番外のよん/普段穏やかな人が怒ると怖い。……怖い。 ───朝が来た。 東屋横の坂に座り、どこかを見ている俺。 どこ? どこを見ているんだろうか。なんかもう解らない。 鳥が飛んできて、肩に留まったりしてるけど、なんかもうそれすら気にならない。 ウフフ、キミタチはいい子ね……とか口からこぼれそうだ。 森の奥におわすエルフ少女とかがやりそうだ。やらないけど。 「華琳様……さすがに強引が過ぎたのでは……」 「仕方ないじゃない。ああでもしないとずうっと先延ばしにするわよ?」 「それはそうですが……」 東屋では華琳と秋蘭がお茶をしている。 彼女らが来る前からたそがれていた俺は、いったいいつからここに居たのかさえ思い出せない。 エ、エート……なにをしてたんだっけ。なにをすればいいんだっけ。 ア、ソウダー、仕事シナキャー。 書類整理がきっとある……あるから仕事シヨウ。 「ジャア華琳サン、僕仕事ニ戻ルカラ」 「ないわよ仕事なんて」 「………」 「………」 「無職の俺にどうやってこの人数を幸せにしろとォオオーーーーッ!!!」 泣いた。 限界であった。 いや、言った言葉に偽りはない。 けど、言ったあとに現実と向き合いつつ思考して、その間に気づけば元娘たちとのデートが終わっていて、さらに気づいたらこの場で朝を迎えていた。 ああ、うん、一個だけね? 一個だけ、全員を迎え入れる方法はあるんだよ。 以前だって出来たことだ、やろうと思えば出来ること。 ただ…………ただなぁ。 「悩むくらいなら踏み出しなさい。私はあなたが決意するまで、なんて面倒なことは言わないし実行もしないわよ」 「う……華琳……」 「現状、この国の王は───名前こそ違えど、かつての娘だった子たちの親でしょう? なら、その親に男の力というものを見せ付けてやればいいのよ。辻褄が多少変わっても、私たちがここに居るからには招かれた事実は変わらない。あなたはここに、男として帰り、その強さを見せ付けるために存在する」 「………」 そうなのだ。 みんなとともにあるためには、この地にて、力を見せ付けなくてはいけない。 男なぞこんなものと見下してしまっている王たちを見返して、発言権を得なくては。もはやかつての御遣い、という言葉だけでは笑われるだけだ。今、この地では力こそ全て。男であるというだけで見下されるのが簡単に想像出来る。 今はまだ都に居るからいいけど、魏呉蜀、何処に行こうとその在り方は存在するだろう。 だから。 「………」 目標、出来たな。理由も出来てしまった。じゃあ立たないと。進まないとだ。 そうだ、なにもかつての娘を嫁にしたいから、なんて考えで動かなければいい。 幸せにしたいのだ。 理由なんて、それでいい。それだけで……立てるから。 「誰かある!」 「《ザッ!》ここに」 呼んでみれば、いつから居たのか述がシュタッと現れた。 「よしっ、片春屠の準備をせよ! これから魏呉蜀回って戦争だ! 最強を謳ってる天狗の鼻を折りにいくぞ!」 「───……父、上……! ついにご決断を……!?」 「ふふっ、戦争ね。確かに、今の大陸の在り方はどうかと思うわね」 「華琳様……それでは?」 「いい加減、呉の子たちも限界でしょう? 三国の願いは我らの願い。“誰もが笑っていられる国”を穢した罪は重いわよ」 「……はい。我々の時代、民も兵も良い顔で笑っていました。それを見下すような行為……私も我慢なりません」 「良い心掛けね。子孫だからと甘い顔をする理由など捨てなさい。今の三国は、非道を歩んだ。───さあ、生きることへの必死さも、死ぬことへの苦しさも知らない甘ったれた世界の王に、力というものを教えに行くわよ」 『応ッ!!』 いざ開戦。 笑顔の尊さを投げ捨てた者達へ、鼻で笑うのではなく心から笑うことの楽しさを叩き込みに……! 「あ、その前に宣戦布告はしよう」 「当然ね」 不意打ちはいけません。 思い出したのは麗羽のことや、毒矢で雪蓮が死んだ時のこと。 いろいろ混ざったことで冷静になれることもある。 華琳を見ると、彼女は困ったように笑った。 ───それからの話をしよう。 別になにか難しいことがあったわけでもなく、宣戦布告は受け入れられた。 男が勝負を挑むとは、なんて笑っていたらしい。むしろ“来るなら来い、遊んでやろう”といった態度だそうで、警備もろくに待機させずにふんぞり返っているそうな。 こちらとしては、まあ都合が……いいのか? まあいい。 この時代までに散々と改良された片春屠で突撃を仕掛け、建業に着くや女性の皆様戦闘体勢。といっても、あの時代のように兵が何万も居る、なんて状況にはならない。せいぜい十数人かそこらがニヤニヤ顔でこちらを見て構えるだけだ。 こちらは単身。みんなにはあとからゆっくりとどうぞと言ってあるだけあって、のんびりと来るらしかった。 対する建業の女性たちはとても血気盛んであり、ニヤニヤ笑いつつも“男が宣戦布告とはいい度胸だ”などと言って襲い掛かってきた。 ……まあその、 (宣戦布告のお手紙を七乃に任せたのは失敗だったかなー) とは思った。一体なに書いたんだ、七乃。 ただまあ、こっちがやることはな〜んにも変わらない。 血が薄かろうがどうなろうが、間違った家族にはゲンコツ制裁。 超曽祖父として、怒りのままに行動することを許してほしい。 「はああ……」 王が出るまでもないとばかりに襲い掛かる皆様を、襲い掛かってきたなら敵であると断じ、ブチノメす。 遠慮? いや、する理由が建業に来るまでに全く無くなった。 途中でいくつか町に寄ったんだけどさ。いや、本当に……男の扱いがっ……まるで奴隷でね……! 「お前ら……いったい過去から何を学んだぁあああああっ!!!!」 当然、あの時代を必死に生きてきたみんなを見てきた俺にとって、遠慮を無くす理由としては十分すぎたわけだ。 おかしな話、俺だってただ平凡に生きていた頃は、過去から学んだものなんて僅かだと思う。戦争を知識としてしったって、実際に死線を駆けたわけでも、間近で人死にを見たわけでもない。 “戦争するなんて馬鹿だろ”なんて適当に思って、せいぜいでしかめっ面をするくらいだっただろう。 でも、だめだ。 実際にあんな世界を見て、歩いて、駆けて、その中で立派な志を以って、人の未来を信じた人達をこの目で見た。 あんな世界を知ってしまっては、こんな未来はあんまりだ。 だから……暴れた。 それはもう暴れた。 平凡だった頃の俺が見れば、“見ていないんだから仕方ない”なんて苦笑するところだろう。