14 ───小鳥のつがいが身を寄せ合って朝の歌をさえずっている。 そっと手を伸ばす。碧玉のように輝く羽毛に一瞬手が触れる、と思う間もなく、二羽の小鳥は音もなく飛び立つ。 椅子から立ち上がり数歩後を追うが、すぐに金色の細い格子に行く手を遮った。小鳥たちは格子の隙間から青の空へと消えてゆき……それを、アスナは静かに見送った。 アスナ「………」 こんな日が六十日近くも続いている。 どことも知れぬ場所、起きて寝るしか出来ない大きな鳥かごの中、何を望まれて閉じ込められているのか。 あの瞬間、ゲームは終わったはずなのに、何故自分は兄の死を目の前にしてまで、まだゲームに囚われているのか。 アスナ「───」 あの瞬間を思い出すたびに罪悪感と嗚咽が湧き上がる。 目が滲み、涙がこぼれれば泣く以外に選択肢はなかった。 どれだけ泣けば乾いてくれるのかも解らないこの涙腺を、いっそ枯らしてしまいたいほどに泣いたあの日は遠い。 今ではあんなにも泣けなくなったことが、人の死に慣れてしまう自分を受け入れさせているかのようで、それはとても残酷なことだと俯いた。 小鳥 「チ、チチチ……」 アスナ「……グスッ…………また、来たの……? さっきのもう一羽は……? そんな、チュンチュン鳴いて……あ、はは……。 もしかして、フラレちゃったのかな……?」 小鳥 『甘いな……』 アスナ「!?」 ビクリと肩が跳ねる。 マテ、今この小鳥、喋った? 小鳥 『チュンチュン鳴かねぇ鳥だって…………いるのさ……』 アスナ「え? えっ? えぁぇっ……!?」 小鳥 「少女よ…………お前さん、まだ…………若そうだな…………? 世の中にはまだまだ───解き明かされていない神秘ってものが…………。 ……あるのさ」 アスナ「………」 呆然。 しかしこの場へ来訪者が来ると、その鳥はアスナの肩にシュバッと乗ると、来訪者を迎えた。 ……鳥かごを開ける男の顔を見るや、アスナの表情が嫌悪に変わる。 ?????「やあティターニア。元気にしていたかい?」 アスナ 「そんな呼び方はやめて。私はアスナよ」 ?????「そんなつれないことを言わないでおくれ。きみはティターニアだ。 世界樹の高みで静かに暮らす美しき妖精さ」 アスナ 「やめてって言っているでしょ、オベイロン……いえ、須郷さん」 須郷と呼ばれた男、この世界の王たる存在妖精王オベイロンは、口をギパリと歪めていやらしく笑う。 興醒めだなぁ、などと大げさな身振りとともに吐き出すが、醒めるどころか楽しくて仕方がないといった顔だった。 ───須郷伸之。 この世界、アルヴヘイムオンラインの管理者であり、オベイロンを自分のアバターとして持ち、王となって踏ん反り返っている……レクトプログレスのフルダイヴ技術部門に務めている存在。 アスナの父の部下であり、家族同然に育った存在であり、寝たきりのアスナの婚約者として立った存在であり……その婚約者を強制的にログイン状態にしたまま、他299名とともにゲームに閉じ込めている存在そのものだ。 オベイロン「いったいいつになったらきみは、僕の伴侶として心を開いてくれるのかな」 アスナ 「いつまで待っても無駄よ。知り合った頃から今まで、 あなたがいい人だと思ったことなんて一度だってない」 オベイロン「おかしなものだなぁ。僕はきみにやさしく接した筈なのに。 どうしてそこまで嫌われているのかなぁ」 アスナ 「……あなたの目が、人を人として見ていないからよ。 人を見る目がモノを見る目でしかない。利用価値がなければ、 人としても見ない人にどうやって心を開けっていうのよ」 オベイロン「利用価値。……ああ、あの薄汚いボロ雑巾のことを言っているのかい? それは心外だなぁ……あんな才能もない人間以下の拾われものを、 どうして人として扱わなければいけないんだい……?」 須郷がソッとアスナの髪に手を伸ばす。 払おうとしたが、意識した途端に腕が動かなくなる。 ゲームマスターの権限行使により、抵抗の一切が封じられているのだ。 オベイロン「《ズベシィ!》いだぁっ!?」 しかしアスナは動けなくても、小鳥が羽で叩いた。 鳥の羽が当たった程度で大げさに痛がる須郷に、アスナはきょとんとしたのちに笑いたくなった。 オベイロン「な、なんだぁ!? このクソ畜生めが! 妖精王たる僕に、よくも攻撃を───」 小鳥 『ちゃんとやれ須郷さん?』 オベイロン「へぇっ!? ……な、なんだ? なんで喋る? 