118/ある意味きらきら輝くあなた 「───! ───!?」 なにかが聞こえる。 目の前の誰かが何かを言っている。 もはや目の前の当てるべき存在が誰なのかも忘れるほどの集中の中、その声はどうしてか苛立ちに変わって《ぼがぁあっ!!》 「いっだぁあああああーーーーっ!!?」 ……直後、脳天への痛みとなって俺を襲った。 「!? !?」 訳も解らず両手で頭を押さえ、涙目になりつつ辺りを見渡す。 というか……あれ? 「…………」 「あ、あー……あの、祭、さん?」 むすっとした顔の祭さんが目の前におりました。 どうしてか両手をぷらぷらと振るいながら、俺を睨んでおります。 「なんで俺、殴られたのでしょうか」 「やめいと言うのにやめんかったからじゃろうが! このばかもんがっ!」 「ええっ!? そうなの!?」 言われた記憶がまったくございませんが!? そ……そんなに集中してたのか、俺……。 そういえば途中から、目の前の人が祭さんだったことを忘れて……───殴られたあとに目の前に祭さんが居ることに驚いたくらいだった。 これほど集中したのって……呉で氣を覚えようとした時や煩悩を殺そうとした時以来か? あの時も確か、話しかけてくれた穏に返事をしないどころか気づかなかったくらいの集中だった。 それを攻撃を混ぜた鍛錬の中でやるなんて……大丈夫か、俺。 「そ、それはごめん。でも、なんでまた急にやめろなんて? 俺、まだ当ててないし……って、まさか当てられる見込みが全くないから中止!?」 「………」 「《ごすごすごすっ》いたっ! いたたっ! ちょ、祭さんっ!? なんでっ!」 続けざまに拳骨を三発頂いた。 しかし本気のものではないらしく、その後すぐに溜め息を吐いて胸の下で腕を組んだ。 「北郷。拳を振るってみせい」 「拳? 氣で、でいいのかな」 こくりと頷かれる。 ならばと構えて、氣で操る感覚で拳を振るう。 「……おぉっ!?」 すると、さっきよりもよっぽど早く体が動いてくれる。 当然、何もない空中に腕が引っかかる感触は残っている。 言ってしまえば攻守になる前の氣のほうがよっぽど早く動かせたが……それでも速くなってくれたって事実は、素直に俺を喜びへと連れ出してくれた。 「おおおっ! 動く! 動くっ!」 拳を振るう。ヒュッ、ヒュッと素早く。 以前の自分に届いていない悔しさとか、普通なら浮かぶ筈なんだろうけど、今の俺の中には感謝と喜びと驚きしかなかった。集中出来たのも、祭さんが教えてくれたお陰だ。俺一人で自分が思う通りにやっていたところで、氣を無理に体の動きに合わせた速度しか出せなかったのだろうから。だから素直に言った。小さな子供が親戚の人にお小遣いをもらって燥ぐみたいに真っ直ぐに。 「ありがとう祭さんっ!」 「お? お、おう」 なんか体が軽い! 拳もシュビッと出せる! なのに前の時のほうがスムーズだったって、ちょっとどうかしてる! 少し前の自分を超人のように思えてしまうのも仕方ない……のか? いや、でも本当に仕方ないって。不思議な気分だもんこれ。 自分が自分に憧れみたいな感情を抱くとは思わなかった。 一応これも自惚れになるのでしょうか。 今の自分には無いものを持っている前の自分。悔しさとかじゃなく、ただ素直に“自分では気づかなかったものの、実は凄かったんだな……”と感心しているわけで。 「……やれやれ。うちの連中もこれほど素直に感情を言葉に出来ればのう」 「? 感情って?」 「ふむ……まあ、いずれ解ることじゃ、どんと構えて待っておればよい」 「どんと、って……」 なんのことだか理解が追いつかなかった。 ん、んん? うちの連中っていうのは呉のことだよな。 呉のみんなが素直に感情を言葉に出来ない? ……出来てる気がするけど、それはつまり祭さんが知ってて俺が知らないことか。 ……いいか。今はどんと構えて待っておれと言うなら、どんと構えていればそれで。 というわけで、再び興奮が舞い戻ってきた俺は、祭さんにさらなる鍛錬指導をお願いする。当の祭さんはその勢いに多少たじろぎを見せるが、やっぱり笑うと今度は……アレ? 「エト……」 「どうした、打ってこんか」 ひょいと渡されたものをずしりと受け取った。 それは、陽の光を受けてギシャアと鈍く輝くブツ。 どう見てもHAMONO。剣でございました。 「刃引きはしてある……んだろうね、絶対に」 「当然じゃろう。でなければお主は遠慮せずに打ってこれんだろうからな」 自分ってものを見透かされると、これが案外恥ずかしい。 祭さんは知ってか知らずか笑顔のままに、模擬刀という名の剣を持つ右手とは別。空いた左手の人差し指でちょいちょいと“かかってこい”をアピールする。 「………」 深呼吸。 体に氣を巡らせて、剣にも………………あれ? 流れていかない。 やっぱりあの黒檀木刀じゃないとしっくりこないなぁ……こういう状況にも慣れないといけないのに。いつでも木刀を手に出来てる保障なんてどこにもないんだから。 「じゃあ……行くよ」 「おう。確認は要らんからどんどん打ってこい。ただし、今度は儂も反撃をするぞ」 「いっ……!? ……、───すぅ、はぁ……! っ……応ッ!!」 木と戦ってるわけじゃない。当然だ。 だったら反撃が来るのも当然で、それに臆することなく走るのも当然! 「っ───おぉおおおおおおおっ!!」 体ごと突っ込む。 振るう一撃に力と呼べるほどのものは込めていない。 速度だけのそれを、祭さんは一歩引いて軽く避けた。 「どうしたどうしたっ! 剣にまるで力がこもっておらんぞ!」 次ぐ、戻しの一撃。 それを下から跳ね除けるように弾かれ、剣が腕ごと頭上へ持ち上げられる。 完全に無防備な状態になった途端に祭さんは次を構え、しかし構えが完成するより先にそうなるであろうことを予測して、予め足に収束させていた氣で地面を弾き、後ろへ跳ぶ。 「ほう? まずは様子見か?」 生意気じゃのうと続けながらも、どこか楽しげだ。 ……よし、勝とうとするんじゃなく、まずは学ぶ。学んで学んで、勝とうとするのはまたいつか。挑戦しようと思った時で十分だ。ただし、本気でぶつかる。片手で構える祭さんに、勝てないまでもせめて両手を使わせるつもりで。 (以前も軽く弾かれた俺の腕力じゃ、祭さんに押し勝つのは無理だ) じゃあどうするか。 単純に威力を上げるなら、武器に氣を込めて叩くのが一番なんだが……生憎とこの模擬刀じゃあ上手く氣を込められない。 だったらやっぱり速度でいきつつ、振るう部分に氣を込めて、氣を筋肉の代わりにしてやるしかない。速度があがれば威力は上がる。