125/董の旗の下
武器を破壊したことや武舞台の一部を削ってしまったことを関係者の皆様に謝ると、ようやく訪れる平穏。
もちろん俺だけじゃなくて霞も華雄も謝った……というかそれが普通なのだが、どうして俺まで謝らなくてはならなかったのかといえば、止められなかった責任でしょうね、はい、解ります。
武舞台じゃなくても、中庭かどっかでやればよかったんだもんな。
そんなわけで修繕に走ってくれた園丁†無双の皆様に感謝しつつ、こうして賑やかな許昌の街を歩いている。
城で動けば作業の邪魔になるだけかなーと思った結果がこれだ。
「あ」
「おっ?」
そんな中、街の人ごみの中でねねと恋を発見。
肉まんが入った袋を左手で胸に抱え、右手でもくもくと食べ歩く恋と、その傍らで俺を見つけて、まるでデートの現場を友人に見られたかのような反応を示すねね。
「……? ねね、どうかした……?」
「あっ、いやっ、ななななんでもないのです恋殿! さあ向こうへ行きましょう!」
二人きりを堪能したいのか、ぐいぐいと恋を押すねねであったが、
「……一刀の匂い」
「恋殿ぉおーーーーっ!?」
人並み外れた野生の勘がそれを許さなかった。
きょろきょろと視線を彷徨わせ、俺を発見すると目を輝かせてぱたぱたと寄ってくる恋と、それを悲しそうな瞳で「恋殿ぉおお……!」と見送り、手を伸ばすねね。なんだろう、ほら。恋人に捨てられた役の誰かみたいに、スポットライト当てられながら女の子座りで涙ながらに手を伸ばすアレ。アレを実際に見てしまった。
……やばい、別に俺なにもしてないのに罪悪感が。
「よー、なにしとったん? 買い食いかー?」
そんな状況も知らん顔で、むしろ知ってても知らんって顔で恋に話しかける霞さん。
うん。俺もそれくらい強く生きたい。
だってね、そうじゃないとあの恨みがましい視線が辛くて辛くて。
なのでまずはねねの傍まで歩き、謝りつつも手を差し伸べると、むすっとして唇を尖らせながらも手を乗せるねね。引き起こしてやれば、砂をパパッと払って俺を睨む。
「むう……べつにおまえは悪いことをしていないのですから、謝る必要などないのです」
「それでも嫌な気分にはさせただろ?」
「おまえは少し腰が低すぎるのですっ!」
「少しなのに低すぎるって、言葉としてどうなんだ?」
「う、うぅううるさいのですっ! とにかくぺこぺこと謝りすぎです! そんなことでは言葉の価値が下がるだけなのです!」
「むう」
言葉の価値か。
たしかに中々謝らない人が謝ったりすると、それだけ重みがあったりするよな。
そういった意味では、俺の謝罪は軽いのかもしれない。むしろ軽いか。
「それで、ねねはデートか?」
恋が霞と華雄に捕まっているのをいいことに、ねねにそっと訊いてみる。……と、ぼふんと顔を赤くして、ピキャーとしか聞こえない奇妙な言葉が返ってきた。きちんと言葉で返しているつもりなんだろうが、奇声にしか聞こえない。
「ままままったく! すぐにそういった目で見る者はろくな大人にならないのです!」
「誤魔化してばっかりなやつも、ろくな大人にならないって聞くけど?」
「うぐっ……ごごご誤魔化してなどないのです!」
「じゃあ恋のこと嫌い?」
「なにを言うですかおまえはーーーっ! ねねが恋殿を嫌うなど! ありえぬのです!」
キリッとした表情。胸に右手を当て、左手はバッと横へ流し。カッと放たれた言葉は、彼女にとっての真なのだろう……揺ぎ無い意思がそこに見てとれた。
「じゃあやっぱり好きなんだ」
「はうっ!?」
そんな顔が、やっぱり赤く染まった。
わたわたと慌てて身振りを混ぜて言い訳を整えようとするねねの、その頭を帽子ごとぽふりと撫でて「誤魔化しじゃないんだろ?」と言ってやる。すると観念したように身振りをやめて、長い長い溜め息を吐いた。
「底意地の悪い友達なのです……」
「友達っていうのは重くないくらいが丁度いいんだって。大事すぎると周りが見えなくなるから」
「そういうものなのですか」
「そういうものなのです」
オウム返しをすると、ねねはやれやれと溜め息を吐いた。
手は繋がれたままで、霞たちの話が終わるまで、こっちも他愛無い話を続けた。
「あ」
「へ?」
……すると、その途中。
メイド服を着た二人と遭遇した。
といっても向こうのほうから歩いてきたのだが。
それを見たねねがテコーンと目を輝かせて、
「ふふーん? 二人は今デートなのですか〜?」
と、ニヤニヤしながら言ってみせた。
途端に顔を赤く染めて狼狽える詠と、いまいち言葉の意味を拾えずに首を傾げる月。
「なななっなななに言い出すのよあんた!」
「なんで俺!?」
そして何故か矛先が俺に向くマジック。カッパーフィールドさんもびっくりだ。
そりゃ、そういうこと言うのっていっつも俺だって自覚はあるけどさ。
だが大丈夫。こういう時は慌てずにゆっくりと行動すれば、疑われることなどないのだ。
「ふぅ……言っておくけど、べつに俺がねねに言わせたわけじゃないからな?」
「なぁ?」とねねに振る。
「そう言えと言われたです。言わなければこの手を放さないと」
「キャーーーッ!!?」
そしてあっさり裏切られた。
俺を見上げる彼女の笑みが、とてもとても悪魔めいたニヤリとしたものであったことを、僕はきっと忘れません。
「あんた……」
「いや違う断じて違うよ!? 大体デートかどうかなんて当人同士の問題なんだから、仮に誰がなんと言おうが胸張って続けるべきだろうん!」
「だからデートじゃないって言ってるでしょ!?」
「言われてませんごめんなさい!!」
「だから腰が低いと言っているのです!」
「この状況で言われたってしょうがないって解ってくれません!?」
ああもうからかわなきゃよかった! ねねをからかわなければこんなことにはっ!
でも普段からいろいろとツッコまれてるんだから、たまにはいいじゃないか!