他のデバッガーの悪戯か? チッ……おい、ふざけている暇があるなら仕事を───」 小鳥 『いやだなぁ須郷さん。仕事ならしていますよ。 今からこの上空に空中都市を創ります。 グランドクエストなんだから、嘘つきっぱなしはいけないでしょう』 オベイロン「なんだ? なにを言っている? 僕の命令は絶対だぞ! そんなものを用意する必要はない! プレイヤーどもは馬鹿みたいに用意された設定の上で踊っていればいい! 在りもしない空中都市なんてものを求めて、 攻略不可能な道を街頭に群がる害虫のように空を飛んでいればいいんだ! この世界では僕が王! 僕が絶対のルールッ! ヒヒェエエハハハハハ!? ハァ〜〜……! 僕とティターニアの愛の楽園に住まわせてやってるだけ、 ありがたいと思うべきなのさぁ……!」 アスナ 「攻略不可能って……───あなた!」 アスナがオベイロンを睨む。 と、オベイロンはベロリと舌なめずりをしてニタァと笑った。 オベイロン「そうだよぉ? 攻略なんて出来やしない。 世界樹内部の塔に居るガーディアンは最強クラスだし、 一体どころか、望めば何体だって無限に出せるんだぁ……フヘェエヒヒヒ! やつらは僕ら二人の暮らすここを見上げるだけ……そして僕らは、 そんななにも知らないハエにも劣る害虫を見下ろす王なのさ」 アスナ 「あなたはっ……どこまでっ……!」 オベイロン「結城社長が許可してくれた結婚式までまだ大分ある。 それまで、ちょっと早いけど新婚生活といこうじゃないか。 ここはふたりの楽園なんだから」 再び手を伸ばし、アスナの髪に触れようと オベイロン「《ズベシィ!》いたぁい!!」 またしても小鳥に叩かれた。 痛みに思わず仰け反り、距離を取ったオベイロン……の傍まで飛んだ小鳥は、ボソリと言う。 小鳥 『ちゃんとやれ須郷さん?』 オベイロン「な、なんなんだよお前はぁ! もういいって言ってるだろぉ!? 空中都市なんか必要ない! この青空の下、僕たちは幸せに───」 小鳥 『あー、それなんですけどねぇ須郷さん。 さっきまでの会話、全部録音させてもらいましたから』 オベイロン「───……へ?」 小鳥 『いやー、これを一般公開したら、須郷さん殺されるかもしれませんね。 社会的にも物理的にも。この世界では王かもしれませんけど、 現実では茅場にいつまで経っても勝てないィイイって叫んでた人ですし』 オベイロン「待て……待て待て待てェエッ!! ……なんでそれを知ってる? それはっ……それは、あの、無様に死んだ拾われ物しか知らない筈じゃっ」 小鳥 『あなたとこの人が結婚? ご冗談を。似合いませんって。 だから……バラされたくなければお引取りを。 あ、大丈夫。この世界をどうこうしようって気なんてさらさらないです。 ただし、空中都市は創りますよ? “一つの世界で終わりを迎えた”お陰か、力戻ってますけぇ』 言うや、小鳥は片方の羽をバサァと天へと掲げる。 すると青い空に白と黒、赤と青の色の渦が現れ、虚空を捻じ曲げるように混ざると……そこに巨大な要塞が出現する。 オベイロン「なっ……な、ななっ……な、あああっ……!?」 小鳥 『サーバーを受け取って、大した改変もせずにそのままデータを流用。 そんなことをすれば、そこに残った意思を集められてしまうのは当然さ。 ……巨大浮遊城アインクラッド。 残したデータにすがらなきゃなにも出来なかった王さまさんよぉ、 あんたがそういう人だったってことだけは今は感謝しとくよ。 お陰で、機械に“意思”として残れた。 まあそのー……肉体はとっくにあの義母に火葬されただろうけど』 オベイロン「きさっ……貴様っ、まさかっ! 茅場っ……茅場先輩!? またか! またあんたがぁっ! あんたはいつもそうだ! いつもいつもいつもいつも! 僕の先をいって! 僕がどんなに努力しても! どれだけ苦労しても! なんでもないふうに人の前にぃいいっ!!」 小鳥 『え? いえ、人違いですけど』 オベイロン「え? あ、そうですか……」 小鳥 『うん……』 オベイロン「うん……」 とても気まずくなったという。 小鳥 『まあ、ともかく今は帰ってくださいよぉ。 別に王のままでも構いませんよ? 邪魔なんてしませんし。 ただしアスナには手出しさせません。 脳にアクセスして自由に操るってことからも解放させてもらいます。 