涙目ながらもノリツッコミを体験した射命丸に見送られ、中井出らは丘の屋敷へ。 鬼を連れ帰るもんだから、多少残っていた妖怪は怯えて逃走。 鬼らは鬼らで「妙に落ち着くぜぇ……!」とくつろぎはじめ、もはや出ていけぇ! という雰囲気ではなくなっていた。 中井出「なんかさ、もういっそ様々な権利を誰かに任せて自然を育みたい気分……」 妹紅 「権利って?」 中井出「や、ここの主が人間じゃあ、妖怪も鬼も微妙に屈辱を感じそうでしょ?」 妹紅 「妙な誇りとか持ってるもんなぁ」 うんうんと頷く。 頷きながら、PWPをやっている。大して真面目に聞いていないのかもしれない。 妹紅 「それよりさ、博光。PWPにある項目で“大図書館”ってあるじゃない」 中井出「ひょ? うん、あるね」 大図書館。いわゆる幻想大図書館。エレクトロニックライブラリーと呼ばれるもの。 中井出の中の浮遊城にある巨大図書館に安置されている図書の一部が見られるものだ。主にゲームに必要な専門用語などを調べるために使われている。 妹紅 「これに蓬莱の薬についても書いてあるんだけど……。 蓬莱の薬って博光と、この……ヤゴコロ? が、作ったんだよな?」 中井出「主に永琳がね。僕は当時永琳が研究してた永遠と須臾の部分を手伝っただけ」 妹紅 「しゅゆ?」 中井出「うむ。こう……須臾、と書くのだが。認識できないほどの一瞬って意味で、 これと永遠を掻き集めて液体に閉じ込めたのが蓬莱の薬。 飲んだら存在の根本が永遠と一瞬の世界に放り込まれる。 根本ってのは魂と……ホレ、肉体を構築する基盤みたいなもの。 こいつの体はこれからここまで伸びてその後にここまで縮む、みたいなのね」 妹紅 「それって最初から決まってるの?」 中井出「基盤って言ったろ? 努力でちったぁ変えられるものもあるさ。 ただし、基盤自体が凍っちゃったら成長の要素が入り込む隙がない。 だから、不老不死になる。髪の毛一本からでも再生できる。 それは人体が〜とかじゃなく、 生れ落ちた時点で決まっているソイツって存在を永遠と須臾が再構築するからだ。 ドッペルゲンガーとか過去と未来と現在ってのがあって、 同じ時間に同じ人が居るとどっちかが死ぬか両方死ぬって話しがある。 それはその永遠と須臾の問題にあって、 世界に一つしかない“ソレ”って存在を一人に戻そうとするから、らしい」 妹紅 「二人居るから一人に戻そうとして、 それが二人同時に始まるから両方助からない?」 中井出「そゆこと。まあ僕の知る世界じゃそういうことが起こったためしはないね。 それどころか自分と融合しちまったモミアゲが美麗な男さえ居た」 永遠と認識出来ないほどの一瞬の世界に閉じ込められる。 だからこそ体は成長せずに、消し飛んでも体は永遠と須臾を受け入れた瞬間の姿に戻る。 万能な霊薬などでは断じてなく、たとえば飲んだ瞬間に交通事故に会おうものなら、死ぬことも出来ずに轢かれた瞬間の姿に戻され続けるのだ。 しかも死ぬことは出来ない。死ぬ瞬間の痛みを永遠に味わうことになるのだから、飲むのならばきちんと健康で安全な状態でなければならない。 当然、喘息を患っていて、それを治したいから不老不死に……なんて願っても、喘息の不老不死が誕生するだけだ。 中井出「まあそれはそれとしてですよ」 ぽむと胸の前で手を合わせ、話題を変える。 話題は……権利がどうのこうの。最初の話に戻るらしい。 中井出「ともかく権利とか僕どうでもいいからね? いっそ……えーと、さとりんー、 こういう家と、なんというかピシッとした家、どっちが好きー?」 さとり「何故そこで私ですか。……そうですね、ピシっとした家が好きです」 中井出「じゃあ改築だ。えーと……日本家屋を洋館に変える力!」 ならばとあっさり実行。 縁側で誰が休んでいようが構わず変化の指輪の能力と賢者の石の能力を使い、構築要素の文字列を変換。日向が似合う縁側が一瞬にして洋館の窓際に変わり、くつろいでいたこいしと妹紅が大層驚いた。 こいし「ふえっ、なに? なになに?」 妹紅 「わ、私のくつろぎの時間が……」 縁側に寝転がってお日様に当たるのが何気に好きだった二人がおろおろ。 柱に背を預けて酒を呑んでご機嫌だった勇儀も目をぱちくりさせたのち、中井出を睨む始末。 中井出「うむ! 今日からこの館の主をさとりんとし、妖怪らの暮らす城としましょう!」 勇儀 「今すぐ戻すんだ。私はさっきまでの方が落ち着く」 中井出「NO! NO! もはやここの主はさとりんよ! そして僕は僕ののんびりとした暮らしのために、その要求を断固拒否する!」 こいし「なんか暗いよここ……お日様が当たるほうが嬉しいな」 妹紅 「こいしに賛成。ていうかこんな無駄に大きくしてどうするんだよ。 もっと開けた感じのほうが気安く休めるじゃないか」 さとり「遮るものが多いほうが落ち着きませんか? ……そうですか、それほどまでに気を許していただけているとは」 妹紅 「読んでも口にするなったら! ああもういちいち赤面するこっちの身にもなれ!」 さとり「赤面しなくなったら考えます」 妹紅 「楽しんでるだろ! お前絶対楽しんでるだろ!」 さとり「それについては博光さんにどうぞ」 中井出「なに言ってんだよもこたん! 何事も楽しいほうがいいじゃないか!」 妹紅 「いじられる私の立場は!?」 中井出「………」 妹紅 「………」 中井出「ガンバッ☆《ボゴシャア!!》ウゲェエーーーーイ!!!」 炎を纏った渾身の拳が顔面を痛打したそうな。 中井出「ともかくここはもうさとりんのお屋敷ね? 名前はさとりんに任せましょう。 