ようは振るう速度をどこまで上げられるか否かなんだから。 鍔迫り合いみたいなことになっても、使うのは結局氣。 やれることをやりつくす。今はそれだけに集中しよう。 「よしっ!」 再び踏み込む。 振るう模擬刀が弾かれても相手からは目を逸らさず、予備動作のひとつさえ見逃さぬ覚悟を胸に、身を振るった。 「《ガギィンッ!!》つわっ!?」 振るわれる一撃をなんとか弾く。 勢いに体を持っていかれそうになれば素直に従い、しかし下がった先まで一気に距離を縮められて背筋が凍った。すぐに弾かれた体勢のままの腕を振り戻そうとするが、やはり即座には動いてくれない。 「っ───だったらっ!」 再び足に氣を収束させる。 だが祭さんはその収束に気づき、ニヤリと笑うやもう一歩を踏み込んできて……って、やばっ!? 一緒に同じ距離の分、地を蹴り跳ぶ俺と祭さん。 完全に合わされた動作の中、祭さんが模擬刀を振るう。 しかしここで逆に笑ってみせると、この動作の中で戻し切ることが出来た模擬刀で祭さんの一撃を受け止めた。 「ほっ」 当然、ギシィンと骨身に響くような衝撃が体に走るが、そんなものは痛撃を食らって動けなくなることに比べればどうってことない。 意外だったのか、感心したような息を“ほっ”て言葉に込めた祭さん。 そんな、力を抜くような声だったのにも関わらず、連撃は続いていた。 「ほれほれどうした北郷っ! 威勢がいいのは最初だけかっ!」 「《がぎぃん! ごぎぃんっ!》いあっ! つっ! さっ……最初だけとかどうとか以前にっ! 打たせる気ないでしょ祭さんっ!」 「当たり前じゃろうが、敵に打ってくれと待つばかもんがどこにおるっ」 「さっき言ってたじゃない!」 片手で振るわれる一撃。 なのに、ごぎんと受け止めれば体ごと吹き飛ばされかける。 本当に、この世界の武将っていうのは人の筋力とか軽く無視してらっしゃる。 そんな一撃が、一瞬の判断ミスで防ぎ切れずに当たることも幾度か。 当たった場所は激痛とともに痺れ、じくんじくんと断続的に痛覚を脳に送ってくる。 それでも目は逸らさず、膝をつくこともせずに対峙した。 膝をつくのは砕かれてからでいい。戦場で膝をつくのは死ぬってことと大して変わらない。……なら、膝をつくのは死んでからでいい。 鍛錬で死ぬつもりはもちろんないが、それは覚悟の量の問題だ。 (───ぶつかる) もっともっと、自分が出せる本気を見てもらおう。 強くなれる要素があるのなら、叩き潰した上で注意してくれる。 自分の全力を受け止めてもらって、その上で注意されたことを俺も受け止めて、また強くなろう。───国にも、そしてみんなにも返していくために。 「覚悟、完了……!」 弾かれ、滑った先で体勢を立て直し、覚悟とともに胸をノック。 模擬刀を正眼に構え、とにかく全力を出し切ることを己に誓う。 誓ったら、あとは突っ込むだけだった。 「───しぃいっ!」 力むことで自然と出た声だけを掛け声にするように地面を蹴った。 普段なら木刀にも流す分の氣も体の駆動の全てに託し、ただひたすらに動かし続けることだけをイメージする。 相手の力に飲まれぬよう、心に籠めるはイメージの雪蓮に負けぬようにと鍛えた気迫。 それを真っ直ぐに祭さんにぶつけると、祭さんは飲まれるどころか、うずりと身を震わせて撃を振るう。疾駆の先でそれを受け、逸らした瞬間には斬撃合戦は始まっていた。 互いに引かぬと覚悟を刻み、弾かれても即座に戻し、間に合わぬのなら手で逸らしてみせ、無茶としか言いようがない……しかしあくまで“鍛錬”であるものを続けた。 充実する氣が体内から滲み出て、僅かに輝きを見せたところで祭さんは驚きもしない。 今はただ、目の前の相手……俺に集中してくれていることが嬉しい。 もちろん背後から小石でも投げられれば、軽く叩き落して見せるんだろうが。 「たわけがっ! これほど動けるのなら最初からせんかっ!」 「だから上手く動かせなかったんだってば! それを動かすための鍛錬でしょーが!」 普通に放ったつもりの言葉もまるで叫びのように放たれる。 そうでもしなければ模擬刀が模擬刀を打つ音に掻き消されるってこともあるが、注意をしてみたところでこの声量で出てしまうのだ。力んでいる証拠だろう。 しかし今はその力みが気持ちよく、むしろ祭さん相手に力みを無くせば殴られそうな気がしてならないのは俺だけ? ……ともあれ、連撃は続く。 手が痺れれば氣で感覚を繋いで強く握り、握った模擬刀で幾度も幾度も撃を連ねる。 さっき使った加速のイメージは、あくまで扱いきれる程度の速度まで。 戻せなくなるほどの速度は出さず、そう。あくまで“速度を加える”イメージ。一撃を躱されればそれまでなんていう速度は出さない。出せば負けることが想像に容易いからだ。 「随分と保つようになったな。これだけやって、息を乱さんとは面白い」 「ははっ……汗は出しても息は乱さないようにって、ずっと鍛えてきたからね……!」 行動で出る息の乱れはそこまででもない。 ただ、打っていくたびに増えていく祭さんからの……覇気、といえばいいのだろうか。ともかくそれが、俺を俺の気迫ごと飲み込もうとしている。 それがただ、その、信じられないのでちょっと怖い。 そりゃあ相手は歴史に記されるほどの猛将だろうけど、こっちの気迫ごと、って。 しかもそれが一気に飲み込むんじゃなくてジワジワくるもんだから、気迫を保っているこっちとしてはヘビにジワジワと飲み込まれるカエルのような心境だ。 だからって降参するのは絶対に嫌だから、こうして挑戦を続けている。 (しっかし……ほんとどんな筋力だよ) 片手で振るっているにも関わらず、一度もこれだと言えるほどに当てられた撃は無い。 掠る程度にまではいけたものの、いけたらいけたで祭さんが嬉しそうな顔で襲いかかってくるんです。はい、滅茶苦茶怖かったです。 (この人はほんとに……) どれだけ、人の……国の成長ってものを願っているのか。 掠るって程度の成長でもあんなに喜んでくれる人を、じいちゃんを含めてでも俺は知らない。だから対峙する自分も、よせばいいのにこのままじゃ終われないって突っ込んでしまう。 でも……いくら猛将といえど、片手で武器を振り回すのには限度がある。 俺に気をつかって軽めのものを用意してくれたんだろうけど、それでも片手で振るい続ければ木の棒でだって疲労は蓄積する。 「くっく、なんじゃ北郷。片手では不服か?」 そんな俺の視線に気づいたのか、祭さんがにやりと笑う───と同時に勢いよく振るわれた剣で弾かれ、距離を無理矢理取らされた。 「なるほど、確かに強くなっておる。