こうして強く拳を握ってみても、“そう思える自分”も確かに自分の中には存在している。 でも……ああ、“でも”も“だって”もいくらでも使おう。 頑張って、苦労して、泣きながらでも目指した夢の果てを、別の誰かに壊されて笑っていられるほど、我慢強くなんてないのだから。 (とはいえっ……ごめん、じいちゃん) こんなところで、練習した“多対一”を実践することになるなんて思ってもみなかった。じいちゃんが知ればきっと呆れるだろう。 けど、皆が笑っていられる国を穢した罪は重い。ああ重い。 それを叶えるためにどれだけの人が苦しんだと思っているのか。 どれだけの人が死んだと思っているのか。 考えれば考えるほど我慢ならず、向かってくる者には片っ端から喝を叩き込んだ。 相手が吹き飛んで地面を転がり滑ろうが関係ない。 襲い掛かる者全てをブチノメしながらゆっくりと城までを歩き、やがて玉座の間でふんぞり返っている女性を視界に納めたまま、歩いてゆく。 「お前が北郷一刀か。ははっ、随分とまあ遅かったなぁ。騒ぎが聞こえてからここまで来るのにいったいどれだけかかってるんだ。のんびり話でもしていたのか?」 「ああ。情けない子孫達にゲンコツをな」 「ゲンコツ? 全員に? はっはっはっは! 噂の御遣い様は随分と冗談が好きみたいだな! それだったら逆におかしいだろう! くっくっく……あの人数だぞ? いちいちゲンコツしていたらいくら時間があっても───」 「なぁ。大切にしていたものを穢される悔しさって知ってるか?」 玉座へ続く階段に足をかけ、ゆっくりと登る。 「あぁ? おいおい、今あたしが話してるだろう。王の発言を遮るなよ、御遣い騙りの偽者野郎。今あたしが───」 「いいから。……質問に答えろ」 怒りは胸の奥で渦巻くばかり。 ノックではなく殴りつければ、すぐに爆発でもしそうな意思がそこにあった。 我慢は……きっと、必要ない。 いつでも好きな時に爆発出来る。 「《ギリッ……》……ああ、今知った気分だよ。人様の国にずかずかやってきて、今さらなんだってんだ。散々逃げ回って運よくここに辿り着いたんだろ? いいよ、もう見逃してやるからとっとと散れ」 「へえ……そうかそうか、見逃してくれるのか。それはよかった、王自らの言葉なら保証されたも同然だ。まさか前言撤回するなんてことはしないだろうしな。立派なもんだなー、宣戦布告を受け取っておいて、敵を前に“散れ”か。“見逃してやる”か。ははっ……平和なもんだな。じゃあ、王を殴った罪も見逃してくれな。……こちとらっ……いい加減、本気で頭に来てるんだからな───!!!」 “一歩”が届く距離まで、あと数歩。 3、2、1───……引き金を殴りつけた。 「あぁ!? なに《どぼドガァンッ!!》えはぁっ!?」 一気に近づいて一気に一撃。腹に、氣を充実させた掌底を打ち放った。 拳で思い切り殴ってくれようって瞬間、握り拳を開いてしまったのは……やっぱり甘さなんだろうか。 あー……でも吹き飛んで柱に激突したし、その良心も余計なものだったのかも。 氣って凄いね。人が簡単に吹き飛んだよ。今さらだけどさ。 「いいことばっかりが続いてくれるわけじゃないよな……やっぱり」 女性は確かに強くあって、三国を大事にしていたかもしれない。 けど、いつしかそれを振り翳してしまって、曲がっていった。 男が下を向いて女が高笑う世界。 あっちゃいけないと言うわけじゃない。 それでもみんなはそんな世界を望んで必死に生きてきたわけじゃない。 今には今の生き方があるんだって言われたらそれまでだろう。 じゃあ、こっちは正当な理由でブチノメすだけだ。 なにせ、呼んだのは三国の皆様なのだから。 男の強さを証明してみせろというのなら、存分にやってやるまでだ。 「あぁ、でも、ちょっと落ち着こう……頭冷やそう」 怒り任せに力を振るっちゃいけない。 もう振るっちゃったけど、振るったからこそ落ち着こう。 深呼吸しながら歩いて、柱の傍でぐったりな女性を起こす。起こすというか、癒しの氣を流しつつ、頬をぺちぺちと。 「う、ぐ……?」 「あぁ起きた」 「っ……て、てめ《ぐいっ》うあっ!?」 「───まだ、やるか?」 胸倉を掴んで、ゴッと額と額を合わせ、遠慮無用で殺気を放つ。 ひっ、という声なのか音なのか、低く小さななにかが聞こえ……彼女は涙をこぼした。 戦闘意欲より先に、心が敗北を認めたのだ。……ウン、その気持ち、よーく解ります。男としてどうなんだーとか言われそうだけど、春蘭に追い詰められた俺が、こんな様子だった気がする。客観的に想像してみると、鮮明に想像出来るよ。 「……そか。正直でよろしい。じゃあ説教だ」 「え……? な、なんで」 「きみらは先祖を大事にする。廟が立派だったってだけで簡単に想像がつくし、あの頃に書いた本が原文のまま残ってるってだけで十分だよ。そうだな?」 「う……そうだよ。あたしらは親を、祖父を、先祖を大事にする。それがどうしたって───」 「じゃあなんで、呉でこそ一番大切な、“みんなが笑っていられる国”を手放した。ここじゃあ女しか笑ってない。男はびくびく怯えて、女はそれを見下してるだけだ」 「っ……それはっ……だって……」 「うん。だって?」 殺気はさっさと引っ込めて、どっかと座って話す体勢。 相手はぽかんとしたが、体を起こすと正座で座って、話を続けた。 ……こんな時になんだが、やっぱり正座なんだな……。 「……男が最初に変わっていったって聞いてる。女の強さが怖くなった、って……。あたしらだって、べつに最初から見下していたわけじゃないさ……最初は一緒に笑ったりしてたんだ……。けど……最初に喧嘩した時さ。取っ組み合いになって、殴り合いになって……。……一方的だったよ。信じられなかった。男のほうが大きいのに、筋肉だってあるのに……。信じられなかったのは男のほうだって同じだった。まるで化物みたいなものを見る目であたしを見たんだ」 「………」 そうだった。 俺だって疑問に思ったことだ。 明らかに兵の方がガタイがいいのに、それより細い女性の方が何倍も強い。 得物を振るえば人が何人も飛ぶ、なんて状況が平気で起こった。 「それでも手を伸ばしたんだ。友達だったんだ。幼馴染だったんだ。でも……伸ばした先にあったのは、あたしに怯えて下を向くだけの“男”だった」 「……それは」 「なぁ。どうすりゃよかったのかな。怯えるなって言えばよかったのか? 声をかける度に肩が震えるんだ。近づく度に一歩離れるんだよ。なぁ、どうしたら───《ポム》……え?」 泣きそうな顔で俺を見る女性。 