106/蒼の下の男と女
蒼い空が好きだ。
空の下、何も考えずに四肢を投げ出し、芝生の上で風に撫でられる時間が好きだ。
しかし今の自分が四肢を投げ出しているのは自室の寝台である。
「なぁ思春」
「なんだ」
「俺、加速使うのもうやめるよ」
「当然だな」
……太陽も頭上へ昇った昼の頃。俺は静かに───編み出した技を封印した。
何故って、それはもちろん理由があるからであり、こうして倒れている理由にも繋がる。
霞と一緒に散々と加速や木刀に氣を込める練習をしていた俺だが、その翌日である今日になってソレは訪れた。
筋肉痛ももちろんだが、なによりひどかったのが関節痛。
“加速”を行使するために氣で関節の動きを速めたりなんかして、しかもそれを何度も何度も繰り返せば関節をおかしくしたりもする。
よーするに負担がかかりすぎて満足に動けない状態になっていた。
午前の仕事だけは根性でやり終えた。午後からは書類整理となっていたからなんとか助かったが、これじゃあ書類整理すら満足に出来ない。
ちらりと視線だけを動かせば、机には思春と一緒になんとか運んできた小さな書簡の山が。……やらないわけにはいかないんだけど、もはや動きたくないと体が泣き叫んでいる……情けない。
「はぁ……ごめん、思春。午後から自由だったのに」
「貴様には早く復帰してもらわなければ、隊の士気に関わることなど確認済みだ。御託はいい、さっさと治れ」
「治れ!? 治せじゃなくて!?」
同じく、といっていいのかといえば違うのだが、同じく午後からは警邏ではなく自由時間であった思春は、三羽烏の代理といったかたちで俺の看病をしてくれている。
機敏に動けないだけで、動こうと思えば錆付いた機械が如くメキミシと動けるから、別にいいって言ったんだけど……今言われたこととほぼ同じことを返された俺は、渋々頷いた。そんなこんなで今の状況がある。
「はぁあ……さすがに関節は鍛えようがないと思うし、ほんとにダメだな、後先考えずっていうのは」
並以下に逆戻りだ。
“小細工”を使用してようやく、なんとか、どうにか勝てたとしても、次が待っている場合は確実に負ける。そんなことが解っている技術をこのまま使い続けても仕方がない。
加速を使ってようやく打ち返せたっていうのに、それが使えなくなるってことはほら、1からとは言わないまでも、3あたりからやり直しってことになるわけで。……はぁあ……下手な小細工なんて、考えるだけ無駄なんだろうか。
そりゃあ多少の加速はむしろいいかもしれないが、積み重なれば関節を痛めることにはもちろんなるし、だからといって全く使わないのも寂しいというかもったいないというか。
結論だけを一言で片付けるなら、“地盤強化に勝るもの無し”だ。
時間をかけてもいいからゆっくり強くなっていこう。
加速は封印だ。仕方ない。
「ところで関節痛って寝れば治るのかな」
「知らん」
「だよなぁ……」
天井を正面に捉えながらの、いっそ大袈裟と思えるくらいの溜め息を吐く。
濃厚な疲労物質が息と一緒に飛んだと錯覚出来るほど、本日の自分は疲れを自覚していた。そしてどれだけ吐こうが、披露物質が体内から消える予感もまったくしないから困ったものである。
やることも出来ない以上、寝ていれば治るか否かは別にしても寝ていたほうが楽ではあるのだが、無理をすれば動けるって結果がある以上は机に向かわないと華琳に合わせる顔がない。
なにせ仕事と鍛錬を両立させる条件を飲んだのだ……ここで寝たきりになるのは敗北の条件を満たすだけぞ……!!
「ふぬぐっ……! ぬぅぉおおおおお……!!《メキメキメキメキ……!!》」
ならばこの北郷、寝たきりになぞなっておられぬとばかりに体を起こし、関節が軋んでも構わず寝台から降りると……メェエエリキキキ……ズシャッ、メェエエエリキキキ……ズシャッ、と錆付いた機械のように机へ向かって歩いてゆくっ……!
思春は……これまでの経験を思うに止めても無駄だと悟っているのか、特に口出しはしてこなかった。それどころか無言で肩を貸してくれて、机まで歩かせてくれる。
「思春……」
「どうせ言ったところで聞かんだろう。さっさと終わらせてさっさと休め」
「……ん。ありがと」
目を伏せて、溜め息混じりにこぼす思春に感謝を。
さて、頑張りますか。
「………」
窓際に歩き、窓を開けて風通しをよくする思春を見たのち、開かれっぱなしの部屋の扉を見る。思春(むしろ孫呉の将)が来たということもあって、パタパタと駆けていってしまった美羽はまだ戻らない。
「みみみみーーーみみみ水をもらってくるのじゃーーーっ!」と言ったっきりだった。
まったく、本当にどこまで雪蓮のことを怖がってるんだろうか。
俺が理解できないほどの恐怖がそこにあったなら、軽く口出しするのも憚れるものの……逆に“いつまでも怖がってても仕方ないだろう”とも思うんだよなぁ。
しかしながら自分に置き換えて考えてみれば、じゃあ貂蝉と熱い抱擁ができますかと訊かれたならば否であるわけで。なるほど、人のトラウマなんてそれぞれだ。安易に口出ししていいものじゃない。
「ふぅうっ……んぬぅうう……!!」
そんなことを考えながらも手を動かす。
相変わらずメキメキと軋む体だが、動かしているうちに慣れるだろうと勝手に結論付けて。そう! 辛い時こそ頑張る時だ! オーバーマンズブートキャンプへようこそ! 大丈夫! キミなら出来る!!
「………」
息を整えて、筋肉などではなく氣で体を動かすイメージ。
走る時と一緒だ。無理に体を使わないようにして、激しい痛みを感じない速度で……。
「お……おおっ」
書ける……否、動かせるっ!
何かに引っかかるような感触もあるものの、安定して動かすことが出来る!
痛いけど! 動かしていることには変わりないから痛いけど! でも筋肉痛な所為で力ませた体に引っ張られるように関節が痛むよりは遥かにマシ!
いける……これならいける!