策殿が楽しみにしておるだけはあるが」 「……まだまだだって言うんでしょ?」 「おう、当然よ。それしきで満足されては張り合いがない。もっと強くなり、鍛錬でもなんででも人を楽しませる者であれ、北郷」 「───もちろん」 ニッと笑って、胸をノックしながら返した。 それを見た祭さんは少しきょとんとしながらもやはり笑い、片手で持っていたそれを両手で構えた。……当然、俺はぎょっとした。 「それでよい。男ならば多少は無茶な夢だろうと、真っ直ぐに追い続ける日々こそが華。やりもせずに出来ないだのなんだのと言う者や、ちぃとばかりやってみただけで己の全てを悟った気でやめるような者にはなるでないぞ」 それを、俺と同じ構えまで持っていく。 ……正眼の構え。 この時代にそういった構えがあるかどうかは別にしても、来る一撃がどういうものかという予想は容易くついた。 恐らく最速。 余計な小細工なんてしない、最短最速での一撃。 (───) 今まで保っていた緊張や気迫、様々なものに氷で出来た杭を打ち込まれる気分だ。 吐き気さえする高密度な気迫で包まれ、乱さんとしていた呼吸が乱れる。 原因は、鷲掴みにでもされたみたいに強張りを続ける心臓の鼓動。 ……上手く呼吸が出来ない。 だが相手は呼吸が出来るようになるまでのんびり待ってくれるはずもない。 “これは成長への選別じゃ”とばかりに、殺気は感じさせないくせに気迫だけで人を怯ませる猛将が地を蹴る。 その音で心臓がドクンと跳ね。───瞬間、ゴヒュウと肺に送り込まれる酸素がようやく状況に追いつかせてくれる。 祭さんはもう目の前。 普通に防ごうとしても間に合わない。 ならばと氣が、体が取った行動は───訪れるであろう、恐らくは本気の一撃に対抗出来る一撃を導き出した結果だったのだろう、もう使うまいと思っていた加速だった。 一気に爪先にまで収束された氣が、今度は一気に関節を加速させながら、足から右腕までの距離を駆け上がる。 祭さんに当てるためではなく、振るわれる剣を弾くための加速の一撃。それを、両手持ちではなく片手持ちにしたことに、戸惑うこともなく振るわれる祭さんの一撃へ。 「っ───!」 しかしやはり、今までのイメージ通りにやっても届かない。 一手遅れて動く体は、これで良しとイメージしたタイミングにさえ届かない。 弾くための一撃は、振るわれた剣に合わせることも─── 「───っ……つあっ!」 「ぬっ!?」 いや。だったら可能性を作ればいい。 軌道が重ならないなら、間に合わないなら、自分の身を引かせてでも合わせる! 氣の全てが右腕に集う中、加速の勢いに体が持っていかれないようにと踏ん張っている足で地面を蹴る。成長しないからなんだとばかりに……成長しなくても、この世界に来るまで鍛えた体を以って、自分を後ろへと飛ばした。 ……そうだ。 この世界で学んだことが全てじゃない。氣が使えない状態でもいつかを思い、鍛えた体が確かにある。それを信じてやらないのは、あの一年を自分で馬鹿にするようなもんじゃないか! (と、どっ……けぇええええええっ!!!) 身を捻る。 既に身を砕かんとしている鈍という名の刃へと、強引に届かせ、強引に引き離すため。 無理な行動の所為で体に軋むような負担がかかるが、負担程度でこの一撃を防げるなら全然安いっ!! 「《ごぎゃあんっ!!》い、っぎあっ!!」 「!?」 ───結果は、なんとか届いた程度。 祭さんの一撃は左腕にめり込み、左腕だけではとどまらずに肋骨まで衝撃を徹すほどの激痛を残してみせ。だがその模擬刀自体は、加速させた模擬刀の渾身を以って頭上へと弾いてみせた。 当たる前に弾ければよかったんだが、それは……言いたくもないが、贅沢ってもんだろう。腕を砕かれなかっただけまだマシだ。振るうのがもっと遅かったらと思うと、寒気しか走らない。 でも、これで。 「っ……ぎっ……だぁあああああっ!!」 両腕を、剣ごと頭上に弾かれた祭さんが俺を見る。 左腕は激痛のあまりにだらりと下がっているが、右手で模擬刀を持ったままに振りかぶる俺を。 今度こそ。蹴りが来ても弾く。距離を取られても追う。 だからこの一撃を、受け止めてもらおう。 ───あなたへの、感謝を込めて。 「ちぃっ!」 以前のように蹴りが来る。 それを、痺れている左腕を盾にすることで押さえながら、強引に前へ出る。 祭さんの顔が“しくじった”といった、苦虫を噛んだような顔になる。 その頃には踏み込みも終え、この一撃を─── 「《かくんっ》───ほえっ?」 ───当てるだけ、だったのだが。 踏ん張った足から力が抜けて、そのままバランスを崩す。 そして気づく。 そういえば氣を右手に収束させたままだったと。 なのに氣で足を引っ張るイメージを働かせたもんだから、氣っていう引っ張る力がない足は糸の無い人形のように力を無くし、蹴りのために片足をあげたままだった祭さんを巻き込んで……見事に転倒した。 ───はい。 天で暮らし、及川という悪友と青春を面白おかしく過ごしていたのだから、当然僕にも知識はあります。 激倒し。 街角や交差点などで、女の子と衝突、一緒に倒れてしまう状況を言うそうですね。 ものによってはどうしてそうなると思うほどの倒れ方も存在し、何故か女の子が男の上に座った状態で倒れるものもあるとかないとか。いや、どうしてかあるんだよと断言しなければいけないような気がするわけですが───ともあれ。 街角でぶつかったわけでもないのに、今それが起こってしまっているわけです。 ええ、これは自分にとっても驚きでした。 倒れて、すぐに立ち上がろうとして動かした、まだ痺れている手が柔らかいものを掴んだのです。いやまあ、ハハ……及川……ハイ、僕の友人に言わせれば、きっと王道なのでしょうが。 ちらりと目を向けてみれば、掴んでいたんですよ。倒れた状態で言うのなら、下敷きにしてしまった目の前の女性の胸を。 ───え? その時の感想ですか? ハハ……感触だとか考えてる余裕なんて無かったですよ。 だって、 「何をしている貴様ぁああ……!!」 「《ヒタリ》キャーーーアアァアア!!?」 即座に思春に曲刀を突きつけられて、離していましたから。 はい、当然僕もいつものように……ハハ、こういうのも情けないものですが、言い訳を考えましたよ。もちろん事実をありのままに話すしか道はなかったわけですが、おかしいんですよ。 戦う前は季衣と鈴々以外は静かだったはずの中庭に、いつの間にか各国の将が集っていたんです。……生きた心地がしませんでしたよ。ああ、死ぬ……死ぬな、こりゃ……って自然と思ってしまいましたから。 ええはい、有無も言わさずに正座させられました。 