大丈夫、台風が来てもマグマに沈んでも地獄の炎に焼かれても全然平気! この館で立てこもりバトルをしたら確実に勝てるね!」 さとり「なにと戦うんですか私は…………なるほど。いつの世も、というわけですか。 けど、動物を飼うという意見は賛成です。 妖怪化しそうな動物を集めるのも悪くないかもしれません」 こいし「動物? 動物、いいねっ。動物は心を読まれても文句言わないもんねー」 中井出「鬱ブレイカーさんでも創造してみようか?」 こいし「要らないよ?《にこり》」 ニュアンス的に漢字まで使われて“いらない”と言われた気がした中井出は、少し遠い目をして悲しんだ。 中井出「で、これから僕、太陽の畑に行ってみようと思うんだけど」 さとり「私はこの館を見て回るつもりなので、行きません」 こいし「私も今日はもういいや。魔物ハンターでやりたいこと出来たし」 妹紅 「私も。こいしとミルリザードマン討伐なんだ」 中井出「そりゃまた……まだ勝てる相手じゃないだろ」 妹紅 「もう10回ほどコロがされてるな。けど、だからこそよ」 こいし「心が読めない相手と戦うのっておもしろいんだよー? ヒロミツもやる?」 中井出「創ったの僕だからね!? 借り物の力だけど!」 どうおー? と差し出されたものを返す。 さて、話題に出たミルリザードマン。 リザードマンなんてよく聞くモンスターだなどと甘く見ると瞬殺される。 リザードマンは魔物ハンターの世界では素晴らしき騎士道精神を持ったモンスターであり、剣を持たせればそこいらのボスモンスターよりもよっぽど強いとくる。 卑劣な真似は一切せずに紳士的。 真正面から正々堂々コロがしてくれます。 妹紅 「リザードマンになら負けても清々しいんだよな……。 全力を出しても敵わなかった時なんて、素直に未熟を認められるし」 勇儀 「そういや、さっきからカタカタなにかやってるな。なんだいそりゃ」 こいし「えへへー。ポーたぼー! わーるどぅ! えーと、ぷれ、ぷれれ……」 中井出「………」 こいし「ぷれーやー!」 勇儀 「心で言わないで口で言ってやれ」 中井出「以心伝心ってヤツだ。俺とこいしは既に言葉でなく心で通じ合っている」 勇儀 「お前さんはこっちの妖怪の気持ちは解らんだろうに」 中井出「ホホ、なにを言うかと思えば。麻呂にかかればこいしの心くらい読めるでおじゃ。 こいしは今、どうやってさとりんのパンツを脱が───なに考えてんの!?」 こいし「はうぅ!? なんで解ったの!?」 さとり「ちょ、こいし!? 何を考えているの!?」 いつの間にかさとりの背後で、手をわきわきさせていたこいしの肩がびくーんと跳ねた。 もちろんさとりも大変驚き、両手でお尻をガードしながらこいしから距離を取る。 こいし「え、えへへぇ、違うんだよ? お姉ちゃん。 今のはヒロミツが本当に解るのかなーって試すつもりで」 中井出「うむ。この博光もえーと、サードアイ、だっけ? それを分析して水鏡の月で“ものまね”しただけだから───NO! NO! 勇儀姐さん!? ちゃんと心読んだんだから嘘と違う! 殴るヨクナイ! ノー殴る! ノー!!」 勇儀 「お前さんは人間のくせにいろいろとなんでもありなんだねぇ。 なんていったっけ? あー……仙人、とかいったっけ」 中井出「仙人? いえ凡人ですが」 借り物の力が無ければただの雑魚、博光です。 借り物の力、という意味では意思を持つ武器ジークフリードもそれに含まれており、つまりは借り物がなければ普通以下になる激烈雑魚。 武器を持たねば超弱体化よりもひどい有様なので目も当てられない。 家族の魂で作られた鎌が無ければ自分の才能も満足に引き出せないのだから仕方ない。 そんな事実を読んでしまったこいしとさとりは、「あ〜……」と意味ありげに頷いた。 さとり「借り物の力だときちんと理解しているところは好印象です」 こいし「借りてるのに自分の力だって言い切るよりはねー」 中井出「あ、なんか今自分の生き方が報われたって感じが」 さとり「それ以外は悪い印象ばかりですが」 こいし「外道だもんねー」 中井出「いけもこたん。じゅうまんぼるとだ」 妹紅 「ないよっ!」 勇儀 「白いのをけしかけようとするわりに、笑顔じゃないか」 妹紅 「白いの!? かっ……髪のこと!?」 中井出「だって外道ですもの。 外道が外道って言われたら“褒め言葉だ”って言って笑わないと」 勇儀 「褒め言葉かい?」 中井出「……褒め言葉だよ?」 ほら、スマイルスマイルと笑顔を見せる。 どう見ても嘘っぽさの溢れる笑顔だったが、勇儀は……不思議と殴るような気分にはならなかった。 勇儀 「調子が狂うね。酒飲んで一息ついたら、 萃香とやったみたいに殴りの勝負をって思ってたのに。台無しだ」 中井出「おや、どちらへ?」 酒が注がれている杯を手に歩く勇儀へ、中井出が声をかける。 勇儀は「んー?」と少し面倒臭そうに振り向くと、中井出が育てている大菜園を指差した。季節の花から季節外の花、季節ごとが旬の野菜や、マナの花などが綺麗に生えている中井出自慢の菜園だ。 中井出「おお! ならば!」 その反応が嬉しかったのか、中井出は小走りに勇儀に近寄るとその手を取り、菜園の一角へと連れていった。 戸惑いつつも素直についてきた勇儀はといえば、もぞもぞと妙な植物の傍に屈んでなにかをやっている中井出を見下ろしていた。 中井出「ほいこれ」 勇儀 「うん?」 ややあって、サム、と差し出されたのは……トメイト。 ほどよく熟しているソレは、土に与えられた水ではなく大気中の水分を吸って瑞々しく膨らんでいる。