ログアウトさせる権限を奪えなかったのは、 茅場の頃からの相変わらずな仕様みたいだけどね』 オベイロン「王で……王である僕が、なぜきみみたいな畜生の言うことを───」 小鳥 『ちなみにあのアインクラッドには、 初期の頃に死んだ人の意思も残ってます。 きみを茅場ですって言って突き出せば、正々堂々殺してくれますよ?』 オベイロン「こ、殺す? 出来るわけがない。出来たとして、何度でも蘇れる───」 小鳥 『鳥に叩かれた程度で痛かったのに? 蘇った先でまた殺されるのに?』 オベイロン「───」 ぎくりと心臓が跳ねた。 まさか。 そう思い、システムコマンドを操ろうとする…………が、コマンドが受理されない。 オベイロン「えっ……な、なんで!? どうして!」 小鳥 『ペイン・アブソーバ、妖精王オベイロンのみをレベル5に設定』 オベイロン「ひっ!?」 ペイン・アブソーバ。 いわゆるこの世界で受けた痛みを脳が感じるレベル。 脳というのは達者なもので、攻撃を受けたと強く思えば、そこに傷が出来るという奇妙な実例もある。目隠しした状態で熱くもないものを押し当て、突いた痛みのみで熱さと誤認させてみれば、火傷をしていたという……そういったもの。 そのレベルは3以下に下げると現実の体にも影響が出るというものであり、それは管理者のみが操作する権限を持っている。 つまり─── オベイロン「《バゴォン!!》ひぇびゅああぁあっ!!?」 小鳥の影から筋骨隆々の拳が飛び出すと、オベイロンの頬を殴ってみせた。 普段ならヒットエフェクトが出て多少痛い程度で済むそれだが、妖精王はうずくまり、あまりの痛さに絶叫。涙を流してのたうちまわった。 小鳥 『殺す、の意味……解っていただけた?』 オベイロン「ひ、ひぃいっ……ひぃいっ……!!」 小鳥 『俺ねぇ……楽しみの場を利用されるの大嫌いなんだ。 夢の詰まった仮想世界なのに、 てめぇ勝手に殺しの場にしたり、果ての無い世界にしたり。 貴様らはいつもそうさ。楽しみはこれからだって時にいつも邪魔をする。 だから今! 余がここで! 奪われるものの気持ちを教えてやらねばなるまいて!』 小鳥が、自分の影から飛び出た黒に飲まれる。 するとそれは人の形を取り、やがて黒から人の色へと変わってゆく。 アスナ 「っ───!」 オベイロン「おっ……おまっ……お前はっ……あぁああっ!!」 ナナシ 「どう? 人の夢は抱けました? 財産狙いの卑しい馬鹿者さん」 オベイロン「死んだはずなのに! 死んだはずなのにぃいっ!! データにしがみついた亡霊が! お前が居るからっ……お前が居たから、ティターニアがっ……! アスナが僕を見なかったんだぁああっ!」 叫び、立ち上がり、手を翳す。 オベイロン「システムコマンド! オブジェクトID“エクスキャリバー”をジェネレート!」 ナナシ (えーと、エクスキャリバーね。ほい、ジェネレート) 再び叫ぶと、その手に金色の剣が出現する。 この世界の最強の剣らしきそれは、妖精王の手で鈍く輝いた。 オベイロン「こここ殺してやる! もう一度死ねば、貴様はもうお終いだぁああっ!!」 ナナシ 「すうっ───ぎゃあああ! 人殺しぃいいっ!!」 オベイロン「《びくぅっ!》ひっ!?」 ナナシ 「……はいはい、覚悟もねぇやつが戦場に立つんじゃあありません」 オベイロン「《ガゴドォンッ!!》えびゃあっ!? あ、がぁああ……!!?」 人殺しという生々しい言葉に停止した妖精王が、頭を掴まれ地面に叩きつけられた。 それだけで痛みのあまりに嗚咽をもらし、がたがたと震えて動かなくなる。 ナナシ 「この世界は自身の身体能力がモノを言う世界でしょうに。 コチコチのクソ石頭で運動神経ゼロなキミが剣を持ってどーしますか。 妖精王でしょアンタ。魔法使いなさいよ魔法。 意外性を突かれすぎて私は大変驚きました」 オベイロン「う、うるさぁい!! 貴様なんか、貴様なんかぁああっ!!」 強引に立ち上がり、剣を振るう。 と、それは切れ味だけは確かだったようで、ナナシの首を遠慮なく切断してみせた。 思わずヒャハッとしゃっくりをするように笑みがこぼれたが、直後に吹き出た血液が顔面にかかり絶叫した。 オベイロン「アァアアアーーーーッ!!!? 血が、ち、血ぃいいいいっ!!? そんなっ! ここは仮想世界でっ! 血、血なんて出るわけがぁあっ!!」 声 『……人殺し』 オベイロン「はっ……!?」 声 『人殺し……』 オベイロン「え、え……?」 途端、ナナシの体は崩れ、首から血を流す。 殺したはずなのに消えないそれは妖精王に恐怖を与え、それどころかあちらこちらから人殺しという声が聞こえてきた。 