「………」
そんなわけでようやく仕事が始まる。
さらさらと筆を動かし、カロカロと竹簡を巻き、しゅるしゅると巻物を開いて、さらさらと筆を……と、延々とそれを繰り返す作業。
内容はそれぞれ違っているものの、警備に必要なものや知識等、見て回って頭に叩き込んだものばかりだからそれほどの苦はなかった。
華琳に言われて、仕事に復帰する前に今までの纏めを見たのは正解だったな。
こんなの、いきなり言われても解ったかどうか。
「思春、裏通り西側の壁の補強ってどうなってたっけ」
「壁全体が脆くなっていたな。補強するよりも一度崩したほうが強度は高い」
「あちゃ、そっか……そうなると資金のやり繰りがなぁ……」
裏通りには少々薄い壁がある。
以前食い逃げを働いたヤツがそこへと走り、下方に空いた穴をくぐってまんまと逃げおおせるっていう困った事件があった。
それらを話し合った結果、穴を埋めてしまおうってことになったんだが……補強した程度じゃ絶対に穴を空けるに決まっている。ならいっそ壁全体を破壊して、新しい壁を……とは思春の考えだが、俺もそれは賛成だ。とは思ったものの……うーん。
いっそ壁をとっぱらった時点でそのままにしてしまおうかとも思ったんだが、裏通りの人や表通りの人からも文句が飛びそうなのだ。ある人は“また食い逃げされたらたまらない”など。ある人は“表通りのやつらがじろじろ見るのは気に食わない”など。
事情はそれぞれだよなぁ……華琳だったらズヴァーっと即決しちゃいそうだけど。
(いくら華琳に答えを仰がないようにっていっても、これは俺一人で決めていいことじゃないだろ、うん)
保留。
とりあえず穴には板でも打ち付けておこう。
で、次は……っと。
「………」
「………」
静かな時間が流れる。
考えてみればこうして思春と二人きりになるのも随分と懐かしい。
蜀に居た時なんか、寝る時は常にだったけど……魏に戻ってからは部屋も変わって、今では美羽と居る時間のほうが確実に長い。
警邏を一緒にすることはもちろんあるが、なにせ警邏中だからこうして二人って状況にはまずならない。……いや、べつに二人きりになって何がしたかったとか、そういうのはないぞ? ただ懐かしいなぁって話だ。
(“懐かしい”かぁ……)
及川のやつ、今頃どうしてるかな。
相変わらず女の子のことばっかり考えているんだろうか。
(…………時間が動いてるなら、元気にしてるんだろうな)
それは間違い無くだ。
さて。故郷を思うのも結構だけど、今は目の前の書簡整理を優先させよう。
華琳が帰ってきた時に、何もかもが中途半端なままだったりしようものなら、───しようものなら…………死ねる?
いやいや、死ぬは行きすぎだ。散々呆れられたあとに鍛錬が結局封印させられるのだ。頑張らないとな、うん。地盤を高めようって決めたばっかりなのに禁止されちゃあたまらない。
(華琳も今頃どうしてるんだろ)
相変わらず食事にケチつけたりしていないだろうか。
相手のためにもなっているんだから、そうするなとはそりゃあ断言できない。けど、メンマ園でだけはそれはやっちゃいけないと断言しよう。
無用な心配だな。
いくらあの華琳でも、あそこでメンマのことを言うなんて……なぁ?
(……ははっ)
想像してみたら少し可笑しかった。
そんな可笑しさに少しだけ元気を分けてもらった気になって、なかなか帰ってこない王であり愛しい人を想いながら筆を動かす速度を速めた。……直後に関節の痛みでギャーと叫んだが。
-_-/華琳
……カロッ……かしゃん。
「………」
痛めた頭をさらに痛めた気分で溜め息が出る。
魏にも帰らずなにをしているのかといえば、書簡整理が大体だが今は違う。
「呆れたわね、本当に。一刀は“ぼらんてぃあ”なんて言って、こんなことまでしていたの?」
倉から引っ張り出した竹簡等を東屋まで運んで読み漁り、一刀がこの国で何をしてきたのかを調べていた。もちろん魏から届けられる自分自身の仕事や、この国で必要な“しなければいけないこと”も進めている。
そのしなければいけないことに必要なことがこの読み漁りなのだから、こうして書簡竹簡を紐解いては溜め息を吐いているのだ。
(まったく。随分とまあ学校とは関係のないことで動いたものね)
なるほど、これならば帰ってくるのが遅かったことも納得出来る。
学校の情報提供にと向かわせたというのに、これではいつ来るのかともやもやしていた自分が報われない。
明らかに報告以上の回り道をしているじゃないの。帰ったら適当に理由をつけて蹴ってやろうかしら。
「華琳〜? ねぇかりーーん……そんなところで溜め息なんて吐いてないで、こっち来てお酒でも付き合いなさいよ〜〜っ」
「あなたは少し他国に来ているという自覚を持ちなさい」
木の上が好きなのか、何かと言うと木の上で酒を呑んでいる彼女にそう返す。
相手のほうには視線も向けずにだ。
竹簡を持ってここまで歩いて来る前から、東屋近くの立ち木の上で楽しげに酒を傾ける彼女は、その時から既に出来上がっていた。他国だというのにいい身分ねといった皮肉も右から左へだ。
「んー……? そういえば前からなに読んでるの? 仕事ほったらかしにして」
「……あのね、雪蓮? 失礼なことを言わないでくれるかしら。ひがな一日ふらふらするか酒を呑むかのあなたと違って、私はきちんとここでの仕事も自国の仕事もしているわよ」
「失礼ねぇ、私だって───」
「来る仕事の全てを冥琳に押し付けて、自分は酒を呑んでいる。……違っているのなら是非訂正願いたいわね」
「…………え、えっとー……」
けれど、まあ。
この奔放な王がそれをする理由も解っている。
そうして時間を空けては街に降り、民との交流を計っているのだ。
雪蓮っていう存在がどういう者なのかを民が知れば、そういった部分にどうしようもなく存在する“信頼”という部分も補うことができる。
補えれば、そういった部分───一刀を同盟の支柱にするという案を出している存在が、信用するに足る人物であることも理解してもらえるといったところだろう。
……これで本当に何も考えずに酒を呑んだり遊び惚けているだけならば、聖戦とは名ばかりの躾を差し違えてでもしたいところだわ。そうでもしなければ、かつては甘いことしか考えなかった桃香や、戦狂いというだけで基本的には仕事は投げ出し酒を呑んでばかりの王が、天下統一の壁になっていただなんて納得がいかないもの。
「それで? ず〜っとそうやって竹簡眺めて何やってるの?」