「と、とにかく。デートじゃないならそんなに慌てないで……」
「ぐっ……あ、慌ててないわよ《ギロリ》」
「図星じゃないなら睨むのもやめてくださいお願いします」
溜め息ひとつ、とりあえずは話が出来る状況になったことに安堵して、会話を始める。
さっきまでのは会話というよりツッコミ合いだった気がするし。
「じゃあ、改めて……こほん。ふ、二人は買い物?」
「はい。明日の祭りのために必要なものを。これが最後になります」
改めてと言いつつもひどく不自然に話を戻したのだが、月が綺麗に拾ってくれた。
ありがとう。このままいじめられ続けたらどうしようかと思ってた。
月はやさしいなぁ……。
「まったく。どーしてよその国に来てまで買い出しなんてしなくちゃならないんだか」
「あれ? 詠は買い物嫌いなのか? 俺は結構好きだけど」
「そりゃあ自分の好きな買い物をする分にはいいわよ。でもこれは別でしょ? 言われて買いに行くなんて、それこそ楽しめたものじゃないじゃない」
「んー……そうか? なんであれ、買い物は結構楽しいと思うぞ? 行くまではいろいろと考えるけど、なにか探してるときって妙にうきうきしてる」
「うっ……そ、そんなことなっ───」
「はい、詠ちゃんは買い物していると、すごくきらきらした目で───」
「月ぇえええっ!!?」
あっさり暴露されて涙をたぱーと流す軍師さまが居た。
相変わらず奇妙なバランスで保たれた仲だ。
「うぅ……ボクたちのことなんてどうでもいいでしょっ!? そういうあんたはこんなところで何やってるのよっ!」
「え? 俺?」
なにって……視察もどき?
「華琳に頼まれて視察みたいなことやってる。今日は特に予定も無いし、手伝えることがあるなら手伝うけど───あ、荷物持とうか?」
「……あんた、ボクが腕折れたやつにモノ持たせると思ってるの?」
「都合のいいように受け取ってくれて構わないから手伝わせてくれっ《キラキラ……!》」
「───……ねぇ月。この男がサボリ癖があったなんて、絶対うそよね……?」
「え? え、えと、えっと……」
「きっと天で記憶喪失になって別の知識を植え込まれたのです」
「いや、そんな奇跡体験してないからな?」
なにか手伝えるのならと張り切ってみればこの反応である。
仕方ないじゃないか、生きるたびに返したい恩が増えていくんだ、落ち着いてなんていられない。返し終わったらどうするんだ〜とか言われても、返し終える自分が想像出来ないから苦笑もしてしまうし。
……そういえば、返し終わったって思ったら天に戻されたりするんだろうか。
この世界にもう一度降りることが出来た理由が、実は俺が“恩を返したい”って願ったからでしたーとかそんなオチだったら───……ないな。
俺の願いで来れる場所なら、そもそも一年も天に居座ることなんて出来なかったって。
ずっとここに帰りたいって思ってたんだから。
「で、手伝いは? 荷物持ちでも荷物持ちでもなんでも任せてくれ!」《どーーん!》
「荷物持ちしか出来ないんじゃないの! とにかく、ボクはあんたなんかに手伝ってもらわなくても、月さえいればいいんだから!」
「大体視察の続きはどうしたのです? こんなところで油を売っている暇があるのなら、さっさと仕事に戻るです」
「よしはっきり言おう。華琳に視察に誘われたはいいけど、華琳が雪蓮と中庭でもめ始めたんだ。で、俺は引き続きってことになったけど、正直なにを見てどう“良し”と判断すればいいのかが解らない」
「……使えない男なのです」
「しょっ……しょーがないだろっ!? 確かに俺も軽い手伝いならしてきたし、回された書簡も多少は読んだけど! 一日のほぼは都でのことの勉強だったんだから! だから手伝いたいんだって! お、俺もこの祭りを組み立てる一人になりたいんだってば!」
「ようするに仲間はずれが嫌なわけね」
「《ぐさり》……仰る通りで……」
書類整理だけじゃ、なんか手伝ったって気がしないんだよぅ……。
なのに祭りの中に我こそって顔で立っている自分を想像したら、ひどく空しくなった。
だから手伝いたいじゃないか! 華琳に視察に誘われたときは、そりゃデートっぽくてステキとかも考えたさ! でも違う、なんか違うんだ! いやべつに好きって言ってもらえなかったからってスネてるんじゃなくてね!?
「ん……そうだ。詠とねねに訊いてみたいんだけど」
「ちょっと、月を仲間はずれにしようだなんて思ってないでしょうね」
「いや、二人に是非訊いてみたいことなんだけど……えと。俺的に空気読んだつもりなんだけど、じゃあ月も。いいか?」
「へぅっ? は、はい、私で答えられることなら」
「……おかしな質問したら千切るからね」
「どこを!?」
思わず腰周りに寒気が走るが、負けるな一刀。まずは質問だ。
「あ、仕事の邪魔しちゃ悪いから、歩きながら話そうか。霞〜、華雄〜、恋〜、ちょっと歩くぞ〜」
離れた場所で談笑している三人にもきちんと声をかけて、祭りの賑やかさで溢れている街の中を歩く。……仕事とはいえ、こんな中で買い物は大変だろうなぁ。
「で? なんなのよいったい」
「うん。質問の内容なんだけど───気になっている人に“好き”って言ってもらいたいのは、自然なことだよな?」
『ぶぅっふぅっ!?』
「へぅうっ!?」
詠とねねが一気に吹き出し、月がポッと染めた頬に両手を当てて照れる。
なんて予想通りな状況。
そして掴みかかる勢いで俺へと迫る二人の軍師さま。
「ああぁあああんた急になにヘンなこと言ってるの!?」
「そそそそっそそそうなのです! 頭おかしいのです!」
「大体月の前でそんなっ……ってぁあああ月っ、こんなに真っ赤になっちゃって……!」
「だから空気読んだつもりって言っただろ。人の所為にしない」
「うぐっ……うぅうう……」
三者ともに顔を赤くしてそっぽを向いた。
詠が月を気にしているのは知ってるし、ねねは今さらだろう。
百合がどうとか言うつもりはないが、友情からなる愛情ってことで、むしろ微笑ましいものでございましょう。
「で、どうかな」
「そ、そりゃっ……いぃいい言ってもらえたらっ……嬉しいん、じゃないのっ? ボボボクはよく知らないけどっ」
「むむむ……なかなか直球な質問だと感心するのです……やるですね、北郷一刀……」
「こんな場面で感心されても嬉しくないんだけど……一応ありがとう」
「す、好きな人ですか……確かに、言われたら嬉しいんでしょうね……」
そして三人ともにホゥと溜め息を吐いて……やっぱりそっぽを向く。
……うん、好きな人に好きって言ってもらいたいのは正常だよな。
よし確認終わり。
「訊きたいことも訊いたし、買い物しようか。さあ詠ちゃん、俺はなにをすればいい!」