けれどこの時だけはその行動に救われたんだと思いましたよ。 集中して全力を出す高揚感は素晴らしいものだったんです。 その興奮がまあその、下半身に現れてしまっていまして。立てと言われても立てなかったでしょうねぇ……女性の胸を鷲掴んだあとでは尚更です。 「い、いや……だから……足がもつれて……」 「ほう? 貴様は足がもつれれば相手の胸を揉むのか」 「揉んでないったら!」 「一刀……」 「あ、蓮華! 蓮華からも言ってやって! 思春が人の話を───」 「不潔よっ!」 「そうっ、不潔───ふけっ……えぇええええええっ!!?」 ただ、解っていることはあるんです。 激倒しをした男に発言権はない。これなんですね。 様々なものを見ても見せられても、許される以外に道がない。 漫画アニメ小説、これ王道なんです。 言えることはひとつですね。男って損な生き物です。 「言わないことじゃないわっ! この男はこうして、偶然を装っていつでも女を狙っているのよ!」 「いつでも目を光らせてそういうことを言いたがってるお前に言われたかないわぁっ!」 しかし誤解は誤解、事故は事故なのだから、発言権が無かろうと言いたいことは言う。 当然ですね。というか桂花に好き勝手喋らせておいて、自分にプラスになることなんて何一つないと言えます。はい、断言というものですね。そもそも発言権の有無を唱えていいのは触られた相手である祭さんだけの筈なんですから。 「否定しないってことは認めてるんじゃないのっ! 汚らわしい!」 「汚らわしいとか言うなよっ! そっ……そりゃあ男なんだしそういうこと考えることはあるけど、それを堪えるのだって男の務めであり男が男であり続けられる理由であって、桂花が言うような存在なんてもう漢はおろか男でもなんでもない、ただのケダモノだろっ!!」 「……なにが違うのよ」 「まっ……真顔でなんてことを! とにかく今回に関しては本当に事故なんだって! ここ一番って時にっ……あと少しで当てられるって時にそんなことするヤツなんて聞いたことないぞ!? ───無言で指差すなぁああっ!!」 叫び合いながらも左腕と肋骨に氣を送って痛みを和らげる。 ついでに妙に丁寧な現状把握もやめて、長い長い溜め息を。 そうしていると、正座をしたままの俺の前に祭さんが屈み、真正面からじぃっと俺の顔を見つめる。 あの、と声をかけると少し悔しそうに、しかし次の瞬間には自分の頬をコリコリと掻いたのち、俺の頭にぽすんと掌を乗せてから言った。 「あの体勢では躱しようが無かった。負けとらんと意地を張るのは簡単じゃが、まあ……それはお主の頑張りへの冒涜じゃろう」 状況が掴みきれず、ぽかんとしたままの俺。対する祭さんは「つ、つまりじゃな」となにやら落ち着かない様子であちこちを見ている。 そこへくすくすと笑う冥琳が来て、 「北郷。祭殿はお前の力を認めてやってもいいと、そう言いたいのだよ」 「え?」 「ぬあっ!? 公瑾っ!! またお主はっ───!」 認めて、って……え? じゃあ。 「本気の一撃を、たとえ当たってからでも弾いてみせ、追撃を躊躇わずに向かう。戦場で相手に押し倒された者の末路など、解りそうなものだろう?」 「あ……」 「く、くぅうっ……! 言わずともよいことをべらべらと……! ───北郷っ!」 「はいぃっ!? な、ななななんでしょう……!?」 「もう一度じゃ。得物を取れ」 「あ、はい。………………はい? は、え、えええっ!!?」 もう一度って、あの!? もう一度ってつまりそのままの意味で!? え!? あ、だって! 今の言葉の意味って、ようやく祭さんから一本取れたって意味で! なのにまたって……! 「いやいやいやいや祭さん!? それはちょっと!」 「ええいうだうだぬかすでないわ! 次は本気の本気で叩きのめしてくれるわ!」 「うわぁあああこの人おとなげねぇええーーーーーっ!!」 そりゃあこういう人だってのは解ってたつもりだけど! なのに人の成長を望んでて、成長すれば嬉しそうに笑って、でも負ければ子供みたいに意地になって───ああもう本当に掴みどころの無い人だなぁ! 「ちょっと待つのだーーーっ!」 「!? はっ……あ、鈴々!?」 まだあそこが落ち着ききっていない俺を無理矢理立たさんと引っ張る祭さんの後ろから、待ったを掛ける声! その正体は……まさかの鈴々! ……り、りん…………あのー、鈴々さん? どうして蛇矛をお持ちなのでしょうか。どうして、そんな輝く瞳で俺を見ておられるのでしょうか。 ま、まさかですよねぇ? まさかそんな─── 「次お兄ちゃんと戦うのは鈴々なのだ!」 まさかだったぁあああーーーーーっ!! ああいやいやいや確かにそうだけど今は無理矢理立たされても静まっているように、下半身に静けさを! そして左腕と肋骨が治りますようにと氣を……! と、目を閉じれば始まる言い争い。 次は鈴々なのだいいや儂だと、最初は二人だったソレが、何故かどんどん増えていく。 終いには聞き慣れた声まで混ざり、それが魏武の大剣さまの声と知るや、下半身に静けさどころか背筋に冷たさが走った。……お陰で一応下半身は鎮まってくれました。はい。 ひとまずの安堵とともに、おそるおそる目を開けてみる……と、また武将の数が増しており、力自慢な皆様が揃いも揃って次は次はと話し合っていた。 (……ニゲテ、イイデスカ?) (出来るものならな) 胸の下で腕を組んで溜め息を吐いていた冥琳に、アイコンタクトを試みた……途端にダメ出しをくらった。 軽い絶望を胸に秘めつつ、再び視線を姦しいどころじゃ済まない状況の中庭の中心にやると、その中からすたすたと歩いてくる人が。 小さな壷を片手に歩くその人……星は、少々失礼と言うと正座する俺の背中側に回り、俺に背中を預けるようにお座りになられた。 「……あまり言いたくもないけど、参加しなくていいの?」 「うむ。それはまたいずれの鍛錬の時にでも付き合ってもらうとしましょう」 コリコリとメンマを噛みながらの言葉がそれだ。 あくまで傍観者で居ようとしているらしい。 助けてくれと言ったところで断られるんだろうな。 というかこの状況を鎮められる人っていうのを一人しか想像できない。 その一人もこの場にはおらず、恐らくは今も自室で執務をしているんだろう。 などと考えていると星が座る位置を少しずらし、別の重みがとすんと加わる。 何事かと見てみれば、そこに冥琳が座っていた。 「ほう? お主はもっと堅物かと思っていたが」 「なに。友には遠慮はしないと決めている」 「……なるほど。それはよく解る考え方だ」 俺と星と冥琳とで、背中を合わせて座る。 