しかしながらこの菜園、湿気自体にマナや癒しが含まれているため、つまりはマナと癒しの宝庫な野菜。 体は癒しで出来ている。血潮はマナで心はリコピン。そんなトメイト。 中井出「差別は嫌いだけど、鬼のあなたがまず菜園に興味を持ってくれたのが嬉しい! なのでひとつ! この博光が丹精込めて作り申した!」 勇儀 「こんなんで腹の足しになるか、酒の肴になるのかい?」 中井出「足しにも肴にもならなくてもね、姐さん。 ……食べ物ってのは、それだけじゃあない」 中井出が言い終える前にカシュッ、とトメイトを食べる勇儀。 トメイトを齧って鳴るような音ではないソレがその場に居た者の耳に届き、直後に勇儀の目が見開かれた。 まず歯応え。ぐしゅりと破けるのではなく、まるで果実のように実が締まっていて、いやいやそれもうトメイトじゃねぇだろとツッコミたくなるほどの甘い汁が溢れ出る。 もちろんあの緑色の液体も当然として存在するのだが、それもまた美味なのだからトメイト嫌いの者でも余裕で食べられるだろう。 中井出「足しにもならない、肴にもならない、そんなトメイト。……姐さん? あなたはその一口になにを見ました?」 勇儀 「………」 答えの代わりに、勇儀はニカッと笑って残りを一気に食べた。 そうしてからご馳走様ときっちりと言って、中井出に菜園の案内を頼む。 きょとんとした中井出だったがすぐに笑顔になって、菜園を案内しだした。 勇儀 「ところでさっきのはなんだい?」 中井出「トメイトです。大切に育てればとても美味なトメイト。 大気中の水分を吸い込んで育つ習性を地味に持ってるから、 農薬とかを撒いたりするとそれまで吸い込んで、えぐみが出るのです」 勇儀 「よく解らないが神経質な食べ物ってわけだ」 中井出「まあそんなとこだね」 勇儀 「これは?」 中井出「ニココ梨。絞るとめちゃくちゃ美味な果汁がすこーしだけ出ます。 それを集めたのがクオリティーナッシャーというステキな飲み物。 果肉はちと渋くて食べれません。だから煮てやると、いいジャムが出来るのです」 勇儀 「じゃむ? ……まあいいや、これは?」 中井出「サンシャゥインナー。太陽光に当てると成長する食べ物だ。 一応植物なんだけど、肉の味がする不思議な植物。一個食う?」 勇儀 「肉か。いいねぇ話せるねぇ」 肉と聞いた途端に緩み出していた頬が一気に緩んだ。 野菜であれなのだから、肉も期待していいのだろうと踏んだのだ。 結果としては……ほっぺたが落ちた。 口内が幸せで口角の奥辺りからキュウウと幸せの甘酸っぱさが分泌しているのか、頬を押さえて震える勇儀。 そうして菜園を一周する頃にはすっかりと勇儀の腹は満たされ、極上の酒を飲んだわけでもないのに久しぶりに心から満たされたといった表情の彼女は、適当な樹の幹に腰掛けると酒を飲み始めた。 中井出「さて」 そんな上機嫌の鬼さんをさておき、中井出は一人、コリコリと頬を掻いていた。 既に妹紅とこいしは館の中で魔物ハンター中。さとりも館を見て回るそうで、この場には居ない。 ……他の鬼も館の中でお寛ぎ中だろう。 なら。 ならだ。 中井出「ナ、ナイストゥーミーチュー!? キャァサリンデェス!」 この、菜園を笑顔で優雅に歩く、傘を差した緑髪の人は誰なんだろうか。 とりあえずキャサリンで行ってみたら、 ??「初めまして、噂はよく聞いているわ。中井出、博光さん?」 名前がバレてらっしゃる。 中井出「いえいえこちらこそ。でもごめんね、こっちは名前は聞いたばっかなんだ。 風見幽香さん、でいいよね?」 幽香 「ええ。フラワーマスターなんて呼ばれている、花を愛でる妖怪よ」 お互いの知りたいことを、知っている範囲で自然が教えてくれる。 二人ともそういう状況に立っているので、話し合わなくてもどんどん知りたいことが頭に入ってくる。 結局、一分とかからぬ内に互いの大体を知れてしまった。 口にしたのなど自己紹介程度だ。 幽香 「面白い人生を歩んでいるのね」 中井出「面白いと受け取ってもらえたなら最高さ」 自然から話を聞いたのだろう。 風見幽香はあくまで笑顔で草花を見つめ、そこから得られる情報に目を細めている。 中井出も中井出で、幽香がどういった妖怪かを受け取り、ふむりと頷いていた。 いわく、花にはやさしい妖怪。 それ以外には辛辣であり、“邪魔が入れば絶大な力によって問答無用に滅ぼしにかかる”、“他の生き物に対して容赦がない”、“人の神経を逆撫でるのが大好き”などなど、いろいろと厳しい妖怪らしい。 邪魔が入ればとは、どんなことに対する邪魔となるのだろうと考えてみて、答えはすぐに見つかった。邪魔は邪魔だ。何事に対しても邪魔だと判断すれば、容赦なく絶大な力によって問答無用で滅ぼしにかかるのだろう。 中井出「菜園の見学なら存分にしてあげてくだされ。 自然たちも見られて愛でられれば喜びまする。 あ、ここいらの花たちは歌が好きなので、もしよければ歌ってあげてくだされ」 幽香 「知っているわ。楽しんでいるところなんだから話しかけないでくれる?」 中井出「わあ」 友好的に思われた反応が一気に不機嫌になった。 これにはさすがの中井出も反応に困り、たらりと汗をたらす。 まあそういうことならとすぐに切り替え、丘の先の崖までを歩く。 中井出「ィヤッハッハッハッハ! ───絶景!」 そうしてエネルの真似をしたのち、早速自然の歌を歌い始める。 途端に丘全体が喜びの反応に溢れ、力強く緑の香りを発する。 普通の人や妖怪が嗅げばむせ返るような自然の香りだが、中井出にとっては心地良い香りだ。 