「急に話題を変えないでくれたら嬉しかったわ」
「えぇ!? い、嫌がってたじゃないか!」
「うっさいこのばかち───ん……こ、こほんっ、えーと……ば、ばか……ばかー……」
「あの……詠ちゃん? 悪口が思いつかないなら、無理に言うことないと思うよ……? むしろ言っちゃだめだよ、そんなこと」
「うぅうう……はっ!? そ、そうだ! 詠ちゃん言うな!」
「随分今さらなのです」
騒ぎながらも買い物をする。
幸いにして祭りの中。どれだけ騒ごうともそれが物騒でもない限り、みんながみんなただの祭りの騒ぎだと思っているようだ。
「それにしても……」
「ん?」
食材を手にした詠が、ちらりと振り返る。
そこには霞と華雄、そして二人の会話にこくこくと相槌を打ちながらも、なんでかじいいいっと俺を見ている恋。
それから視線は戻り、ねね、月の順に見る詠は、何かを懐かしむように穏やかに笑む。
「なんか懐かしいわ。この人物構成で行動するのって」
「あ……そっか、そういえば」
董の旗の下に居た人達なんだ、ここに居るメンバーは。
もちろん俺はその中には含まれてはいないが……と考えていると、ちらりと俺を見る詠。
むう、どうせ部外者ですとも。
でも友達だと言った言葉に偽りはないから、その視線……あえて受けましょう。
「……良かったと思ってるわよ」
「へ? あ、え? なにが?」
で、あまりに予想から外れた言葉を、俺にだけ聞こえるように言ってくる詠に、必要以上に戸惑う俺が居た。え? よかったって、なにが?
「乱世だもん、負ければ死ぬだけだろうなって覚悟してたのに……こうして生き残って、なんだかんだでみんなとこうして買い物なんてことが出来る仲になった」
「あ……ああ、そういうことか。でも前の時でも───って、そんなふうに出来る役職でもなかったか」
「当然でしょ? 何処で誰が狙っているかも解らないのに、そんな危険なこと……」
思えば、反董卓連合は彼女たちにとって、迷惑以外のなにものでもない出来事だ。
住む場所を追われ、仲間とも離れ離れになって。
それでも彼女は言ったのだ。“良かったと思ってる”と。
「ん……べつにこれが前向きなだけの考えだーなんて思ってないわよ? いろいろ面倒はあるし、疲れることだって毎日のようにあるし。重要なのは、みんなが無事で、争わないで済む場所に至れたってことよ。立場を気にして意識を尖らせる必要もないし、こうして月と一緒に買い物も出来る。一度壊された世界が、誰かの犠牲の上で組み立てられて……暖かくなった状態でここにある。これで笑えなきゃ、月を守ろうとして戦ってくれた人たちに申し訳ないじゃない」
「……そっか《どしんっ》ふおっ!?」
自然と暖かい気持ちになったところで、詠が買ったばかりの様々を詰めた紙袋を俺に渡す。慌てて片手で受け取るのだが、結構重いし肩から吊るすように巻かれている左腕があるために、胸に抱えるようにして持つことも難しい。
上手くバランスをとって《ゴスッ》あいいぃいーーーーーっ!!? いたっ! ゴスって今っ! ゴゴゴゴスって左腕にっ……!
「そんなのでよく手伝いたいなんて言えたわね……」
「べ、べつに無理なんかしてないんだからねっ!?《ポッ》」
「急に涙目で頬赤くして何言い出してるですか」
「横から冷静にツッコまないで!? 悲しいから!」
結局はわいわいとやかましくなる。
それを見た月もくすりと笑い、そんな笑顔にポッと頬を染めた店の主人がおまけをくれたりで、祭りっぽくていいなって思ってしまう。や、実際に街は祭りの最中だけど。
そんな賑やかさの中、別の店へと向かう最中にもう一度、詠が近くに来て口を開いた。
「……死んでいった人達がそれで納得するかなんて解らないわよ。もう話すことも出来ないんだし。深く考えてみれば、きっと恨まれてるんだろうなとも思うわ」
「………」
そりゃそうだ。死にたいなんて思ってた人なんてそうそう居なかっただろう。
それなのに死んだんだ。
生きているってだけでも恨まれることは、悲しいけどあるだろう。
さっきまでの笑顔もどこへやら、詠は少しだけ今まで生きてきた道を振り返ったような、疲れた顔で空を見上げて呟いた。
「義務がどうとかじゃなくて……生き残れたなら生きていたい。みんなの分までなんて偉そうなことは言わないから、せめて……生きていられる残りの時間を笑って過ごすことくらいは認めてほしいんだ、ボクは」
「……ん」
同じく空を見上げるが、人にぶつかりそうになったからやめた。
そんな俺を見て、隣を歩く詠が苦笑を漏らす。
「あんたさ。魏で戦っていた頃は何もしてなかったんだったわよね?」
「……ああ」
「そっか」
向けられる視線が“辛かったでしょ”と語っている。
そんな視線に答えを返すでもなく、苦笑を漏らした。
「………」
何も出来ないで、人の死ばかりを知るのは辛い。
だからって何をしてやれるわけでもない。
なにもしていない自分が生きて、戦った人がどうして死ななきゃいけないのかと考えることも辛い。そのくせ、鍛錬からは言い訳をつけて逃げていた自分を思い出すのも辛い。
そんな俺の考えを見透かすように詠は寂しそうに笑って、彼女の行動に似合わず背中をぽんぽんと叩いてきた。
「詠?」
「国に返したいって理由がそこから来てるのかどうか。そんなことは知らないわ。でも、やれることが出来たなら頑張ればいいのよ。……それくらい許してもらわないと、ひどい話だけど……死んでいった人達は重荷にしかなれないんだから」
「………」
しゃきっとしなさいと言われた気がした。
それだけで、何かをしなくちゃ落ち着かないって気持ちが軽くなった気がする。
……単純だな、俺。
溜め息をひとつ吐くと、詠は月に呼ばれて小走りに駆けていく。
その先には相変わらずの食材屋。
届けられる食材とは別に、こうして買うものも結構あるらしい。
大体が誰かの要望からくるお使いのようなもの、だそうだ。
……で、その空いた隣にいつの間にか恋が。
「……。ん……一刀、元気ない……」
「元気ないと言われながら肉まんを差し出されたのは初めてだ。くれるのか?」
「……? お腹、空いてない……?」
「いや、空腹の所為で元気がないわけじゃないって。懲りもせずに考えごとをね」
「ウチらの輝かしい未来のために?」
「それもある」
「ではいかに戦を始めるかか!」
「違うよ!?」
「いかに女に手を出すかですか」
「それも違う!!」
神様、一刀です。周囲のみんなからろくな反応がありません。
どうしたらいいでしょうか。
(一人一人との関係を大事にして生きなさい。多数に手を出してしまった今、何をどう言い繕おうとあなたの愛は一途ではありません)
(神様!?)