そんな、実におかしな状況の中でも中庭の中心で闘争を叫ぶ女性たちの喧噪は止まらない。 「はっはっは、北郷殿はモテモテですな」 「喜んでいいの? これって」 「ふふっ……喜んでおけばいい。なにも殺すと言われているわけでもない」 「…………うー」 そう言われても素直に喜べない。 はぁと溜め息を吐きつつ、正座のまま背を預けるのもなんだと思い、足を崩す。 「しかし、あの祭殿を転ばせる者か。運の要素もあったのだろうが、腕をあげたな」 「ふむ。まああれほどの鍛錬をずっと続けていたのなら、多少なりとも強くなっていなければ嘘だろう。大体の者は、それが身に付くよりも先に音を上げ、やめてしまう」 「小蓮様もあれほど熱心にぶつかってくれればな………いや。それは贅沢というものか」 「はっはっは、まあ腕に自信のあるものなど売るほど居る。鍛錬をしたくなったなら声をかければ、頼まれずとも走るだろう。北郷殿ならば特にな」 「うぅう……」 ちらりと見れば、「だったら戦って誰が先に鍛錬するかを決めるのだー!」と叫び、そのノリのままにぶつかり合う武将の皆様。……出たばかりのため息が、また出た瞬間だった。 「鍛錬のために勝負って……なんかおかしくないかな」 「なに、どんと構えておればよろしい。皆、北郷殿とぶつかるきっかけが欲しいだけでござろう」 「いろいろ理屈が、前提から間違ってる気がしてならない……」 「……北郷。各国の武将に前提の理屈を正しく受け取ってもらえるのなら、我ら軍師はそうそう頭を抱える必要などないのだが?」 「ゴメンナサイ、失言でした」 そんなものは春蘭を見れば解りそうなものだった。というか解ってた筈だった。 「まあ……いいや。どうせ逃げられないなら、今は回復に専念しよ……」 「うむ。どんと背中を預けなされ。こういう時に背を貸せるのも友の特権。なんなら寝て頂いても結構。目覚めることなく血塗れになるやもしれませぬが」 「それって友を見捨てて逃げてるってことじゃないの!?」 言ってみたところで笑って返されるだけ。 背中に伝わる感触から、冥琳も笑っているようだった。 「はぁあ……」 本日何度目かの溜め息とともに、心の底から脱力した。 同時に二人に体重をかけることになったんだが、文句も言わずに背中を貸してくれる。 二人にありがとうを言いながら目を瞑り、言われた通りに眠れるのなら寝てしまおうとさえ思った。 ───……。 ……そののち。 異様な気配に目を覚まし、ぱちくりと目を瞬かせてみれば───……並み居る猛将を押し退け、その中心に立つ者ひとり。 だらだらと溢れる汗を拭う意思すら生まれるより早く、彼女はてこてこと歩いてきて首を傾げて仰った。 「……一刀。鍛錬……する」 恐らくは随分と動いただろうに、どこか眠たげな瞳に……僅かながらの期待の火を灯した彼女……恋は、片手に持った方天画戟をごふぉぉおおぅんと振り回し、肩にお担ぎになられた。 たんっ……鍛錬……!? た、たたた鍛錬ねっ!? 鍛錬っ! う、うんする! しますけど! 後ろに転がる皆々様を倒したあとだっていうのに、まだおやりになると!? ていうか無双すぎ! ほんとどれだけ強いんだこの子は! あ、あぁあうんやる! やるからそんなじっと見つめないで!? そして断言します! 模擬刀じゃ絶対無理! 木刀持ってくるから待っててください! 「ふ、二人とも、ありがとなっ!」 背を貸してくれた二人に改めてありがとうを。 そして走り出し、木刀を取って対峙した。 対峙して……覚悟決めて、走って…………空を飛んだ。 落下しながら“また飛んでるよ俺……”と涙しつつ、ゴシャーンと落下。 不思議そうにてこてこと歩いてきて「一刀、本気出す」と仰る恋さん。 ハ、ハイ、訳が解りませ───はうあ!? もしかして以前、恋の一撃を上乗せして返したのを俺の本気とか思ってらっしゃる!? 「……もう一度」 「《がっしずるずるずる》いやぁああーーーーーっ!!?」 襟首を掴まれて中心へと連れていかれた。 そこで再び対峙して、吹き飛ばされ、連れ戻されて、空を飛び。 ならばと覚悟を決めるに決めて、今一度、今度は切り離し方を覚えたやり方で、恋の攻撃を吸収、返してみせた。 するとようやく待っていたものが来たといった様子で目をきらっきら輝かせて(あくまで無表情)、そんな喜びのままに片手で振り回していた方天画戟を両手でってウェエエーーーーーッ!!? いやぁあやややややや恋!? 死ぬ! それ死ぬからちょっちょ待ぁああああ!! 「───」 強烈って言葉では片付けられない一撃が、目前に迫る。 そんな状況の中でした。 目で見るもの全てがゆっくりと動き、頭の中ではこれまでの出来事が一気にブワァアアと思い返されてってこれ走馬灯じゃないか!! じょじょじょ冗談じゃない! 死ぬか死ねるか死ねるもんか!! ゆっくり動いてるならせめて合わせる! 合わせて、…………空飛びそう。 ああもう空飛ぶがどうした! まともにくらって胴体が千切れるよりよっぽどいいわ! よく見ろ! スローなら合わせられる! 合わせて、威力を吸収して軽減する! (我が一秒先の未来に栄光あれぇええええっ!!) もはや泣きたい状況で心の中で叫びながら、氣を籠めるられるだけ籠めた左手を伸ばす。伸ばした先には方天画戟(刃引きされたレプリカ)。刃の部分を押さえるのは確実に無理だしそもそもレプリカだろうと恋の力なら絶対に人を斬れるああ斬れるね斬れないもんか! なので長柄である棒の部分をガッと受け止めると、一気にその衝撃を木刀に流す! (よ、よし! なんとか成功《メシャリ》し、た───〜〜〜〜ッッッ!!?) 左腕の感覚の一切が吹き飛んだ。 見れば、氣の全てを以ってしても殺しきれなかった力が左手を押し切り、腕が変な方向へオォオアァアアーーーーーッ!!? (っ───ダメだ、無理! このままだと腕ごと肋骨とかいろいろなところが砕ける!) 意識してからは速かった。 早いではなく速い。防衛本能ってやつが氣と一体になったのか、自分でも驚くほどの速度で木刀が振るわれた。 「───!」 それに気づいた恋は即座に攻撃から防御へスイッチし、自分自身の攻撃と俺の氣の全てを託した一撃を方天画戟の柄の部分で防いでみせると───きょとんとした表情のまま、吹き飛んだ。 それで俺の中の氣はすっからかんになり、同時に左半身が激痛に襲われる。 立っていられないほどの激痛にうずくまりそうになるが、体を曲げることさえ苦痛である今、そんな動作さえ取れずに、声にならない声で叫んだ。 「っ……か、はっ……あ、あぁああ……!」 どうせなら痺れていてほしかった。 