その頭を、ぽむぽむと撫でる。 あぁ、もう……男、弱し。事情知ったら余計に引けなくなっちゃったじゃないか。 「信じてやれ。見下すな。友達ならとことんまで信じてみろ。子供の頃から大人になるまでずうっと信じてやって、それでも怯えるならそいつが馬鹿だ。殴ってよろしい。でもな、ただ殴るんじゃなくて……目を覚ますためのキツケの一発として、だな。うん」 「そ、そんなの言葉だけじゃ……」 「だから、本当に友達だ、幼馴染だって思ってるなら、その思いの分をぶつけてやれって言ってるんだ。相手のためにってやったことが裏目に出ることなんてしょっちゅうだけどさ、“ここまで”っていうのを考えて実行すれば、そこまで酷い結果にはならないと思うぞ? ……まあ、その前に、まずは本当に三国の男たちを鍛えないとだな」 「……無理だよ。どいつもこいつも、“男だから弱い”っていうのを受け入れてるんだ。だからせっかく道場があったって通いもしない。見下して当然じゃないか。努力もしないでくよくよしてばっかりで……。昔はあんなやつじゃなかったのに……」 「───」 うん、なんかいろいろ理解した。 支柱の名の下、男女平等に鍛え直します。その根性、その性根ごと。 でも、その前に。 「な、子孫よ。この国に笑顔が増えればいいって思うか?」 「え……そ、そりゃ」 「ハッキリキッパリ!」 「え、笑顔が欲しい!!」 「よし。じゃあ───」 ニカッと笑って、彼女の手を取る。 そしてトンッ、とノックさせると、 「覚悟、完了だ」 言って、頷いた。 しばらく呆然としていた彼女は少しののちにハッとすると、何故か目をきらきらさせて俺の胸を見たのちにもう一度自分の胸を見て、自分でノック。そうしてから「ああっ!」と力強く返事をして、笑った。 はい。そんなわけで。 ───魏。 「うん……!? 下がれ下郎! ここは男子禁制の《がばっ》ひゃんっ!? やっ……ちょ、なにす《ずぱぁああんっ!!》痛ぁああーーーっ!!?」 玉座の間へ入り、ずかずかと歩いて、王っぽい人を小脇に抱えてお尻ぺんぺん。 ただし存分に氣が篭っているため、音からして異常だったりした。 え? ええ、当然泣くまでやめませんでした。 ───蜀。 「だ、誰かなきみは! 男の子がこんなところに来たら、部下の人にひどいことされちゃうんだよ!? 出ていかないと危ないよ!?」 「? ……あれ? お前は男が嫌いとか見下すとかは、しないのか?」 「え? え? しないよ? だって可哀相だもん」 「………」 蜀王は平和な人だった。 ただし、平和すぎて町の様子にも気づいていなかった。 愛紗が居なかったら桃香はきっとこうなってました、を現実に見せられた気分だった。気分だったけど、部下の行動は見過ごせなかったので全員に修正を行った。ゲンコツという名の。 ただしこの蜀王様、ポケポケしているのに腕力が凄かった。 あ、あー……そうだったね、今のこの大陸、強さがモノを言う場所だしね……ウン……。 さて、これらの騒動。 戦争と言ったからには将のみんなや元娘らも参加していて、彼女らは主に町や村を。俺が城に突貫するという役割で突き進んでいた。 王にこそ男の強さを示さなきゃ意味がないからだ。 そうしてコトが済めば絡繰で高速移動をして、次なる場所へと繰り返している内、我らの戦争は一年どころか一ヶ月を待たずして終わった。 「歯応えが無いわね……」 とは、覇王様の言葉である。 これなら馬鹿みたいに突撃を繰り返す麗羽の方が厄介だったと。 というかだ。 「なぁ丕、登、禅。現在の王たちが、俺が覚悟完了ってやるとやたらと目を輝かせてたんだけど……あれってなにかあったりするのか?」 「えっ!? あ、い、いえ、そのぅ」 訊いてみると、丕と禅がとても動揺した。 けれど登は「そのことですか」とケロリとした表情で、 「それでしたら簡単です。あれは子供の頃なら一度は誰もが真似をするものでして、現在の母も魏王も蜀王も、強い男の象徴、天の御遣いが大好きでしたから」 「登ぉおおーーーっ!?《がーーーん!》」 説明した途端、丕に叫ばれていた。 「と、登姉さま……それは秘密にしておこうと……!」 「え? ───……あ」 「…………」 「あ、あの、父上? 今のは……」 いや……つまり……なんだ、その。 呉や魏や蜀の城に辿り着いた時点では、宣戦布告したにも係わらず俺が北郷一刀だとは信じておらず? 力技で勝ったあとは強い男と認めただけであって? 最後の覚悟完了でようやく理解した……と? ア、アー……そういえば呉王なんて、やってみた途端に目を輝かせて……あー、ナルホドー。でも……え? 子供が一度はやるって……カクゴカンリョウ? え? 「と、父さま……つまりその、この大陸に生きる者は皆、基本的に英雄が好きなのです。先祖に感謝しながら生きていることに間違いはありません。その中でも、時間と一緒にひねくれてしまった女性にしてみれば、たとえ伝説でも強かった男、つまり天の御遣いは眩しい存在であり……覇王曹孟徳を始めとした、様々な英雄を虜にした伝説の男なわけでして……あの、父さま?」 丕が説明してくれるが、顔が灼熱状態。 顔を覆って背中を向けて、悶えるしかなかった。 子供の頃なら一度は憧れるって……子供たちが街角でカクゴカンリョウごっことかしてる状況を想像してみたら、もう……もうっ……!! コッ……コロセーーーッ!! いっそコロセーーーッ!! 刻むことに恥と感じることなんてないけど、自分のポーズを真似られてるって想像したら、そればかりが恥ずかしい! 「え、えっとその、ととさま? つまりはそういうわけなので……ととさまが本当の御遣いだと理解された以上、話はきっと簡単に済みますよ」 「えっ……ほんとに?」 「は、はい……ですからあの、顔を真っ赤にして泣かないでください……」 「───……」 いい歳こいて、元娘の前で泣く精神年齢お爺さん。 ……うん、なんかもう……死にたい。 ───……。 それからの日々は、案外どうということもなかった。 男の力強さを、なんて言ってはみたものの、この大陸におわす男のなんたる弱いことよ。 つつけば倒れそうなくらいひょろひょろだった。 なんでも子供の頃に女性の強さを知ってしまった男は、よほどに勝気でない限りは大体心を折られて努力を忘れるのだそうだ。 当然、道場があったって行きやしない。 なので強引に連れ出して鍛錬。嫌がっても鍛錬。泣き言言ったら鍛錬。 もはや慈悲など無用といった具合に沙和に出動してもらい、洗脳が始まってからは早かった。 