「一刀がこっちで何をしていたのかを見ているのよ。知っていたほうが何かと都合がいいものだから」
「へー……で、どんなことしてるの?」
「気になるなら降りて来て勝手に見なさい。どうして私があなたに言葉で教えてあげなければならないのよ」
「ぶー、相変わらずけちんぼなんだから。いーわよーだ、勝手に見るから」
唇を尖らせた雪蓮が、すとんと器用に降りてくる。
結構な高さがあったのだが、あの体躯で随分と身軽なものだ。
「…………酒臭いわ。やっぱり戻りなさい」
「あっ! 失礼ねー! そんなにまで呑んでないわよー!」
木の上からのじーーーっと見られる嫌な気配は無くなったものの、近くに来たら来たで軽く迷惑な王だ。存在自体がもう少し静かにならないかしら。
どうしようもなく口からこぼれる溜め息を噛み締めて、竹簡を再び開いてゆく。
カタカナというもので“ボランティア”と書かれているらしい竹簡はこれで最後だ。
見ればみるほどあの男の無茶苦茶な働きに溜め息が出る。
「呉でも雪蓮に引っ張られて似たようなことをしていたとは聞いていたけど、これは相当ね……」
「まあ信頼は得られているようでなによりじゃない。やりすぎな感も否めないけど」
「事実やりすぎなのよ。見返りを求めない姿勢でこんなにも人助けをすれば、いずれ支柱になった際にも同じことを求められるわ。それを、前は出来たのに今は出来ないと言うのは細かな信頼に関わることよ」
「本当、一刀には厳しいわねー。なに? そんなに一刀を自分に相応しい人物に育てあげたいの?」
「なぁあっ!?《ボッ!》ちっ……違うわよばかっ! 私はべつにっ……各国の王が認めた存在だというのに無様を曝すような支柱は必要ではないと思っているだけよ!!」
「ちょっ……ばかはないでしょばかはー! そりゃあ私だって一刀にはもっといい男になってほしいとは思うけど、華琳のは押し付けすぎなのよ! そんなことしてたらいつか愛想つかされて逃げられるわよーだ!」
「一刀が? 私から? 在り得ないわね」
「うわっ、余裕の笑み……。あのねぇ華琳……? 当然のことを当然って受け取るのは構わないけど、あなた、いつか絶対にその性格で後悔するわよ?」
「後悔ね……するのならそれは、自業自得というだけのことでしょう? それならそれでべつに構わないわよ」
誰が悪いのではなく自分が悪いと確定しているのだから、何を嘆く必要があるのか。
それは自分が未熟だからこそ招いてしまう事実だ。
私は私が私として生き、その先で悔やむことがあるとするのなら……あの夜のように自分の力では抗いきれないものであると信じている。
自分の力がまだ及ぶものであるのなら存分に努力し、叶わなかった時こそ存分に後悔しよう。だから、いい。自分はこのままでいいのだ。必要だと思った時に変えていけばいい。
「とにかく。静かに出来ないのならせめて邪魔はしないで頂戴。普通、こういったものに目を通す時は口数も減るものでしょう?」
「そ? 一刀の授業じゃ“書いたものを読ませる”ってことをやらせてたみたいだけど。えーとなんだったっけ? 書く、見る、口にする、そういう一つずつのものをいっぺんにやると、頭にいいんだ〜とかなんとか」
「だからといってあなたが人の横で騒いでいい理由にはならないわよ。大体、いつあなたが書いて、見て、口にしたというのよ」
「うっ…………華琳のそういうところ、冥琳みたいよね……」
「あなたが相手なら大体の者がそうならざるをえないというだけのことよ」
その言葉を最後に竹簡を巻くと、円卓の上に積まれている山にその一つを……立ち上がりながら足した。もう全て読み終わった。雪蓮が読むというのなら、片付けも全て任せてしまおう。
……もっとも、任せたところで片付けもせず、どこかへ消えるのでしょうけど。
なら……そうね。
「雪蓮、これから支柱のことについてを纏めにかかるのだけれど、敢えて訊くわ。時間は空いているかしら?」
「───……もっちろんっ♪」
数瞬瞬きをしながら、立ち上がったわたしを軽く見上げた雪蓮。
けれど満面の笑みを見せるとそう返して、手元にあった酒をガッと呑み乾すと、竹簡の一つも持ち上げずにさっさと歩き出してしまう。
……はあ。結局こうなるのよ。まあ、自分が欲した知識の糧を誰かに任せて片付けさせるのもあまりいい気分のすることじゃない。
もう一度溜め息を吐いて竹簡を抱えると、私も歩き出す。
これはもう意地だ。
必ずあの男を支柱にして、この地との絆を深めさせて……もう、絶対に、勝手に消えることを許さない。
私が死ぬまで傍に居させてやるのだ。
だから在り得ない。あってはならない。一刀が、私の前から居なくなるなんてことは。
「………」
そこまで考えて、ふと思ったことを口にしてみる。
……雪蓮は、歩ませていた足をピタリと止め、私へと向き直った。
「管輅の話が眉唾であるかどうかは別として、現に一刀は消えたのよね?」
「ええそう。天に帰ったと言ったわ。何がどう働いてそうなったのかは別として、“一刀はこの大陸から天へと戻った”。つまり天に行く方法が全くないわけではないのよ」
“この大陸から天に行く方法はあるのかしら”───その言葉は雪蓮にとっても気になることだったのだろう。さっきまでの楽しげな表情など瞬間的に潜め、鋭ささえ見てとれる目つきが私の目を見る。
そんな目をいっそ睨み返すような目で真剣に見て返しながら私は考える。
もし、本当にもしもだが、一刀が自分の意思とは関係無しにまた天に戻ってしまうことがあるのなら、天に行く方法を探してみるのもいいと。
三国の王や将をここまでやる気にさせておいて、自分だけさっさと消えるような男にはきついきつい罰が必要だ。だから必ずその方法を見つけだして、乗り込んでやるのだ。
……いいえ、いっそ今から探した方が手間が省けるというものだわ。
消えた瞬間にでもすぐに追えて、蹴り飛ばせるくらいが丁度いい。
「同盟の話を進めるのと一緒に、管輅に関することを調べるわ。雪蓮、あなたは?」
「付き合うわよ。ここまできて、もし直前で一刀が消えた〜なんて言ったらやってられないでしょ? それこそ天に乗り込んででも連れ戻すわよ」
「でしょうね。私だってそうするわ。……さて、だったらもう一人の王にも声をかけてあげなくてはね」
「どうせ二つ返事でしょ? さってとー、久しぶりに頑張っちゃおうかなーっと♪」
「あなたは普段からもう少し頑張りなさいよ……」
言ったところで「聞こえなーい」なんて言って耳を塞いでしまう。
まったく。一刀も本当に厄介な相手に気に入られたものだ。
