130/第三回戦
先生、腕が痛いです。誰だろう先生。華佗先生だね。うん。
「それで……なんで雪蓮は俺の隣に座ってらっしゃるのかな」
「腕痛くて解説に集中できないでしょ? 代わりにやってあげようかなーって」
「………」
「額に手なんて当てても、熱なんてないわよ?」
馬鹿な……あのサボリ女帝と(勝手に)言われた雪蓮が、自ら手伝うと……!?
「えーと…………誰?」
「うわっ! 存在疑われた!? ちょっと一刀ー?」
いや、うん。急に仕事に取り組むようになった俺を見たみんなの心境って、きっとこんな感じだったんだろうなぁって納得できた。
これは驚くよ。“誰?”って言いたくなるくらいだよ。仕方ないよ。
「はぁ……」
第二回戦を終え、休憩が入った現在。
俺はぜえぜえ言いながら腕に走る痛みに耐えていた。
一時的にとはいえ痛みを無くしてもらって、調子に乗ってしまったのだ。
腕に負担をかける動作を何度したことか。
鍼の効果が切れれば、俺を待っていたのは大激痛。
ギャーとか叫ぶよりも、蹲って震えてしまうほどの激痛が俺を襲った。
無理、ヨクナイ。
で、一歩も動きたくない……むしろ振動で激痛を味わいたくない俺が、解説席で大人しくしていると、何故か椅子を持ってきてちょこんと隣に座る雪蓮。
その状態から少し経過したのが今である。
「なんだかんだで、きちんと勝っちゃうんだから驚きよねー、一刀って」
「毎度毎度ボロボロでギリギリだけどな……」
「結果がどうあれ、勝つことに意味があるんじゃない。まさかああまで先を読まれるとは思いもしなかったわ」
「……雪蓮、鍛錬とかあんまりしてなかっただろ」
「うっ」
結局はそれなんだと思う。
だって、もしあれから雪蓮がずっと鍛錬していたとしたら、俺がイメージする動きはほとんど変わっていたはずだ。
なのにほぼ予想通りに動いてくれて、妙だなとは思った。
「鍛錬しないで酒ばっかり飲んで、勘ばっかりで動くから基礎もそこまで固まらないし。才能の上に胡坐をかくのはもったいないぞ?」
「べつにいいじゃない。一刀ってば私に勝っちゃったんだから、体が疼いたら一刀を襲えばいいんだし」
「お願いですから正式に勝負を申し込んでください」
雪蓮に襲われるなんて、いつ何処で襲われるか解ったもんじゃない。
なにせ猫みたいに気まぐれな元王様だ。
そうなると木刀を常備しなきゃいけなくなるじゃないか。
「ところで一刀。それどかさないの?」
「それとか言わない」
解説席に座る俺の足の間には、一撃で敗北してしまった鈴々が座っている。
普段の元気がウソのようにしょんぼりさん状態なので、休憩に入るや寄ってきた彼女を攫い、この位置へ。
でも物凄く落ち込んでいる。
なので頭を撫でたり話しかけたりをしているんだが……やっぱり落ち込んでいる。
こればっかりは時間様に任せるしかないのだろうか。
ヘタに慰めると傷を抉ることになりそうだ。
「それで……第三仕合の組み合わせってもう決まったんだっけ?」
「もう決まったところだろうな。北郷はどうだ? もう錬氣は出来たか?」
「いや、もうちょっと……文句は全部叩き込んだのに平気な元王様に言ってくれ」
「なによー、言っておくけど私だって痛かったんだからねー?」
「俺は平然と起き上がれたことがショックだよ……」
もうやだ、ほぼが偶然の重なりばかりで勝ててるだけだから、心が痛い。
お爺様……実力で確実に勝てるようになりたい……なりたいです……。
そんな調子で華佗を適度に巻き込みつつわいわい言い合っていると、鈴々が口を挟んできて、それに乗っかって話題を広めればいつもの調子の復活。
「で、一刀?」
「ん? なに?」
悔しさを俺に訴える鈴々の頭を撫でながら、横から声をかける雪蓮へと振り向く。
するとにっこり笑顔の麒麟児さん。
「正式に申し込めば、勝負受けてくれるのよね?」
「なにも用事がなかったらね? これ大事」
「あっははは、大丈夫大丈夫っ。仕事を理由に逃げたら、追い詰めてあげるから」
「やめましょう!? 胃に穴が空くよ!」
これからの日々、机に向かう時間が増えるのは確かなのだ。
なのに勝負をしようなんて連日言われたら身が保たない。
……や、むしろ鍛錬を理由にそういった事務的なものから逃げ───られるわけがない。
ちゃんと自分で受け入れたものなんだから、仕事は仕事だもんなぁ。
さようなら平穏。安寧フォーエバー。
「まあでも、これで三国の中心になる一刀が“強い”ってことは民に知れたわね」
「へ? あ、あー……そうなのか?」
「大事なことじゃない。よからぬことを考えて暗殺〜なんて行動に出られても困るでしょ」
「あ、そっか。多少でも強いってことを知られてれば……って、まさか雪蓮?」
「本気だったわよ。大体、戦える日を楽しみにしてた私が、わざと負けたりなんかするわけがないじゃない。フリとはいえ、負けるのなんて嫌だもの」
「それもそっか」
口調は軽く、顔も明るい。
負けたっていうのに楽しそうだ。
……ほんと、これから大変そうだ。
暇になったら付き合わなきゃいけないってことだよな、これ。
冥琳の負担の一端を背負えるのは意外なところで嬉しいとは思うが、それもまず冥琳が望んでるかどうかだもんな。
「にゃ? お兄ちゃん考え事かー?」
「ああ、えっとな。これからのこと考えてた」
「三国の種馬のこと?」
「支柱! 支柱ね!?」
心熱く説明してみせても、雪蓮は「はいはいわかったわよー」と棒読み風に言うだけだ。
くそう、未来が怖い。
「苦労するな、北郷」
「そう思うなら手伝ってくれ、華佗」
「そうしてやりたいが、俺にもやらねばならないことがある。同じ場所に居ては、治せない病気もあるんでな」
「いっそ俺も、都に住んだ当日に羅馬目指そうかしら……」
「やめといたほうがいいわよ? 途中で絶対に華琳に捕まるわ」
「ごめん、言われるまでもなく解ってる」
にゃははと笑う鈴々を撫でつつ溜め息。
そうだよなー、やることやってからじゃなきゃ、あの華琳が旅なぞ許すはずもない。
当日失踪の噂は即座に華琳の耳に入り、俺を捕らえる部隊があっさりと結成され、翌日にも捕らえられて正座させられてる自分の姿が目に浮かぶようだ。目を閉じると瞼の裏にも浮かぶ。なんかもう泣けてくる。
「都に住むようになったら、慣れるまではヘタに動かないほうがいいかもな」
「まずは自分に出来ることをやって、慣れたら他に手を出す、でいいじゃない」
「とりあえず雪蓮にだけは仕事のことで言われたくないかなぁ」
「私はいいんだもーん。優秀な軍師さまが居てくれたんだから」
「あ、冥琳」
「ひうっ!《ババッ!》」
横を向いて冥琳の名前を口にしてみれば、確認より先に耳を守る元呉王さま。
軍師さまとの力関係がよく解る瞬間である。
……おお、恨めしそうな目でこっち見てる。
「さて華佗さん。武将たちの休憩中にやるものについて、俺達はどう動くべきでしょう」
「あるがままに受け止める! あるがままにおこなう! これしかないだろう」
拳をガッと握り締め、ニヤリと笑うは華佗さん。
休憩中の演目……演目って言うのかはまあ考えない方向で、“場の繋ぎ”というものを任されたりした。
数え役萬☆姉妹や美羽の歌で繋いだらどうかと言ってみたら見事に却下。
“そこそこ楽しめて、別に見なくても平気なものがいい”ときっぱり言われたよ。
祭りの出し物屋台とかを回りたい人を、ここに釘付けにするわけにはいかないとのことらしい。まあ、解るけどさ。
「じゃあ華佗に全部丸投げで」
「なっ、いやっ、それは困るっ!」
「俺だって困る! ていうか腕が完治してない人に場の繋ぎとか任せないでほしいよ……」
「にゃはは、お兄ちゃん頼られてるのだ」
「もっと別の頼られ方をしたい……」
「あ、じゃあもう一度私と戦うとかっ」
「せっかくくっついてはいる腕がまた折れるから却下」
「ふーん……よく言うわよねー。人の攻撃、散々避けてくれたくせに」
「だったら鈴々と戦うのだ!」
「あ、それいいかも。鈴々と雪蓮が───って鈴々さん!? なんで俺のこと見上げながら言うの!? おっ……俺は無理! 無理だぞ!?」
どーだー! とばかりに完治していない腕を見せる。
包帯で完全固定状態だ。むしろもう解きたくない。
「大丈夫なのだ! 華佗のおじ───」
「はっはっは、張飛。……───お・に・い・さ・ん・だっ!!」
「───おにいさんが治してくれるのだ!」
「氣が充実してないからまだ無理なんだって!」
「にゃ? ……いつもはすぐに錬氣してるのに、どうして今日は出来ないのだ?」
「ここ最近だけでいろんな人に振り回されっぱなしで、満足に休めてないからかなぁ……」
「あっははは、ばかねー一刀ってば。仕事なんて適度にやって適度に休めばいいのよ?」
「キミはもっと仕事をしような」
そうすれば忍び寄るかもしれない冥琳の影に怯える必要なんて無くなるんだから。
「ともあれ、このままじゃ見に来てくれた人が退屈するよな。よしっ、じゃあ軽い即興話でも妖術マイクを通して語ってくるよ」
「それって袁術ちゃんに聞かせたりしてるっていう、噂の?」
「どういう噂だかは知らないし、出所がどこかも知らないけど、もしそれが桂花から流れたものだったら絶対に信じないでくれ」
「……あー、うん。毎晩子供に卑猥な話をして欲望を発散してるって」
「桂花ぁぁああああああああーーーーーーーっ!!!!」
叫んだところで居やしない。
てっきり華琳の傍に居るかと思えば、何処にも居やしない。
ええいいつもいつも人のことを妙な噂で縛って……!