オベイロン「ち、違う……僕は殺してない! こ、これはゲームなんだ! 殺したって死ぬもんか!」 声 『きみが斬りかかった瞬間、この世界はデスゲームと化していたんだ……。 だからきみは人殺し。すぐに外の世界にも知られることになるでしょう』 オベイロン「ち、ちがっ……違う! そもそも挑発したこいつが悪いんだ!」 声 『車に乗って人を撥ねたら、そんな言い訳が通じるかな。それと同じさ。 安全運転してたのに子供が飛び込んできて轢いてしまった。 誰かに突き飛ばされたのでもいい。きみは子供を轢いて、殺した。 それと同じさ。きみは殺した。殺したのさ。この人殺し』 オベイロン「〜〜〜っ……ヒッ……ヒエエエエァアアアアアッ!!!!」 絶叫。 首をぶんぶんと横に振るい、ふらつく足で懸命に地を蹴り───妖精の王は、鳥かごから逃げ出していった。 ……ご丁寧に最強の剣を落として。 ナナシ「幻術も見分けられない妖精の王って……」 それをチャキリと拾うと、とほーと溜め息を吐くのはナナシ。 剣を黒でコピーすると、すこんと地面に突き立てた……ところで、いい加減視線に気づいてちらりとアスナを見る。 両手で口を押さえるようにしてぽろぽろと涙する姿。 信じられないものを目に、しかし驚愕よりも喜びがそれらを凌駕した瞬間に彼女は走り、ナナシへ飛びつこうと─── ナナシ「裏切り者」 ───したが、その足が止まる。 ナナシ「よくもあの時、 自分がボスに設定されて殺されるかもしれないだなんて思ってくれたな。 絶対にもう裏切ったりしないって言ってたくせに」 アスナ「お、兄ちゃ……」 目の前が暗くなる。 死んだと思っていた人が目の前に居る事実に喜んだ心が、一気に冷たいものへと変化した。それは罪悪感という心の重り───なのだが。 拒絶したと思われた彼は、にへりと笑って言葉を続ける。 ナナシ「って言ってほしかったでしょ? 許すもなにもないから気にしなくていいよ?」 アスナ「───……え?」 どうして、と。 声は出ず、口だけが動いた。 その反応にナナシこそが頭を掻く。 ナナシ「みんなさ、そもそも誤解してるよ? きみら、いつ俺を裏切ったの? 須郷さんにサーバーごと取り込まれて、 その中でSAOに宿った意思を読み取ってみればどうだい。 やれみんな“裏切ってしまった”だのなんだのって。 あの場面で自分が殺されるのかもって思うことが裏切り? 馬鹿言うねぃ、あんなもん当然の反応だ。 だからそんなもんだよねって言ったじゃん。当然の反応なんだから」 アスナ「で……も……人間の絆なんて、って……」 ナナシ「離れたきゃ離れりゃいい。そこで初めて縁が切れるんだから。 離れる相手にも離れない相手にも、俺はそれぞれの意味で容赦しませんよ? あ、それと。その証としていっぱいのごめんなさいを意思から貰ったから、 もうごめんなさいとかは勘弁。許すも許さないもないんだから」 そんなことが許されていいんだろうか。 だって、結局あなたは死んでしまったじゃないか。 ずっとゲームの世界に囚われていた自分では、外で彼の体がどうなったのかなんて解らない。それでもSAOがクリア扱いになったのなら、彼は確実に死んだはずなのだから。 ナナシ「ままま、別に俺、あっちの世界に未練無いからいいって。 むしろゲーム世界に残れたのはステキな奇跡さ。 ボスになったからか茅場が残してた管理ID権限も使えるようになったし、 茅場のアイテムストレージにあった世界の種、ザ・シードも手に入ったし」 アスナ「しー……ど……?」 ナナシ「あぁもう泣かないの。怒ってないったら。シードってのは……えーと。 この仮想世界を創る種みたいなもんさ。SAOとかの骨組みみたいなもの。 仮想世界版の……えーと。RPGツクールみたいなもんだ」 アスナ「?」 ナナシ「あ……ツクール知らないんスヵ……」 弱った顔で目を線にして、コリカリと頬を掻く。 しかしすぐに説明を再開させると、アスナにも解り易い形でそれは落ち着いた。 ナナシ「これがあれば誰でもSAOみたいな仮想世界を創れる。 ま、もちろん管理は大変だけどね。 俺はいっそ、そういった世界を全部繋げて、 デッケェ仮想ワールドを創りたいって思ってる」 アスナ「……お兄ちゃん……でも、現実には……」 ナナシ「外の本体はもうキミのママンに燃やされたでしょーよ。 