けれどもそれが絆ってカタチに向かうのなら、私から一刀に向けて飛ばす文句なんてものはそうそう無い。
今はただ、彼を傍に居させるための行動を続けていこうと思う。
それでも消えるというのなら、それこそ天に行く方法を見つけて乗り込む。
どうしてこの大陸に降りたのかは解らないと言っていたのだから、天の技術が関係しているとは思えにくい。そういった小さなことから辿って、必ず───
「……そうよ。今度は泣くだけで諦めるなんてこと、しないんだから」
呟き、竹簡を持つ手に力を込めた。
その呟きを、聞こえないとか言っていたくせに耳で拾った雪蓮が振り向くのに合わせて、竹簡の半分を持たせる。きょとんとした顔に笑みを返してやると、彼女は頬を膨らませながらも竹簡を持ったまま歩いた。
「………」
空を仰ぐ。
蒼の空……天とも呼べる、広き青を。
天という場所がどんなところなのかも解らないけれど……私はもう、一刀を手放す気など少しもない。帰らなければいけないのだとしても知ったことではない。
(だから……奪おうとでもしてみなさい? その時は、この大陸全てが相手をするわ)
誰が居るわけでもないのに空へと笑い、歩いた。
出来ることは全てやっておこう。
休む暇さえもったいない。
努力が及び、後悔しないように動ける瞬間があるのなら、きっと今こそがそれなのだ。
今必要であるからこそ自分を変える。天などに負けないために。
107/そして流れる時間
-_-/呉
呉、建業。
その城下では、以前からささやかながらある噂が流れていた。
いつかの無茶ばかりをしていた馬鹿息子代理が、なんでも三国同盟の支柱になるかもしれないのだとか。
孺子一人に何が出来るんだと呆れる者も居たものの、言ってしまえば“それ”を今から自分たちが確かめることになるのだ。何が出来るのか、なんてことはなってからじっくり見せてもらえばいいと。
吉と運ぶならよし、凶と運ぶならやめてもらえば良し。
そう単純なものではないだろうと、やはりそう言う者も居るには居るが、その顔は嫌がっているというよりは苦笑で満ちていた。ようするに、その馬鹿息子にそんな大役を任せることが心配だったのだ。
しかしながら、聞けば三国の王や将がそれを望んでいるというではないか。
ならばよほどのことが無い限り平穏は続き、望むのであればこれからでも……彼が望んだ“誰も死なない未来”を手に入れられるのだろうかと、彼ら彼女らは思った。
-_-/蜀
蜀、成都。
噂が広まる渦中では、やはり笑いながらいつかの青年を思い出す民が多かった。
呉での噂を耳にして興味を示す者や、実際にボランティアで仕事を手伝ってもらった者からの印象は良好。そうでない者も興味が無い者も、“彼を中心に置くことで本当に均衡が保たれるのなら”と考える人が多かった。
なにより自らが信じるやさしき王がその者を支柱にと謳うのならばと、当然といえば当然だが、支柱になる青年を信じるというよりは王を信じる者が多かった。
彼を知る者に言わせれば、「それじゃあこれから知っていけばいい」、「玄徳さまが男になったみたいな、面白い男だった」など評価は様々だが、そうまで悪い印象は無かった。
-_-/魏
魏、許昌。
蜀から広まっている噂に、民たちはおろか兵も笑っていた。
彼の人柄を知ればこそ、戻ってきてからの働きを知ればこそ、呆れと期待を含むなんていう変わった笑い方をしていた。
「ねぇねぇみつかいさまー! しちゅーってなにー?」
「へ? シチュー? ……えっと、誰から聞いたのか知らないけどな? シチューっていうのは天に存在する美味しい食べ物のことでな?」
「へー! たべものなんだー!」
「ああっ、うまいぞ〜? っと、お父さんは元気か? このあいだ腰やってただろ」
「うんっ、このあいだ、“かだ”のおじちゃんがなおしてくれたよっ」
「…………来てたんだ、華佗のやつ。あ、えっとな? 華佗はおじちゃんじゃなくてお兄ちゃんだから、ちゃんとお兄ちゃんって言ってやろうな?」
「うんっ! みつかいさまがそういうなら! だからあそんでー!」
「よしっ! じゃあ肩車して、兄ちゃんと街の平和を守るぞーっ!」
「おー!」
当の御遣いはこんな調子である。
ようやく関節痛から解放されても、やることなどほぼ変わらない。
魏の民からすれば、頼まれれば嫌とは言えない彼が支柱で大丈夫だろうかという心配ばかりが込み上げる。しかしながら、そんな人柄だからこそ期待をしているのも確かだった。
「あっ───北郷隊長! 第一区画で無賃飲食者が暴れているとかでっ……!」
「またいきなりだなおいっ! あ、あー……ごめんなっ、ちょっと危ない用事が出来たから、代わりにこの兄ちゃんに遊んでもらっててくれっ! ───この子を頼むっ!」
「? うん、いってらっしゃいみつかいさまー! ……いっちゃった」
「やれやれ、あの人は……。仕事中でも平気で遊ぶ癖は相変わらずのようだ……」
「ねぇおじちゃん、みつかいさま、どこにいったの?」
「おじっ……!? お、お兄さん、な? 自分はまだまだ若いんだぞー? ……まあ、そうだなぁ。“話をしに”かな」
「おはなし?」
「そう、お話。悪いことをしたから問答無用で力ずくってことを、あの人はしないんだ。この間だって、まあもちろん罰はあったけど、代わりに代金を払って肩組んで笑ってたりしたし……信頼はしてるけど、お人好しすぎるのが玉に瑕かな」
それを助けるのが自分らの務めであり信頼でもあるが、と小さく呟いて、兵は笑った。
「ただ、人を傷つける人には容赦しない。温和な人は怒ると怖いっていうが、あの人のはなぁ……」
「みつかいさま、こわいのー?」
「答えづらいものだなぁ。なにせ本気で怒ったところなんて一度しか見たことがない」
そう呟く彼を他所に、無賃飲食者が暴れるという区画までを走った御遣いが、その暴れる者を押さえつけることに成功。
説得も聞かずに散々暴れた彼は酔っ払っていたらしく、店の卓を一つと椅子を二つ破壊。説得はその頃まで続いていたが、砕けた椅子の破片がその店の子供の頭にぶつかった時点で終了。
酔いが醒めるほどの怒気と殺気を感じた彼が、家屋破壊から一刀へと意識を向けた時には腕を取られ、床に叩きつけられていたという。
「どう話したものかなぁ。あー……口では自分のためとか言いながら、他人のためばかりに怒る、と言えばいいのかな。はは、もっとご自愛してくださいと言っているんだがなぁ」
「おじちゃん、みつかさまのことすきなのー?」