そんな香りに囲まれてもまだ歌い続けて、ようやくそれが終わる頃───全力を出して歌ったこともあり、出ていた汗をふぅとイイ顔で拭いつつ振り返る。 中井出「ふぅ〜、今日も良き歌でござ」 幽香 「───」 中井出「《ンビクゥッ!!》オワッ!?」 で、振り返ったすぐ先に幽香さん。 気配も感じさせず、自然からの警告も無かったために完全に虚をつかれた。 幽香 「いい歌ね」 中井出「お、押忍」 交わす言葉短く簡潔に。 どうやらそう望んでいるようなのでそうしてみると、幽香はフッと笑った。 幽香 「拒否を却下するお願いがあるんだけど、頼まれなさい」 中井出「うわーい本当に問答無用だでも望むところです」 一息でズヴァーと喋るとあっさり了解。 お花が好きなお子が、お花が好きな人にひどいことをする確率はそりゃあ低いとはいえないが、だからって高いとも言えない。 なので頷くと、歩き出す彼女を追うようにのんびりと歩いた。 向かった先は───太陽の畑だった。 歩く中で言われたことはたったひとつ。いたってシンプルなもので、同じ歌を太陽の畑でも歌ってほしい……否、歌えとのことだった。拒否は既に却下済みらしい。 中井出「エ、エクスキューズミー! キャサリンデェス!」 そうして辿り着いた、一面向日葵な景色。 一面向日葵だらけでなんとも眩しい場所だった。色合い的な意味で。 目を輝かせている中井出の様子に幽香は小さく口角を持ち上げ、さあと顎で促す。 エクスキューズミーは完全に無視らしい。どうせナイストゥミーチューの意味も合わせて解らない彼なのだから、真面目に拾われても困るのだろうが。 中井出「了解です。では───」 息を吸い、そして吐く。 呼吸でその場に合った香りと癒しのパターンを分析して、そうしてから歌う。 やがて放たれる歌声は、まず一番近くの向日葵をびくんと跳ねさせ、そこから一気に緊張を広める。一瞬幽香の瞳に不愉快の色が浮かぶが、すぐにそれも消えた。 歌えば歌うほど、向日葵やその傍にある雑草に深い色がこもってゆく。 緑なら深い緑、黄色ならば深い黄色というように、自分が持つべき色を植物自体が深く深く思い出していっているような状況。 これには幽香も驚き、いつでも最大の力で滅ぼしてくれようと少し力が入っていた手は緩み、意識は完全に歌を聞くことのみに傾いていた。 中井出「───、───、……!」 然の歌、というものがある。 およそ人の言葉では表現できないものであり、彼が歌える理由はかつて、ナギーに声自体をいじってもらったからというもの。 さらにいえば然の精霊と契約を交わし、体がそれを歌うための精霊側に順応したからという理由もある。 人の声とは思えない声に幽香は身を奮わせた。 恐怖や怒りなどでは断じてない、深い、しかし静かな興奮ゆえ。 その興奮も歌自身に鎮められるというのに、聞いていれば再び興奮するという不思議。 そんなことを何度も繰り返し、ようやく歌が終わった頃には───興奮、緊張、緩和の繰り返しだったというのに、疲労さえ癒されている自分に驚く彼女が居た。 中井出「ありがとー! ありがとー! いやいやそんなことないって!」 中井出はそんな幽香をほっぽりっぱなしで、植物からの声を耳に照れていた。 なにを願われたのか、ポッと赤くなりツンデレ怒りをしてみせる姿は実におかしなもの。 けれど理由を問われれば“だから”だろう。 敵視するのも馬鹿らしいと心が理解してしまった彼女は、肩の力を抜いてしまっていた。 中井出「あ、力抜けたね」 幽香 「!?」 言われるまで気づかなかった。 途端に肩に力が入るが、その頃には中井出は彼女の後ろに回りこんでいた。 幽香 「なっ───」 中井出「甘し! 敵か味方かも解らぬ者の前で緊張を解くなど! それはこの博光に対して───!」 相手の手が迷わず自分の首に伸びる気配。 その速度があまりに速く、自分は速さには伸びが無いことも知っていたため、彼女は焦りを抱く。 殺されることはなくとも痛手を負うことは予想された。ステップと同時に振り向き、一撃を……と思ったのだが、その頃には手は届いてしまっていた。 中井出「───友達になりましょうと言っているようなものぞ?」 幽香 「《コキュリ》はうぅんっ!?」 ……肩を揉まれた。 同時に刺激された肩甲骨あたりがこきゅりと音を鳴らし、安らぎが一気に体を支配する。 知っている人は知っている、月奏力・慈しみの調べである。 これが発動している限り、殴られようと癒される。 痛みにすら癒しに変換できるものであるからには、急に肩甲骨を襲った痛みも癒しとして彼女の体に走っていた。 幽香 「ちょっ……離しなさっ……」 中井出「ん、OKアマス。でもちょっと待って、妙な毒素が溜まってるから、それを……」 妖怪の腕力で強引に引き剥がそうにも、指圧されている部分を無理矢理動かそうとした痛みすらが癒しにされてしまい、困ったことに振り払うほどの力が沸いてくれない。 あれこれと抵抗しているうちに毒素とやらが抜き取られ、それが決定打。 かくーんと力が抜けた体は言うことを聞かず、とすんと尻餅をついてしまった。 初めての感覚に困惑する幽香。 そんな彼女が戸惑いのままに見上げる彼は、やたら悟ったような顔で─── 中井出「お前は強かったよ。でも、間違った強さだった」 訳の解らんことをのたまったので、とりあえず動く拳で殴っておいた。 腰は抜けているようだったので、左手で地面を押すようにして体を浮かし、右手でこちらを覗き込んでいる阿呆の顎へとショートレンジアッパー。 跳ねる力と振り抜く力が合わさり、あたかもガゼルパンチのような威力を叩き出したそれは、見事に彼の顎を砕き……彼はくしゃおじさんのような顔で空を飛んだ。 ……。 中井出「アイアムライデェン《ジャァアーーーン!!》」 5秒で復活した。 対して、幽香は腰が抜けたままだ。 中井出「おや? 腰抜けてる?」 幽香 「っ……」 ズバリ言われて焦りが生まれるのだが、なにかおかしい。 目の前のこの男が人間であるのは間違い無い。 だとすれば自分に係わろうとする理由など、どこぞの陰陽師やらと同じなはずなのに、言われるままに花に癒しを送り、自分の肩まで揉みだす始末。 場所さえ変えてやればすぐに戦いが始まると思っていた幽香にとって、この状況は明らかに想定外すぎた。 幽香 「だからなに? 私は、これだけあれば十分に戦え───」 中井出「愛っ!」 幽香 「《ゴキャア!》痛ぁーーーーっ!!?」 幽香が体育座りのような姿勢のまま、持っていた傘を閉じ、先端を向けた瞬間。 中井出は烈風奥義で彼女の背後に回り、その腰を“とんねるずのみなさんのおかげです”のホイコーロー先生のようにゴキャアと捻った。 あまりの痛さに飛び上がった彼女だが、その時には既に痛みで腰が抜けた状況からも立ち直っていた。 幽香 「……、……どういうつもり? あなた、いったい……」 中井出「あれ? えーと……花から聞いてないの? あ、あー……そう、そうなの? あのさ、僕陰陽師とかじゃないし、そもそもキミを退治しにくる理由がない」 自然に教えられたことに素直に答えると、幽香は「え?」と心底驚いた。 自然が教えてくれることなど、その花の傍に居る時のことくらいだ。 だからこそ幽香は中井出が陰陽師かなにかだと思っていたのだが、まるで違ったらしい。 中井出「お互い自然に聞いてるだろうけど、自己紹介はしましょうね。 中井出博光。不老不死をやっている旅人です。 各地を回りながら花を植えております」 幽香 「……風見幽香。花を見るのが好きなだけの、どこにでも居る妖怪ね」 中井出「自然はいいよねっ! なにせ裏切らないしっ!」 幽香 「───」 ああつまり、なんだ。彼はそういう人間なのか。 ひどくあっさりと心に染みる言葉があった。 人一人で、妖怪を連れて生きている意味など結局それだ。 ようするに彼は、人間なんて信じちゃいないのだ。 そしておそらく、妖怪だろうがなんだろうが同じ。 信じることを信じようともがいている子供だ。 幽香 「あなたは、信じること───信頼について、どう思っているのかしら」 中井出「ひょ? ……ああ、なるほど。うっはははは! わっかんねーやー! だって俺、信用されるような道、歩いてないみたいだし! や、聞いてくださいよゆうかりん! 俺ね!? そのことについてそりゃーもー考えたよ!?」 幽香 「ゆっ……ゆうかりん……!?」 中井出「いろんな道を歩みながら、信頼することについてどえりゃあ考えたさ! でもね、だめ。信頼しようと思った時点でそりゃ信頼じゃないの。 解っちゃったの。信頼ってさ、こいつを信じようって確認取った時点で違うの。 ンーなこと考えなくても気軽に背中を押せるのが信頼ってもんなんだって」 幽香 「ンッ……こほんっ。……解らないって言ったばかりなのに、あっさり答えるのね」 中井出「うん。だってこうは言ってみたいけど真実なんて知らないし。 教えてもらったって本人が受け取れないんじゃ答えじゃないでしょ? だからゆうかりんが望む信頼の答えはゆうかりんが出すしかないじゃない。 僕に聞かれたって知らないし解らないのです」 どれだけ長生きしても見えないものは当然ある。 どれだけたくさんの意思とともに生きていても、見えない答えも当然。 どれだけ多くの意見が出ようとも、世界中を納得させる答えなんて極々僅かで。 どれだけいっぱいの人の意識が“1+1は2だ”と言っても、否定する人は居る。 人は結局多数決にしか“仕方ない”を切り出せないのだろう。 “仕方ない”だから納得には遠いし、心から認めたわけでは断じてない。 中井出「だから気にしないことにしたのです。 誰も信じない。けど押せる背中はあって、楽しめる相手が居る。 それでいいじゃないですか。信頼信頼ってこだわってた自分がアホに思える。 俺はただ、楽しいを知らない人に楽しいを知ってほしいのです。 そこに俺の信頼なんて関係ないし、信頼してようがいまいが───」 にこりと笑い、あくまで自然な動作で幽香の目の前へ。 中井出「楽しませたモン勝ちなんですよ、世の中ってのはね」 にーう、と幽香の頬を引っ張り、無理矢理笑みを作らせた。 途端、カッと真っ赤になった幽香が拳を振るうが空振り。 驚いた瞬間、幽香の体から血が吹き出て、軽いパニックになった。 幽香(やられた!? そんな……いつの間に!) 否。いつの間にもなにもない。 意識の外からあっさりと接近を許してしまった相手だ。 意識の外から攻撃することくらいはなんてことないのかもしれない。 この私が人間に翻弄されている。 その事実に歯噛みしたくなったが、不思議と口角は持ち上がり、ぞくりとしたものが心に沸き出た─── 中井出「───残像だ」《ザッ───》 幽香 「!?」 ───自分の後方で土を踏む音と、中井出の声がした。そう意識した途端、現実は口角が持ち上がっただけであり、血も吹き出ていなければ傷すらもなかったことに驚愕する。 確かに今、腕や足どころではなく、至るところから血が吹き出ていたというのに。 幽香「幻術!? いつの間に───」 いや、いつの間にどころか、私相手にそれを成功させるなど。 幽香は今までに無い相手の手段に目を見開き、いつの間にか自分の後方へと立っていた中井出へと振り返った。 