きっと喜んで燃やしたよ? ザマァ! ウッシャシャシャシャシャ! って」 アスナ「〜〜〜〜……《ぽろぽろぽろ……》」 ナナシ「ギャヤヤァアアアア!! ごめんなさい!! ママンのことそんな悪く言っちゃだめでしたね! キミのママンは勇者さ! 魔王を火葬した勇者さ!」 余計泣いた。 そもそもどうして泣いているのかを正しく理解していないために、フォローする度に涙の粒は大きくなった。 ナナシ「えーと、まあ。死んだからね、俺。もう現実には戻れないよ。 ま、GODが約束守ってくれたから、 ひとつの世界が終わってもこうして生きてるんだろーけど」 そう言うナナシにアスナは近づき、その体に触れた。 ……触れる。実体がある。 世に言う幽霊のように触れられなかったらと怖がっていたが、触れられる安心感にまた涙する。 ナナシ「須郷さんにはああ言ったけどね、あっちの世界で死んだってだけであって、 元々の俺はこうして生きてますよ? 仮想世界を生きるだけの存在になっちゃったけど、生きてます」 アスナ「そんな……そんなのって……」 ナナシ「はーいはいはい泣かないの。 あの場面で死んでも平気だったのが俺しか居なかったんだから仕方ないでしょ? それとも茅場に続いて別の誰かを殺せって? やだよそんなの、俺を殺す気の誰かが居たわけでもないのに」 殺していいのは殺される覚悟を持った者だけ。 いつか言っていた言葉を思い出し、アスナはナナシの顔を見たままにまた、涙をこぼした。 ナナシ「あぁもう泣き虫だなぁアスナは。SAOでちっとは強くなったと思ってたのに」 アスナ「だって……おにいちゃ……死んじゃっ…………ふぇっ……ふぁああん……!!」 ナナシ「あー……」 とうとう完全に泣き出してしまったかつての義理の妹を、キュムリと胸に抱いて頭を撫でた。落ち着くまでを決して慌てず、ずっと、ずっと。 ナナシ「あ、ちなみに……システムに潜って管理者権限の全てを全部俺に移したから、 今さら須郷さんが何をしようがなんにも出来ないから安心をし。 現実世界からアクセスしようとしても無駄。 メインシステムが積まれてる機械をぶっ壊しても無駄。 何故って、もうザ・シードごとの仮想世界そのものが、 武具宝殿と繋がっております。この世界こそがもはやナナシにござる。 ナーヴギアでもアミュスフィアでも、 被ってモジュラー繋げてリンクスタート唱えりゃいつでも来れる」 アスナ「いつでも……? ほんとに……?」 ナナシ「おうさ。なんならケータイとかいうものにデータ移せば、 いつでも話し相手になれたりもするよ? まあ、あくまでキミが俺を忘れるまで───いや待てよ? もしやするとゲームシステムの一部として忘れられないかもしれない。 ……なんだいいじゃん仮想世界! ───ぼ、僕っ! メンタルヘルス・カウンセリングプログラムの中井出博光っていいます! SAOを始めとした基盤システム“カーディナル”そのものといっていい! ……こ、これだけ大げさに言っておけば大丈夫だよね!? ね!?」 アスナ「………《ぽろぽろぽろ……》」 ナナシ「急にこんなこと言われても解らないよねごめんなさい!」 そして慌てる兄(元)。 しかし気を取り直すと説明を再開。 そもそも自分はSAOのシステムであるカーディナルを取り込んだ状態にあるから、人々がSAOやALOを忘れない限り忘れられることはないのだと話した。 ザ・シードを用いて新たなゲームが創られれば、それを切っ掛けに人の記憶に残れるとも。もちろん話されたアスナは意味も解らずとりあえず頷いておくことしか出来なかったが、それが正解なのだろう。 つまりはそこに居るということなのだから。 アスナ「じゃ、じゃあ私ももうログアウト───」 ナナシ「それはだめ」 アスナ「なんで!?《がーーーん!》」 大驚愕に素で驚いたという。 ナナシ「だってキミ囚われのお姫様だもの。これからは俺がオベイロンになるから、 きみはえーと……邪魔だねこの鳥かご」 システムをいじると鳥かごが消える。 一緒にベッドやら鏡やらも消えて、自由の身となる。あくまでこの世界樹の上で。 ナナシ「キリトらが助けに来るまでここに居てやりなさい。 俺はきちんとここまで来たやつらにずっと飛べる翅をプレゼントせねば。 あ、でもてっぺんに到達した“種族に”ってのはひどいよね。 何もしてなくても誰かが届けばその種族全員だよ? 頑張った人が可哀相だ。 なので辿り着いた者のみにプレゼントすることとする! システムコマンド! プレイヤー全員にイベント告知!」 