「あの方は差別ということを知らないからなぁ。実は“お兄さん”、かつては袁家で兵をしていたんだが……まあ、そうはいっても平民の出で、米の一粒のために志願したくちだ。扱いもぞんざい、苦労も多かった。いつか曹操さまの軍に敗れ、こうして降るまではよく頭を抱えたものだが……その先で警備隊に入り、北郷隊長に出会い……こんな人も居るのだなと、自分の“ものを見る目”が変わったのを感じたものさ」
「ふーん……よくわかんない」
「はっはっは! そうかそうかっ! 実はお兄さんもよく解らんっ! 気づけばあの方と仕事をする自分がこんなにも好きになっていた。米の一粒のために命をかけるのではなく、民の笑顔のために懸命に走る。そんな生き方があったことを教えてくれた。知ることが出来た。解ることなど、それだけで十分なのかもしれないなぁ」
警備隊の兵は笑った。警邏中に笑うなど不謹慎極まりないと、平和になる前は言われただろうが───今はそれを強く咎める者など居ない。
なにせ、“街を、なにより人を守ろうとする人が怖い顔をしちゃいけない”と、隊長こそが笑って言うのだ。怖い顔をする時は、人質もなく、明らかな悪意を持った相手にだけ、と。
「おーい! 隊長が無賃飲食者を取り押さえたぞー!」
「早いなおい! で、相手に怪我は───させるわけないか」
「ああ。困ったことに自分の怪我より相手の無事を優先させる人だ。なんとかしてほしいよ、あの性格だけは」
「まあ……なんだ」
「無理……だろうなぁ。まあ、言ってみただけだって。それより子供が少し怪我をしたらしいから、連行を頼むって」
「子供に、怪我……? 相手、ほんとに大丈夫だったか?」
連行とは言うが、大体はじっくり話せる場所まで連れて行き、説教をするだけである。
そう、大体は。
人に怪我を負わせた、何かを壊してしまったともなれば話は別であり、酔っ払って店のものを破壊してなおかつ子供に怪我までさせたとあっては、温厚で知られる御遣いさまも黙ってはいなかった。
「一瞬空気が凍ったね。包囲していた俺達が一斉に“あ”って言うくらいに冷えた。次の瞬間には床にどかーんだ」
「そ、そっか……隊長って今、夏侯惇将軍と鍛錬をしているんだろ?」
「いや、夏侯惇将軍だけじゃなく、張遼将軍や……呉国で将軍をやっていたらしい人や、董卓軍で将軍をやっていたらしい人とも鍛錬をしているんだとか……」
「………」
「………」
「よく……生きてるよな……隊長」
「な……」
「? よくわかんないおはなしはいいよー。おじちゃんたち、あそんでー?」
『おじっ……!? お、お兄さんなっ!? お兄さんっ!!』
二人同時に同じことを言って、仕方も無しに歩いた。
噂の御遣いは相も変わらず将には振り回されてばかりの日々を送っているが、本格的な鍛錬をしない者から見れば、既に身体能力は異常になりつつあった。
「しっかし……隊長も随分と強くなったよなぁ。俺が魏に来た頃なんか、食い逃げを追いかけるだけでもひぃひぃ言ってたのに」
「ああ。なんでも弱い自分のままで居たくなかったとかで、天で修行していたらしい」
「…………なんか、嬉しいよなぁ。天って言やぁ隊長の故郷だろう? そこよりも大事に思ってくれるなんてさぁ」
「俺達も“やらなきゃな”って気になってくるよな」
「でもあの様子だと……自分の強さとかに気づいてないよな、絶対に……」
「仕方ないだろ……将軍たち相手の鍛錬だぞ? 強くなっても勝てないんじゃあ、実感なんて沸かないって」
「だよなぁ。俺だったら絶対に途中でやめてるよ」
「そう考えると、本当に……大した愛国心だよ」
「愛国……? ははっ、そうか、それも一応愛国心だよなっ」
「俺達隊長に愛されてるなー」
「なー」
『………』
「馬鹿やってないで行くか」
「だな」
説教だけでは終わらなかったにせよ、結局は無闇に力を振るうことはしない御遣いは、厳重注意、子供への謝罪、壊したものの弁償などを命じることで良しとする。
結局は子供を連れたままでその裁きを見た兵二人が感じたことは、力を得たのに殴ったりはしない隊長への疑問や呆ればかりだった。
試しに訊ねてみれば、
「へ? あ、いや、んんっ……えと。ほら。今まで守ってもらってばっかだったじゃないか、俺って。それを返したいと思ってつけた力なのに、“守る”以外のことで使うのってなんか違うだろ? それに……戈を預けてもらってる身で簡単に暴力を振るったら、申し訳が立たない相手も居るしさ」
“まあ鍛錬は別として”とちゃっかり付け加えた彼は、頬をカリッとひと掻きしながら笑った。つくづく隊長の威厳はなく、話し掛けやすい人だなぁっていう認識が高まっただけだった。
そんな彼も警邏が終われば多忙を極め……もちろん警邏が忙しくないわけでもないのだが、時間の許す限りはほぼ走り回ったり机に向かったりをしていた。
三日が過ぎれば鍛錬を。
三日を過ごす中では主に仕事と、将兵との交流を深め、また鍛錬だ。
「なぁ。鍛錬の話だけど……まず何からやるって言ったっけか、隊長」
「ああ、なんでも百里を走るとかなんとか」
「よし。ついていけば俺も強くなれるかなーとか思ったけど、すっぱり諦める」
「だよなー……まあ、辛さを共有出来ない分は仕事で返すか」
「だな」
そう言って二人は歩きだした。
いや、歩き出そうとしたら、クンと腕を引かれ、振り向いてみれば先ほどの子供。
『………』
二人は顔を見合わせたのち、これも仕事だと頷いた。
───さて。
子供に付き合い、渋々と遊んでいたこの二人がやがてはムキになり、本気で遊びだすのは少しあとの話。大人げも無く子供のように遊び始める大人を前に子供は喜び、友達を呼んでは一緒に燥いだという。
子供の噂話は広まるのが早い。
そんな“些細”が兵と民の距離を縮め、何かが起これば頼み易そうな一刀を頼っていた民も、僅かずつではあるが兵に歩み寄るようになる。兵たちからも張ってばかりだった気迫が弱まり、しかし注意が散漫になるかといったらそういうわけでもなく───その原因のほぼが、弛んでいれば注意を怠らない凪にあった。
緩みすぎず厳しすぎず。
そんな奇妙なバランスが取れた魏の城下は、以前よりも少しだけ暖かさを増やしながら人々を笑顔にしていた。
-_-/───
時間は流れる。
当然のことが当然であるように、人もまた成長し、それは人が住む街も同様。
笑顔があれば涙もあり、涙があれば人が走り、走った分だけ笑顔が増えた。
警備などという言葉があって、それは街を守るだけではなく、なによりもその場に生きる人達を守るという意味が強かった。