今度落とし穴でも掘り返してくれようか。
……今はまずは観客を退屈させない方向に尽力するとして。
───……。
即興話は意外と好評だった。
緊張する話から笑える話、昔話にアレンジを加えたものが大半だったわけだが、大体の人が楽しんでくれたようでなによりだ。
そんな場の繋ぎが終わると、いよいよ第三回戦の始まり始まり、である。
語っているうちに少しずつ錬氣も出来てきたし、あとは体に満たしてやれば、痛みも和らぐだろう。鍼を落としてもらえば錬氣も安定するだろうし、まずは解説席に戻ろうか。
「はいはいそれでは第三回戦の開始を宣言します! ぶっちゃけ殺気とかに当てられて、こんな間近でなんでちぃだけ! とか思っちゃったりもしてますが、そんなことで下がっては歌人の名が廃ります! さぁ休憩中に一刀が面白いお話をしてくれて、ほわほわした空気が漂っていますが! そんな空気をぶち壊しちゃう終盤戦が今から始まります! みんなーーーっ! 心の準備はいいかぁーーーーっ!!」
『おぉおおおーーーーーーっ!!!』
「買い食いは済んだかーーーっ!」
『おぉおおおおおーーーーーーっ!!!』
「ちぃも食べたかったぞぉーーーーーっ!!」
『うぉおおおーーーーーーーっ!!!』
こ、こらこら地和〜? 本音が、本音が漏れてるぞ〜?
そもそもそういうものなら人和が買ってきてくれそうじゃないか……?
と、ちらりと辺りを見渡してみれば、その姿を発見。アイコンタクトをしてみるも、
(買いにいけなかったのか?)
(ちぃ姉さんの注文が多すぎて無理だった)
なるほど。
ちなみに、アイコンタクトとはいってもハッキリと解るわけじゃない。
人和の溜め息具合を見て、地和になにかしらの原因があることだけは解った。
そこから適当に考えてみて、ああ、きっと注文が多かったんだろうなぁと……そんな経験に基づいたアイコンタクトだ。
「それでは早速組み合わせの発表だーーーっ! 第三回戦第一仕合! 孫仲謀選手対呂奉先選手!」
…………辺りが静まり返った。
いきなり恋……しかも第二回戦の鈴々を見たあとじゃあ、この静けさも納得だ。
「第二仕合! 趙子龍選手対夏侯元譲選手!!」
となれば、次の組み合わせはそうなるわけか。
よかった、ちゃんと俺は枠から外されているらしい。
華琳が妙な無理難題かけてきたり、桂花が暗躍していたりしたらどうしようかと───
「そして特別仕合が、孫家に勝った者への挑戦状! 華雄選手対北郷一刀だぁーーーっ!」
『ハワァアアーーーーーーーーッ!!!』
「うぉおおおおいぃいちょっと待てぇええーーーーーーっ!!!!」
───思った矢先にコレだよ!
本気の本気で絶叫して解説席からガタッと立って、ずり落ちそうになる鈴々を抱えてさらに絶叫! ……さすがに冗談だったらしく、地和が笑いながら謝ってくれた。
……勘弁してくれ、寿命が縮む思いだ。
「でも華雄選手からその提案があったのは事実なので、一刀にはがんばれーとだけ言っておきましょー。あ、ちなみに時間の都合もあって、準決勝である第三回戦と決勝戦である第四回戦はぶっ続けでいきますので、みなさんそのままお待ちくださーい! ではでは第三回戦第一仕合! 言おうと思ったけどやっぱり面倒だからどっちの方角でも構いません! 孫仲謀選手と呂奉先選手の入場です!」
地和が促すと、控えのほうから歩いてくる二人。
蓮華は堂々と。恋は相変わらずの無表情で。
しかし武闘場中央までくると、やたらと解説席(俺とは言わない)へとちらちらと視線を向けてくる。いや、あのですね恋さん。僕は学んだのですよ。ヘタに応援すると相手が大変なことになってしまうと。だから応援は───……って蓮華さん? 何故あなたまでこちらをちらちら見てますか? いやっ……しないぞ!? 応援もうしないぞ!? しなっ……ああもう!
「二人ともっ、がんばれぇえっ!!」
二人とも。
今にして思います。
どうして僕はこの時、二人を纏めて応援してしまったのでしょう、と……。
『《ギンッ!!》』
二人の視線が俺から対戦相手に戻され、人を射殺せるほどの威圧感へと変わる。
二人の間に挟まれた地和が胃を押さえたりしているが……すまん、地和もがんばれ。
「それぞれが優勝を目指して互いの武を披露する……素晴らしいですね。たった今ちぃにも目標が出来ました。とりあえずこの大会が終わったら一刀を殴ります」
『ほわぁあーーーーーーっ!! ほわっ! ほわぁあーーーーーーっ!!!』
「えぇえっ!? やっ……観客のみなさん!? なななんでそんなにノリ気!?」
どこか悟ったような者の目で静かに言う地和に、観客らが腕を天へと突き上げて絶叫。
俺がいったいなにをした……と言いたいところだけど、原因が解るためにツッコめない。
……応援って怖いなぁ。
「それでは準決勝第一仕合! はっじめぇーーーいっ!!」
どわぁっしゃぁあああんっ!!
開幕の銅鑼が鳴った。同時に鈴々の時と同じく恋が疾駆し、無遠慮に方天画戟を振るう。
逆袈裟掛けに振るわれるそれを横に避け、恋の進行方向に剣を置いて構える蓮華。
普通なら勢いを殺しきれずに、自分から剣に突き刺さりにいってしまうところだが、恋は足に力を籠めると無理矢理後ろへ跳躍。着地と同時に再び疾駆する。
「くぅっ!」
蓮華の顔に明らかな焦りが浮かぶ。
しかしそれは当然で、鈴々の吹き飛ぶ様を見た誰もが思うことだ。
“一撃でも食らったり受け止めたりすれば吹き飛ぶ”
それが解るからこそ、蓮華はとんでもない速さで振るわれる攻撃の全てを避けなければならない。大きく避けすぎだと自覚しようとも、当たるわけにはいかないのだ。
しかしそんな動きでは疲れるのも集中が切れるのも早い。
恋から発せられる殺気を間近で受け続けるのは、ある意味心臓を鷲掴みにされてるようなものだろう。
見る間に蓮華は息を荒げていき、とうとう───
「《ギャガァンッ!!》きゃああっ!!?」
捉えられ、一撃を受けてしまった。
受けたといっても袈裟の一撃に剣を当て、逸らそうとしただけだ。
しかし逸らしたはずの一撃にさえ、悲鳴を上げるほどの威力があったようだ。
慌てて距離を取る蓮華は、在り得ないものを見る目で恋を見ていた。
「飛将軍、呂奉先……これほどだなんて……!」
見つめられる恋は、振り切った戟を戻して肩に担ぐと、獲物をじっくりと狙う獣のような迫力で蓮華に迫る。あれは、素早く来られるよりジワジワくるだろう。
「くっ……せいっ!」
「………」
逃げてばかりでは変わらない。
蓮華が仕掛けるが、恋はそれを容易く弾き、一撃を繰り出す。
こうなると蓮華は“一撃当てて避けて”を繰り返すしか無くなり、呼吸も余計に乱れる。
「うわぁ……」
蓮華の視点で見る恋の迫力は、いったいどう表現すればいいのか。
触れれば斬られるような冷たさはあるのだが、動き回る中でふと視線が合うと、ほやりと柔らかい表情になったりする。
それに気づいた蓮華が隙ありとばかりに攻めた瞬間、楽しみを邪魔された子供のように冷えた空気を纏う恋さん。
結果、蓮華は何度か恋の攻撃を受け止める羽目になり、やはり何度か空を飛んだ。
うわぁ、と言いたくもなる。
勝てる気がしないのだ。
「はっ……は、はっ……!」
殺気、威圧感、行動。
その全てで既に疲れきっている蓮華を前に、恋はあくまで息ひとつ乱さずに戟を肩に担ぐように構えていた。
「……まだ、やる?」
「当然だ!」
恋に、最初ほどの勢いはない。
蓮華ではなく俺を見る回数が多くなってきている。
いや、それよりも俺の膝の上に座る鈴々に目がいってる。
……なんか羨ましそうに見てる気がするのは、きっと気の所為だ。
とか思ってたら、ここで雪蓮が「べつに、負けたら一刀の膝の上に座っていいわけじゃないわよー?」と苦笑しながら言った。するとなにやらショックを受けたような顔をして、改めて蓮華に向き直る恋さん。
「………」
なにも言うまい。
「貴様……! よもやわざと負けるつもりでいたのか!」
「《ふるふる》そんなことはしない……」
「だったら何故本気を出さない!」
「……本気は、だめ。一刀の腕を折った。前の二人、吹き飛ばした。最初でだめなら……、ん……もうやらない」
「くっ……! わ、わたしの武を侮辱する気か! わたしは───」
「……? 一刀に、勝てる?」
「!?」
きょとんと首を傾げ、恋は問う。
蓮華はぐっと息を飲んで俺を見た。
そして、その隣の雪蓮も。
「だから両腕は使わない。両腕を使って負けるのは、一刀にだけでいい」
「っ……そんな理由で、さっきから片手だったというのか!」
「《こくり》……必要、ない」
「! 馬鹿にっ……馬鹿にするなぁああっ!!」
蓮華が駆ける。
両手でしっかりと持った剣で、恋を打倒するため。
しかしその動きは怒りのために一定でしかなく、片手で武器を持ち、待ち構えていた恋の一振りで、呆気なく剣は弾き飛ばされてしまった。
ゆったりとした動きで、戟が蓮華の喉に当てられる。
それで、戦いは終わっていた。
「あらら、すぐに挑発に乗っちゃうんだから。素直って言えばいいのかどうなのか……蓮華ってば不器用よねー」
「雪蓮だったらどうしてた?」
「私? 楽しんでたわよ最後まで。どうせ負けるにしてもなんにしても、強敵が目の前に居るなら戦いを楽しまなくちゃ」
「ウワー……」
舞台では勝者宣言がなされ、蓮華と恋が退場していくところ。
その際、俺を見て……どうしてか申し訳なさそうな顔をした蓮華。
「……気にすること、ないのになぁ」
言葉は目で伝えられた。
こんな結果で済まない。まだ自分は未熟だと。
言わせてもらえるなら、俺達はべつに“次に会った時には三国無双になっていよう”なんて約束はしていない。そりゃあ、“敵がかの有名な呂布であるなら”と、最初から負けるものだと割り切るのはとても嫌なことだ。勝ちたいって思う。
けど、思っただけで勝てるなら誰も苦労はしないのだ。
むしろこの大会で一番食い下がることが出来たことに対して、胸を張るべきだ。
相手がどれほどの者であったかは別としても、実力を出し切っての敗北なら当然だ。
「一刀が私に勝っちゃったんだもん、蓮華だって勝ちたくなるものじゃない?」
「だからさ、腰が抜けてなければ負けたの俺なんだってば」
「まあね。それでも勝ったのは事実じゃない。あの子の中には、“一刀が勝ったならわたしも”って考え方しかないのよ。相手が誰かなんて関係ないの」