神様にもっともなことを言われた気がした! でもなんかひどく聞こえるのは何故!?
……いや、幻聴に心を乱してないで、今はこの瞬間を楽しもう。
もらった肉まんを頬張りつつ───…………
「…………《じーーー……》」
「あの……恋?」
「…………《じーーー……じゅるり》」
「…………食べる?」
「!」
くれた肉まんを凝視して、じゅるりと涎をすする恋さん。
そんな彼女に肉まんを渡すと輝く瞳で見つめられたあと、もくもくと食べ始めた。
いや……なんのためにくれたのさ、それ。
「えーなぁ恋ー、ななな、一刀ー? ウチにもちょーだい?」
「貰ったもの返しただけだからな……っと、おお、丁度あそこに饅頭屋があるな。あそこでいいか?」
「……!《こくこく》」
霞に訊ねてみれば、こくこくと頷く恋。
「……まだ食うんですか、恋さん」
渡した肉まんはとっくに手の中から消えていた。
「誘ったからには奢るですよ、北郷一刀」
「む? なんだ? 奢ってくれるのか?」
「え゙っ…………はぁ。ちゃっかりしてるよな、みんな……」
こうなれば月や詠に奢らないわけにもいかない。
離れたところで食材を見て回っている二人に声をかけて、ちょっと早いけど休憩をとることにした。
……。
もぐもぐもぐもぐ……
「んんっ……この餡、イケる……!」
「こっちの餡もたまらないのです……!」
祭りに向けて作ったという新作を口にしてみている。
なんでも干し肉をほぐして玉葱等と一緒に炒め、上手く味付けをした新食感の肉まんなんだとか。ちなみにそれを食っているのがねねで、俺が食べているのは辛味をメインにしたピリ辛まんだ。
肉まんのように肉は入っていないものの、柔らかい野菜の食感と、追って訪れるほどよい辛さと旨味がたまらない。素晴らしい餡だ。
「おばちゃーん、これの中身なにー? めっちゃ美味いやーん♪」
「ああ、そりゃあねぇ───」
「ふぅむ……饅頭も奥が深いな……。食べ物など腹に入れば同じだと思っていた」
「……《もぐもぐもぐ》」
「美味しいのは解ったから、もう少し落ち着いて食べなさいよ……ほら月、こっちも食べてみて。結構美味しいわよ」
「ありがとう詠ちゃん。じゃあ私のも」
「あ……う、うん、ありがと、月」
「ラブラブだな」
「うっさい」
茶化してみたら赤い顔で睨まれた。
ラブラブの意味は解るのか。……いや、雰囲気でからかわれたって悟っただけか。
とりあえずもぐもぐと食いまくっている恋の頭をぽむりと撫でると、「食べる時は?」と問いかける。するとどうだろう。結構な速度で食べていた恋の咀嚼速度がのんびりとした一定に変わり、味わって食べるようになった。
「うわ、なにこれ。あんた恋になにしたのよ」
「何もしてないって……なんで何かしたってこと前提で話を始めるんだよ。ただ、食べる時はきちんと噛んでって教えただけだよ」
「へぇえ……食べ物をあげればそれなりに言うこと聞いたのは確かだけど、その食べ物のことで言うことを聞くなんて、珍しいものを見た気分だわ……」
「そうなのか?」
素直なもんじゃないか。
言ってみたらこくこく頷いて実行してくれたし。
そう言ってみると、なんだか不思議な生物を見るような目をした詠に見つめられた。
え? なにこの視線。
「ま、まあいいや。おーい霞ー! こっちの饅頭の餡、ちょっとピリッとして酒に合いそうだぞー!」
「おー! こっちも大当たりやー! “外の饅頭いらんから中身の餡の作り方教えて”ゆーて、怒られとったとこー!」
「なんてこと言ってんの饅頭屋相手に! ご、ごめんおばちゃん!」
「あっはっは、かまいやしないよ隊長さん。祭りの時くらいは楽しんでいきましょ、ね?」
「……せやったらウチ、なんで怒られたん?」
「怒られないって思うほうがどうかしてるだろ!」
ああもうこういうところほんと雪蓮と似てる!
でもまあ雪蓮と違って反省はきちんとするから、それは本当にありがたい。
好きなものに素直すぎるのも問題だよな。酒とか。
「なぁ華雄。霞って昔からああなのか? ああ、昔っていうのは知り合ってからとかそっちの意味で」
「いや。昔は戦と関羽のことばかりだったな。男の傍に居たがるなんてことは無かった」
「あっ、こらっ、ちょおっ!? なにいらんこと喋っとんねん!」
「いらんこと? んー……いらんことじゃないぞ? 俺は霞のこと、もっと知りたいし」
「ふぐっ……うぅう……一刀、その言い方ずるいわ……」
正直な気持ちを語ってみれば、顔を赤くした霞が胸の前で人差し指同士を突き合わせる。
どうにも照れているようで、ちらちらとこちらを見てくるんだが……そんな霞を見た華雄がすっぱりと言う。「うむ。こんな表情の霞は見たことがなかったな」と。
「だぁもううっさい華雄! ウチのことはもうええんやっちゅーねん!」
「そうか。ならば北郷、お前のことを聞かせてもらって構わないか?」
「え? 俺?」
「あ、そや。恋と華雄で話し合ぅとってん。一刀、結局華琳には“好き”言ぅてもろてへんやろ?」
「イ、イヤ、その話しはもうイイカラ。察するヨ。僕、察するンダ……我ガ名ハ“ショユウブツ”! 今後トモ、ヨロシク!」
無意味に両腕を挙げて叫んでみた。
みんな知ってるかい!? 所有物って凄いんだぜ!? 持ち主のもっとも傍に存在できるものなんだ! それがお気に入りなら尚良しッッ!! そう、飽きられない所有物であれ! 常に変化を続けるような……例えば履くごとに味が出るスニーカーのような男であれ! で、穴が空いたらポーンと捨てられるんですね? ちくしょぉーーーっ!!