「貴様ら隊長に挨拶! なのー!」 『マム! イエス・マム! おはようございます! 隊長!』 「こらー! 殿をつけるの薄汚いチ○カス野郎ー! なの!」 『マム・イエス・マム!!』 ちょっと早まったかな、なんて思わなくもないけど、冗談抜きで洗脳でもしないと立ち上がろうともしなかったのだ、仕方ない。 「それじゃあこれから隊長が貴様らにとってもありがたい氣の扱い方を教えてくれるの! 反吐ぶちまけようが呼吸が途切れようが死ぬ気でついていきやがれなのー!」 『イ、イエスマム!!』 「ちなみに隊長は王を一撃でブチノメすほど強いから、逃げたら死ぬと知れ。なの」 『ヒィイイッ!!?』 そうして、都での鍛錬は始まったのだ。 冗談抜きで、反吐ぶちまけるほど。 医者として華佗と延に手伝ってもらいながらの鍛錬は嫌でも続いた。 まずは基礎体力作りと柔軟性の向上を求め、三日休むなんてことはせずに柔軟体操やジョギングから。 早速吐く者が出たが、既に洗脳は済んでいたので吐いても付いてきた。その根性、実に見事。 男の鍛錬が終われば、次は女の鍛錬。 単身で攻め込んでブチノメしてからというもの、やたらと大人しくなったアマゾネスさんたちには、やはり体力作りと氣の扱い方を。 ……みっちり教えたら吐いた。大丈夫、本気で上を目指せば誰もが通る道だ。 もちろん運動後の柔軟も忘れない。 これをしなければむくみも酷いし筋肉痛もひどくなる。なので念入りに。 ……。 男にも女にも、まずは一週間ほど柔軟とジョギングをみっちりと叩き込んだ。 のちにうんと休ませたあと、再び柔軟から開始。少し厳しく。 そうしてまたみっちりと叩き込みつつ、同時に氣も扱えるようにと叩き込む。 男女とも、なんだか涙目だったり吐いてばかりだった気がする。 しかし約束は約束なので、続ける。続ける。続ける。 ……。 何日目か、脱走兵出現。 街に居た転生警備兵さんにあっさりと捕まった。 横に居た丕とともに敬礼。警備隊の元先輩だった。 俺も丕も随分世話になったから、印象に残っていた。 「まさかまた、こうして警備をやるとはなぁ……まあ、こっちの治安維持は任せときな。おめぇさんも、あー……そ、曹丕さま? も、別のことで───」 「さまとかやめてください気色悪い」 「俺別におかしなこたぁ言ってませんが!?」 「いや、こればっかりは丕が正しいと思うぞ警備先輩……!」 「だったらおめぇもおかしな呼び方すんじゃねぇ! そっちこそ気色悪いわ!」 遠慮の無い在り方に安堵した。 とともに、この人が警備隊にまた居てくれるなら、安心だとも思った。 ……そっか。印象に残っている人ほど、こうして居てくれるんだろうな。 じゃあ、警備隊は随分と賑やかなことだろう。 って…… 「……アニキさん」 「え? 父さま?」 そうだ、アニキさん。アニキさんは居るのだろうか。 魏におやじの店はあったか? いや、見て回ったけど無かった筈だ。 建物自体があったかも思い出せない。頭に血が上っていた。もっと見ておけばよかった。 ……いや。それとも、アニキさんはもう生きていたくもなかったのかもしれない。 後悔を抱いて眠ったのだ……あれ以上の生は望んでいなかったかもしれない。 ……。 さて……もう日にちを数えるのも忘れるほどに鍛錬三昧を続けたのち。 何故か日本から手紙が届いて、読んでみると……“卒業の日になっても復帰されませんでしたが、無事卒業という形で処理します”の文字。 「アーーーーーッ!!」 フランチェスカのことをすっかり忘れていた愚か者がここに居た。 しかも卒業扱い。いっそ留年扱いにでもと思ったものの、アレか。場所的に留年生など出したくないのか、それとも留年にしたら大陸との関係が悪くなると踏んだのか……どちらにしても俺の馬鹿……!! 「あ、あの……隊長? 急に叫んだりして、なにが……」 「凪……修行をしよう。もはや俺を縛るものはなにもない……《スゥウウ……》」 「隊長!? 言葉の割りに何故静かに涙を!? 隊長!? 隊長ーーーっ!!」 卒業しました。 でも気分は退学気分です。 その悲しみを男たちにぶつけるように、鍛錬をした。 大丈夫、筋力回復は華佗や延がやってくれる。 もはや何も恐れるものなんてないんだ……今こそ強くあれ、男! 女の園を退学扱いまがいで卒業した俺って前例を越えて───! ……。 ……再び時間を忘れた頃。 「……人ってすげぇな……」 「ああ……なんかもうあれだけ地獄だって思ってたものが平気になっちまった……」 「な、なんか俺、今なら女にも勝てる気が……」 『それはやめとけ』 「……そ、そうだよな……」 「でもさ……挑戦なんてものは考えられねぇけど……」 「けど?」 「……。今なら……伸ばされた手も、怯えずに繋いで、笑える気がするよ」 「……まあ、度胸はついたよなぁ」 「だよなー。いや、御遣い様のこえーことこえーこと」 「誰だよ、みんなにやさしい人物だ〜なんて文献残したの」 「いや、基本やさしいだろ。否定ばっかでなんにもしようとしないヤツには厳しいけど」 「……相手が女だろうが、殺意丸出しで攻撃したら地面に押さえつけられてたもんなぁ……なんだっけ? アイキ?」 「俺、女があんなに簡単に無力化されるところ、初めて見たよ……」 「だな。…………王と一般人かぁ。子供の頃とは立場も意識も違うけど……まだ、伸ばせば握ってくれるかな、あいつ……」 「? どした?」 「なんだなんだ? なんの話だ?」 「友人の話だよ。臆病だった所為で突き放しちまった相手。いつか謝りたいなぁって思ってたんだ」 「臆病って……女か!?」 「好きなのか!?」 「いや、友情以上の感情は全然。ただ、後悔はしてたから」 ……最近、男たちの顔に笑顔が増えてきた。 「そろそろ鍛錬再開するぞー」 『《ザザァッ!!》Sir! YesSir!!』 「いや……その返事はもういいから」 しかも返事の仕方……言い方が、一層それっぽくなってきた。 「サー! 今日はどんな鍛錬ですか、サー!」 「サー! 今ならどんな鍛錬だってついていけます! サー!」 「え、そうか? じゃ、みんなそろそろ子供用鍛錬は卒業して、青年用鍛錬、いってみようか」 『───……エ?』 ……そして。 その時の男たちの絶望に染まった顔を、俺はきっと忘れない。 ……。 華佗と延の五斗米道を利用しての筋力強化は、通常よりもよっぽど早い。 当然ながら栄養も摂らないといけないので、それらの吸収は人体の吸収速度に従わなければいけないとはいえ、大体はコントロールできるという……五斗米道、凄まじい。 