「それが、あの申し訳なさそうな顔の原因?」
「そ。だって、一刀は恋に勝ったでしょ? なのに自分はって思えば、自分は一刀ほど頑張れなかったんだって落ち込むのも当然でしょ?」
「……なんというか、真面目だなぁ。あ、いや、いい意味でだけど」
「解ってるわよ」
けらけら笑って、手をひらひらさせる雪蓮。
なんかノリがおかしいなーと思って、ひょいと解説席の下を覗いてみると、席の影に酒を隠し持っていやがりました。
「没収」
「あ、あ、あ〜〜〜っ、待って待って一刀っ、まだちょっと残ってるのー!」
「残ってるから没収するんだろうがっ!」
酒、没収。
そんなやり取りをしているうちに星と春蘭が武闘場に上がり、互いに武器を構える。
二人の間に立つ地和がこほんと咳払いをすると、いざマイクを口の傍に持ち上げ、
「武器の使用以外、全てを認めます!」
『なにも出来んだろうそれは!!』
星と春蘭にツッコまれていた。
「え? や、天では戦いの前にこれを言うんだって一刀が」
「言ってないからな!? そういう“お話”があるって言っただけだから!!」
当然グラップラー刃牙であるが。
ていうか俺が言ったことを間に受けたのなら、何故今になって言うのか。
……殺気とかに中てられて、いろいろヤバイのかもしれない。なんかそれなら納得だ。
「それでは気を取り直しまして! 準決勝第二仕合、はぁあぁあっじめぇーーーーっ!!」
いい加減銅鑼係の人疲れないかな、と思わなくもない今日。
再び鳴らされた銅鑼の音に、二人の将が地を駆け、真正面からぶつかり合った。
「さて、夏侯惇よ。思ったのだが、最初から全力というからには、途中からは力を抜いてもいいということか?」
「んん? 最初から最後まで全力でいけば問題ないだろう?」
「ふむ、そうか。ではせいぜい足掻かせてもらおうか」
ニヤリと笑う星。
春蘭も笑い、腕力で星を押し退けると、己の武力を余すことなく披露する。
薄く見える剣なのに、振るうとゴフォォオゥンッ!と風を巻き込むことで、あくまで俺の中では有名である。
七星餓狼という立派な名前がついたソレ(のレプリカ)が、遠慮無しに星へと振るわれる様は、星は平気な顔で避けるのに、見ているこっちはハラハラものだった。
だって春蘭の攻撃だもの。
その威力や迫力は、俺がもっとも身近とする恐怖だったものだ。
だった、というか……今もそう変わってないよね、うん。
「ああいいぞ、足掻けっ! お前が足掻けばそれを見る華琳さまもお喜びになるだろう!」
「……すまぬが、生憎と甚振られることで相手を喜ばせる趣味はないのでな。全力で抗わせてもらおう。はっはっは、なに、甚振られる趣味はないが、相手を弄るのはそれほど嫌いではない」
言いながらも攻撃は続いている。
涼やかな言葉とは裏腹に、目が覚めるような突きは異様と思えるほど速く、さすがの春蘭も防戦になる。
しかしそれも長くは続かせず、突きに合わせて振り上げた七星餓狼が龍牙を弾くと、そこから再び春蘭が猛攻を仕掛ける。
……うん、なんとか目で追えはするんだけど、言葉にすると間に合わない。
解説が要らない子状態だ。
「か、解説者のお二人さーん! 観客のみなさんとちぃにも解るように、この戦いの解説を要求したいんですけどー!?」
『無理だ』
「えー!? じゃあ元呉王さんか張飛でもいいからー!」
「無理ね」
「即答!?」
「どどーんて斬ってどかーんって受けてどっかーん! なのだ!」
「……えー……説明しようとしてくれた心意気だけは受け取れました! はい、もう見守るしかありません!」
正直、それが一番いいだろう。
解説席でのやり取りの間も春蘭と星はぶつかり合い、本気で互いの武器を振るい続けている。蓮華と華雄の時も思ったが、いくら刃引きしてあるとはいえ、突きはとても危険だと思うんだけどなぁ。正眼からの突きの時なんか、結構ヒヤっとしたし。
達人はそこらへんを見切れるものなんだろう。俺じゃあ無理だな。
「おのれちょこまかとっ!」
「どんな剛撃も当たらなければどうということもない。受け止めてみせ、己が力量を見せ付けるよりも勝てばいいのだからな」
「なにをぅ!? 貴様、わたしに勝てるつもりか!」
「そうは言っておらんが、だからといって負けるのもつまらん。なので負けん」
「つまらんから負けたくないだとぉ!?」
「うむ。ほれ、お主の考え方も似たようなものだろう? お主は曹操が好きだから力を見てもらいたい。私は負けるのが嫌だから勝ちたい。はっはっは、変わらん変わらん」
「ん、んん……? 似ているか……? 言われてみれば似ているような───」
「いや、冗談だ」
「なにぃ!? 貴様ぁあっ!!」
「はっはっはっはっは!」
からかわれてるなぁ春蘭。
顔を赤くして突撃のみをする鬼神様になっている。
その攻撃全部を紙一重で避けている星……からかうようなことは言っても、星自身は春蘭の動きに物凄く集中してるみたいだ。じゃなきゃあんなに避けられるわけがない。
むしろからかってるのは、春蘭の攻撃を解り易くするため……か?
「おお、荒々しい攻撃だ。触れれば私のか弱い体など、一撃で壊れてしまいそうだ」
「ふはははは! そうだ! 貴様など一撃で叩きのめしてやろう!」
「ほう。さすが魏武の大剣、大きく出る。では一撃でだめなら私の勝ちでいいかな? ……おっと、その一撃では私は倒せんぞ」
「な、なにっ!?《ビクッ》」
「それっ! 隙ありだ!」
「《ギャリィンッ!》ほわっ!? 〜〜〜っ……貴様あぁ〜〜〜っ!!」
春蘭の攻撃を避けながらの……舌戦と言えばいいのか?
その最中、一瞬停止しかけた春蘭へと遠慮無く突きを放つ星……うん、自分に素直な戦い方だ。あそこできちんと防ぐ春蘭も春蘭だよなぁ……どんな反応速度してるんだ。
「はっはっは、そんな直線だけの攻撃など当たらん当たらん。もっとほれ、考えて攻撃してみたらどうだ」
「ふん! そんなものは必要ない! 叩き潰せば同じだ!」
「ほほう? 叩き潰すと言うからには、武器を振り上げてからの攻撃しかせんのだな?」
「? なぜだ?」
「下からの振り上げで、ものが潰れるか?」
「全力で叩き込めば壁で潰れるだろう。ふふんっ、そんなことも知らんのかっ」
「殺せば斬首だが」
「大丈夫だ! 殺さん程度に叩き潰す!」
怖い話をしながら、弧と点が斬り結ぶ。
斬りと突き、払いや蹴りが繰り返される中、星は春蘭をからかいまくり、時には天然返答カウンターをくらい、戸惑いの隙を突かれたりしているが……それでも“受け止めること”はせず、全てを躱したり逸らしたりを繰り返していた。
「やれやれ……お主のしつこさは尊敬に値するな。いい加減に疲れてもいいだろうに」
「ふはは、そういう貴様は息が上がり始めているなっ。愛紗との戦いはそれほどまでに疲れたか!」
「いやいや、こうして防戦一方になりがちなのは、なにも望まぬものというわけでもない」
「なんだ? 負け惜しみか?」
「ふむ。負けを惜しむのは当然だが、べつにそういう意味でもない。疲れているのならいるなりに、出来ることがあると言っておるのだよ」
剛撃を逸らしながら、フッと笑う星。
そんな彼女に対し、春蘭は変わらずの勢いで攻撃を繰り返す。
しかしやがてその攻撃が逸らされる回数が減り、空振りばかりをするようになると、さすがに春蘭の顔に疑問が浮かんできた。
「貴様またちょろちょろと!」
「だから言ったろうに。直線だけの攻撃では当たらんと。悪いが、お主の動きをよ〜〜く観察させてもらった」
「なにぃ……!? ちょっと見ただけで私の攻撃を見切ったとでも言うのか!」
「完全ではないがな。うむ、北郷殿の戦い方は無茶はあるものの、参考になる部分も多い。あのような戦い方を見せられては、“見切り”というものを追ってみるのも悪くはないと思ってしまう」
「ふんっ、見切りがどうのこうの。そんなものは私が違う動きをすれば済むことではないかっ」
春蘭さん、腰に手を当ててのどや顔の一言。
……いや、春蘭? 戦いではほぼ突撃型のあなたに、そんなことが出来る……とは思うけど、きっと長続きしないぞー……?
「ほう? では夏侯惇殿は、これからどういった動きを見せてくれるのかな?」
「貴様を捻り潰す!《どーーーん!》」
「………」
星に“苦労しておられぬな……”といった顔で見つめられた。
……ありがとう。少しでも解ってもらえるなら、その少しだけでも報われた。
「貴様は北郷がどうのと言っているが、北郷に出来て私に出来んはずがない!」
「む? それはどういう───」
「おおおおおおおっ!!」
春蘭が、胸の前に持ち上げた右手に剣を縦に構え、そこに左手を添える姿勢───いわゆる蜻蛉の型を取り、腹の底から声を振り絞る。
それだけでも珍しい光景なのに、なんとその剣に紫色の薄い光が篭り始め、ついには赤い光が溢れて、って……えぇえええーーーーーーっ!!?
「ふははははは! たしか“すとらっしゅ”とかいったか! くらえぇえっ!!」
そして、そんな光を星に向けて放ってみせる!
構えが大振りすぎて、星にはあっさり避けられたけど…………え、えぇええ……!?
「こ、これは驚いたな……! よもや、そんな技を隠していたとは……!」
「? 隠す? なんのことだ? やってみたら出来ただけだぞ?」
『《グサァッ!》はぐぅっ!!』
春蘭の言葉に、仕合を見ていた俺と、離れた位置に居た凪は心にダメージを負った。
やってみたら出来た、って……! これが、これが才能ってやつなのか!?
しかも自分の氣から切り離さずに放ったはずなのに、全然ケロリとしてらっしゃる!
あの人何者!? 氣の塊!?
「それより貴様もかかってこい! 貴様が見切ったというのなら、私も見切ってやろう!」
「……いや。実に見事な“すとらっしゅ”だ。あんなものを放てるお主に近付けば、たちまち連打の餌食となろう。ここは慎重に攻めさせてもらう。あんなものを雨のように放たれては、攻める手立てが無さそうだ」
「《ぴくり》……そ、そうか? そんなに私の“すとらっしゅ”は凄かったか!」
あ。
いや春蘭!? 乗せられちゃダメ! その人絶対に春蘭の氣の枯渇を狙ってる!
「いいだろう! では貴様は私の、私のすとらっしゅの餌食にしてやろう!」
そしていつの間にかストラッシュが春蘭の技に!?
普通に剣閃って言えばよかった! アバン先生ごめんなさい!