「一刀、最近おかしなったなぁ……」
「いや、おかしくないから。当然の反応だからっ。まあそんなことは置いておいて、うん。好きとか嫌いとかはもういいや。華琳が察しろっていうなら察することにするよ」
「へー……それでええん? 言われるままに納得〜、て」
「ちょっと考えることがあってさ。好きだからって、求めすぎてたのかな〜って。だから少し距離を置いてみようかなと思えるようになった。丁度都で暮らすって案も出てるわけだしさ」
親離れならぬ華琳離れをしてみましょう。
で、立派になったら改めて、その……かか華琳に子作りのことを話してみる、とか。
それで断られたらまた努力しましょう。
少なくとも“俺には”、随分と時間がありそうだから。
「都暮らしかぁ……都で暮らすのって一刀だけなん?」
「美羽と七乃と華雄は確定してるみたいだ。あとは……誰になるんだろ」
「おろろ、なんや、華雄も行くん?」
「いや……初耳だが」
「いやいやいやっ、ちゃんと話通してあるはずだぞ!? 忘れてるとかないか?」
「───…………」
遠い目が、どことも知れぬ場所を眺めていた。
うん……忘れてたんだな、きっと……。
「詠とか月はどうだ? そういう話を聞いたりとか」
「あぁその話? 桃香から聞いてはいたわよ? 知らない仲じゃないし、桃香が気を利かせてくれたんだろうけど」
「はい。丁度華雄さんはその時、他国の将と仕合をしていたと思いますけど……」
『あぁ……』
全員の声が重なった。
月と華雄だけが首を傾げ、それ以外が恋を除けば全員頷いていた。
なるほど、忘れてたんじゃなくて耳に入ってなかったのか、と納得したが故だった。
「華雄は一つのことに夢中になると、周りの声なんて右から左やもんなぁ……」
「それはあんたもでしょーが」
「へ? ウチも? あっはっは、じょーだんキツイわ詠っち〜♪」
「……自覚無いって幸せなことよね」
「まったくなのです」
「一刀ぉ……みんながイジメる……」
「いやごめん、まったく同じ意見だった」
「んなっ!? 一刀までっ!? ウ、ウチちゃんと話くらい聞いとるもん! 愛紗に見惚れてようと声かけられれば反応返せるくらい、ちゃんと聞いとるもん!」
「み、見惚れっ……へぅう……!」
賑やかだ。
むしろうるさいくらいに。
だけど祭りの雰囲気には丁度いいらしく、周囲まで騒がしくなる。
こういうのはノリなんだろうけど、ここまで賑やかだとノリとは関係無しに楽しみたくもなってくる。……そんな雰囲気に乗ってか乗らずか、霞が猫耳(幻覚)をピンと立て、この場に居るみんなに質問を投げた。
「あ。見惚れるで思い出した。みんなに訊こ思とったことがあるねんけど……なな、こん中で一刀のこと好きな奴、どんくらいおるん?」
『───《びしり》』
…………空気が凍った。
賑やかだった周囲までもが音を無くしたかのような幻覚が場を覆う。
幻覚というからには幻の感覚なわけで、もちろん周囲は賑やかなままな筈なのだが……。
「……《ズビシ》」
「恋!?」
「恋殿!?」
無表情ながらに目は輝かせ、挙手する奉先さん。
思わず驚く俺の横で、ねねまでもが驚いていた。
「ほー、やっぱ自分に勝った相手には惹かれるモンがあるん?」
「ん……やさしい。いい匂いがする。動物が好き。恋に勝った。あと……撫でられると気持ちいい」
「言わなくていい! そういうこと本人の前で言わなくていいから!」
「せやったら華琳が一刀に“好き”言わんでも平気とちゃうん?」
「………………もっ……もも求める好意と与えられる好意は違うというかなんというかっ」
「贅沢やなぁ……」
「まったくだよな……自覚してる」
俺、とっても贅沢してます。
元の世界ではむしろ、女の子に遠慮しながら生きてきたと言っても過言ではないんじゃないだろうか。……いや、剣道で不動さん相手に遠慮無しとかは、やったところで無意味だってことはよーく思い知ってる。剣道を抜けば……やっぱり大して変わらないな。
「んで? 恋の他にはおらんの? 一刀んこと好きなやつ」
「いや……霞さん? 寂しくなるからやめてくれたら嬉しいかな……」
「な〜にゆーてんねん、この平和な世の下、好きな男の一人もおらんと退屈で死んでまうやろ。ウチはウチの知り合いがそんな、退屈で死にそうになるのいややもん」
「俺って退屈しのぎの道具かなんかか!?」
「だってウチ、一刀と一緒やと楽しなるもん」
「う……そ、そうか……?」
そんな真正面から言われるとさすがに照れる。
「言葉だけでころころと表情を変えるなど、扱いやすそうな男です」
「ほっとけ! 嬉しいんだからしょうがないだろ!」
「ふーん……? まあそうね。友達だとは思ってるけど、好きかどうかで言えば違うわね。いってもせいぜいで“大事な友達”どまりよ。そういう性格じゃない、こいつって」
「人を指差して“こいつ”言うな」
ねねも詠も、俺の扱いが随分と適当である。
しかしその中から感じられる俺相手だから言える言葉っていうのは、解ってしまうとこれが案外悪くないと思えてしまう。
仲がいいから言える言葉って、結構あるもんな。
感じられるものが無ければ、ただただ落ち込んでいただけであろう自分が想像に容易い。
「へぅう……その……私も好きではありますけど、それは大切なお友達としてでして……」
「ね、ねねは友達なだけなのです。別に大切だとかそんなことは考えていないのです」
「へー……やっぱ友達思とるのが多いんやなぁ……あ、華雄はどうなん?」
「鍛錬相手だ」《どーーーん!!》
「……空気読もうな、かゆっち……」
「む? だめなのか?」
いや、俺もそうだと思ってたから、別に不都合はないんだが。
「なー華雄〜? 平和な世はそら平和でえーもんやけど、それだけやと退屈やでー? そこにきて好きな男がおるってゆーのは、これで結構ええもんやねんで?」