「ウゲェーーッホゲッホゴッホ! 〜〜っ……ぷっは……! サ、サー! どうですか! 随分慣れたものでしょう!」 「もはやかつての女性たちになら勝てる気が……!」 『やめとけ』 「あ、ああうん……そうだよな」 「ん。じゃあそろそろ大人用の鍛錬法、いくか」 『えぇえええーーーーーーーっ!!?』 現実はとっても非情である。 だからこそ強くなれるのだと知りなさい。 この北郷、鍛錬とつくからには半端は許しません。 ……。 …………体力の安定に向かったのち、氣の体外放出と安定鍛錬を開始。 「《ホワッ……》あ……あ、ああぁああ……! 氣……これが、これが氣……! 俺の、俺の……!」 「やったぁあーーーっ! 俺にもっ! 俺にも氣がっ……! 使ったことはあっても、目で見られるなんてっ……!」 「すげぇ! これが俺の氣っ! すげぇえええっ!! サ、サー! 感謝します! まさか男にもきちんとした氣が使えるなんて! 弱すぎて使えないなんて言われた時はどうしようかとっ……う、うぐっ……ぐすっ……!」 「まあ、嬉しいのはよく解るよ。俺も最初は全然使えなかったから」 『嘘ぉおっ!!? サーが!? まさかサーにそんな時期が!?』 「だからサーっていうのはやめてくれって言ってるのに……。じゃ、次はその氣が枯渇するまで全力ダッシュだ。大丈夫、枯渇しても呼吸しづらくなって昏倒して気持ち悪いのに気絶できないっていう苦しみを味わうだけだから」 『嫌ァアアーーーーッ!!?』 ニッコリ笑うと悲鳴を上げられた。 失礼な。こんな鍛錬、春蘭に大剣振り回されながら追われるより全然楽だぞ? ……。 そんな日々が続いたある日。 「俺……なんかもう怖いものの序列が頭の中で完全に変わった……」 「俺も……」 「俺も……」 『女よりサーの方が怖ぇえ……!』 「いきなり人のことを語りだしたと思ったら、なにを人を恐怖の対象みたいに……」 「サー! しかしですよ!? こんな地獄のような鍛錬のあとに何人もの女性とのデートに付き合って、さらに女達よりハードな鍛錬もやって、そのあとも自主鍛錬とか言って鍛錬して、挑まれれば戦って、願われれば料理まで作って! サー!」 「サー! さすがに人間を越えていると思います! サー!」 「サー! と言いますかですよ!? ここまでくると歴史書物に書いてあったことの全てが真実だと理解出来るというものですが、すると、するとですよ!? かつては数十人の女性を相手に、鍛錬のあとだろうと床で……! その……! サー!」 「…………あ、あのなぁあ……! いや、まあ、してたにはしてたけど、そういうことは───」 「サー! なんてこった信じられねぇ! やはりサーは化物だ! サー!」 「サー! あの人数をですか!? なんかもう人としてもそうですが、教官としても男としても尊敬します! サー!」 「サー! 一生ついていきます! サー!」 「……じゃあとりあえず、御遣い用鍛錬でも始めようか。ついてこなかったらなんかもう全力で殴る《ニコリ》」 『ゲェエエーーーーーッ!!!』 本気の本気で遠慮を捨てた日が訪れた。 ……。 翌日。 「マムゥウウ! マ、マム! イエスマム! 助けてください死んでしまいます!」 「よろしい死亡を許可する! なの!」 「えぇええーーーーっ!!?」 「沙和〜、そいつ逃げ出したやつだから捕まえてくれ〜」 「敵前逃亡とはなにごとかぁーーーっ! なのーーーっ!」 「ししししかしマム! 死にます! 本当に死にますあの鍛錬! 今まで苦楽を共にしてきた仲間たちの悉くが昏倒! 謎の汁を口から吐いて動かなくなってしまい……っ! もはや残っているのは自分だけなのです! サー!」 「ん〜……隊長、なにやったの?」 「いや、俺があの時代でやってた全力鍛錬と、左慈を相手にしてのイメージトレーニング」 「……ウジムシ野郎、号泣を許可する、なの」 彼は泣いた。 え? あれ? これ俺が悪いのか? 「たいちょ〜……さすがに隊長の本気鍛錬に付き合わせるのはあんまりなの……。あんなの、沙和だってついていけないのに」 「いや、一応大人用の鍛錬までは段階踏めたから、そろそろいいかなって」 「隊長ー! あれは大人用のあとにするものじゃないでしょー!? あんなの凪ちゃんだって苦労するれべるなのー!」 「いやいや、凪なら余裕だろ。今なら余計だ。御遣いの氣があるんじゃ、ただでさえ強いのに勝てる気がしないって」 「むー……! 私たちには二つの氣を一つにする勇気も、点穴を八つ開ける勇気もないの……」 「………」 そういえばそうだった。 御遣いの氣は確かにバランスをくれるけど、そもそも俺が願ったのは“助け”。つまり守りの氣だ。元から守りの氣な人は混ざるのは容易だろうけど、力の氣の人は華佗に頼んで氣をひとつにしてもらわないと効率よく使えない。 さらに言えば澱み……点穴を穿って氣脈の巡りを良くしないと氣の巡りも速くはないし。 (……この平和な時代でそれをやろうって思う人、居ないだろうなぁ) あ、華雄ならやりそう。 でも絶対に霞に止められるだろう。 ともかく反省して、鍛錬のレベルは下げた。 大分いいところまでいけているし、無理をさせることもない。 不思議なもので、俺自身は気づかなかったけど、沙和の勢いに飲まれて鬼教官になりかけ……いや、なってたんだろうなぁ。 ……。 大分安定してきた男たち。 天狗になる度に女性と仕合をさせて、調子に乗るようなことだけはしないようにと教えてきた。 こちらも鼻を折られたことのある天狗だ、あんな気持ちは深く持っちゃいけない。 だから“やっても無駄”と感じさせない程度の鼻折れを経験してもらって、その悔しさをバネに鍛錬を続ける日々。 男たちは力強く強靭になっていく自分の体に笑みをこぼすようになり、仕事なんかも笑顔でやっている。 全然疲れなくて、畑仕事が楽しくて仕方ない、なんて笑って言っていた。 さて。 鍛錬はもちろん、都だけで行われるわけじゃない。 都に三国全員を集めて、なんて無理だし、いっぺんに全員をコントロールするなんて余計に無理だ。 だから一度教えたら次の場所へ片春屠で移動。教えた相手には武将の内の誰かに見てもらって、次の場所でまた俺が教えて、ぐるっと一周してきたら次の段階を教える、といった感じで鍛錬は続いた。 俺が戻ってくるなりギャアアと悲鳴を上げる男たちが大半だったけど、なんかそれのお陰で逆に遠慮がなくなった気もする。 癒しの氣の才能を持った人が居れば、その人には武よりも癒しを優先させて教えて、五斗米道は伝授しないまでも、癒しのコツを教えたりして、救護班に回ってもらったり。 