「って違う! 待った春蘭! 待ったぁああっ!! お前の氣でそんなの連発したら!」
「うん? 心配せんでも貴様と私では鍛え方や潜り抜けた死線の時点で違う! 貴様のように氣の枯渇などするものかっ!」
「そうじゃなくてぇえっ! あっ……あぁあーーーーっ!!」
……それからの出来事を、わたくし北郷一刀は悪夢と述べましょう。
赤い閃光のような七星餓狼から剣閃を放ちまくる春蘭と、それを避けまくる星。
二人はそれでよかったのだろうが、春蘭が放ち、星が避ける度に飛んでくる剣閃は、解説者である俺や華佗、一緒に見ていた雪蓮や鈴々を襲い、離れた位置で見ていた将や王を襲う結果となり、俺達は剣閃が直撃して弾け飛ぶ壁や解説席から逃げ出しつつ、悲鳴を上げて逃げ回っている地和を救出したり観客を避難させたり、ともかく必死で、文字通り必死で行動した。
目の前を剣閃が横切り、すぐ横の壁が爆発した時は、正直死ぬかと思った。
ていうかあと一歩早かったら死んでた。
なんとか止めようにも死線、もとい視線の先には剣閃台風。
もはやデタラメに放たれまくる剣閃の嵐を前に、俺はこの世の終わりを悟る他……いや、ある。まだ方法があった。
そう思い出した俺の……そう、力無く座り込むだけだった俺の目の前の石畳に、ザシッと踏み出される足。俺は、この足をよく知っていた。
その人はツカツカと剣閃の嵐の中をものともせずに歩く。
まるでこれは自分には当たらないと確信しているかのように。
やがてある程度まで近付くと、一言だけ呟いてみせた。
「春蘭」
それだけ。
恐怖や焦りが一瞬で冷えて醒めるような一言で、騒ぎも剣閃も終わった。
……視線の先には、硬直している春蘭。
そして、恐らくは背に阿修羅(顔は怒り)の幻影を背負っているであろう、きっと冷たい笑顔な我らが魏王にして覇王である───
「失格」
───華琳さまは、春蘭にトドメを刺した。
───……。
一つ。観客に被害が及ぶ行為は禁止とす。被害が及んだなら、問答無用で敗北とす。
春蘭は以上のルールにおいて裁かれ、失格となった。
観客が傷ついたわけではないが、あれだけの騒ぎになれば当然だった。
今現在、春蘭は華琳にガミガミと怒られて“しゅら〜ん……”と落ち込んでいる状態だ。
しっかりと正座だったりするのは、もうみんなの中で常識なんだろうか。
しかし、静かに激しく怒るタイプの華琳がガミガミと……珍しい光景だ。
一方では地和がげっそりした顔で舞台中央に立ち、マイクを握っていた。
コファァアア……とこっちの気分まで重くなりそうな溜め息を吐き、しかし健気にもニ、ニコッ? と弱々しく微笑み、やがて語り出した。
「え、えーと……死ぬかと思った……」
紛れも無い本音っぽかった。
「じゃなくてえぇっとそのっ! みなさんが無事でなによりですっ! で、ではそのー……宣言通り、これよりこのまま決勝戦を始めたいと思いますがー……趙子龍選手、休まなくても平気ですか?」
「休んでいいのなら遠慮なく休ませてもらおう。北郷殿、ちとすまんが胸を貸してくだされ」
「へ? 胸?」
剣閃で吹き飛んだ解説席を座れる程度に直し、そこに座っていた俺へと向かい、とことこと歩いてくる星。鈴々も雪蓮も元居た場所に戻り、ようやく解説席に平穏が訪れた……と思ったら星である。ともあれ、そんな彼女は戸惑う俺をそのままに、足を開かせてそこにちょこんと座ってきた。
当然、“どよっ……!”とそこに居る全ての人がどよめいた。ええ、当然俺も。
「せ、せせせ星!? いきなりなにをっ!」
「ほれ、北郷殿は人を癒す氣も使えたでしょう。どうかそれで私を癒していただきたい」
「癒すって、そりゃ確かに使えたけどっ! それは傷の癒えを早めるとかそっちのほうで! あ、でもそれなら疲労回復を早めることも出来るのか? 氣ももう溜め終わってるし……出来るか……?」
「解らんのでしたら私で試しても構いませぬ。私は私で少し休ませていただく」
言うや、言葉通り俺の胸を借りて、そこにとすんと頭を預けて目を閉じる星。
息を整え始めた雰囲気から察するに……───なんか寝ようとしてらっしゃる!?
『………』
「ハッ!?」
そして周囲からのプレッシャーが尋常じゃない!
苦しい! 空気は普通にあるのに息苦しい! なにこれ!
観客……主に治療をしたことのある人からは、やっちまってください的な視線。
そしてそれを知らない人からは、なにやら殺意が籠もった視線。
将や王からは主に殺気ばかりが飛んできている。
しかし俺も学んださ。ここでヘタに言い訳並べるよりも、さっさと済ませたほうがいいことくらい。
なので星の腹部に手を回し、びくりと跳ねる体を無視して、ゆっくりと集中を始める。
「ほ、北郷殿?」
焦りを含んだ声を漏らす星だったが、やれと言うならやりましょう。
腹部より少し下の、いわゆる丹田の部分に手を添え、そこに氣を送る。
もちろん星の氣に似せたもので、拒絶反応のようなものが起こらないように注意しながらだ。
(まあ、あれだ)
なんとなくこれが星の、休憩を混ぜた俺へのからかいだってことは解ってた。
しかしながらそう何度も焦ってばかりじゃないことを教えるのと、普通に疲れを取ってやりたいって気持ちもあったので、素直に癒すことにした。
「星、力を抜いて。呼吸、合わせて」
「あ、……は、……」
体が跳ねるほど驚かせてしまったこともあり、刺激しないように耳元で囁いた。……んだが、なんか逆におかしな雰囲気になってないか?
ほら、なんだろう。
傍から見ると、いやらしいことをしているようにも見えるような、とか。
女の下腹部に手を置く俺とか、氣を送られたことで息を荒げたり顔を上気させたりする星とか。……うん、確実に、理不尽だろうが正座させられるような気がする。
や、そもそもな? 医者が隣に居るのにどうしてこの人は俺に頼むかな。
「………」
頼られたりして実は嬉しいとか、べつにそんなこと全然思っていないんだからねっ!?
(出すぎだぞ! 自重せい!)
(も、孟徳さん!)
……ハッ!? いかんいかん、いろいろぐるぐる考えすぎだ! 落ち着け俺!
集中するのは癒しだけでいいんだって! ヘンなことは考えない!
紳士だ! 紳士であれ、北郷一刀!
(集中───)
耳の奥で、キィイイン……と小さな音を聞く。
それに意識をくっつけ、消えてゆく音を追うように、意識を自身に埋没させる。
そうすることで、一種の自己暗示みたいなものをかけ、周囲の音を拾わないようにする。
……まあ、完全とまで都合よくはいかないが、一点に集中出来るようになれとじいちゃんに教わったものだ。失敗しては竹刀で頭を叩かれ、まるで雑念を消すために修行する坊さんの気分だった。
お陰で集中し出すと周りが見えなくなるといったところまではいけたんだが、じいちゃんに言わせればまだまだ未熟らしい。集中し出したからって“それだけ”しか出来ないようではてんでダメ。“これをやる”と決めたからって、状況に応じて対応できないようではダメダメなのだそうだ。
そりゃそうだ、俺だってそう思う。
つまり俺の集中は、たとえば相手に一撃を当てると決めたら、当てることしか考えなくなる。経験したものを武器にとにかく当てることだけを考える。その際、腕を折ろうがどうしようがどうでもいいって、つまりは他のことをないがしろにしすぎになってしまうのだ。
ほんと、これじゃあ未熟って言われて当然だ。
なので、せっかくだから星の提案に甘える方向で、集中しながらも他に気を使える状態に持っていけるか試してみた。
解らんのなら試しても構わんということなので……いや、言葉の意味は違うわけだけど。
(……集中してる状態だと、聞きたいって意識するものが聞こえたりするけど)
それは、辺りが静かな……たとえば寝ようとしている時、音量1のプレイヤーをつけて目を閉じている集中に似ている。聞き取り辛くてもしばらくすると普通の音量に聞こえたり、聞きなれた歌だから聞こえる歌詞を拾いやすく、頭と音楽とで歌を構築していくと聞こえ易くなるのが早くなる感覚。
(氣を流しながら、星の鼓動に集中して、と……)
……当てられている背中から、胸で鼓動を受け取るのは難しい。
聴覚じゃ無理だろこれは。
なので、手から伝わる脈に集中。
氣を流す過程で指から感じ取れるそれらに集中して、自分の鼓動や呼吸もそれに合わせてゆく。するとどうだろう、まるで他人のはずなのに、どういうタイミングで氣を送ればいいのかが解ってきて、その流れに乗るとひどく落ち着いた。
体に満ちた氣が、“自分の中に”まだ空いている氣脈を見つけたかのように、星に流れていくのを感じる。
流すたびに錬氣して、その流れが一定化してくると、むしろもう星自身が自分の一部みたいな感覚に───
「うやややややほほほ北郷殿!? 北郷殿!?」
「ホエ? ───はうあ!?」
星の慌てた言葉にハッと気づく。
いつの間にか星がぱたぱたと暴れていた。
なにやらヘンな声を出しながら。
パッと氣を送っていた手を放すとババッと立ち上がり、真っ赤な顔で俺に向き直った……のだが、やっぱり赤いまま、首がグキッと鳴りそうなくらいの速度で顔を逸らし……力が有り余っているような風情で舞台中央に駆けていった。
「…………」
かく言う俺も、顔がジンジンと痛い。逆立ちして顔に血が溜まった時みたいにジンジン。
絶対に真っ赤になってる。
だって、マズイだろあれ。
集中してたとはいえ、他人を自分の一部だと思うなんて。
しかも星が暴れなきゃ気づかないほどに集中してたなんて。
…………氣、気づかないうちにどれほど流したんだろうか。
(や、いや、いや、ね? そんなことよりもさ)
顔が赤くなっている原因はそこじゃない。
体の一部、なんて考えは確かに赤面ものだろうが、べつにそれほど問題じゃなかった。
問題なのは、この見渡す限りに存在する観客や将や王の前で、女性の腹部に手を当てて呼吸を合わせたり氣のレベルでとろけるように通じ合ったりとか、そういうところなのだ。
叫ぶことが許されるのならもう絶叫してる。
そしてこんな時に限って、いっそ罵ってくれればいいものを、桂花は俺を見て“ハッ”と見下した顔で笑うだけだった。
ほんと、いっそ馬鹿にしまくってくれ。もうお外歩けない。
真っ赤な顔を片手で覆って、なんかもう恥ずかしさのあまり涙まで滲む状況。自業自得というやつなのだが、そんな俺をよそに舞台中央の地和さんは、
「なんかもう腹立たしいもの見せられた気分なので、華雄選手対北郷一刀選手があってもいいんじゃないでしょうかと、ちぃは思います! みんなはどーだぁーーーっ!!」
『ウォオオオーーーーーーッ!!!』
観客を煽って俺をボコろうとしてらっしゃるゥゥゥゥ!!?