「男にこれといった興味はないな。強いのならまだ考えなくもないが」
「よっしゃ一刀、負かしたり」
「片腕でどうしろと!?」
「いや〜、華雄は絶対に男で化けるヤツや。一度好きになったら自分の全部をそこに置く感じでこう、な? 一刀の言うことならなんでも聞いて、一刀が言うんやったら知識も磨いて、一刀が願うんやったらより強ぉなろって、躍起になると思うねんけどなぁ……」
「………」
言われて、華雄を見てみる。
いまいち話の流れが掴めていないのか、顎に軽く握った手を当てて考え事をしている。
「……華雄が?」
そんな様子を見てもピンとくるものは一切なく、つい逆に問い返してしまう。
他のみんなもそうだったようで、視線は一斉に華雄へ。
「……ん? なんだ?」
本人はといえば、きょとんとした顔で俺達を見渡す。そりゃそうだ。
そこで霞がけらけら笑いながら説明してみれば、
「自分が誰かを好きになるなど想像が出来んな……そんなものは病の一種だろう?」
「おー♪ 恋の病っちゅーやつやなっ」
「その言葉、この世界でもあるもんなのか」
予想の範疇ではあった言葉が返ってきた。
俺だってこの世界で人を好きになるまでは、自分が誰かを……なんて想像もしていなかった。求められて受け入れて、そこに“恋”ってものがあったのかも確認できないうちに愛にまで至ったようなもんだ。
ただしそれは間違いようもなく愛ではあり、デートなどをじっくりとする“恋”を完全にすっ飛ばしたものではあったわけで。それを言うなら三羽烏との関係が一番自然だったんだろうか。デートとはいかないまでも、昼食を一緒に摂ったり警邏で一緒に歩いたりしたって仲ではダントツだ。
そんな関係を華雄に代えてイメージしてみるのだが───
-_-/イメージ
ザムザムザムザム……!
「うむ。やはり警邏はいい。心が引き締まる」
「いや、一応デートのつもりなんだけど」
「出餌屠? なんだそれは」
街の中をふたり、歩く。
今日もいい天気。
デートするにしても城下に下りればいいというのは、この世界ならではないだろうか。
もちろん遠出するなら馬は必須になる。
……なんて考えていたのだが、華雄はこれを警邏だと思っているらしい。
しっかりとデートだと言ったのに、右から左へだったようだ。
「さあ、これが終わったら兵たちの調練と自らの鍛錬だ」
華雄は戦に対して真剣である。
「次の列! 突撃を仕掛けろ!」
むしろ頭の中はパワーでいっぱいである。
「他に遅れを取るな! 呼吸を合わせていけ! 乱れた呼吸にではなく、整った呼吸に自らが合わせろ!」
しかしながら……武力はあっても統率が少ないと思っていた彼女だが、これで案外部下には慕われていた。策には弱いが真正面からぶつかれば相当に強い隊を指揮している。
「我々に敵は無い! 我々は強者だ! ふははははは!!」
……さらにしかしながら、一度熱が入ると止めどころを見失う。
熱暴走とでも言えばいいのか、突撃大好き人間になってしまい、真正面から以外の攻撃に滅法弱くなり───
「なん……だと……!?」
あっさり負ける。
それは指揮勝負での模擬戦を始めて、少ししたあとの出来事であった。
-_-/一刀
結論。
『ないわ』
声が揃った。
今度はその言葉を向けられた霞がきょとんとする番だった。
「ない、て……なにが?」
「いや、華雄が人を好きになるって状況が思い浮かべられないって意味で」
「だって華雄よ? 戦があればそれこそ人生って感じの。命令聞かずに挑発に乗って、門を開けて突撃仕掛けて戻ってこれないまま行方不明になった華雄よ?」
「《ざくざくぐさぐさっ!》ふっ! ぐっ! おううっ!」
「や……詠っち? そのへんにしたって。何気に華雄が悲鳴あげとるから」
そういえば反董卓連合の時、いろいろとやらかしてたんだったっけ。
お陰で簡単に関門を越えられたわけだが……本人にしてみれば黒歴史だよなぁ。
「そもそも“好きになる”というのは、そこまで人を変えるものなのですか?」
「ん? ねねは恋のことになると人が変わるけど、それは違うのか?」
「違わないのです《きっぱり》」
あ。認めた。
「しかしねねの好きはそういった無粋なものではなく、尊敬や友愛からくるものなのです。だからというわけではないのですが、恋愛だのなんだのが人をそこまで変えるとは思えないです」
目を伏せ、片方の口角を持ち上げてのフスーと吐く溜め息。
うん、最初っから理解する気ゼロでの物言いだ。
まあさ、うん。解るんだ、それも。愛だの恋だのは経験してみなきゃ解らない。
恋をすっ飛ばして愛に至った俺からすれば、むしろ恋のほうが興味深く、ソワソワしていたりもするんだが……相手を抱くだけが愛じゃないもんな。うん、紳士であれ、北郷一刀。今は弱くても、いつかは強い紳士になろう。勝てないと解っていても立ち向かう勇気を持つ紳士になろう。でも、いつか勝てるようになってやると決意を見せる紳士になろう。
「そういうあんたはどうなのよ。その、こいつと寝たって聞いたけど」
「へぅっ!?」
「お〜? なんやぁ賈駆っち、そっちのほうに興味津々かぁ〜?」
「今さら賈駆っちなんて呼ぶんじゃないっ、人の目があること忘れないでよっ」
「あ、そやった」
驚いて顔を真っ赤にさせた月には触れない方向で、複雑そうな詠と霞が話を進める。
そっちの話になると巻き込まれるのは目に見えていたから、軽く離れて恋の傍へ。
「恋、食べてるか?」
「《こくこく》……ん」
未だに饅頭を咀嚼していた恋の傍で、ひとまずは安堵。
それにしても幾つ食うつもりなのか。
いい加減にしてくれないと俺の巾着の残高が底をついてしまう……!
祭りの雰囲気の中でツケにしておいてとか絶対に言いたくないのですが!?