それもまた当然なのかもしれないが、人を守れば街が守られ、街が守られれば人も守られる。そういった“当然”の連鎖を続けることで、日常の中の笑顔ってものは増えていくのだと誰かが言った。
「これどうかしてるだろっ! よくこんなので音が出せるな!」
「うむむ……七乃は容易く奏でておったのじゃがの……」
「もっと力を抜いてみたら? ……んー、あー、ちょっとちぃにやらせてっ! 出来たら教えるからっ!」
「いやっ……これでも力は抜いてるんだけどな……こっ、ほっ、ぬむむむ……!! 難しいなぁ二胡って! ってちょっと待った! もうちょっと! もうちょっとで出来そうな気がするんだよ!」
「見ててじれったいんだもん、いーからちぃにやらせてみなさいってば」
「あ、ちーちゃんの次はお姉ちゃんねー?」
「……はぁ。こんな調子で次の会合に間に合うのかしら……」
「うぐっ……ごめん人和、迷惑かける……。美羽、悪いんだけどまたこっちで練習しててくれ」
「おおっ、“けーたい”とかいうものじゃのっ! ほんに奇妙よの……こんなものからひとりでに音が出るなぞ……」
「これあったら一刀の演奏いらないんじゃない?」
「人が努力してる横でそれを言うか!? く、くそう見てろ!? 絶対に上手く弾いて見返してやるっ! つか天和も地和も人和もっ! 自分たちの練習しててくれって!」
騒がしくない日などなく、街が賑やかならば城もまた。
覇王の提案もあってか魏で行われることになった三国会合の準備に、皆が普段よりも足を速め、動き回っていた。
二胡を手に苦しむ御遣いが見れると聞けば、それを見ては冷やかしにくる将多数。
しかし準備は確実に進んでゆき、忙しいながらもその顔は笑顔だった。
それは魏だけではなく、向かうための準備をする呉や蜀も同様だ。
「ついにこの日が……。い、いや、今日行くわけでもないのだから、落ち着け……落ち着くのよ蓮華……、───っ! ちち違うっ! “落ち着け”っ! “落ち着け”よ蓮華っ! “のよ”じゃないわっ!」
「お姉ちゃんてばまた鏡に向かって騒いでる。最近ずっとだよねー? んふん? もしかしてぇ……一刀に“綺麗になった私を見て〜”とか言うつもりなの〜?」
「ひゃわぁあっ!? しゃしゃしゃっしゃしゃ小蓮!? あなたいつからそこにっ!?」
「さっきから居たもん。なのにず〜っと鏡見てでれでれしちゃってさー? 今頃は一刀も立派な支柱になろうって頑張ってるかもしれないのに、お姉ちゃんがこれじゃあねぇ〜……やっぱり一刀の后に相応しいのはシャオだよね〜?」
「お前にはまだ早いっ! だだ大体っ! 私は一刀の后になりたいだなんて、そんな話は一度たりともしたことがないっ! かずっ───彼は、私が戈を預けた大切な人だからっ……だなっ……!」
「お姉ちゃんたら照れちゃって〜♪ でもだめー、一刀は私のだもん。お姉ちゃんにだってあげないよーだ」
「……はぁ。自分のものだと騒いでいるのはシャオ、お前だけだ。とにかく、私と一刀は互いを高めると決めた仲だ。妙な誤解は正す必要があるし、そういった誤解をし続けるのは一刀にも………………その……め、迷惑だろう……」
「お姉ちゃんってほんとに顔に出るよねー……。思春から離れて少しはのびのびするようになったかなーって思ってたのに、肝心なところで頑固なままなんだもん。そんな落ち込んだ顔で言われたって全ッ然説得力なんかないんだから」
「なっ!? 小蓮っ! お前はっ……!」
純粋に祭り騒ぎを楽しみにする者や、一刀に会うのを楽しみにする者、そしてそれら両方を楽しみにする者、それぞれである。付け足すならば、“合法的に思う存分酒が呑める”と、そればかりを楽しみにする者も居たりもするのだが。
「ああっ、ついにお嬢様と再会する日が来るんですねっ……! この日をどれだけ待ちわびたことかっ……! この日のために溜め込んだ鬱憤の全てを、お嬢様を愛でる()ことで!」
「本音だだ漏れで目を輝かせるの、やめてほしいんだけど? そもそもなんであんたがここに居るのよ。せっかく月と二人でのんびりしてたのに」
「東屋は休憩所みたいな場所なんですから、べつに誰が先に居ようが来たっていいじゃないですかー♪」
「……詠ちゃん」
「うぐっ……どーして月はいっつもそうして相手ばっかり庇うのよ〜……」
「ああっ、たまには味方をしてほしいんだけど正面からは言えないから、こうして来る人来る人につっかかっちゃってたりするんですね?」
「しないわよっ!!」
「まあそれは別にどうでもいいので話題ごとごみ箱にでも捨てておきまして」
「せめて置いておきなさいよっ!」
「実はお二人に折り入って相談があるんですがー……」
「嫌よ」
「ああそうですかー♪ 引き受けてくれますかー♪」
「嫌って言ってるのになんなのその返しかたっ!」
「いえ、だって“やっぱりお忙しい二人にこんなことを頼むなんて酷ですよね、ごめんなさいやめておきます”と言おうとしたら───」
「あんたそれ嘘でしょ!! 絶対に今思いついたでしょ!!」
「いえいえそんなことは全然これっぽっちも。で、お願いなんですけど、魏に着いたら少しの間だけお嬢様から一刀さんを引き離しておいてくれません? 一刀さんのことだから絶対にお嬢様をあの手この手で飼い慣らし……もとい、懐かせちゃってると思うので」
「だ、だから知らないったら! なんで私がそんなこと───」
「詠ちゃん、正面からお願いしに来ている人のこと、そんなふうに追い返したら悪いよ」
「ゆっ……ゆぅううえぇええ〜〜〜〜〜っ……」
「はいっ《ピンッ♪》、では決まりということでー♪」
「勝手に決めるなぁあーーーーーっ!!」
喜び方にも若干(?)の違いはあるものの、嫌だと思う者はまずおらず、そうと決まればと自分に出来ることを探しては、準備に勤しんでいた。
……もちろん、ろくに準備もしないで酒ばかりを呑む王も居るのだが。
「んふふふ〜♪ ねぇめーりーん、そんなに難しい顔ばっかりしてないで、お酒───」
「付き合っている暇などないな。後にもせずに一人で呑んでいろ」
「うわ、後にしろとも言ってくれない……。じゃあ手伝うから、空いた時間で───」
「必要ない。お前が手伝うなんて、よくないことを企んでいる証拠だ。その言葉は普段の時にこそ聞かせてほしいものだな」
「うぐっ……ね、ねぇ冥琳? 疲れてるんじゃない? なんか最近冷たいし。少し休んだら───」
「……いやなにな。そうしたいのはやまやまなんだが、しなければならないことはなにも書類整理だけではないというのに、酒を呑むか企むだけしかしない王が居るのでなぁ。出来れば企みようがない力仕事を手伝うか、黙っていてくれれば助かるのだがなぁ」