ならばやっちまえとばかりに彼は実行。 これが期間限定イベントだとばかりにプレイヤーにメッセージを飛ばした。 ナナシ「はふぅ、これでよしと。 あ、ところでだけど、須郷さんのこと須郷さんって呼んでるのには理由があって、 べつにやつに敬意とかは全然払ってないから安心をし? むしろ“ちゃんとやれ須郷さん?”って言葉を使いたかったから言っただけ」 アスナ「ぐすっ……もうっ……またよく解らないこと言って……」 ナナシ「僕ですもの」 ほんとは“ちゃんとやれ須藤さん”だけどね、などと訳のわからないことを言って、彼はアスナの頭を撫でた。 懐かしい感触に安心すると、今まで心労が溜まっていたのだろう。 ゲームの世界とはいえ疲れていたらしいアスナは立ちながらも、ナナシに寄りかかるようにして気絶するみたいに眠ってしまった。 ナナシ「おわっとと!? どれだけ気ぃ張ってたのキミ! や、そりゃあ相手があの変態須郷なら解らんでもないけど!」 無理矢理倫理コード解除して襲ってきそうだもんなぁとか思いながら、ヤレヤレと苦笑して抱き上げる。いわゆるお姫様抱っこだ。 歩いてゆく先は世界樹内部。 最初こそ管理者のスタッフルームめいていたそこは既に改変され、名が示す幻想的な創りになっていた。むしろ内包する世界フェルダールを混ぜたようなものとなり、SAOプレイヤーがトラウマを働かせないようにとアインクラッドも調整。 様々な階層を融合させた巨大都市となり、名前は空中都市ノヴァルシオと設定。 巨大な庭園ともとれるそこには、アインクラッドのいいところとノヴァルシオのいいところばかりがくっつけられている。 どうせなら楽しみたいだろうし、という感覚だけで作った場所だ。 ナナシ「チャレンジ精神大いに結構! 外側から飛んでの進入が不可能になってるようだが、 そんなもんは管理者側の勝手な都合! 飛翔で来るならどんとこい! でも正式な通路を使わないとは何事ですかとばかりに、 強いガーディアンを用意しましょう。 あ、その所為で塔の内部警備が手薄、とかいいかも」 全力で楽しむ気満々なようだ。 にっこり笑顔のままに歩き、これからのことを考え、思い出し笑いでもするかのようにグオッフォフォ……!!と笑った。 ───……。 一方の地上、シルフ領スイルヴェーン。 すずらん亭の二階は、リーファが言っていた通り宿になっていた。 そこで部屋を取ると早速ベッドに寝転がって息を吐き、寝てしまった。 窓からはすっかり朝の日差しがこぼれており、ログアウトするまでもなく翌日を迎えた事実に頭を掻く。 昨夜は……金が無くて部屋が取れないなんてオチにならないかと思っていたが、どうやらSAO時代に集めた金はそのままコンバートされていたようで、初期なのに大金持ちだ。とんでもない金額が飛び込んできて、しばらく硬直したくらいだ。 初期装備で一年近くも攻略されてない場所に突っ込むわけにもいかないし、バザーかなんかがあるならそこで、いい武具でも購入しよう。 キリト「問題は……シルフ領のバザーにスプリガン用の武具があるか……だよなぁ」 ぼやきながらもベッドに寝転がったままにメニューを出現させる。 リーファが来るのが午後三時。現実の時間は……まあ今の風景とそう変わらないに違いない。こっちだけじゃなく、現実の体にもメシを食わせてやらないとと、流れる操作でログアウトのタブを出現させると、あとは確認メッセージの○に触れるだけ。……だったのだが、管理者メッセージというものが届いた。 管理者という文字に嫌悪感を抱きそうになったが、見てみないことには始まらない。 キリト「メンテとかだったら勘弁だぞ……この急いでるときに、それだけは……!」 開いてみる。 ……と、それはイベント開始の告知だった。 ◆現在ログイン中のプレイヤーにティターニアからの秘密の手紙! 私は今、世界樹の上でしたくもない結婚を迫られています。 もしここまで来て助けてくれるのなら、 辿り着けた方にのみ高位種族である“アルフ”に昇華する奇跡を与えます。 どうかここまで来て私を救ってください。 塔のガーディアンはなんとかして数を減らしておきます。 どうか、今のうちに……! *種類:イベントクエスト/守護者の居ぬ間に世界樹を攻略せよ! クリア条件:世界樹攻略 クリア報酬:辿り着けた者“のみ”アルフへの種族昇華許可 失敗条件 :一度でも死んでしまう。一度失敗すると再挑戦には時間がかかる。 ◆同時進行クエスト/別次元の扉 妖精王オベイロンが空中都市の安定に伴い、元からある空中都市とは別の、 大樹ユグドラシルを中心に枝が密集した浮遊要塞エーテルアロワノンを出現させた。 別称をユグドラシルシティとしたその要塞は、 そこから様々な世界へと飛べる新たな拠点となる場所。 別の世界でも同様に空を飛べるので、アルフへ昇華し様々な世界の空を堪能しよう! しかし要塞出現の際におかしなものまで呼び出してしまい、 それは妖精王の姿を真似ると偽の王として要塞に君臨した。 力を合わせてでもソロでも、ともかくおかしな性格の妖精をブチノメそう! *種類:イベントクエスト/大樹が導く新たなる世界 クリア条件:偽オベイロン討伐 クリア報酬:攻略後に新世界のVRMMO世界へ侵入。 ステータスなどはそのまま。 失敗条件 :逆にブチノメされる。デスペナルティ無し。 何度でも挑戦可能。 現在の世界数:アルヴヘイムオンライン、博光の野望オンライン ……。 キリト「イベントクエスト!?」 ログアウトしようとしていた手を止める。 そうしてからもう一度文字列を端から端まで読むと、ギッと歯を食い縛った。 キリト「このタイミングで、なんてことしやがる……! これじゃあ世界樹に人が殺到して、救出どころじゃ……!」 すぐにでも向かいたいところだが、約束したリーファは居ない。 一人でも───と一瞬でも考えてしまったが、約束したのだ。もう裏切りたくはない。 キリト「っ……」 待とう。 むしろ人がそれだけ向かうのであれば、遅れようとも攻略する手段が増えると考えればいい。 この影響で、プレイヤーとの戦闘が増えようとも、必ず……辿り着くと誓う。 ……というかこの博光の野望オンラインって。もうちょっといい名前はなかったのか? ───……。 ヒョ〜〜〜〜ッ……どすんっ! シリカ「ふぎゃんっ!?」 一方その頃の遠方の森に、どすんと落下する存在。 新たに始めれば意地でも落とす気なのか、尻餅をついたシリカは涙目になりつつ現状の確認に努めた。 ログアウト機能と初期装備を調べるのは基本。 それが済むとアイテムやステータスを見て、ステータスの時点でSAOの能力が引き継がれていることに驚愕。アイテム欄が????で埋め尽くされていることに呆然としつつ、努めて冷静になにか使えるアイテムは残っていないかと確認してゆく。 スクロールしていくが、どれもこれもが???だ。 何処になにがあったのかを思い出してみれば、その名称の字数の分だけ“?”が続いていた。愛用のフォルセティがクエスチョン6つの文字列になってしまっているのはとても悲しい。 けれどその中から????ではないアイテムを発見。 見たことのない名称に、軽くポンとクリックしてみれば───虚空に出現し、慌てて掌で受け止めたそれはまるで小さな宝石のようで……ツンとつついてみればあっさりと砕け、光を発した。 シリカ「え? えっ!? えぇえっ!!?」 慌てる少女。 種族をケット・シーに選んだ彼女の髪がぱたぱたと揺れ、ずっと気づかれずに後ろに居た動物の鼻をくすぐった。 くしゅんとくしゃみが聞こえ、「ひぃうっ!?」と物凄い速さで距離を取って振り向く。……と、そこには見慣れてはいたが、もう会えないだろうと思っていた竜が。 シリカ「え……ピ、ピナ?」 ピナ 『キュ』 フェザーリドラ、ピナであった。 どうして、なんて思う必要などなく、シリカは空いた距離の分だけを走り。 ピナもまたシリカに向かって飛翔し、今まさにやさしき抱擁が《ドッガァ!》 ユイ「ふびゅうううっ!?」 ……宝石が砕け、そこに出現した少女をマッシュすることで、妨害された。 シリカ「わぁああっ!? あ、あれっ!? ユイちゃん!? なんで!?」 わたわたと慌てるが、目を回してぽてりと倒れるのはSAO時代にカーディナルのAIとして存在していた少女、ユイだった。 もしかしてさっきの宝石みたいなアイテムは、ピナが死んでしまった時のようなアレ……ユイの心、的なアイテムだったんだろうか。 たらりと汗を掻きつつ、抱き起こしたユイはぷるぷると頭を振るうと目をあけた。 ユイ 「あうぅ……シリカさん、ひどいです」 シリカ「ご、ごめんねユイちゃん……でもあの、どうして? ここ、SAOじゃないのに……」 ユイ 「え……えと。ちょっと待っててくださいね」 言って、ユイは戸惑いつつも左耳に左手を当て、目を閉じた。 カーディナルにアクセスし、現状の把握を開始したのだろう。 ユイ 「……どうやらこの世界はSAOのサーバ−のコピーのようですね。 