その先では馬鹿者が真顔で 中井出「これぞ秘奥義幻影無光拳……!」 なんてことをのたまっていた。 幽香「───」 ……ああ、なんだ? つまり、あれなのだろうか。 おちょくられた、のか。この四季のフラワーマスターが。 幽香「…………」 怒るのは簡単だ。 傘を突きつけて、最大の力をぶっぱなしてあげればいい。 しかし、久しぶりに口角を持ち上げてくれた相手なのも確かであり───つまり。 幽香 「困ったことをしてくれるわ。 どんなものに対しても、小さな芽を摘み取るのは趣味じゃないっていうのに」 中井出「“楽しい”の予感、得られました?」 幽香 「芽吹く花が不老不死だなんて、嬉しい限りね。 ……ああ、そういう意味では摘み取ろうとしても摘み取れないのね」 中井出「…………エート。なにやら嫌な予感が」 たらり、と柴田亜美風に笑顔で汗する中井出くん。 そんな彼に、彼女は片手を腰に当て、傘を横に突き立てるようにして自然なポーズで、 幽香「中井出。私のいじり相手になりなさい」 なんてことを笑顔で言った。 友達でもなくボコり相手でもなく、いじり相手になれと。 中井出「友達ならオッケー!」 幽香 「花と友情を結ぶ気はないわ。花は愛でてこそだもの。 その中に、どんなに思いをぶつけても壊れない花があってもいいと思わない?」 中井出「…………」 笑顔で鼻血を流した。 中井出「フ……フフフ。綺麗な薔薇には……棘があるんじゃぜ!?」 幽香 「棘がなかったら薔薇じゃないわ」 中井出「そうですね」 むしろ薔薇なんてガラじゃなかった。 言ってて恥ずかしかったのか、中井出は俯いて顔を両手で覆った。 中井出「じゃあ僕はきみをいじる。いじっていいのはいじられる覚悟のある者だけぞ」 幽香 「へえ……出来るつもりなの《ギパァッ!》」 幽香の目が変異する。 白だった部分が黒に、赤だった部分が深紅に。 口も口角が持ち上がるどころの話しではなく、まるで口が裂けるかのようにギシィイと歯を食いしばった笑みに変わり、その表情のままに中井出を睨みつけた。 妖気も溢れ出し、普通ならば腰を抜かすどころではなく、刹那に頭が死を受け入れるような威圧感が一気に押し寄せる。 中井出「ねえゆうかりん。その睨みも、いじりのひとつ?」 幽香 「ええそうね……あなたが慌てる様が見られるのなら、いいいじりになるわ」 中井出「ウヌ! ならばこちらも───誠意を以って応えねばならんな!」 言った途端にフルブラスト。 中井出を中心に爆発したかのように放たれるマナが、幽香の妖気ごと辺りを支配した。 まるで爆風にでも見舞われたかのような突風ののち、幽香が見たものは……髪を金色、目を深紅にした金色深紅の常識破壊野郎の姿だった。 中井出『ワハハハハハ! 超〜〜〜眼〜〜〜力〜〜〜っ!!《クワッ!》』 幽香 「《ズァヴォゥッ!!》───!!」 眼力一つで体が弾けそうなほどの威圧感に襲われる。 足が震えるなど初めての経験。 気を張っていなければ膝から崩れ落ちる自分の体に、初めて歯噛みした。 だというのに、その原因たる男は暢気な顔で訊ねてくるのだ。 中井出「あのさぁゆうかりん。力で人を押さえつけるのってつまらなくない? こぉんな風にオガーって迫力で人黙らせてさ。 黙らすならこう、さっぶいギャグとかで黙らせたほうがまだ楽しい。 力があるからなに? 最強だからなに? 俺はそんなものより人をからかうことにこそ力を使い、 常識を破壊することにこそ最強でいたいと思っております。 ……なのでひとつ。あなたにとって、強さってなんですか?」 訊ねられたなら答えてやろう。 この、息が詰まるほどの初めての殺気と威圧さえ押し退けるほどの“当然”で。 幽香「強さ。それは、我を押し通すために必要なものよ。 弱きは挫かれ強きが己を貫ける。 そんなもの、昔から変わらないことのひとつじゃない」 なにを今さらとばかりに鼻で笑ってみせた。 すると中井出はプスッと笑い、 中井出「いや、あーた……! 花に囲まれながら鼻で笑うって……!」 幽香 「ギャグじゃないわよ!!」 直後に怒られた。 中井出「先生質問! ……弱きは挫かれるしかないんですか?」 幽香 「当たり前でしょう? 他にどんな道があるっていうの?」 中井出「先生質問! ……強きは挫くしかないんですか?」 幽香 「……だから」 中井出「先生質問! 俺だったら笑わせる! 楽しむ! 挫かず手を繋ぐ! 強いから挫く!? 弱いから挫かれるしかない!? 自分から選択肢を一つにしちまうなんてもったいないでしょうが! なーんでそうやって争い思考で考えるのかなぁもう! なんで!?」 幽香 「それが当然だからで───」 中井出「違うもん! 僕の“当然”、そうじゃないもん!」 やだいやだいと首を横に振って、大人気なく駄々を捏ねる馬鹿がおる。 さすがに幽香もぽかんと呆然。 刹那、中井出アイがギシャーンと光り、烈風脚で一気に接近。 即座に構えた幽香の傘が、腕ごと宙に舞い─── 中井出「残像だ」 幽香 「それはもういいわよ!!」 また残像だった。 ああもういい、完全におちょっくているのだこの男は。 もはや油断すまいと遠慮無用に傘を構え、中井出に向けた先端に力を込めた。 幽香 「私は“動き”においてはそう速いものじゃないわ。ただし火力はどうかしら。 これからあなたへ向けて力を解放するけど───」 中井出「だ、だめですやめてください! そんなことをすれば自然がー! 自然そのものがー!」 言っている間にもごうごうとチャージされる光。 これはまずいと中井出が宙に逃げた途端、それは狙い済ましていたかのように空中の中井出に向けて翳され、放たれていた。 