いっそ麻痺状態ならこんな痛みを味わうこともなかったろうに。 荒く息を吐きながら木刀を杖代わりにする。 滲む視界で見る景色の中、吹き飛んだ恋はどうやら倒れていたらしく、むくりと起き上がって目をぱちくりと瞬かせていた。その目が俺を捉えると、またきゃらりんと目を輝かせる。 で、歩いてくるのだ。輝く瞳のままに、こちらへ。 あ……やばい。これ死ぬ。 本気でそう思いかけた時、違和感に気づいた。 同じくらいのタイミングで恋もそれに気づいたらしく、ふと自分の右手を見て首を傾げていた。……そう、方天画戟が無いのだ。 「あ。《ズキィイーーーン!!!》いぃいっひぃいいっ!!?」 僅かな声に体が軋んだ。 けど見つけた。 中庭から見える通路の欄干に突き刺さっている方天画戟を。 う、うわぁ……随分飛んだな……───じゃなくて。ええと。 (と、とにかくっ……! 痛くてもなんでも、終わらさなきゃ終わらないっ……!!) 必死だった。 痛みなんてこれが終わればいくらでも味わってやるからと歯を食い縛り、ずるずると歩いて……きょとんとしている恋の目の前に立つと、その頭に軽くポコンと木刀を落とした。 「あ……」と小さく吐かれる言葉。 対して、もうどっちがどっちなのかを訊くのも馬鹿らしいくらいの激痛に襲われている俺が笑う。 「……はい。俺の勝ち」 「…………? ……、……!!」 とりあえず……こ、これで終わった……よな? 終わってくれた……よな? もうさっきから涙が止まらないんだが……っ……くっふ……! お、おおぉおっ……終わってくれましたよね……!? ああもう叫びたい……! 叫んで痛みを忘れたい! でも叫ぶと振動で痛くなるのも目に見えてるから無理ですそれ! 心の中では既に泣き叫んでいる俺を、信じられないものを見る目で見つめる恋。 今度はその頭を、木刀を離した手でやさしく撫でると……自分に立てかけるように離していた木刀を手に、ガタガタと震えながら歩いた。普通に歩くだけで痛い。なので痛みにガタガタと震えながら歩いた。 う、うん。まずは華佗を探そう。 で、このなんかいかにも伸びてますよって感じの腕をなんとかしよう。 (おれっ……折れてない……よな? 折れてたら……どうしよう。メシャってすごい音がなりましたが……せ、せめてヒビくらいでなんとか……!) ちなみにこの左腕、全く動かない。 粉砕骨折とか覚悟しなくちゃだめだろうかと怖いことを考えていると、心配してくれたみんなが駆けつけてくれる。 「相変わらず無茶をする。腕を盾にするなど、と呉でも言ったろうが」 「あの場合盾にしないと命が危なかった気がするんだけど!?《ぐいズキィーーン!》イアァアアアギャアーーーーーーッ!!」 腕を診てくれた祭さんに言葉を返すと、その腕をグイと掴まれた。 途端に走る激痛。涙は意思とは関係無しにどばどばと溢れ、しかし…… 「……ふむ。関節が外れておるな。骨にヒビも入っとる。だが折れてはおらん」 「ひっ……ひ、ひぃー、ひぃー……! えっ……ほ、ほんとにっ……!?」 痛みに息を荒げながらも、折れてないという言葉に素直に喜びを浮かべる自分がいた。……いたんだが、直後に祭さんがその腕をグイと強く掴み、グリッと捻った時には……その“素直な喜び”は絶叫に変わった。 ボグリッと聞き慣れない音が骨を通して鼓膜に伝わり、祭さんが「これでよし」と息を吐く。骨を嵌めてくれたんだろうなってことは解るけど、くっついても痛みは全然消えなかった。そりゃそうだ、骨にヒビ入ってるそうだし。 「まあ念のため華佗に診てもらえ。で、くっついたら鍛錬の続きじゃ」 「こんな時くらい心配だけしません!?」 そうお願いしてみてもからからと笑い、言ってみただけに決まっとろうがと返される。 もちろん最初から華佗に見てもらう気だったから、前者はそれでいいんだけどさ。 「歩けるか?」 「いや……正直立ってるだけで精一杯だったり……。歩こうとすると、カクンって」 試しに歩こうとしてみると足が崩れ、祭さんが慌てて支えてくれるんだけどその衝撃で腕がズキーンってギャアーーーッ!! 「そうか。なら華佗のところまで肩を貸してやろう。それとも抱き上げてほしいか?」 「それは勘弁してください」 素直に肩を借りることにした。 強がっても歩けないんじゃ話にならない。 「いえっ! 黄蓋殿っ! 隊長は自分がっ!」 「え……って凪!? 凪も見てたのか!?」 「はっはー、恋相手によー立ち回ったなぁ一刀〜♪ 戦ってる一刀、凛々しかったで〜」 「し、霞まで……」 改めて見てみれば、さっきより人が増えていた。 しかも今度は華琳まで。 そしてその横には、目を爛々と輝かせる雪蓮さんのお姿が。 …………うん。なんでだろうね。祭さんに弓術の腕を見せた時もだけど、どうしてこう奇妙なタイミングってのは発生しやがるのでしょうか。 ああ……いいや、今はいろいろと疲れてる。あの表情の輝きが何を意味しているのかとかそんなことは後回しにして、ともかく華佗のところへ行こう。 いろいろなものを諦めるような溜め息を吐き、凪と霞に支えてもらいながら歩く。 きっと華佗には呆れられるだろうなと予想しながら。 (昨日の今日でこれだもんなぁ……体を大切にしろとか怒られそうだ) 「………《じー》」 (最初はただの鍛錬だったのになぁ……どうしてこんなことに) 「………《じーーー……》」 (出来ればこんなことはもうごめ───……ん?) 「………《じーーーー……》」 「………」 支えられ、歩く左隣。ヒビの入った左腕を注意して肩に回してくれている霞の隣に、何故か恋。どうしてかこちらをじーっと見つめてくる彼女が、歩調に合わせて追ってくる。 「……恋? どうかしたか?」 「ん…………悪いことしたら、ごめんなさい」 「………」 悪いこと……怪我させたことか。 まあこの時期に骨にヒビは相当キツいけど、前例が無いわけでもないし……前はポッキリ折られたわけだし。 ていうかね、氣の全てを緩衝材に使っても抑え切れず、腕を潰しにくるその威力に驚きだよ。体で受け止めたならまだしも、氣の量だったら何気に自信あるつもりだったのに。 (……ふむ) 腕は痛い。じくじくと痛い。 でもそういう鍛錬をやって、恋に対する怒りはあるかって言われると……不思議と無い。またお人好しだだの言われそうだけど、誰かさんが教えてくれた言葉がある。“傷つかない鍛錬をいくらやったところで、向かってくる得物に対する恐怖は拭えない”。誰かといえば、我が家のじーさまだ。 真正面から戦って打ち合って勝てた、とは言えないかもしれないものだし、あそこで恋が武器を手放してなかったら確実にヤバかったのも事実。