そういったことを休みなく続けた結果、いつの間にか男は見直されていた。 それと、何故か俺を見かけると偉大な人にでも会ったかのように拝まれたりするんだけど……な、なにごと? その質問に、張虎は笑って答えた。 「あぁ、そらぁおとんが純粋にすごいからやろ。男の鍛錬に付き合ぅたり、女の鍛錬に付き合ぅたり、料理作ってくれたり歴史について教えてくれたり、解らんこと親身になって教えてくれたり、おかんらとでーとしたりウチらとも一緒に居てくれたり。……やー、昔っからやけど、おとんのそういう超人的順応力、すごいと思うわー」 だったら少しは手加減してください。たまには自分の時間が欲しいんです。 なんて思う自分よりも、“ああ懐かしい”って思っている自分の方が強いんだから、お手上げだ。 娘や孫や曾孫、手がかからなくなってからの自分は、自分の鍛錬ばかりをしていた。 こうして目を回すほど忙しい日々もとっくの昔だ。 だから、まあ……なんというか。充実している、とも言えるのだろうか。 久しぶりの感覚に笑みは浮かべても、嫌悪感は特に無かったのだ。 むしろ相手が隙あらば怠けようとするから、全力で鍛錬。 その先で強さを実感して弾けるように笑う男たちは、今ようやく子供の頃の無邪気な男子へと戻れたんだなぁ、なんて顔で燥いでいる。 でも未だにサー呼ばわりは直らない。 ……。 その後……都へ来てどれほど経ったのか。 いつしか女性と話す男性の数が増えてきて、そこに見下しの色が減り始めていた頃。 いくつかの出場が許されている世界競技の中に、珍しく大陸からの男子が出ることになり、我ら全員大盛り上がり。 日本国にとっても“北郷一刀がきちんと氣を教えられるのか”が試される状況なので、やたら大げさに取り上げてるって妹からの国際電話が来たりもした。 テレビに映る大陸代表さんはガッチガチ。 マイクを向けられると「ヒィッ!?」とか言い出して、見ていて苦笑するしかない。 大陸の男性が大したことない、という事実は世界的に知られているらしく、対応も案外軽いものだ。 それは仕方ない。今までが今までだったのだから。鍛えもしなかった分、他国の男性よりもよっぽど貧弱だったのも確かだ。 けど今は違う。 画面越しでも解る、しっかりと引き締まった体を見れば、期待もしたくなるし応援もしたくなる。 ただ応援すると固まる彼だったので、「応援は心の中で勝手にするから、いっそ失敗する気持ちで楽しんできなさい」と送り出した。 ───そんな彼が今、合図とともに駆け出した。 一歩目で盛大にコケて、実況に大変驚かれていたが、そこからはもういっそ吹っ切れたのだろう。 足に氣を漲らせて、地面を蹴り弾いて、一気に前へ。 その速さにまた実況に驚かれ、しかし曲がりきれずにコケそうになりながらも、彼は走った。 走って走って、再びコケつつも走り、目を回しながらもゴール。 ビリという結果になったけど、十分だった。 というか、100メートルだったら絶対一位だった。 「あちゃー、ビリかー。一直線やったら一位やったのになー」 霞が楽しそうに笑う。 テレビなんてもはや見慣れたもので、本当に楽しそうだ。 それとは別に怒っている人もいらっしゃる。 「むう、鍛え方が足りなかったか……。戻ってきたら休む暇無く鍛えてやる……!」 華雄さんである。 やはり戦うからには勝たなくてはという意識が強いらしく、コケなければ一位になれただろうという事情も汲んだ上で、さらに鍛えてやると猛っておられた。 「ねぇ流琉〜? 競技って、他になにがあったっけ」 「え? えっと……三段跳びや走り高跳びだね。って、少しは自分で調べようよ、季衣」 「いいじゃん。それより三段跳びとたかとびー? ってどんなの?」 「に、兄様〜……」 「解る、解るぞ流琉……教えても覚える気がない相手だと、説明も辛くなるよなぁ……」 言いつつも二人、視線で語った。 ───どうなると思う? ───勝てますよ、きっと。 それだけ。 むしろ見ていると負けるという不幸的ななにかが働くかもしれないから、俺達は黙ってテレビを消した。 それからはまた鍛錬や仕事に戻り、男達の帰還を待った。 ……。 結果から言えば男たちは緊張のあまり失敗の連続。 どれも最下位という結果に落ち着いたものの、以前の男たちの事情を知っていれば十分すぎると笑って迎えた。 ただまあ、“一位ではないとは”などと大陸の名を汚す気かーとか言い出したお方には、極上のスマイルと殺気をプレゼント。大きな大会に出ることが出来ただけ、大きな進歩だ。 その上絶対に勝てなんて、命がかかっているわけでもあるまいし、言ったりはしない。 「なんでことあるごとに殺気をプレゼントしなくちゃならないんだ……」 「力ばかりが正しいって認識が広まりすぎているからでしょう? 解りやすくていいじゃない。これからゆっくりと直していけばいいわよ。現在の三国の王に勝ってみせたのはあなたなのだから」 「ああうん……随分な力技でね……」 ほんと、“力こそが正義”で勝ってしまった。罪悪感はある。そもそも自分の立ち方とは随分と違った戦い方だった気もする。 じゃあどんな戦い方がよかったのかと言われれば、それもちょっと解らない。 宣戦布告を出した上で、王とだけ仕合をすればよかった? それじゃあ他の人達は納得しない気がする。 “男を見下している人”にこそ勝つことが正解だったなら、これでよかったのだとも頷けはするんだけど……うーん。 悩んでも仕方ないか。華琳の言う通り、ここから変えていこう。 「ていうかさ、今さらだけど……俺ってまた支柱になるってこと?」 「? とっくの昔から今までもそうでしょう? あなたが居なかったら、誰があの道場に住むというのよ」 なにも言い返せませんでした。 ───……。 男たちが“いい経験が出来ました”と言って終わった大会。 そのしばらくあとに、日本国からお手紙が届いた。 内容は、是非とも氣を教える教官になってほしい、というもの。 お返事は当然─── 「道場の門下生以外には教えません」 「ええ、当然ね」 お国がどうこう以前にこちらも生活かかっております。 それに苦労して覚えたものを“俺、偉いから教えろ”っていうのは受け入れられない。 や、そりゃあ待遇云々も書いてあるよ? でもこれ、待遇がどうとかっていうよりは“名誉なことである”とか言葉だけで済ませようとしている。 自国でお偉いさんとでっかい繋がりが作れる? どうせ氣の使い方を覚えればポイ捨てでしょう。