「う、うー……なによ冥琳のばかっ! 頭でっかちっ! せっかく休んでお酒しましょって言って───」
「それはお前が“お前の怠慢”に軍師を巻き込み、サボリの後ろめたさを誤魔化したいだけだろう」
「《ぐさっ》はうっ! う、うぅうう〜……めーり〜〜ん……」
「構ってほしいのならさっさとやるべきことをやればいいだろう。生憎と、私は何もしない王とともに交わす酒など知らないんだ。大体、集まりを楽しみにしているのは雪蓮も同じだろう」
「んー……そーなんだけどねー……。でも今は誰かに任せて楽に楽しみたいって気分で」
「…………もういい、お前は呼ばないから大人しく建業で酒でも呑んでいろ」
「あーんめいりーーん! 冗談、冗談だってばーーーっ!」
苦労ばかりを重ねる者はどの国にも居るらしく、魏では一刀、呉では冥琳、蜀では詠が頭を抱えていた。その瞬間が奇妙に一致したことは、恐らく誰も知ることはないだろう。
そんな苦労や偶然がどうあれ準備は続く。
なにかと面倒事を押し付けられる人というのはどうにも決まっているらしく、幾つかの問題を抱えながらでも出来ることだけはしておこうと奮闘する姿が各国で確認される。
「あぁあああぁぁぁぁあっ!! そういえば流琉が居ないのに魏で会合って! 料理とかどうするんだよぉおおっ!!」
「あちゃー……舌が肥えとる人らもおるんやしなぁ……隊長、料理出来る?」
「ふ、ふふっ……ふふふ普通の味なら任せてくれっ……!《ゴシャーン♪》」
「んな腕で歯ぁ輝かせられても状況はよくならんよ、隊長……」
「…………〜〜……たっ、隊長っ! ここは自分がっ───」
「な……凪……! ───……あ、あー……申し出は嬉しいけど、大丈夫か? 緊張して普段より辛くしたりとか」
「だめなの……凪ちゃん、きっと美味しく作ろうとすればするほど辛くするの……」
「うお……あ、でも俺の時は普通に美味かったけど」
「そらぁ隊長が相手やからなぁ……で、隊長? さっきから読んどるその竹簡、なにが書いてあるん?」
「え? あ、ああ、華琳がそろそろ帰るって。で、これが届いた日から華琳が戻る日まで、一切の鍛錬を禁ずる……って。なんのこっちゃ……」
「“鍛錬しすぎてるだろうから休ませろ〜”ってことじゃないのー?」
「その通りだと思います。隊長はこのところ、無理をしすぎです。……その、非番の時などほぼ一日中眠ってらっしゃいますし……」
「う……ごめんな、これでも少しずつ慣れてきてるから、もう少しすれば余裕も出来ると思う」
「もう少して、どれくらいやねん……」
「………………いっ……一年……くらい……?」
「それってちっとも少しじゃないのー!」
「しょーがないだろーーっ!? あれから小細工無しで鍛え直してるんだから! それよりも料理のほうをどうするかだよ! 今から料理の修業したって間に合いっこないし……!」
「あ、なんやったら隊長が華琳さま専用の料理ってことで、裸体盛りにでも───」
「職の首どころか物理的に首が飛ぶわっ!!」
確認されるだけで、それが確実に実りになっているかはまた別の話なのだが。
「華琳さま、料理の腕に自信がある者を先に発たせる手筈が整いました。呉でも同様に整ったとの報せも」
「結構。流琉、先に戻って準備を進めておきなさい。季衣、万が一ということもあるから、朱里と雛里をしっかりと送り届けなさい。紫苑も居るのだから、そこまで気を張る必要もないでしょうけど。桂花は引き続き、他国の軍師とともに会合の準備を進めて頂戴」
「はっ」
「はいっ」
「はーい」
「けど……華琳さま? 今回のこの話し合いには、なぜ私や季衣を? 会合の日までには確かに日数はありましたけど……」
「いつまでも食べることばかりに意識をむけられていては困るのよ。たまにはいい刺激になるでしょう? きっと今頃料理をどうするのかを、一刀あたりが思い悩んでいるところよ」
「うわぁ……」
「あははー……兄ちゃんも大変だなー……」
「これを機に、少しは調理に気を向けてくれればいいのだけれど」
「……あれ? 華琳さまー、じゃあボクは?」
「季衣、あなたも少しずつで構わないから作ることを覚えなさい。そうすれば食べる楽しさもまた増えていくわ」
「うーん……ボク、食べる専門がいいんだけどなぁ……」
「華琳さま、どうして急にそんなことを?」
「“学校”に関しての一刀からの報告を見た時から決めていたことよ。天には調理実習というものがあって、幼い頃から料理を学ぶ授業があるそうよ。けれど考えてもみなさい……我が軍の将の中に、調理が出来る者がどれほど居るというの?」
『あ……』
「食べるばかりで料理の一つも満足に作れないのでは、能力的に天の子供にすら劣るということ。だから決めたわ。ここの学校にも調理実習の科目を追加して、学ばせていく。広い目で見てみるとよく解ったのよ。この大陸には、食べることばかりで作ろうとする者が少なすぎるの」
「魏だけで言っても、ほぼが食べてばかりですからね……」
「えへへー、だって食べてる時のほうが幸せだもん」
それぞれがそれぞれの考えを胸に、会合の日を待つ。
その日のために努力する者、その日のために知恵を搾る者、様々だ。
「ぬぬぬっぬぬぬ主様っ! 主様ぁあーーーっ! 主様主様っ……ぴきゃああああ主様ぁあああっ!! 起きてたもっ! 起きてたもぉおおーーーーーっ!!」
「う、うぅうっ!? な、なんだどうしたっ!? まさか仕事に遅れ……って、まだこんなに暗いじゃないか……」
「で、出たのじゃっ……出たのじゃぁああっ……! “冷たい女”が……冷たい女が出たのじゃぁああっ……!!」
「へ? 冷たい───って、あの街を歩くっていう!? いったい何処にっ!」
「あっちの通路なのじゃっ……! か、厠に行こうとしたのじゃがのっ……? 声をかけても返事もせなんだから触れてみたらの……っ!? そしたらのっ……!? そしたらのぉおっ……!?」
「厠のほうか───よしっ! じゃあすぐに《ぐいっ!》ぃいっとぉっ!? み、美羽? どうした?」
「ふ、ふ……ふみゅぅううう……!!《カタカタフルフル……!》」
「…………あのー、美羽? まさかとは思うけど、まだ、その……済ませてなかったり?」
「……《こくこくこく……! ───……ガタタタタタ……!!》」
「いやっ! ちょっ……待った待った! 解った! すぐ連れていくから我慢だっ!」
「ふっ……ひ、ひぅうう……!!」
「がまっ───頑張って我慢だぁあっ! 抱えていくからっ! なっ!? ほらっ!」