視界を覆う閃光。 飛んで逃げようにも範囲が広すぎ、今さら横に逸れたところでその動作ごと飲まれるのは目に見えていた。 中井出「うるさい《パンッ》」 幽香 「えぇえええーーーーーーっ!!?」 そこで炸裂するリーダーうるさい! 飛んできた閃光を静かな顔でパンと弾くと、光は空へ向けて飛んでいってしまった。 中井出「コココ……愚かよ愚か……! この博光がこれしきを予測出来ないとでも……!?」 幽香 「予測云々以前の問題よ! 放ち続けている光線ごと根元から弾いてみせるって、 どうしたら出来るというの!?」 ホースから勢いよく出た水の一番前を弾いたところで、次ぐ水ごと逸らせはしない。 誰もが常識として知っていることを、その根元からスパーンと弾いてみせたのだ、驚かないほうがどうかしている。球なら弾けば逸れるだろうが、飛んできたのは線なのだから。 中井出「常識破壊が大好きだから出来るとだけ言っておこう! そしてくらえっ! 次はこの博光の番ぞ!!」 幽香 「!」 空中で両手を突き出し構える中井出の背に、18本の剣の翼が出現する。 それはそれぞれの属性色に色を変え、この世界からマナを掻き集めてその色を濃くしてゆく。 各地を旅してマナの花を植えたのだ、それらから掻き集める力は凄まじく、見上げる幽香の顔に明らかな動揺が生まれた。 幽香 「……ふ、ふふっ……!? 力を集めたとして、撃てるはずがないわ! 撃てるのだとしたら、あなたは私の攻撃を空中に跳んでまで避ける必要が───」 中井出「これであの世へ送ってやる……!《ヴゥウウフィィイイン……───!》」 幽香 「……!? ちょ、ちょっと……!?」 力が集まる。 集めたマナの量に応じて光り輝く背の剣翼はまるで太陽のように眩しい。 直視するのも困難なほどに輝き出した中井出を見上げ、幽香はさらに焦る。 あんなものが撃たれたら、私が宙へ飛べば花は無事だとかそんな問題ではなくなる。 あれは、溜められた時点でどうしようも出来ないくらいの“力”そのものだ。 中井出「ビッグバンッ……!」 幽香 「───! くっ!」 そんな力が翼から腕へ、腕から突き出された掌へと移ると、さすがに黙っていられない。 幽香は傘の先端を再び中井出へと向けると、ありったけの力を収束、解放。 幽香「吹き飛びなさい!」 先ほどよりも高い音が耳を貫き、先ほどよりも巨大な光が視界を焼き、中井出へと飛翔した。 だが彼は慌てることなく溜まった力を解放。 かめはめ波、という絶叫ののちに文字通り解き放たれた強大な力は幽香の光の波動をあっさりと飲み込み、勢いをまるで削がれることなく幽香へと襲いかかる。 現実にもゲームで言う技後硬直があるとするならば、幽香はまさにその最中。 傘を引っ込めて避ければ済むであろう状況にあっても、全力を放った彼女にはそれを咄嗟にするだけの力が沸きあがってこなかった。 ならばどうする? ならば。 幽香「───!」 結論は、両手を広げることだった。 自分の後ろにはたくさんの向日葵がある。 それらへの被害が少しでも減るのならと、その身を盾に構えた。 手に持つ傘も弾幕だろうが防げる特別な傘だが、元が花であるそれを盾にするのは躊躇われた。 ……響く轟音。 なんの奇跡も起こらずに光に飲み込まれた自分と、衝撃によって揺れる花たちを肩越しに眺めた。 抱いたものは後悔だろうか。 いじるだのどうのと、無駄に敵を作った結果がこんなものなのだ。申し訳ないと思う。 だから、やり直せるのならば敵としてでなく─── 幽香「……、───」 意識が消えてゆく。 光に飲まれた体は波に攫われるように地面から離れ、やがて力の波へと消えて 中井出「───残像だ」《ザンッ───》 残像だった。 幽香「っ……はっ……え───えぇっ!? だっ……えぇっ!?」 突然全て真っ白になっていた景色が戻り、後方では再び中井出がわざと鳴らした足音。 幻覚だ、残像だといわれても実感がわかない。 自分というものが消えていく感覚すらもがあり、花たちも散ってゆくのを見た。 振り向いてみれば強大なマナの波動を浴びせられたと思っていた草花は……事実浴びせられたようだが、むしろマナと癒しを受け取ったためかかつてないほどに活き活きとしている。 中井出「吹き飛んだ事実さえ幻の光として無かったことにする……! これぞ秘奥義幻影無光拳……!!」 無茶苦茶である。 無茶苦茶であるが…………やり直せる事実に、とすんと腰が抜けて、その場に座り込んでしまった。綺麗な女の子座りを前に、中井出はにこりと笑みつつ手を差し伸べる。 中井出「転んでも起き上がる勇気を。誰かに胸を張れる生き方を。 そういったもん全部をひっくるめた自分のまま、明日へ羽ばたける力強さを。 力とは見せびらかすもんじゃあございません。 暴力を振るうだけが力を見せ付ける方法ではないのです。 強いやつが居るから力を見せるけるんじゃあない。 強い力があるから圧倒的暴力で黙らせるんじゃあない。 そういった力で、恐怖ではなく笑いが生めたら……最高だと思いません?」 幽香 「………」 中井出「明日へ羽撃く力を持つこと。それを人は希望や野望と呼びまする。 そういったものは夢があるから抱ける力強さ。 あなたの夢は、花を愛でる中で見つけた存在を力でねじ伏せること? それともその手で花を愛で続け、花に害ある者を屠るためのもの? 自分から喧嘩売っておいて、その所為で守りたいものが壊されたら笑えません。 だからどうか、誰のためでもない、自分が胸に描く夢のために振るう力を。 人はそれをPowerOfDreamとイウノデス」 幽香 「ご説教ご苦労様。