いやー、すごいなー、自国の偉い人なのに全ッ然信用できないヤー。 まあ、仕方ないといえば仕方ない。事情を知らない人にしてみれば、ただの大陸側に特別視されている一般人にすぎないんだから。 「実際どうなんだろうな。俺が過去に名を残した北郷一刀であるー! とか言ったら、きちんと信じてくれるのかな」 「信じれば利益になるのなら信じるでしょうね。そうでないなら笑われるだけよ」 「あぁやっぱり」 笑いつつ、手紙を閉じた。 かつての自室の机。その椅子に座りながら、いつかのように華琳を膝の上に乗せて。 あの頃に比べたら、なんて静かなことだろう。 仕事が無いってだけでこんなに静かだ。 「……けど……今さらだけど、やることあんまりないなぁ」 「飽食の時代とはよく言ったものね。あの時代よりも飽きるほどの食料、手持ち無沙汰になるほどの人手、溢れる職種。私たちがすることなんてほとんど無いじゃない」 「これはこれで寂しいよな。やることって言ったら歴史の真実を話して聞かせるか、鍛錬指導くらいだ」 「時代の流れというものね。私たちも、客として招かれることはあっても、ここの王になる、などということはないのだから」 「だよな。この大陸だって、支柱なんてものが無くたって今までやってこれたんだし、あとは男女が頑張って盛り上げていけばいいんだ。ずうっと支柱が支えてなきゃいけない理由なんか、ここにはもう無いだろ」 「そうね。殺し合いをする理由だってないのだし」 飽食……食に飽きるか。 ほんと、贅沢な時代だ。 今この時代で三国同士で戦争をするとして、その理由を挙げるとしたらなんだろう。 食は間に合っている。娯楽もある。 仲が悪いわけでもないし、特に競い合ってもいない。 過去に比べて刺激は無くなったんだろうなって思う。 じゃあどうするか。 ……いっそまた天下一品武道会でも開くか? 三国だけに留まらず、世界中から腕自慢を呼んで。 それなら戦争なんて物騒な話にしなくても、張り合うことの楽しさってものを覚えてくれるかもしれない。 今までが上手くいきすぎていたんだ。氣を操れるからと、そこに胡坐を掻いてしまってはあまりにもつまらない。 「かつての英雄に挑戦できる権利を〜とか言うお題で、世界大会でも開いてみるか?」 「いやよ。見世物にないたいのなら自分ひとりで勝手にやっていなさい。それこそ格闘技の大会で勝てば有名になれるでしょう?」 「氣があるから勝てる〜とか、そういう単純なやつじゃないだろ、あれは」 K1とかボクシングとかいろいろあるけど、やってみるかと訊かれたならば答えはNO。無理に敵を作りたいわけじゃないし、大会に出たいから強くなったわけじゃあない。 むしろ左慈ってラスボスを倒したのだから、鍛錬もしなくていい、はずなんだけど……やらないと落ち着かない自分がとっくに完成してしまっている。 指導員として有名になるきっかけは大会で少しは集まったと思う。 けど、弱い人に指導されてもなぁと溜め息を吐く人なんて大勢だろう。 じゃあどうするか? 「……なぁ華琳。道場を安定させるにはどうしたらいいと思う?」 「三国の王を素手で倒したと正直に言えばいいじゃない。王らだって自らの敗北を認めぬほど腐ってはいないでしょう?」 「でもそれをすると、他国に広まるだろ? 知らなくてもいい人にまで敗北を知られるって、恥ずかしいじゃないか」 「そんな妙なところで“やさしく在りなさい”なんて言わないわよ。もっと別のところでやさしく在りなさい。むしろ天狗の鼻を折ることに小さな限度なんて気にするものじゃないわ。やるなら徹底的にやりなさい」 「や、鼻折れて、もう随分しおらしくなっただろ」 そう。 単身で乗り込んで王をブチノメす、なんてことをやったためか、各国の女性は随分と大人しくなった。 まだ男を見下す存在も居るけど、今じゃ逆に“そうしないとプライドを保っていられない”みたいな感じで、こっちの方が心配になるくらい。 そういう女性は強制鍛錬コース。 見下したいならまず強くなりなさいお馬鹿さんとばかりに、嫌がろうが鍛錬地獄。 自分が偉いわけでもなく強いわけでもなく、ただ女だから男を見下せた女性っていうのが結構居たのだ。どっかで聞いた話だなとも思った。 なので鍛錬。強くなって偉くなって、それからふんぞり返りなさいと。……ふんぞり返れるものなら。 鍛錬をやってみれば、今男がどれだけの苦労をしながら頑張っているかが解るってものだ。実際、そういった女性は一日経たずに吐いて、ぐったりさん。 どうして私がー、などとお決まりの文句を飽きることなくこぼしている。 そんな時は反論出来ないほど正論を言って聞かせて、愚痴をこぼせる元気があるのならとさらに鍛錬。女性は吐いた。 そんなことが何日も続いていくと、合同鍛錬って意味も込めて頑張っている男連中と鍛錬中に競い合う場面もあるわけで。 男連中の鼻が伸びすぎないようにと用意している通称“鼻折り合同鍛錬”。女性は早速、男を馬鹿にしてケタケタ笑っていた。 男は特になにも返さずに無心に鍛錬に集中。 その時の俺はといえば、凪と─── 「……なぁ凪」 「はい、なんでしょう、隊長」 「……女に対する男の態度が、すごく冷たい気がする……」 「……私も同じことを考えていました」 ───なんて会話をしていた。 歩み寄る人は居るのだ。 が、明らかに最初から見下すことしか考えていない女性に歩み寄ろうとする男性は居ない。 やがてその女性は周囲に悪態ばかりをつき続けたために孤立。 ほぼ誰からも相手にされなくなり───暴走。 通路を歩いていた天気のいい日に、彼女は暴れた。 「お前のような男が居るからぁああ!!」と叫んで、俺に襲いかかった───……ところを思春に一瞬にして叩き伏せられ、地面でしくしくと泣いた。 元娘たちの話によるとこの女性、“女性の天下”を誰よりも好いていたらしい。 誰の血を色濃く引いているのか解りそうなものだ。困ったことに。 だけどそのまま解放するわけにもいかないので事情を訊いていたんだけど、またも暴走。 罵詈雑言の限りを尽くし、聞く姿勢を取りつつ危害を加えるつもりはないということを知ってもらうため、押さえつけられている彼女を解放、座ってもらい、自分も正座をしてみせる……が、やっぱり出るのは男を侮蔑する言葉ばかり。 どうしたもんかな、なんて思っていると、華琳様登場。 ……そう、しおらしくなった結果には、間違い無く覇王様が係わっている。 通りすがりに歩いてきた彼女に、現状打破を相談した俺の所為でもあるのかもだけど。 「……華琳。