そういうもしもは確かにあるが、今ここに立っている俺は俺の道を選んでいいわけで。だから─── 「今度は、俺がもっと強くなれたらやろうな」 言う言葉なんてそれでいいんだろう。 無理矢理にニコッと笑ってみれば、痛みの所為で顔は引き攣り声も震えたが、言葉を受け取った恋は無表情のままに目を輝かせ、こくこくと頷いた。 そしてさらにてこてこと近寄ると、凪と霞に小さく「恋が運ぶ」とだけ告げて───ひょいっと俺を抱き上げた。 ……世に言うお姫様抱っこである。 「えっ───なぁっ!? ちょ、恋っ!?」 「なっ、ちょっ、なにをそんなうらやま───ハッ!? い、いやっ! わわわ私はなにをっ!?」 「なんや、凪もしたかったん?」 「そそそそんなけしてそのようなことはっ!」 男を軽々と持ち上げる腕力に、相変わらず驚きを隠せない。 以前吹き飛ばされた先でキャッチされた時も思ったが、これは相当に恥ずかしい。 しかしながら以前のことを思えば、何を言っても下ろしてはくれないのだろう。 だったら素直に運ばれたほうが、腕にもやさしいに違いない。 「うぅ……じゃあ、頼んでいいかな、恋」 「《こくこく》任せる」 いつになくキリッとした(感じがする)恋が頷き、すたすたと歩く。 付き添いとして一緒に来てくれる霞や凪にも(抱っこされつつ)礼を言いながら、終わってくれた鍛錬に心底安堵した。 ───……。 ……で。華佗に診てもらったわけだが。 「……どうやら関節が外れた先で骨が圧迫され、そこで骨にヒビが入ったようだな。筋もところどころに傷がついている。骨が折れていないのは不幸中の幸いだ」 「うわ……」 だらりと下がったまま、力を籠めれば大激痛な腕を診てもらう中。 華佗が状態を告げるたびに恋がしゅんとしていくのが、やられた本人ながら心苦しい。そんな俺を横目に、お人好しやなぁと漏らすのは霞。 凪も「治るのでしょうか」と心配してくれて、心配してくれる人が居るのって嬉しいもんだなぁと心を暖かくした。 「もちろんだ。五斗米道に治せぬもの無し。だが大会出場は無理だな。諦めろ」 『えぇええっ!?』 ……暖かくなった途端に冷やされた。 俺と霞と凪は同時に驚きの声を出し、あまりに重なった声に華佗が驚く。 しかし診断の結果は変わらず、俺達はそれはもうがっくりした。 「かっ……片腕出場とかは!?」 「無茶をしてまた腕を壊すお前が、俺には容易く想像出来るんだが……」 『ああ……』 「いやそこで二人して声揃えないでよ!」 女性二人にあっさりと頷かれた。 ……とにかく出場は無理。 集中すれば治せないこともないが、じっくり治さなければヒビが入りやすいかたちのままに骨が固まってしまうのだという。確かにそれはごめんだ。ごめんだから…… 「そんなら一刀とやれるのは次ってことになるんか」 「へ? 次? ……もしかして、天下一品武道会って会合の度に毎回やってるのか?」 「毎回というわけではありませんが、今回が最後というわけではありません。ですから隊長、残念ではありますが、今回は見送ってください」 「凪……」 「せやなぁ。ここで無理されてポキポキ折れるような腕になったら、張り合いないもんなぁ」 「霞……───ん。そうだな」 ポキポキって表現はどうかと思うけど、心から心配しての言葉だと解ったから、ここは素直に頷くことにした。すると恋が、無表情ながらもどこか申し訳無さそうな顔で歩み寄ってきて、ぺこりと頭を下げた。 「あ、いや、いいんだって。確かに残念ではあるけどさ。いきなり乗り込むには、確かにちょっと無茶だったかもしれない」 むしろこうして腕がゴシャるのが少し早まっただけだったかもしれないのだ。 うん、武将って怖い。 次がいつになるのかは解らないが、それまでにもっともっと鍛えよう。毎度毎度こんなに恐ろしい目に遭いながら戦ってたんじゃ、肝がいくつあっても足りないよ、本当に。 「次の大会までにもっと鍛えないとな。……って、その前にいろいろと片付けなきゃいけない仕事が盛り沢山だ」 「そらそうや。なんたって一刀は三国の支柱様、やしなぁ。あっはっはっは」 自分のことのように胸を張って笑う。 こういう時には霞の明るさはありがたい。 とはいえ、やることも覚えなきゃいけないこともたくさんある。 まずはそれらを消化していかないと、鍛錬どころじゃないんだよな。 なにかを任されるっていうのは、警備隊の時も思ったことだけど大変なことだ。 ……と、軽い笑い話を混ぜてみても、恋の申し訳無さそうな雰囲気は消えない。 だからちょっと無理をして……あ、いや、ちょっとどころじゃないです。物凄く無理をして右手と左手を持ち上げて恋の頬をやさしく包むと、その目を真っ直ぐに見て言ってやる。 「ほら、恋。笑って? 折れてないから動かせるし、確かにいろいろと不都合は出るかもだけど、受けた本人がこうして笑ってるんだから。怒ってないし、恋がしょんぼりしたままなのは俺が嫌なんだ」 「………」 「……えっと。ほら、にこーって」 相変わらずの無表情に、もう一度ニコッと微笑みかけてみる。 すると…………表情は変わらないものの、その目がじぃいいいっと、俺の目の奥まで見つめるように長く執拗に見つめてきて……その視線に応えるようにじぃいっと見つめていると、口の端が少し持ち上がり、眉が少しだけ曲線を描く。 ……あれ? もしかして今、笑ってる? 笑ってる……よな? 「……うん。やっぱり笑顔が一番だ。恋はかわいいな」 そんなささやかながらの笑顔が嬉しくて、頬をさらりと撫でてから、痛まない右手で頭を撫でてやる。 左手は下ろすだけで精一杯で、動かそうとしてみてももう動かなかった。 肩から先が完全に痺れてしまったのだ。 そのくせ痛みはあるんだからたまらない。 「………」 「? ……恋?」 「!」 撫でられたままでじーーーっと見つめてくる恋に声をかける。 いったいどうしたというのか、瞳を覗き込んだまま動かなくなっていたのだ。 だからと声をかけてみると、まるで犬や猫が耳をピンッと弾かせるように肩を震わせ、急におろおろとあちらこちらに視線を投げる。 (……え? 一体何事?) しばらく様子を見ていると急にピタリと止まり、またじぃいいっと俺の目を覗き込む。 もう何がしたいのか……って、あれ? なんか顔がさっきより赤いような……? なんて、顔を近づけた途端だった。 「え?」 「おぉっ?」 「なっ!?」 恋が顔を寄せ、俺の頬に自分の頬を擦り付けてきた。 まるで猫がそうするみたいに。 こしこしと、まるで自分の匂いをつけるみたいに。 前に美以にもやられたことがあるけど、これってつまり───え? マーキング? 