じじゃないか。むしろもう席だって取ってあるかもだし。店が込んでたら無理かもしれないけどさ。と言ってみるも、 「ならば私が貴様の言う“我が儘”を言おう。材料を買って作る、貴様の手料理が食べたい」 「わあ」 これは困った切り返しが来たもんだ。 言い出したのが自分なだけに、断りづらい。 「あー……うん、解った。じゃあ一応みんなと合流して、そこでみんなが“いいよ”って言ったらね?」 「よかったなぁ璃々。よもや紫苑やお館様の子達が、お館様の手料理の機会を見逃す筈もあるまい」 「う、うんっ! ……あの、ごめんなさい、ご主人様」 「いいって。……ていうか、もう俺が作るの確定なのか? “普通は嫌だ〜”って断られるかもしれないのに」 『ありえん』 桔梗と思春の声が重なった。 その事実に黙って向き合う二人に、璃々ちゃんがくすくすと笑う。 俺も危うく吹き出しそうになったけど、ここで笑えば鈴音が光を放ちそうなので我慢。 「じゃあ璃々ちゃん、今の内に何を食べたいか考えておいて。全力で普通を完成させよう」 「うんっ」 「おお、お館様、わしは日本酒と、あの大麻竹のつまみがですな……」 「璃々ちゃんより桔梗が先に言ってどうすんの! しかもなんか星みたいなリクエストだし! 〜〜……思春は? 一応思春の我が儘っていう名目なんだから、もちろん考えてるよな? すぐに言わないなら中止ね」 「なっ!?」 「えぇっ!? あ、し、思春お姉ちゃん、頑張って!」 「思春、ほれ、なにぞあるだろう! 食べたいものを素直に言えば良い! 言え!」 「待てっ、私はそういうことには疎くてだな……!」 「うー、すー、さん、あーる……」 「待て! 解った! 言うから待て!」 5、4、3、2、と数を数えると、それこそ慌てる思春さん。 “我が儘”の言質に対する軽い仕返しのつもりが、なんだか面白いことに繋がった。必死ながらも顔は笑顔の璃々ちゃんに、思い切りからかってますって顔の桔梗。 そんな三人と道場を閉めて、街の人並みに飲まれてゆく。 料理の話をしながら賑やかに歩くなんて、随分とまた懐かしい。 仕事のほぼが警備隊の頃……つまり魏に居た時は、三羽烏や兵たちとよくこんなやりとりをしたっけ。 「そ、そうだ。ならば、ほら、あの、あれだ。う……げ、激辛麻婆丼と、清湯だ! 作れるものなら作ってみろ!」 そんな中、三方向から急かされて狼狽える思春が言った、食べたいもの。 それがいつか、俺が毒見の仕返しとして店で頼んだものだと思い出した時、自分でも信じられないくらいの……照れ、というのだろうか。喩えようのない感情に襲われて、顔が灼熱するのを感じた。 対する思春はどうしてそれが考えた末に出たものなのかも解らないって顔で、叫ぶように言ってからは硬直。のちにみるみる赤くなっていき……逃走を開始。した途端に桔梗に捕まった。 「う、ぐっ……は、離せっ! 離せぇええーーーっ!!」 「なにをそんなに赤くなっている。もしや我が儘を言うのは初めてか? それとも久しいのか。……いや、男に我が儘を言うのが初めてなのか」 「!?《グボッ!》」 「はっは、実に解りやすい反応よなぁ。べつに相手の子さえも産んだ仲。今さらなにを照れる必要がある」 「ご主人様、激辛麻婆丼と清湯って、何処かで食べたことあるの?」 「うん? んー……ははっ、内緒」 これも思い出ってものなのだろう。 だから、訊いてくる璃々ちゃんにも桔梗にも、笑ってそう返した。 それを見たからなのかますます赤くなり、大人しくなってしまう思春をさらにいじる桔梗は……もうどうすればいいのか。 助けてやりたいけど、このテのタイプは踏み込む者全てを巻き込み笑うサイクロンだ。なので、「思春お姉ちゃんはどうしてその料理を食べたいって思ったの? 辛いの平気だったっけ」と踏み込んだ璃々ちゃんに敬礼。早速からかわれて赤くなる璃々ちゃんへと、心の中で敬礼した。 (……席、もう取ってあったらどう言い訳しよう……) 軽く現実逃避をしながら。
ネタ曝しです。 *俺も行く! 行くんだよォオーーーーーッ!! ジョジョ5部、ナランチャの絶叫。 *実に弓道場って感じの弓道場だ 孤独のグルメチックな喋り。 実に○○○って感じの○○○だ。 ソースの味って男の子だよな。 140、141話をお送りします、凍傷です。 風邪引きました。 喉が腫れているようです。 フィニッシュコーワがすごい染みる。 まあそんなことはどうでもヨロシ。 今回のお話。 jのお話の延長的なものと、他の将の多少の日常的なもの。 書いてみると口調が似ている人って結構居るんだなぁとしみじみ。 星と桔梗が似た口調&酒好きということもあって。じゃあどう違いをつけるのか。……細かな豪快さを混ぜるのが桔梗で、飄々とした感じを混ぜるのが星か。 あとはメンマとか主とかお館様とかメンマとか。 さらに困ったことが、璃々が大人になった状態だと、話すイメージがそのまま桃香であること。 二人並んだらどう書き分けたものかと悩むレベルです。 今さら桃香の一刀への呼び方をお兄さんに戻すわけにもいきませぬ。 あと地味に秋蘭と祭さんが難しい。 秋蘭はこう、“うむ”って言うのがイメージとしてあるんだけど、祭さんもなんですよね……。 これがまた、並ぶと難しくて。 音声って大事だなぁ。 ではまた次回で。 この時期、寝る前に鼻炎薬は危険やもしれません。 体が熱くなって、最初はいいんだけど……効果が切れると急激に冷えます。 たぶんその所為ですこの風邪。 Next Top Back