「恋、追加の注文はそこまでにしてもらっていいか? 生憎ともう財布の中身がさ」
「!《バッ》」
「え……いや、別に俺が肉まん食べたいから言ってるわけじゃ……その……いただきます」
差し出してくれたのに、ヘンに遠慮するのも難しく。
今度こそ肉まんを頬張ると、もふもふと咀嚼する。
……うん美味い。饅頭はふっくらで中の餡の肉汁といったら溢れるようだ。
なのに嫌味ったらしい油っぽさじゃなく、旨味をたっぷりと含んでいる。
それが外の饅頭に染み込んでいって、そこを食べればまた違った味わいがある。
などと思っていると、咀嚼の内は当然のごとく口から離していた肉まんを、恋がハムリと口にする。思わず「ホワッ!?」とおかしな悲鳴をあげると、もむもむと咀嚼しながら首を傾げる恋。
……手に持っている肉まんの面積が明らかに減っていた。
「あの……恋? もしかして食べちゃだめだった?」
「《ふるふる》……大事な人とは分かち合うもの。桃香がそう言ってた」
「………」
「…………《じー…………きらきら》」
俺を真っ直ぐに見つめる目が輝き、何か期待をこめていることに気づく。
とりあえず……一口齧ると恋の口の傍まで肉まんを持っていく。
すると、はむりと一口齧り、もぐもぐと咀嚼。
「………」
試しに二口連続で食べてみると、恋が「!?《ズガーーーン!》」と大層なショックを受けた。そして首をふるふると横に振りながら俺の服を引っ張った。
やだ……可愛い……! じゃなくて。
「わ、悪い悪い、分かち合い、だよな? ほら」
すっともう一度差し出す。
連続二口といっても多少齧った程度だから多少は残っている肉まん。
それを、今度は恋が二口連続で食べる。
「………」
「………」
奇妙な空気が生まれた。肉まんは減るばかりなのに。
なんかもう間接キスがどうとかそういう問題も軽く越えた空気の中に居た。
お互い見つめ合って一つのものを分け合って、ちょっとしたいたずらでキャッキャウフフ状態……これってあの伝説のバカップル状態というやつではございませんか?
「………」
「………」
親愛感だよな、フツーに。
しかしポムポムと頭を撫でてみれば、その手をワッシと掴まれ、頬擦りされる。
……親愛感ですよね?
でもなんかこれって、犬や猫を撫でてる時の反応に似ててくすぐったい。
たとえば頭撫でてると頭を押し付けてくる猫みたいに。たとえば指を舐めている最中に撫でようとすると、押さえつけてさらに舐めてくる犬のように。
なんとなく反応が見たくなって、悪戯心全開で恋の唇をつんとつついてみる。
……と、かぷりと人差し指が食べられ、閉じられた口の中でぺろぺろと嘗め回されてオォオオッヒャァアーーーーーッ!!?
「ちょわぁああととと!? 恋!? 恋っ! くすぐったいくすぐったい!」
「?」
「《かぷり》いったぁーーーーっ!!? いや痛くしてくれって意味じゃなくてぇえ!!」
生暖かな場の空気が俺の叫びで飛んでいった。
それはいいんだが指が痛い。
痛いと言えばすぐに放してくれるのだが、指が口から解放されることはなかった。
「………」
「?」
指を銜えられた状態で首を傾げられた。
やだ……可愛い……! ───だからそうじゃなくて!
おお落ち着きなさい北郷一刀。誰に対してでもこんな調子だから種馬などと呼ばれるのです。紳士への目標はどうしましたか。もっと凛々しく生きなさい。
「……《ぴしゃんぴしゃんっ! ぼごっ!》〜〜〜人ぉお〜〜……!《ごくり》」
心の中のむず痒さが溢れ出しそうになった瞬間、恋の口から指を抜き取ると、自分の両の頬を叩いてから右頬を自分で殴り、掌に人の字を書いて飲み込んだ。
すると、スゥウと引いてゆく顔の熱。
いろいろな感情が渦巻いているのも確かだし、きっと友達以上に思っている相手も居る。亞莎に対して抱いた気持ちと同じく、それはきっと友情ってだけで答え切れるものじゃあないのだろう。
でも、焦ることはもうやめたのだ、のんびりいけばいい。
「ほい、恋」
「《はむっ、もぐもぐ》」
差し出した残りの肉まんを頬張り、咀嚼する恋を見て微笑みを浮かべる。
頬を叩く際に持ったままだったから少し形が崩れていたが、恋は気にせず食べていた。
微笑んでいた。この時の俺は、それもう本当に、暖かい気持ちで微笑んでいたのだが。
「フフフ……聞いたぞ北郷よ。男を好きになった女は、なんでも通常の三倍の力を発揮できるそうではないかっ! 故に勝負だ! 武器を取れ!」
「なんで!?」
その笑みが裸足で逃げるくらいの出来事が、突如として起こった。
何故だか高揚した華雄が俺の傍まで来て、一気にそんなことを言い放ったのだ。
「すっ……好きになるのと勝負との関連性の説明を求める!」
「む? 前に言ったが? 私は自分より弱い者には興味がない。お前が勝てばお前の子供でもなんでも産んでやる」
「前に言ったが、って前は子供の話なんてしませんでしたよね!?」
「いや。以前より気になっていたことはあるにはあるのだ。手負いの獣は何をするか解らないというが、真に恐ろしい獣とは子を守らんとする獣の親だ。常々、あの力は何処から出てくるのかと不思議だったが……」
そこまで言うと、ちらりと霞の顔を見たのちに頷く。
「……男を好きになった女は強くなる。その意味の末を知れば、それも頷けるというものだろう?《ニヤリ》」
「いやニヤリじゃなくて!」
妙な納得の仕方してる!
霞の説明の賜物なんだろうけど、嫌な理解の仕方の所為で逆にこっちの説得が難しそう!
「ええいもうやってやらぁーーーっ!! 片腕だけどこの北郷一刀、逃げも隠れもせん!」
「へぅう!? か、一刀さんっ、無理をしては───」
「……月。魏に生きたこの北郷が唱えます。この手の人相手には、どれだけ口で言っても無駄です」
「え、え? えぇっ?」
そう。春蘭に説得が通じないように。一つのことに夢中になりすぎるあまり、氣弾で看板破壊をしてしまった凪のように。一度コレと決めた人には何を言っても無駄なのだ。
なので武舞台で勝負じゃー! ってことになり、行動範囲は再び城内へと戻り───
「壊された舞台の修繕がまだですのでお引取りください」
───あっという間に追い返された。
「……あれ?」
み、妙ぞ……こは───いやいや疑問を抱くよりもどうしようかだよ。
とりあえず工夫のおやっさんが怒ってたのは間違い無いな。うん。
そんなわけで武舞台の傍でどうしたものかと悩んでいる。
一応は俺だけで“使ってもいいか”を訊ねに来たわけだが、あっさり却下だ。
ならば他のところで───と考えて中庭が浮かんだわけだが、華琳に視察の続きをしていろと言われているというのに、“仕合のために戻ってきました”なんて言えるはずもない。
……よし! とりあえず急いで戻ってみんなと意見交換だ!