しかもしっかり相手が華雄ってところが他力本願だよ! 自分の手は汚さない気だよ!
「あ、あのなぁ地和! それは───」
「大体、“支柱になったら真っ先にちぃが自然の流れで愛してあげる”って言ったのに! なんで一刀はそうやって他の人に───」
「だぁああああ馬鹿あぁあああっ!! ここでそんなこと言うやつがあるかぁっ!!」
叫ぶ地和。
しかし幸いにもマイクを口から離してある上に、観客の雄たけびにいい具合に紛れてくれたお陰か、観客に聞こえるようなことはなかったようだ。……俺に向けて言われたお陰で、俺には思い切り聞こえたわけだが。
……さて。
視界の先で覇王さまが黒いオーラを放ちながらゆ〜〜〜っくりとこちらへ振り向くのが見えるのですが、あの……もう説教はよろしいのでしょうか? あ、あー……つまりこれから俺への説教が始まると?
一番に華琳をゴニョゴニョとか言ってたくせに、そんな話なんて聞いてないわよとか言いたいのですね。ええ、なんとなく解ります。解りますが、あれは断りづらい中での成り行きと申しますか。そもそもそういう状況になったらって絶対条件の先の話だったわけでしてですね? デデデデスカラアノ!? 阿修羅(怒り)の幻影が見えるほどの殺気を撒き散らしながらゆっくりと歩いてくるとか勘弁してェェェェ!! 逃げたいのに逃げたら余計に怒られるって、既に心に理解を叩き込まれてるから逃げることすら出来やしない!
「……なぁ北郷。解説席……移動していいだろうか」
「一心同体で居よう! 是非!」
そして隣で平和にコトを見守っていた華佗さんが、その殺気を前に笑顔で仰った。
完全にとばっちりだよなぁごめんなさい!
そんなやりとりをしている内に華琳は俺の目の前まで来て、にっこり。
頭の中が勝手に“死んだ……”って人生を諦めようとするのをなんとか止めたのだが。
「一刀」
「ハ、ハイ」
静かに、頭が真っ白になっていくのを感じた。
そうなるとまともに考えるのが難しくなり───かかか華琳だって“さっさと手を出しなさい”的なことを言ってたじゃないか〜とかそんなことを思う余裕もなくいやそもそも言うつもりもなかったんだがでもなんだかツッコミたくなるときってのはどうしてもあるものでしてアァアアーーーッ!!
───……。
なにがどうしてこうなった。
「………」
「なによ」
「いや、なんでも」
詰め寄られたまでは覚えてる。
ぐるぐる回転する頭の中で、必死になって言い訳を考えたのも覚えてる。
考えただけであって、不快にさせたのならなんでも受け入れる気はあった。
それは実際、華琳に拾われたときからあまり変わっていないつもりだ。
感情ってものを挟むなら、なにがなんでも彼女らを守りたいって言葉が前に出る。
それを抜いても華琳は恩人であり主であり王なのだ。
そんな制度が個人にまでそう及ばない世界で生きてきた俺でも、それは弁えた。
でも、これはなんだろうなぁ。
「はーい! それでは妙なことをしでかした北郷一刀が覇王さまの椅子になっているのを十分眺めたところで! いい加減決勝戦を始めたいと思いまーーーすっ!!」
『うぉおおおーーーーーっ!!』
そう。俺は今、華琳の椅子になっていた。
俺の膝……むしろ大腿の上に深く座り、足を組んでいる華琳は、背中も頭も俺に預け切ってて、こちらとしては身動ぎできないから結構辛い。
足の間や胡坐の上ならまだ楽だが、膝の上というのはこれで結構辛い。
だってな、華琳が座り心地いいようにぴっちり足をくっつけなきゃいけないし、かといって足に力を籠めれば筋肉が張って座り心地は悪くなる。はぁ……椅子もいろいろと考えなければならない時代か……。
まあ、いいんだけどさ。すぐ傍に華琳が居るってだけで、舞い上がってる自分が居るのは事実なわけだ。安いなぁ俺……。
「戦人よ! よくぞここまで残ってみせた! 知力武力を武器にここまで進んだ者よ! 今こそ天上を決する時! それでは天下一品武道会決勝戦! はぁあっじめぇええーーーいっ!!」
『ウォオオオオオーーーーーッ!!!』
ドワァシャーーーンッ!! ジャーンジャーンジャーン!!
大銅鑼が鳴らされ、小さな銅鑼も鳴らされる。
俺はそれを、シンバルに憧れる小学生のような目で見守った。
一度は鳴らしてみたいよな、シンバルって。
「……おや? どうした。てっきり一戦二戦三戦と同じく、開戦と同時に突進してくると思うておったのに」
「………」
「……? 恋?」
「……膝」
「膝?」
? なにやら星が自分の膝を見下ろしてる。
ハテ、なにをやってるんだ?
「ふむ? べつにおかしなこともない、美しい膝だが」
「ん……一刀の、膝」
「北郷殿の? …………おお」
ぼそりぼそりと喋っているためか聞こえない。
というかもう始まってるのに一歩も動かないって……やっぱり牽制し合ってるのか?
きっと俺には想像もつかないくらいの、視線のぶつかり合いとか意識での戦いがもう始まっているんだな……。目が離せないぞ、これは。
思わずゴクリと喉が鳴った。
さあ……最初に動くのはどっちだ……!?
「あれは気持ちの良いものだった。ちっこい者たちが好んで座る理由も頷ける。特に腹を撫でられ、氣を送られた時など、あのまま一つになってしまってもいいとさえ思えてしまったほどだ」
「……!《きらきら……!》」
「疲れた体もすっかり休まり、むしろ氣が気脈という気脈を満たし、体が軽いくらいだ」
「……、……」
「……? 恋?」
……? 恋がなにやら赤い顔でもじもじしている。目もきらっきら輝いている。まるで縁日のお菓子を見ている子供のようだ。
「疲れれば……一刀が……」
「……《ぞくり》っ……? れ、恋?」
「疲れれば……一刀が……!」
「れ───くわっ!?」
突然の突風。衣服が“揺れる”どころかバババババと音を立てて煽られるほどの。
急に何事かとこの場に居る全員が慌てる。
「な、なんだこれっ……!」
いや、慌てるどころか、ヘビに睨まれたカエルみたいに動けなくなっている。
戸惑っているうちはまだよかったが、俺もこの風の正体に気づいた途端───
「かりっ……く、ぐっ……華琳……! これっ……!」
「気をしっかり持って、目に焼き付けなさい一刀」
「か、華琳……!?」
「滅多に見られるものじゃないわ。“本気”の呂布よ」
「本気って……! ……───え?」
───ふと、体が震えていることに気づいた。
「こ、の……風、って……!」
「ええ。恋の氣よ」
「氣って! こんな、突風が!?」
「春蘭が剣に氣を籠めていたでしょう? あれと同じものよ。二人とも、あなたのように得物自体に宿らせるようなことが出来ない分、ずっともれている状態になっているのよ」
「漏れて……」
それで、この突風?
……うん、やっぱりこの世界の人達、普通じゃないです。
(でも、見てるともどかしいのはどうしてだろう)
ああ、違う、違うんだよ恋。モノに氣を籠める時は、“これは自分の武器だ”なんて意識するんじゃなく、体の一部だって思って包み込むように……!
“氣で包んでやってるんだから武器になれ”じゃなくて、一緒に歩こうってくらいの穏やかさで……!
「ていうか……」
「……こほんっ。……下がるわよ、一刀」
「Certainly, Sir」
戟に籠められた氣が、少しずつ固められてゆく。
それは真紅の光を持ち、ただでさえ長い戟をさらに長く、さらに強く形成してゆき……
「いやいやいやいやちょっと待てぇえええっ!! デデデデタラメにもほどがあるだろ!」
ついには恋の身長の5倍以上はありそうな、氣の戟が完成した。
対する星は……───ああっ! なんか固まってらっしゃる! いやそりゃそうか固まるよあんなの間近で見せられたら!
「これ無理だろ! 勝てないって!」
「ええそうね。勝てないわね。恋が」
「ええっ!? なんで恋が!? この場合、星がじゃないのか!?」
「見て解りそうなものじゃない。あんな巨大な氣の塊、振るったらどうなると思うの?」
「え……そりゃ、どっかーんとなってウギャーって…………なるほど解った」
「そうよ。観客が無事じゃ済まないのよ。どう振ったって変わらないわ」
「………」
「一刀?」
「本人がそれに気づいてなかったら? えーと、たとえばなにか他のことが見えなくなるほどの事情に追われて、どっかーんとやっちゃったら?」
「………」
「………」
華琳さん? ……か、華琳さん!? 無言はっ! 無言は怖い! 怖いよぅ!
「一刀っ! なんとかして恋を止めなさい!」
「えぇっ!? なんで俺!? ここは覇王たる華琳が───」
「つべこべ言うなっ! さっさとやれっ!!」
「えぇえええっ!!?」
まさか華琳がこんな乱暴な言葉を使うとは……現状とっても危険!? 余裕無し!?
……一目瞭然でしたねごめんなさい!
「恋! れぇーーーん!!」
ともかく振り下ろされる前に止める! 声をかけてでも止める!
振るわれたら終わりだ! とにかく引き止めて時間稼ぎを!
「って見向きもしないんですけど!?」
「氣の放出に集中しすぎているのよ! 届く言葉で叫びなさい!」
「ああもういちいち難度が高いなぁ!!」
でもやらなきゃ人々の命が危ない!
えーとえーと恋、恋? 恋っていったらなんだ!? 動物!? 物静か!?
……ハッ!? そうか大食い! 食べ物関係で気を引けば!
「よ、よし恋ーーーっ!!」
叫ぶ! そして上手く纏まってないままの頭でとにかく料理に関することを組み立てて! ぇえええーと! 食事は用意できないから! ほらこう! 楽しい料理の話とか、思わず唾液が口の中に溜まる話とか、お腹が空いちゃうような話を! な、なんなら豆知識的なものでもいいぞ!? 豆っ……豆知識ってなに!? なにかあったっけ!? なにかなにかえーとえーとなんでもいいからハイッ!
「ア、アー……! おぉおおお美味しいオムレツを作るなら卵は三つじゃなくて二つだ! よくミルクを混ぜるヤツが居るが、それは大きな間違いだっ!!」
…………。
「………」
「………」
「………」
「………」
プリーチャーーーーァァァァ!!!