なにやったのか教えてくれなかったけど、やっぱりやりすぎだったんじゃないか……?」 「さあ? 言わせてもらえばあの子が勝手に暴走して勝手に納得して勝手に仕えるようになっただけよ? 私にはなんの関係もないわよ」 関係は大有りである。 なにせ行動が行き過ぎた彼女が華琳に捕まり、運悪く振り向きざまに罵詈雑言を吐き散らかしてしまったから、さあ南無阿弥陀仏。さあ大変どころの騒ぎじゃない。 笑顔のままでミシリと青筋を浮かび上がらせた覇王様を前に、本気の本気で悲鳴を上げた女性。のちに彼女は問答無用で引きずられてゆき……翌日までその姿を見る者はおらず、翌日になったら……やたらとしおらしく、華琳を崇拝してらっしゃった。 第二の桂花の誕生である。 ……桂花とは違って、男を罵倒することは無くなったんだけどね。 「華琳様は素晴らしい〜とか言って、また女性天下を築き上げようとか思ったりしないか?」 「つまらないことをしたら罰を与えると言ってあるわ、問題ないわよ」 「罰って───ああいや、想像ついたからいいや」 男嫌いへの躾として華琳がさせることなんて、あっち方面だろうし。 しかも俺が駆り出されそうだから全力で知らぬフリ。 「………」 「………」 ふと会話が途切れる。 内容が内容だからという意味ではなく、自然と間みたいなものが空いた。 耳を澄ませば聞こえてくる喧噪。 寒い時期などとうに過ぎ、開けっ放しの窓からは風が静かに流れてくる。 「一生懸命守ってきた場所だけど、1800年も離れてると……やっぱり違うもんだよな」 「当然でしょう? 私たちが何年で曹の旗から天下統一までを駆け抜けたと思っているのよ」 「……そっか。そりゃそうだ、あんな速度で進めば、1800年も経っておいて変わらないわけがない」 それでも思わずにはいられない。 あんなに大切で、あんなに頑張って発展を望んでいた場所は、もう…… 「……ん。でも、やっぱり違う。目に見える変化ってだけじゃなくて……どれだけ物が動かされていなくても、やっぱり……“他人の家”なんだよな」 「…………そうね」 当たり前と言えば当たり前。 俺達が居た歴史から……そう、例えの時点でもう“歴史”といえるほど前の時代から今まで、確かにこうして残っている建築物やその他もろもろ。 でも、もはやここが自分の部屋だなんて思えない。 あれほど愛着があったというのに、心が微笑みながら首を横に振るうのだ。 もう、ここは自分の部屋ではないのだ、と。 どれだけ国に貢献しても、どれだけ過去になにかを為していたのだとしても、ここは……もう完成してしまったあとのものなのだと。 そう、完成だ。 あの頃に俺達が目指した様々は、この時代へ到る内に様々な人が叶えてきた。 今さらここで俺達がすることなんて……俺達にしか出来ないことなんて、きっと無い。時代は進んで技術は進歩して、あの頃では出来なかった様々が、今ではいろいろな人が出来るのだ。 打ち滅ぼさなければいけない敵が居るわけでもない。 戦わなければ食べられないわけでもない。 出来ることなど、現代に順応して暮らすこと、くらいだろう。 誰が急かすでもない。 「………」 ただ。 あの頃には出来なかった、“誰にも何にも怯えることなく楽しく生きる”ということくらいは……目指せる気がした。 武器を手に取らず、既に平和である場所で……ゆっくりと、今度はみんなと一緒に老いていける。 幸せな老後のためには、まず稼がないとだ。 稼ぐには? ……道場だろう。 「……な、華琳。今でもその……ええっと。今から真面目な質問するな? 茶化すとか面白がるとかせず、どうか真面目に返してくれ」 「? ええ、いいけれど」 「うん」 深呼吸。 ゆっくりと、膝の上の華琳にまで腹の膨らみで届くくらい。 それが終わったら、出会いから今までのことを思い返して……一言を。 「華琳は今でも俺のこと、好きでいてくれてるか? 「!? なっ……、───…………ええ。ここで察しろ、なんて馬鹿は唱えないわよ。私は北郷一刀を……、その。愛している」 「……───ありがとう」 俺も、きみを愛している。 相手を膝に乗せたままの告白なんて、とも思うけど、そんなものは個人の自由だ。面と向かって言いたいってこともあったが、やっぱり恥ずかしい。 女性にとってはとっても大事なものだろうけど、ごめんなさい。こっちの勇気の振り絞る瞬間も、どうかわかってやって欲しい。 (いや、でも……いや、いや……あー……よしっ!) 座っている向きを変えて華琳を膝から下ろし、きちんと立って向き合う。 そして彼女の両肩に手を置いて、まっすぐに目を見て……いざ! 「かっ、かかか華琳っ!」 「え……な、なによ」 「そのっ……───すぅ、はぁ……っ!」 胸のノックはしない。 やれば覚悟は決まるだろうけど、今回ばっかりはそれに頼らず……! 「───俺と、結婚してくれ!」 どもることもなく、つっかえることもなく、真っ直ぐに言葉を届けた。 …………。 そして訪れる沈黙。 (ギャーーーアーーーッ!!) そして沈黙が長ければ長いほど恐ろしいのは、告白した者にとっての地獄である。 いっそ彼女の肩から手を離して逃げ出したいのに、それをやっては意味がないことを知っているから出来ない。出来ないというかやっちゃダメ。ダメだけどいっそ逃げたい。 「……、…………? …………?」 愛していると言われた。 愛していると返した。 心は既にひとつだ……そう思っていたのに、どうしてか返事は来ない。 変わらず彼女の瞳を見つめていても、表情に変化はなく、多少驚いている顔をしたまま………… 「……? あ、れ……? 華琳? 華琳〜? ……華琳さん!?」 ……彼女は、気絶していた。
ネタ曝しです。 *女だから男を見下すどっかで聞いた話 ISと書いてインド・スバラシイ……ではなく、インフィニット・ストラトス。 書いていて思いだしました。 ちなみに凍傷が男尊女卑という言葉を初めて意識したのは、某ドラマCDだったりする。 「エッ……エルウィンのオヤジさんだけどさぁっ!」 「おやじ親父ぃいっ!」 「あれじゃあ相手の嫁さん、苦労するよな〜」 「するする〜♪」 「男尊女卑の差別野郎だからなっ!」 「最低だね〜♪ やっぱ結婚するなら相手の親との相性っての? それってすっごく重要だよね〜? どんなに相手のことが好きでも親がうるさいんじゃ毎日針の筵じゃん? よく鬼嫁鬼舅とか言って電話相談とかしてるけど(略)」 元ネタはテイルズオブファンタジアドラマCDシリーズ、アンソロジー、初回生産盤おまけドラマ。 Next Top Back