「《がばしっ》……ぬ、ぬしさまっ……わらわ……わらわ、もう、もう……!」
「キャーーーッ!!? ががががぁああががが頑張れ頑張れできるできる絶対できる頑張れもっとやれるって! やれる! 気持ちの問題だ頑張れ頑張れそこだっ! そこで諦めるな絶対に頑張れ積極的にポジティブに頑張る頑張っ───……いやぁあああ頑張ってぇええーーーーーっ!!!」
会合とは名ばかりの宴の日がやってくる。
準備に追われようとも騒がしさは変わりなく───どこまでも、ただ賑やかに。
やがて、ただ普通に……“いつもの今日”が訪れるように、段々と宴という場が形作られてゆく。
あとはなにが必要だっただろうか。あれを忘れていた、さあ早く。
そんな些細なことでも笑みがこぼれ、忙しくても笑顔でいた。
「俺の目が黒い内は、裏通りのやつらに無茶はさせねぇさ。チビ、デブ、おメェらも目ェ光らせとけよっ!」
「へいっ! アニキッ!」
「わ、わがったんだなっ!」
「助かるよ、アニキさん」
「いいってことよ。兄ちゃんには出会いがしらに随分なことしちまったからな。だってェのにこうしてここで働くことを許してくれたんだ、こんぐれェは恩返しの範疇ってもんだ」
「お前、懐の広いアニキに感謝しろよな」
「バカヤロが、感謝するのは俺達の方だっての。元黄巾の俺達なんざ、首切られて当然……ましてや職を貰えるなんてのは奇跡みてぇなもんなんだぞ」
「そ、そうでやしたね、アニキ」
「さ、さすがなんだな、アニギ……」
客が揃ってからお祭りが始まるのではなく、準備を始めた瞬間がお祭り。
敵として見る理由などはもはや無い、見知った者や友を迎えるために奔走するのはどうにもくすぐったく、面倒だ、どうでもいいなどという言葉を聞くことは───結局、準備を始めた日から客人が訪れる日まで、そしてそれ以降も聞くことはなかったのだという。
それは、民だろうと兵だろうと将だろうと、誰もが同じだった。
もはや敵も味方もなく、許せるからこそ笑える今に、皆が皆、感謝する。
そうした、訪れるであろうお祭り騒ぎの気配の中、ある一人が蒼天を見上げて唱えた。
賑やかな城下、動き続ける人垣の中、そんな喧噪の中でもけっして掻き消されることのない、大きく、しっかりと通る声で。
「一筋縄じゃいかない客ばっかり来るけど、皆で力を合わせて頑張ろうな! ───さぁ! お祭りを始めよう!」
『おぉおおおおおおおおおおおっ!!!』
それは別の外史の蒼の下、彼ではあるが彼ではない天の御遣いが口にした言葉。
叫ぶとともに、会合に向けて賑わう城下が一層に賑わいを見せ、ともに叫ぶ。
まるでこれから戦でも始まるのかと見紛うほどの熱気と、しかしそれを思わせはしない笑顔たちが腕を振り上げ心を震わせた。
ネタ曝しです
*頑張れ頑張れ
松岡修造さんのニコニコユーザーへの応援メッセージより。
たまに見に行って勇気をもらいます。
お待たせしております、63話をお送りします。
健康に気を使い始め、暑さに妙な耐性が出来たのはいいんですが、やけに眠たくなるようになりました。
最近電気付けっぱなしで力尽きることばかりです。
それはそれとして、現在真恋姫をプレイし直していたりします。魏ですが。
やればやるほど将たちの強さと兵の強さの差にあんぐりするばかり。
たまに将が居れば兵が無用扱いなんじゃないかと思ってしまいます……が、春蘭の目を奪ったのは誰かの流れ弾ときます。これは兵なのに見事というべきなのかおんどりゃなにしくさってんじゃァアアと叫ぶところなのか。
なんにせよ、化膿しなくてよかったです。
一刀の強さについては、加速等の“小細工”を使わなければ将の相手は辛すぎる程度。というかまず勝てませんハイ。相手が油断していて一刀を甘く見まくっていて手加減をしていて下に見切っていたらなんとか勝てる程度ですね。
しかしこの小細工、主に加速ですが、関節に無理な負荷をかけるためにとてもじゃないけど実戦向きではないです。鍛錬と割り切ってやるのなら、星の時のように相手の凡ミスを拾うことも可能というくらいで、使った翌日には必ず関節を痛めているようじゃあ一日しか戦えない多少長持ちのレンタヒーローです。
氣の扱い(攻撃の氣と守りの氣)にもっと慣れれば変わってくるわけですが。
吸収、装填のほうですが、左手で吸収した氣、または衝撃を木刀に蓄積させるというものですが、タイミングを間違えば当然痛いです。タイミングが遅ければ“氣が篭った左手で敵の攻撃を受け止める”で済みますが、早ければてんで氣が篭っていない左手で受け止めるはめになるわけで。
この世界のお方相手にそれでは、骨の一本は確実に折れますね……。やっぱり実戦向きではないです。
使える時が来るとするなら、左手に受け止めるための氣を集中させても他の部位にまだまだ氣の余裕が残せるくらいに錬氣が出来るようになってから、ということで。ええ、当分無理です。
魏に移す予定だった、いつか蜀でやろうと思っていたネタを三国連合かIFに移します。
あ、冷たく硬い女とはまるで関係がないです。
凍傷小説ではほぼあるものですが……はい、これはIFで書いたほうがよいやもですね。
華雄の話はどうしたー!と言われそうですが、それはもう少しあとで。
ではまた次回で。
中途半端感がありますが、一応魏編はここまでです。といっても場所が魏ですから、連合のお話も魏が主体になりますが。
さて、書き分けが難しいところまで来てしまいました。
頑張るしかないですね……。
ここらからオリジナル小説の方も進めていくつもりなので、更新がまたも遅れます。
お金を取るようなものではありませんが、時間はどうしようもなくいただいてしまう場所なので、時間を大切にしつつ、のんびりと、楽しめればもうけもんじゃーいって気分で見てやってください。
改めて、それではまた次回で。
(11/17)
突然「なにお前死んだの?w」というツッコミメールが来たので一応。
生きておりますし、小説も書いてますよー。
ただオリジナルの方を書いていますので、ギャフターは停止状態です。
どんなカタチであれきちんと書き切りますので、
「ギャフター更新確認? 一ヶ月にいっぺんで十分だろ」
な感じでお願いします。本当に遅いですので。
現在は他者様の小説を見に行く時間も取れずにもやもやしております。
小説も書きたいし、でも読みたいしで、結局小説を書いているのですが。
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