なにやってる俺! なんでここでシャーマン・ダドリー!?
華琳が硬直してるよ! 俺見て硬直しきってるよ! こんな緊張の中でも固まってしまう曹孟徳なんて初めて見るよ!
(ふむ。見事だな。わしをも震えさせるほどの戦ぶりよ)
(孟徳さん!?)
落ち着け脳内! 戦なんてしてないから! 震えるどころか硬直してるよ!
どうしようもないほどのやっちまった感に襲われながらも、おそるおそる恋を見る。
……なんということでしょう。案の定、彼がビデオレターに籠めた言葉など聞こえるわけもなく、今まさに無双となった方天画戟を振り下ろさんとする恋が!
それ以前に、むしろ恋は“オムレツ”がなんなのかさえ解ってないな、これ……。
乾いた笑いが勝手に喉の奥から漏れた。
───さあ天の御遣いよ。あなたがこれから取る行動とはなんだ?
とりあえず、割って入ると死にます。
声をかけても届かない。
ならば背中から羽交い絞め? いや無理、間に合わない。
だったら……だったら? いい! とりあえずまずは止まってくれるように叫ぶ!
「恋! あとでご飯作ってあげるから止まって!!」
テンパりながら絶叫! こんな言葉で止ま《ビタァ!》止まったァーーーーッ!!?
「え、えーと……あれ?」
なんだか一応止まってくれ……た? それを理解した途端、そうしたかったわけでもないのに腹の底から、長く長く息が吐き出された。次いで、どっと噴き出る汗。
観客からも一斉に安堵の溜め息。
もちろん兵や将、王からもだ。
それはそれとして地和さん、俺を盾にして隠れるの、やめてください。
華佗さん、とりあえずその緑色に輝く瞳も戻して大丈夫そうです。
そして華琳、俺を見たまま硬直するのはやめてください。
「………」
ぐるぐると思考が回転する。回転するだけで、纏まらない。
安堵はしても、まだごんごんと戟の先に渦巻いている真紅の氣の塊。
風は未だに出ているが、突風というほどではない。
そんな得物を持つ彼女に、氣を集束させる方法を説くとあっさりと実演され、俺は膝を抱えて座る代わりに華琳を抱えて座った。それで華琳も正気に戻り、額をべしりと叩かれた。
「………」
「───はっ!」
荒ぶる氣が戟に納められると、少しして呆然としていた星がびくりと反応を見せる。
あまりの状況に理解が追いつかなかったのだろう……俺だって氣のことをかじってなければ、騒ぐだけだったり呆然とするだけだっただろう。勉強ってやっぱり大事ですね。
「えーと……なんかとんでもなく無粋なことを訊くけど……せ、星〜? つづ……ける?」
「………〜〜〜……」
ああ……星が座り込んで頭抱えてる……。
いや、解る、解るんだ。
きっととんでもない決勝戦になるんだろうなって俺も思ってた。
それがあんな、舞台ごと破壊しかねないほど強大な氣の塊を見せられた上、それを現在の恋は戟に籠めているわけで。
……あれで攻撃されてもし当たったら、舞台が壊れる代わりにほら…………ねぇ?
春蘭の暴走の延長って言ってしまえばそれまでな状況な分、いつも通りといえばいつも通りではあるのだが、命に係わるかもしれないとくるとさすがに難しい。
……結構いつも命に係わることしてるだろってツッコミは、どうか勘弁してほしいが。
「……ここで何もせずに敗れては、これまでに散った者たちが報われぬというもの!」
そんな思考をよそに、星は立ち上がった。
凛々しい顔で、キッと恋を睨みつけて。
そして槍を構えると、ちらりと俺……の後ろに居る地和を見つめた。
「地和、ち〜ほ〜……! ほら、仕切り直し仕切り直しっ」
「へぁあっ!? あ、あ……あーあーあー! しっししし仕切り直しね仕切り直し!」
ぱたぱたと舞台中央へと駆け、こほりと咳払いをする。
観客達は……いつでも逃げられる準備をしていた。うん、それはきっと正しい。
「そ、それでは意気を改めまして! 天下一品武道会決勝戦を執り行います! まずは蜀より! 頭のソレの名前が是非知りたい! 身軽で強くて飄々武人! 趙子龍選手ーーーーっ!!」
「……やれやれ。これで完全に逃げられん……」
「対するは同じく蜀より、沈黙の真紅! ご存知三国無双! 呂奉先選手ーーーーっ!!」
「…………《こくり》」
「すーはーすーはー……よ、よーし! 細かいことは抜きにしちゃいましょー! とにかく戦って勝ったら優勝! ただし殺しちゃったら斬首! 観客にも危害を加えたらだめ! ───あっ! かかか観客っていうのは見てる人全員だからね!? ちぃもなんだからね!?」
地和さん、目に涙を滲ませながら選手を指差して怒鳴ってはいけません。
そりゃああんなもの見せられれば怯えたくなる気持ちも十二分に解るけどさ。
「それでは双方、ぜっ───…………ぜ、んりょく、を以って……ねぇ一刀、規定変えちゃだめ?」
「変えたいけどダメなんだ……解ってくれ」
「うぅうう……《キッ!》───それでは双方! 全力を以って、いざ尋常に勝負勝負!」
声高らかに。
次いで鳴る銅鑼の音。
途端に地和がこちらへ走ってきて、またしても俺の後ろに隠れた。
「華琳はいっそ清々しいほど堂々としてるなぁ」
「将の諍いで死ぬのなら、所詮はその程度の命よ」
「まぁ、はは……そう言うとは思ったけどね」
相変わらず自分の道を疑らない人だ。
そんな華琳だからこそ、みんな付いていっても大丈夫だって思えるんだろうな。
大丈夫っていうか、付いていきたいって思う。
「……決勝、見るか」
「ええ、そうしなさい」
どこか楽しげな口調で、華琳はそう言った。
ちらりと隣を見れば、華佗は既に対峙する星と恋に集中している。
……プロの目だ。どんな行動も見逃すまいと、少しだけ目の緑が輝いている。
「………」
俺も集中することにした。
恋が肩に担いでいる戟は、氣を圧縮させすぎたためか、真紅というよりは深紅になっている。黒い赤って感じだ。
対する星は呼吸を一定に、槍を抱くようにして構えている。
「…………いく」
「……応!」
きっかけは恋の一言だ。
キッと星を睨んだ恋が石畳を蹴り弾き、一気に距離を詰める。
星は“応”と答えた瞬間には槍を回転させ、表情鋭く姿勢を変える。
振るわれる恋の一撃。逸らさんとする星。
二つの弧が合わさった時、耳を劈く金属音が鳴って、直後に星が素早く飛び退いた。
……星の龍牙の先端、二本あった筈の牙は、一つが根元から消え失せていた。
「ふむ、これは……さすがにまいったな」
ギャリィンッて音が鳴って、目を向ければ場外近くの舞台端に龍牙の片割れが落下していた。
……一撃で、硬い武器があれなのだ。
人に当たれば骨は折れ、肉など吹き飛ぶだろう。
「いやなに、当たらねばどうということもなし」
なのに星は「ははは」と笑うと、一本角になった槍を回転させて持ち直す。
「恋よ! 遠慮はいらんぞ! なにも殺せとは言わんが、心配ならば氣を消した状態で突撃するも一興というものだろう!」
「……、……」
「なに、難しいことではない。私に勝てばお主が優勝。北郷殿に一度だけなんでも言うことを聞いてもらえるのだ」
「…………!」
平気な顔して誘導している。
恋もどうしてか“なんでも”という部分に反応し、星と戟を何度も見比べて……あーのあの恋さん!? そりゃそんな凶器振り回すのは大変危険ですけど、俺になんでもいうこと聞かせるって部分でそこまでおろおろされると、こっちとしてももし優勝なんかされたら断りづらいっていうか───あ、はい、そもそも断れないんでしたよね。ルールでそう決まってるんでしたよね。断ったらダークマターと言っても差し支えない食事を食わされるんでしたよね。
「………」
「……ふむ」
俺の複雑な心境はそっちのけで、結果として恋は氣を元に戻した。
ただの戟が肩に担がれ直されてると、恋は改めて星を見つめる。
「たった一度の敗北がこうも三国無双を変えるか。恋よ、お主は何を願うために戦う?」
「………」
「やれやれ、話してはくれんか。まあ、訊かれて話せるものならば、熱くなる理由には程遠いものなのかもしれぬ───そして、私もまた同じ」
「……?《こてり》」
「いや、そこで首を傾げられても困るが」
観客が固唾を飲んで見守る、これだけの人が居るのに、先ほどあれだけの騒ぎがあったのに、静かな空間。
その中でヒョンッと得物を振るう二人が地面を蹴った。
普通の動作だったと思う。
綺麗だとか激しいとか、そういうものとはちょっと違う……なんて喩えればいいのか、とにかく普通だったと思う。自然って言えばいいのだろうか。
流れるような動きだとか目を奪われるような動きとも違った。
それがあんまりに自然な動きだったから、それが衝突の合図だなんて思わなかった。
“駆け寄ればハイタッチのひとつでもしそうだ”
そう。
それはきっと、それくらいに気安く楽しげな───“衝突の合図”だった。
131/槍と戟の舞
-_-/───
───駆ける足には氣が籠もる。
握る手にも氣が籠もり、気脈が満たされる感覚に心が躍る。
戦の中でもそうそうは感じることのない高揚感に、趙子龍───星は笑みを浮かべた。
直後に槍と戟を衝突させると、その高揚が鼓動とともに胸を打つ。
吹き飛ばされることもなく、踏み締めた足にはさらなる力が。
かと思えば、押し返せるほど甘くもなく、その事実が彼女をさらに高揚させた。
───駆ける足には力が籠もる。
握る手には力が籠もり、気力が満たされる感覚に心が躍る。
戦の中では感じることがなかった高揚感に、呂奉先───恋はほんのわずかに口角を持ち上げた。
直後に戟と槍を衝突させると、その高揚が抵抗とともに体を走る。
吹き飛ばすつもりで放った一撃を受け止められたことに、痺れにも似たなにかが体を支配し、それが、とある男が与えてくれた感覚に似ていることに、やはりうっすらと口角を持ち上げた。
自分を吹き飛ばし、自分に勝った男を思うと胸が熱くなる。
一人と戦って負けたことなどなかった。
戦は戦。