そうと決まればそれこそ急ごう! みんなが肉まん頬張って待っている!
「あっ! おっ兄っさまぁ〜〜っ♪」
「はう!?」
と、走り出した途端に声をかけられるタイミングの悪い俺。
何処から!? と見渡してみれば、武舞台ではなく別のほうから軽い足取りで駆けてくる蒲公英が。
「蒲公英か。どうかした? 俺に何か用があったり───」
「えへへぇ、用はなかったけど見かけたから。お兄様は? 片腕なのに懲りずに手伝い探してるとか?」
「懲りずにとか言わない。……懲りてないけど。武舞台でちょっと確認したいことがあったから来ただけで、実はまだ視察中なんだ」
「そうなんだ……あ、ねぇお兄様? 一回、一回でいいから歌を歌ってくれないかなぁ。ここのところ準備とか鍛錬とかで疲れちゃっててさー」
「いや、俺急いでて……」
「だめ……?」
「いや……」
「お兄様ぁ……」
「………」
上目遣いに懇願される。
ぬ、ぬう、なんだというのだこの断り辛さ……!
やっぱり急いでるからと言って駆け出せばいいだろうに、そうすると彼女の準備などへの頑張りを否定することになりそうな、このもやもやとした感情……!
「うぅ……じゃあ、どんな歌でもいいのか?」
「いいのっ!? やった!」
「待て待てっ、どんな歌でも! これが条件!」
「いいよいいよっ! 聞かせて聞かせて〜っ?」
悲しそうな顔が一気に元気一杯になった。
……神様。やっぱり女の子って怖いです。
「では───すぅ……はぁ……!」
しかし歌う。
短く、しかし実際に天にはある長さの歌を、そのまま歌うのではなく改良を加えて。
15秒もあればきっと歌い終えるであろうそれを、今───!
タイトル【長州力】
作詞:エ○テー&北郷一刀
曲調:エ○テー
歌 :北郷一刀
「長州力〜、みんな大好き〜♪ 長州力〜、僕も好き〜♪ スコォ〜ピオォ〜〜ン〜〜デスロォックゥ〜〜ゥウ〜〜〜ッ♪ 長ぉお〜〜〜ゥ州ぅうう〜〜〜ゥりっきぃい〜〜〜っ♪」
…………。
「じゃっ!《ズビシッ! がしぃっ!》放せぇえーーーーーっ!!」
ちゃんと歌ったのに、ズビシと構えた腕が掴まれた!
何故? どうして!? ……考えてみたら何故もくそもない気がしてくるから不思議だ。
「歌ったろ!? ちゃんと歌ったじゃないか!」
「え〜〜っ? あんなの歌じゃないよ〜〜っ!」
「歌だよちゃんと! 消○力の少年に謝れ! ……あ、いや、この場合謝るの俺か!? とにかく人を待たせてるからこれ以上はダメだって!」
「待たせてるって、誰を? 」
「月に詠に華雄に霞に、恋にねねだっ! 待たせるといろいろまずいって解るだろ!?」
「うぅっ……でも一曲、元気の出る歌を歌ってくれるだけでいいからさぁ、ね? お兄様ぁあ〜〜〜っ」
「……長州力〜、みんな大」
「それはもういいから!」
「なんで!?」
少し巻き舌風に歌ってみれば、途端に却下された。
少ない時間で歌えるものを即興で作ってみればこれである。
「あー……蒲公英はこれから仕事の続きか?」
「え? あ、もう交代の時間が来たから、ご飯食べて次の仕事に移るってくらいかな。まだ余裕があるから、お兄様が歌ってくれたらな〜とか思ってたら丁度見つけたから」
にひひ〜と笑う少女は、どうあっても俺を逃がすつもりはなさそうでした。
ならばもう面倒だとばかりに頷き、掴まれた腕をそのままに歩き出す。
「あ、あれ? お兄様?」
「メシ、一緒に食おう。歌は歩きながらだ」
「あ、そっか。そうすればどっちも時間に余裕が出来るね」
「そゆこと。というわけで───長州力〜♪ み」
「それはもういいってば!」
「そ、そうですか」
いや……どうせ15秒程度で終わるんだから、最後まで歌わせてくれてもいいだろ……?
とまあそんなわけで、祭り前日の騒ぎの中を歩き、歌いながら街を目指した。
ネタ曝しです。
*カッパーフィールド
デビッド=カッパーフィールド。マジシャン。
それってどんなカッパーフィールド?=それはどんなマジックですか?の略。
全然略してないけど、まあ気にしない方向で。
*今後トモ、ヨロシク
女神転生シリーズより。仲魔にした悪魔が種類によって言う言葉。
*頬を叩いてから片頬を殴って掌に人の字を書いて飲む
天地無用!魎皇鬼より。
零・魎呼がやっていた不思議なまじない。
赤面が治まる効果があります。
*通常の三倍
ガンダムで有名なシャア専用の赤いあんちくしょう。
正式倍率は通常のザクの1.3倍程度だという。
*長州力
ながすちから、ではない。ちょうしゅうりき。
プロレスラーでスコーピオンデスロックが得意技。サソリ固めですね。
プロレス好きです。昔のですが。
*消臭力
トイレとお部屋に消臭力。
このCMの少年の歌唱力が羨ましいですね。
さて、78、79話をお送りします。凍傷です。
ようやっと掃除が終わりました。長かったです。
確認も無事に終わり、少しは時間に余裕が出来そうです。
予定では今回のUP分も19日に出来るはずだったのに、随分とまぁ……。
しかしまあなんでしょう。
べつに無理に分割する必要もないかなー?とか最近思っているのですが、100kbを越えると携帯電話では読み込み切れなかったりするんですよね。
こういう場合はきちんと分割するべきかなとも思うのですが、やはり機種にもよるようです。
さて、6月もそろそろ終わりです。
最近暑くなってまいりました。
水分補給は大事ですが、冷たい水ばかりを飲みすぎて体温を乱しすぎないよう、お気をつけください。
では、また次回で。
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