生憎人間じゃないわ」 中井出「種族の壁などピーチパイだ。 俺は相手が鬼だろうがなんだろうが、話し合えるなら笑かすぞ」 言って、ぺたんと座り込んだままの彼女の前によっこいせと屈んで、目線を合わせてから頭を撫でた。 幽香 「ちょっ───」 中井出「強いだけではつまらんでしょう。大人びるだけの大人なんてのもつまらん。 妖怪として生を受け、人よりも長生きできるからこそ知りなさい。 どれだけ大人になろうと何を捨てていこうと、童心だけは捨てちゃあいけない。 何かに憧れる心、何かを楽しいと思って目を輝かせる自分、 そういったものまで捨てちまっちゃあ、生きていくのは億劫すぎるのです」 幽香 「《なでなで……》……〜〜〜……人の頭を撫でるのが、あなたの言う童心?」 中井出「わはは、知らなかったの? 男ってのはみぃんなガキなのさ。 無駄に威張っていたいし無駄に自分は特別だって思いたい。 落ち込むときでさえ“なんで俺だけ”って特別視で自分を見る。 悩む人なんていくらでも居るのです。それを他人に見せないのも意地があるから。 全部を打ち明ける人なんて居やしないって。 みぃんな本当の自分より少しだけ勝っている弱い自分を口にする。 その“少しだけ”を全然埋められない自分を悔しく思いながらね。 だって、頭で思い描く自分って、童心が描く理想ばっかりだもの。 そんな自分になりたいからいつでも描いて、努力をする人だけがそこに行ける」 幽香 「……撫でる理由は」 中井出「相手より自分が勝っていると思いたいって見下しから、 その人を大事にしたいって思う自分のためまで様々あります。 俺の場合は落ち着かせたいからだね」 言われて気づく。 あれだけ尖っていた心が随分と落ち着いていて、撫でられることにもそう嫌悪を感じていないことに。 それどころか森の日向の香りに癒されるように、力が抜けていた足にも力がこもる。 幽香 「屈辱、と受け取っていいのかしら。こうまで気安く触れられたのは初めてよ」 中井出「頭撫でられたくらいでなんだい。 そんなことでいちいち屈辱感じてたら、器が小さいと馬鹿にされるだけですよ?」 幽香 「《ムカリ》」 中井出「《なでなで》……おや?」 ムッとした幽香は手を持ち上げ、自分の頭を撫でる中井出の頭を撫で返した。 きょとんとする中井出に、してやったり顔の幽香は顔を持ち上げて見下すように言う。 幽香 「撫でていいのは撫でられる覚悟がある者だけ。 ……こういう返し方なら何も言えないでしょう?」 中井出「……わあ」 言われてから顔を赤くした。 思えば自分を撫でる存在などあまりにも滅多過ぎた。 しかしまあ覚悟云々を先に口にした手前、払いのけるわけにもいかず─── 中井出「…………《なでなで》」 幽香 「………《なでなで》」 互いを撫でる男女という奇妙な状況がこの後、しばらく続いた。 続いたのち、中井出は花を愛でる以外は特に趣味のない彼女にPWPを贈る。 ナニコレとはっきりと警戒されたがそこはそれ。 機能を説明すると意外なほどにすんなりと受け取ってくれた。 マナパラメータ感知機能、というものに惹かれたらしい。 一言で言うとお花の機嫌や元気度や、空気中に存在するマナと癒しを数値化してくれる機能だ。範囲を決めておけばマナと癒し自体がそれを届けてくれて、花が危険な目に合っている時などにはアラームまで鳴らしてくれる便利機能つき。 離れていても安心の機能だ。 幽香 「使い方は?」 中井出「まずこの側面のロックを解除。それだけで始まります。 あとは持っているだけでもほぼなんでも出来ますよ。 思考を読み取ってくれるんで」 幽香 「ふぅん」 持ってみる幽香の図。 おそるおそる触れ、画面に映った綺麗なCGにほう、と溜め息。 言われた通りにいろいろ考えてみると、画面はあっさりとお花方面に変わる。 お花図鑑やらお花の健康のためにやら、花に関することの様々がそこにはあった。 この時代では知ることの出来ない未来の花や、それらに関する知識や経験。 架空の花のことまでもが書いてあり、それを見ているだけでも幽香の目は輝いていた。 そんな幽香に他の機能───チャットや魔物ハンターなどのゲームのやり方も教え、それじゃー、とお別れ。 画面に夢中な彼女はさよならの挨拶も忘れ、太陽の畑でPWPに熱中していた。 PWP、というよりは花の情報に夢中だった。 なにせ写真モードに移るとPWPからその花の香りまで放たれる無駄な豪華仕様。 その香りにやられた幽香はご機嫌だった。 ただそれだけのことでございました。 ……。 太陽の畑からの帰り道。 中井出はこれからのことを少々考えてみた。 妹紅も随分と旅に慣れた。 こいしとさとりとも大分仲が良いし、笑う時間も増えている。 自分の目的は旅をしながらマナの花を植えることであり、あまり一点にとどまることは良いことではない。 中井出「そろそろ別の場所、行ってみるかなぁ」 源頼光による鬼退治はまだ行われていない。 それがいつ頃起こるのかも詳しくは知らない中井出。 調べれば簡単に解るだろうが、困ったことにこの世界に自分らが居た世界での歴史的常識が通じるかは解らない。 よく知る有名な存在が女性になっているという時点でいろいろ曲がっているのだ。 この世界では鬼退治なんてしない可能性だってあるし、そもそも酒呑童子が鬼の長ではなく四天王の一角だった時点で話が違う。 中井出「……しばらく様子見も兼ねて、ぶらついてみますか。 それでもこたんが平気なようなら───」 また、一人で。 そう思い、彼は移動を開始した。 Next Menu Back