そこにどのような理由や差があろうと、“敗北”は“敗北”だった。
油断、体調不良、言い訳などはどうでもいい。
強い力で返され、それを叩き伏せるだけの力で向かった。
そして吹き飛ばされ、立ち上がり、負けた。
それが事実で結果で敗北ならば、戦場では同じことが起きたなら死んでいた。
つまりそれは、自分の負けということ。
敗北なのだから当然だが、自分にとって“負け”は当然ではなかった。
所属していた国や軍が負けようが、それは“自分にとっての負け”ではなかったから。
───両者が遠慮無く得物を振るう。
星は避け、逸らし。恋は受け止め、弾き返す。
将といえば、戦場で振るわれる撃を受け止め、返してみせるもの。
そういう認識はなかなか強く、力自慢の者ほどそうして相手を圧倒、勝利してきた。
逆を言えば避ける行為をする者は少なく、それも、続けて避ける者を臆病者とさえ呼ぶ者だって居るだろう。
愚直に突っ込み、振るわれる攻撃を受け止め、受け止めきれねば殺される。
勇敢と呼ぶべきか愚かと呼ぶべきか。
「愚かだろうな」
星が笑う。
ふと頭に浮かんだ考えは、戦を楽しむならばすべき行為であり、明日を夢見るのであればする必要のない行為だった。
生きて辿り着く必要があるのであれば、必ず勝ちたいのであれば、技術の全てを以って歩むこと。それでも届かぬのなら、足りないものを補ってくれる誰かとともに。
「……、……」
攻撃を重ねる恋は、止まることなく攻撃を続ける。
普通であるなら敵が怯む攻撃を、星は逸らし、躱し続けている。
それに戸惑うのも事実だが、時折にする御前試合や鍛錬時の星の動きと今のソレは、明らかに違って見えたのだ。
事実、星の体は彼女自身が“普段よりも軽い”と感じていた。
「ふふっ……恋よ。悪いが今回ばかりは負ける気がせん」
気脈を満たす氣が、彼女を支えていた。
“己一人では届かぬ場所があるのなら、足りないものを補う誰かとともに”。
現在の星にとってのそれは、一刀によって満たされた氣だった。
自分自身の力ではないが、それはそれだと簡単に割り切った。
そう。これは祭りであり、戦なのだから。
と、そんな星の高揚をよそに、解説席では地和、一刀、華佗、華琳が話し合っていた。
「北郷解説員さん。先ほどの趙子龍選手の発言をどう思われますか?」
「はい。敗北フラグですね」
「ふらぐ……あれがそうなのか。なるほど、言われてみれば不思議と、趙雲が負けるという意識が深まってくるな」
「なるほどね。負ける気がしないと確信した瞬間に生まれる油断。そこを突かれればもろいものよ。兵であろうと、将であろうと」
「……まあ春蘭の場合は、最初から自分の勝利を疑わないから、油断なんて生まれないんだけど」
「あら。だからいいんじゃない」
解説席の言葉をしっかりと耳にした星は、眉を歪めながらも笑っていた。
言ってくれる。だが、それでも負けるだなんて思われていない。
ちらりと見た解説席の男は、結局は星と恋を応援していて、どっちが勝つとも思っていて、それなのにどっちが負けるとは思っていない。
不思議なことに、どっちの勝利も信じているのだ。
優柔不断だといえばそれまでだが、それはどちらの武も信じているということ。
もし彼が君主で自分たちが下に就く者ならば、これほど嬉しいことはない。
ただし双方が対峙する今、そんな期待を持たれたならば、互いに、余計に負けるわけにはいかなくなる。
思考の刹那に一閃。
前髪がビッと弾かれ、呼吸に少しの乱れが出るが、逸らせた体を返す反動で反撃。
受け止められても構わず突き、それら全てを弾かれるとさすがに苦笑が漏れる。
しかし負ける気がしないと言った言葉が偽りであるわけでもなく、星は充実する氣とともに前へ前へと出ていった。
「おぉっと趙子龍選手、防戦一方ばかりだった最初とは打って変わり、前に出るーーっ!」
「元気に司会するのはいいけど、いい加減に俺の背中から前に出ない?」
「こうしなきゃ、なにかあったら盾にできないじゃない」
「盾にすること前提で喋るなよっ! ……居るなら横に居てくれって。じゃないと、咄嗟の時に抱えることも出来ないだろ」
「え……」
「一刀。少し黙りなさい」
「へ? や、けど」
「あのね。あなたは妖術入りのまいくの前で、観客相手に何を届けたいというの?」
「ぇあっ!? あ、あー……タブン、愛情デス……」
解説席の御遣いは真っ赤になって項垂れた。観客は、急に緩んだ空気にようやく気のゆるみを感じ、長い溜め息を吐いたあとに笑った。
そんな観客たちを見た星は笑い、氣のお陰で熱くなる体を以って恋への攻撃を続ける。
連突も速度重視の突きも、払いも悉く弾かれる。
しかしながらまるで通らないわけではなく、弾かれながらも掠る程度は幾度かあった。
対して、防戦をする恋はさほど焦った様子もない。
攻撃が来る場所を予測、受け止め、押し返して攻撃する。
それの繰り返しで相手は潰れる───……ものだと思っていた。
自分と戦いたがる相手は居ない。
来ても、戦えばすぐに動かなくなる。
言われるままに突撃する兵のほうが、命令を下す者よりも勇敢だと思ったことがある。
それは自分の意思ではないけれど、勇気が要ることなんだろうと……思ったことがある。
「……、……」
今、自分との戦いに笑みを浮かべる者が居る。
あらん限りの力をぶつけられ、受け止めると手がジンとして少しくすぐったい。
それを返すと逸らされて、逸らされるとくすぐったくない。
だから受けに回ってみたけれど、あまり胸は高鳴らない。
「………」
胸に届く一撃が欲しい。
天の御遣いはそれをしてみせた。
その上、自分に勝ってみせた。
それからの自分の胸は、御遣いを見るたびに高鳴りに襲われた。
心地良く、なにかをしてあげたくなる。
その高鳴りに動かされるままに行動をしていた先に、今があった。
「っ───!」
「《ギャリィンッ!》つわっ……!?」
……強撃を返す。
逸らしきれなかった星は、予想外の衝撃に軽い悲鳴をあげるが、それでも武器を落とすことはしない。
「……負けるのは、困る」
胸の高鳴りとは別に、湧き出したこの想いはなんだろう。
負けたのならそれでいいと思った。
しかし、同時に“もう他の誰にも負けたくない”と思った。
“特別”はひとつでいい。
桃香は友達。他のみんなも友達。でも特別はひとつでいい。
だから───
「負けるのは、困る……!」
負ける気がしないと言った、目の前の友達を倒す。
気の放出というものをやった所為か、体はいつもよりも鈍く感じる。
それでもやることは変わらない。勝つだけだ。
「っ!」
「くぅっ!?」
一閃。躱し切れず、肩を掠った衝撃に、思わず星が距離を取ろうと飛び退くが、それを即座に追う恋。
それは今までの“来る者を潰す”、“最初から本気であとは知らない”といった適当さ加減ではなく、“明らかに倒しに行く姿勢”での突撃だった。
その目を見た星も意識を切り替え、振るわれる横薙ぎを屈むことで躱し、その動作とともに振るっていた槍は瞬時に戻された戟に弾かれる。
恋はそれを駆けたままの動作でやってみせ、次の疾駆の一歩とともに、下に構えた戟が星に向かって掬い上げるように振るわれる───が、星は槍を自分の前で横に構え、立ち上がる勢いとともに跳躍。
槍は戟に弾かれることで持ち上げられ、星は宙に飛ばされながらも綺麗に回転、着地してみせた。
それから息をつく暇もなく地を蹴り、そのまま走ってきていた恋と再び激突。
横薙ぎを弾かれ、戻しとともに振るわれた戟を逸らし、放つ蹴りを逆に蹴り弾かれ、繰り出された戟を飛び退き躱し、踏み出しとともに戟で狙われた足を跳躍することで躱し、同時に跳びながらの刺突を戟の石突きを合わされて止められ、そのまま力だけで飛ばされた。
着地を狙い、疾駆する恋。
遠慮なく戟が横薙ぎに振るわれたが、手応えはなく。
振り切ったその戟の上に立っていた星は、口を服の袖で覆いながらくすくすと笑っていた。
「珍しいなぁ恋よ。お主にしては少々焦りすぎではないか?」
乗ってみせる星も異常だが、片腕でその重さを支える恋も異常だった。
星は直後に恋に向けて槍を突き出すが、それが恋に届くよりも先に戟は下ろされ、星は戟から跳び、着地した。
「え? あれ? 今の決着じゃないの? 寸止めだったじゃん」
「寸止めっていったって、状況が固まってなきゃ決着にはならないって。足場が悪いし、突き出されたのは頭へだ。足場の自由云々はあの場合は恋が握ってるし、達人なら頭に確実に当てられるかっていったらそうじゃないしね」
「……当てられそうだけど? 少なくともちぃから見ればそう見えるし」
「頭っていうのは人の体じゃ一番狙い難い部分だと思うぞ? 的は小さいし、胴よりもよっぽど。ものを躱すのに必要な“目”、動作を実行するための“脳”がある場所だ。なにをおいても逃がす前提が結構揃ってるだろ」
「ふーん、ややこしいんだ」
ややこしい。
そういった暗黙の云々を知らなければ、なにを言われても納得出来るものがないのは事実だろう。覚えきってしまえばどれだけややこしくても“ひとつのルール”として受け取れるものも、受け取るまでは何十個もある面倒なものごとの集合体にすぎない。
「ふぅっ!!」
「《どがぎぃんっ!!》くわぁっ!?」
恋の一撃。
逸らそうとした星だったが、触れた途端に逸らす力ごと弾かれ、大きく体勢を崩した。
そこへ、目つきを鋭くした恋が追撃。
咄嗟に星は飛び退こうとするが、恋はその動きに本能で合わせ、一気に離れた分の間合いを詰めた。
武器ごと腕を弾かれ、体勢を崩した状態でのバックスッテップで満足な体勢ではない星にしてみれば、それは明らかな“詰めの一撃”だった。このままでは当たる。この体勢で当たれば、武器に氣が籠められておらずとも、戦闘不能は明らか。
続行することが“一歩でも進むため”になるのならば───
(いっそ倒れてしまえ───!!)