「あー……あの。恋?」 「……一刀、恋に勝った。負けは負け。だから一刀は恋が守る」 「───」 いや、そのりくつはおかしい。 それって考え的には逆なんじゃ……? 「勝ったって言っても、あれは───」 「……武器を落としたの、初めてだった」 「そ……そうなの、か?」 「《こくり》……驚いた」 「そりゃ驚くだろうなぁ……」 俺も驚いたし。 むしろ全部の氣を使って恋の力を吸収してみせたっていうのに威力を殺しきれず、腕を破壊しておいてなお、まだ威力は死んでなかったんだから……ほんと、呂布って人は存在自体が超規格外だ。だってあれ、即座に攻撃に移って恋に防御させなかったら、確実に腕が折れるか、それどころじゃ済まなかっただろ。 飛将軍……恐ろしいコッ……!! 「驚いたら、ここがなんだかうるさい」 「ここって……」 自分の胸に手を当てる。 そうした時にはもう恋の顔は真っ赤とも言えて、それでも変わらずに目を覗いてくる。 …………つか、え? (……アノ。コレッテ、ビックリシタトカ……ソウイウノジャア……) (ちゃうわっ!) 霞にアイコンタクトをしてみたら、物凄い勢いで無言の睨みを進呈された。 じゃあ、じゃあ……? さっきのマーキング行為といい、この顔の赤みといい、ままままさか……!? ……と、まさかを考えていたらまた頬ずりをされる。 (この期に及んで、心臓の病(胸に手を当てたって意味で)なのかーだなんて言うつもりはない。ないんだが……) でもこの反応は予想だにしなかった。 「やっ……あ、あのなぁ、恋〜……? さっきのはほら、恋が他のみんなと戦ったあとだから、得物を落としてしまったというだけであって───」 「ちょい待ち一刀。どんな理由や理屈があろうと、戦場に生きるんやったら武器落とした時点で詰んどる。どっちが勝ったとかどちらが優れていたかやのぉてな? 一瞬が命取り、運の要素もあるゆーんなら、それは間違い無く一刀の勝利や。それで納得しときゃええ」 「……納得したらしたで大変なことになりそうな予感がジワジワとさ……」 「いまさらなにゆーとんねん一刀。べつにウチは恋やったらええで〜? 勝者なんやから笑って迎えたればええやん」 「うっ……ぐ……」 支柱様とか言われてしまった手前、断り辛い空気がしくしくと。 いろいろ考えている間にも頬擦りは続き、しばらくしてからようやく解放されると、これまたようやくヒビが入った腕に華佗の鍼が落とされる。以前のように痛みが随分と消え、「ぶつけたり引っ掛けたりしない限りは、そうそう鋭い痛みはないだろう」というのが華佗の言葉であった。 それはもちろん無理に動かす気なんてない。ただひたすらに治すことを考えよう。 ……こうして、平凡でいつも通りといえばいつも通り───で終わるはずだった鍛錬の日は、散々なことだらけで終わった。 なんの冗談の重複なのか、武器を落としてしまった恋に勝てたり、氣のことをまた学ぶ機会を得たりだの、大変だろうと想像はしていたけど大変なことばかりで。 けれど体を休めるには丁度いい時間だった。疲れていたこともあって、腕を引っ掛けないように着替えて寝台に転がると、すぐに眠気に襲われる。抵抗をすることもする気もなくあっさりと寝た俺は、翌朝までぐっすりと寝ていた。 ……で、翌日になってソレに気づいた。 寝台で起きた俺の隣に、何故か恋さんが寝てらっしゃったのだ。 それを見て驚きの声を上げるより先に、丁度俺と恋とで挟んだ状態でにゃむにゃむと寝言を言う美羽に目がいく。……なんか、少しだけ自分たちが親子に見えた。いや、もちろんそんな行為には及んでいないのだが。 「………」 「……《じー……》」 ……で、大変困ったことに何処へ行くにもついてくる。 包帯ぐるぐる巻きの左腕を見ては申し訳無さそうにするから、ほうっておくことも出来ないし。 かといって近寄ると頬ずりしてきたり耳を舐めてきたりして(驚きのあまり叫んだ)、もうどうしたらいいのやら。そういえば犬って、たまに耳とか舐めてくるよね。それに似た習性なのかしら。 歩く先歩く先にてこてことついてくる。……ああなるほど、犬かもしれない。 納得しそうになりながらも否定して、今日も元気にお勉強。なのだが、自室で先生の指導のもとに勉強をする中でも、恋は俺の傍に居たがった。しかし本日の教師役である冥琳は甘い存在ではなく、あれよという間に却下を出されて部屋から追い出される恋。 それからしばらくは静かな勉強会が続いていたんだが、気配を感じてひょいと窓を見てみれば、じぃいい……とこちらを見ている恋さん。 「……北郷。お前はいったいなにをしたんだ……」 「ごめん冥琳……それ、俺こそが知りたい……」 解ることがあるとするなら、恐らくはひとつだけ。 どうやら俺は、下手をすれば知名度で言うと曹操劉備孫策よりも高いかもしれない三国無双の武将さんに、いたく気に入られてしまったのかもしれないってことくらいだ。 何が原因なのかといえば、理由はともあれ勝てたことなのか、それとも他になにか理由があるのか。例の如く明確な理由は解らないものの、まあ……好かれて嫌な気はしないので、素直に喜んでおけば……いいのかなぁ。 「……ふふっ……強くならねば、いつか潰されるぞ」 「シャレになってないよそれ……。でも、まあ……頑張る」 茶化されてもそんなことしか返せやしない。 けど……アレを受け止められるようになるには、いったいどれだけ強くならなきゃいけないのか。“下手をすれば”どころか、もっと上手くやらなきゃいつか死にます。 道は果てしなく続いていそうだった。
ネタ曝しです。 *激倒し───ゲキタオシ いわゆる女性とぶつかるイベント。赤松健氏の漫画では茶飯事。 男にやられたら、とりあえず眉間、人中、喉、心臓、鳩尾、金的を打ってあげましょう。 *激倒し時の言葉回し バキより。 花山薫vsスペックの、ドライバーを務めていた片平恒夫巡査(34)の言葉回し。 *いや、そのりくつはおかしい 確かドラえもんだったような。 71、72話です。 容量の都合により中途半端な分割になりました。 今回はほぼ鍛錬です。 そして祭さんと恋が中心のお話。 なお、恋の両手持ちについてはまともにくらえば胴体なんぞ軽くブチーンだと思います。 あくまで途中で防御にスイッチしてくれたから助かったものだと認識してくだされば。 ではまた次回で。 眠気ふらふら状態で書きましたので、誤字多いかもです。 しっかり寝て、誤字チェックは空いた時間にでも……。 早速誤字がいくつか発見されました。 わけのわからん文章もいくつか。 Next Top Back