地に着くべき足を自ら持ち上げ、飛び退きの勢いのままに体を逸らせた。
鼻の先に突風が通り過ぎ、直後に背に衝撃。
すぐに手を着き体を回転させて起こすと、その行動を利用して槍を振るった。
それが、丁度追撃に振るわれた恋の戟と衝突する。
体勢の問題もあり、やはり吹き飛ばされたが、その吹き飛びはかえって体勢を立て直すいいきっかけになった。
そしてまた、疾駆と衝突。
余力など残すだけ無駄だと心に断じ、星は体に満ちる御遣いの氣と星自身の氣を使い尽くすつもりで攻撃を放ち続けた。
加速などという器用な氣の使い方は出来ないものの、体を動かすたびに行動を支える御遣いの氣のお陰で、かつてないほど軽く戦えるのは先ほどのままだった。
(やれやれ、負ける気がせんとは言ったが、勝てる気もしないとは)
心の中で溜め息を吐く。
偽り無しの三国無双の実力に、さすがに軽く唇を噛んだ。
当たりはする。掠り程度ではあるが。
しかしどれだけ本気で行っても直撃はない。
それは星も同じだが、彼女自身はもしも恋が“受け止めること”を捨てたらと思うと、ゾッとしていた。
受け止められるからこそ次に移しやすい。
もしも躱すことを覚えられ、攻撃の全てを躱されるのだとしたら、明らかに恋の攻撃の手数は増える。それを思えば、振るえば受け止めてくれるだけ、星は幾度も助かっているということなのだ。
(癪ではあるが)
それが相手の戦い方であるのならば何故文句が言えよう。
勝つつもりで挑むのであれば、相手の出方などは二の次。
自分の出方をしっかりと固め、その上で勝つ……それだけなのだから。
「とはいえ───っ!」
ここにきて星の顔には焦りが浮かんだ。
体力も気力も、氣すらもが充実している。
戦えば戦うほど、三国無双と謳われた者との戦いが彼女を高揚させた。
だが、その三国無双が放つ剛撃は、確実に星の武器を痛めていた。
二棘であった最初と違い、今ではたったの一棘。
先端で受けぬようにと立ち回ってもみるが、そんなものが器用に何度も成功するほど、相手は生易しくはなかった。
「いや」
ならば自分で生易しく構築しよう。
星は自分の中に走る御遣いの氣を辿るように、自分の氣を操ることに意識を集中させた。
北郷一刀はどういう動作で“加速”を繰り出していたのか。
それを、氣に訊くように体を動かす。
どうすれば体は速く動くのか。ただそれのみを意識し、あくまで自然な動作で氣は足の先端に集中し───踏み込んだ刹那、それは大地を踏む衝撃を飲み込んで足を駆け上り、腰から背骨を旋風のように駆け上り、やがて腕まで辿り着くと、今までの自分では出せなかった速度が槍を走らせた。
「!《ゾギィンッ!!》」
最高、最速の突き。
達人の技は目では捉えられないほどのものにも至るというが、これはまさにそれだった。
危険を察知して戟を構えた恋が、それを受け止められたのは偶然でしかない。
一棘になってしまっていたために、槍が歪んでいなければ、その一撃は確実に恋を捉えていただろうに。
ならばもう一撃と、星は槍を戻そうとする。
だが突然の加速に、それに耐えるための鍛錬などしていなかった星の体は悲鳴をあげた。
槍を持つ手に籠もった氣が、上手く全身に戻らない。
ここにきて星は、北郷一刀が鍛錬馬鹿である理由にようやく気づけた。
(なるほど。あそこまでやってこそ、氣を十分に操れる、か……)
苦笑。
それは敗北を受け入れた笑みだった。
精進あるのみ。今回は万全で降り、次回に向けて鍛錬するとしよう。
そう思い、星は槍を地面に突き刺し、降参を口にした。
132/決着
-_-/一刀
ワッ、と声があがった。
星が地面に槍を突き刺し、歪んだそれが手放されると、星はどさりとその場に尻餅をついた。
「けっちゃぁーーーくっ! 打倒になるかと思った決勝戦、まさかの降参宣言! いったいなにがどうして降参に繋がったのかは解りませんが、ええとまあ正直なにをやってるのかすらまともに見られませんでした! 人間の動きじゃねぇと言いたいです!」
『おぉーーーーーーっ!!』
尻餅をついた星にすぐに駆け寄って抱き起こすと……その時点で解った。
無理矢理加速させた氣が気脈を傷つけてる。
これじゃあ立ってるのも辛いはずだ。
「無茶するなぁ……加速は気脈が太くないと負担が凄いんだぞ?」
俺は祭さんの無理矢理気脈強化のお陰で、普通よりは太いからそこまで辛くないが。
そもそも体が鍛えられないと解ってからは、毎日仕事をしながらも氣の鍛錬だけは続けている。お陰で氣の扱いだけなら大したものだと……胸を張ってもいいですか?
「ふ、ふふ……実感、している、ところ、で……あたたたた……!!」
いわゆるお姫様抱っこで抱えられている星が、言葉の平凡さのわりに、わりと本気で痛がっていた。まあ、内側の痛みだ、それは仕方ない。
しかし軽い。
人としての重さがあるのはまあ当然としても、普通よりは軽いと感じる。
鍛錬の賜物だな、なんて口にすれば殴られるだろうな。
いや、腕折れてるくせにお姫様抱っこなんて馬鹿かとか思われるだろうが、華佗の鍼のお陰で一応はくっついているところに氣を張り巡らせて、無理矢理保たせているだけにすぎないんだが……立つことすら難しい女の子に貸すのが肩だけなんて、それは支柱としてどうなんだって話だ。支えてこその柱だ。
なんてことを思い苦笑していると、勝者である恋がトコトコと歩いてきて、お姫様抱っこをされている星を見て一言。
「ん…………やっぱり疲れてたほうが……」
ぼそりとした声だった。
大歓声の中では、注意しなければ聞こえないくらいのもの。
しかし聞こえてしまった。
声をかけようと思ったんだが、それよりも早く何故か恋が戟に氣を籠めてまたバカデカい巨大な氣の塊をってギャーーーアアアアア!!?
「いやちょ待ァアーーーマママ!!? なんでいきなり氣を解放!? しかも垂れ流し状態!?」
そして吹き荒ぶ烈風。
なにがなにやら、「やめれー!」と何故か方言的な声が腹の底から放たれた。
星に訊いてみれば、なんでも恋さんは俺の膝に座ったり、お姫様抱っこされたりしたいんだとか。……え? なんで? あ、いや、人の“やってみたい”“やられてみたい”を頭から否定するのはいけないよな。
俺だって華琳にやってみてもらいたいことの一つや二つ、当然のように存在する。
だったらなるほど、恋がいろいろ思うところがあるのも頷ける。
「解った、解ったから! 膝に座るのもお姫様抱っこでも、なんでもするから!」
「!」
言ってみたらビタァと止まる氣の突風。
……うん、なかなかに現金だ。
それだけ俺にしてもらいたいこととかがあるってことなのか?
まあどの道、拒否権なんてないのだ。ここは素直に受け取っておこう。
「でもとりあえず、今は優勝者が祝われる時だろ。俺はちょっと星を仮医務室に連れていくから、恋のお願いを聞くのはその後な?」
「……!《こく、こくこく》」
「………」
ウワーイすごい不安ダー……あの恋が頷きまくってる……。
いったいなにを要求されるんだ……?
天の料理がたらふく食いたいとかなら、全力で再現できるように頑張るだけなんだけど、あんまり無茶な要求だと応えられるかどうか。
(まあ)
なにを頼まれても応えられるような自分でいよう。あくまで出来る限りの範疇で。
“これがそういう催し物だった”と最初から知っていたなら、心の準備も相当に出来ただろうに……いきなりだもんなぁ。
だが規定に書かれてるなら仕方ない。確認しきれなかった俺が悪いのだ。
それでもお手柔らかにと願わずにはいられない自分が居た。
恋のことだから、そこまで無茶なことにはならない……と信じていよう。
想定外のお願いだったらもう涙してでも叶える方向で。
心の中で盛大に溜め息を吐きながら、俺は星を抱き抱えたまま歩いた。
ネタ曝しです。
*武器の使用以外、全てを認めます!
グラップラー刃牙より。
地下闘技場では武器の使用以外は全てを認められる。
でも最凶死刑囚であるシコルスキーは武器の使用を認められた。
ダヴァイッ!
*蜻蛉の型
いわゆるアクトレイザー持ち。
べつに振るう時に「オッ!」と言う必要はない。
暴れん坊将軍が刀を構える時にカッと刀を半回転させますが、その型。
*アバン先生
いわずと知れた、ダイの大冒険の元勇者。
アバンストラッシュが最初から最後まで使われたことが、なにより嬉しかったなぁ。
アバンストラッシュってドラゴンボールでいうかめはめ波的な位置ですよね。
大地斬とか使われなくなったけど、気にしちゃいけない。
*しゅら〜ん……
にょろ〜んちゅるやさんより。
口元に手を当ててしょんぼりする。
*Certainly, Sir
謝謝楊海王……ではなく、“承知しました”的な意味。
Sirがつくだけでいろいろと言葉使いが大人し目になる。
でもSirがつくだけで叫びたくなる。サー!イェッサー!
「Give your power to meteor!」
「Certainly, Sir!」
これは多分ちょっと違う。
しかしこれでどうしてサートンリーと読むのか。
ローマ字から入ると、英語ってツッコミどころが多い気がしますよね。
*おいしいオムレツ
ディープ・ブルーより、キリスト教徒の黒人さん、プリーチャー。ハゲである。
アクアティカで料理人を務め、ある意味でサメを二匹料理した。
己の今後を憂い、ビデオレターに懺悔とオムレツのコツを残した。
が、結局は最後まで生きた。
シャーマン・ダドリーと自分で名乗っているが、主人公にはプリーチャーと呼ばれる。
シャーマンは“呪術者・巫・巫女・祈祷師・ムーダン”を指すらしいので、ダドリー・プリーチャーが本名なのだろうか。
はい、84話になります、凍傷です。
ガーっと書いた小説が一度上書きされずに終了されたようで、本気で落ち込みました。
80%から増えなかった理由はそれです。
早ければ水曜日にUPできる予定だったんですけどね。
結局60kb越えてますけど分割無しでいきます。
さて、ハイ。
結局はと言うとアレですが、恋が優勝となりました。
最初は春蘭が決勝まで行って、そこで初めて魏武の大剣口上とともにブラスティングゾーン⇒優勝って流れを構想していたりしたんですが、書いていく内に変わりました。
「こんなの絶対おかしいよ!」と思っても、あなたの中の最強は揺るぎませぬ。
いやしかし、戦闘描写は疲れますな。
出来ればずっとほのぼのなものを書いていたい。
効果音が鬱陶しい的なことを感想に書かれて以来、少しずつ気をつけながら書いています。天地空間などは効果音だらけですからなんともかんとも。
今は《》内にしか書かないようにって感じですね。
その分、地での説明が増えた気がしないでもないです。
さて次回は地味……ゲフゲフン! 文官バトル……は端折ると思います。
萌将伝でもそうでしたが、あれを表現するのは無理があります。
たとえば……
「わわわわたしゅのたーん! 兵に河界を越えさせて、横移動可能にしましゅ!」
「はわっ!? だ、だったらわたしは砲でこれを迎撃! 特殊効果・飛び越し攻撃により、先に待機していた象を越え、兵を叩きましゅ!」
「あわわ……!? だ、だったら……!」
……いや、だめでしょこれ。
いけるような気がしたけど気の所為ってことにしてください。
では、また次回で。
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