基幹プログラム郡やグラフィック形式は完全に同一です。 わたしがこの姿を再現出来るのも、そのためだと思います」 シリカ「あの。じゃああたしのデータが残ってたのは?」 ユイ 「セーブデータのフォーマットがほぼ同じなので、 似通ったステータスやカーディナルシステムに直接通じるようなアイテムは、 こうして残ったのかと思います。 それ以外の破損データは破棄してしまったほうがいいです。 もう使えませんし、このままではエラー検出プログラムに引っかかって……」 シリカ「……? ユイちゃん?」 ユイ 「あ、いえ、待ってください。破損データ修復プログラムが動いて…………」 シリカ「?」 破損データ修復? 首を傾げながら、破損データの確認のためにアイテムストレージを開いた。 すると、????だったアイテム郡が全て元の名前へと戻っていた。 ただしアイテムの横にカッコがついており、そのカッコ内には…… シリカ「……ワールド・ソードアードオンライン内入手アイテム……?」 ユイ 「あ……シリカさん、システム通知を覗いてみてください。 ゲーム管理者からメールが届いています」 シリカ「あ、うん」 システム通知を開く。 そこにはイベントクエストの通知が届いており、なんというか力の抜けるようなおかしな物事がごっちゃりと書かれていた。 シリカ「ユイちゃん、これって……」 ユイ 「……カーディナルシステムが更新されています。 というか、システム自体が全て更新されていて、 これはもう……機械で動いているのとは違った……え、えと。 なんて喩えればいいんでしょうか。魔法……みたいなもの、でしょうか」 などと、ユイが言葉に迷っていた時だった。 突如として木漏れ日がさらに眩しくなり、自分の影が草むらにくっきりと濃く映る。驚いて手で影を作りながら空を見上げると、どこまでも続いてそうな青の中、巨大な樹で出来たような城が浮いていた。 見る人が見ればラピュタだと叫ぶような概観と、実際に浮いているそれを見たシリカは軽く興奮し、ぱああと目を輝かせる。 声 『あーあーあー! 本日は晴天なり! 本日は晴天なり! やあ皆々様、元気してるかなー!? 私の名はオベイロン! 妖精王の影から生まれた偽オベイロンだ! 今日はみんなにとってもステキなプレゼントをしちゃうぞう!?』 ……なんか語り出した。 遠くて人の姿など見えないが、オベイロンという人が叫んでいるらしい。 声 『えー、本日早朝! 興奮しながら病院へ駆け込んだ一人の男性が逮捕されました! 名前は須郷伸之! ALO管理者の一人であり、 SAOサーバーを流用して悪事を働いていた人物である! 彼は寝たきりの少女を無理矢理自分と結婚させ、財産を得るつもりでした! そんな彼がつい先日までこの世界の王、オベイロンとして君臨してたんですが、 まあちゃんとやれ須郷さん? とばかり蹴落としたらログアウトしまして』 ……マテ。いったい何を話し始めているんだこの妖精王さんは。 声 『捕まえてくれたのはアンドリュー・ギルバート・ミルズさん! どうやらお見舞いに来てくれていたらしく、 血走った目で眠っている少女に襲い掛かろうとしている氏を止めに入ったとか。 途端に逆上して手に持ったナイフで襲い掛かってきたらしいのですが、 逆に殴られて一発で気絶したそうです。 あとはこの世界で行っていた悪事の全てを暴露され、お縄につきました。 悪事を暴露したのは僕ですがね! ウハハハハ! ちなみに言うと、先日まで空中都市なんてものもなく、 世界樹攻略は不可能に設定されていました。ですがご安心あれ。 たった今からその幻想をぶち壊し、 攻略出来るようにもなりましたし空中都市ももちろん追加! 外から空を飛んで根性で来ることも出来るようになったので、 きみ達のゲーマーズど根性に期待します!』 ……とんでもないことを言って、告知は終わったようだった。 と思ったのだけど、再生ゲージはまだ残っていた。 声 『あ、このメッセージは機械を通じて、全世界に放送されております。 RCTプログレスはもうこのシステムには触れませんし、きっと誰も触れません。 デスゲームになることもないし、攻略不可能な世界など用意しない。 皆様の“楽しい”がどうかここにありますように。 ……へへっ、SAOプレイヤーの誰か一人でも入ってたら、是非攻略してくれ! まだ300人が起きれないで困ってる! そいつら目覚めさせたら、ようやく終わりに出来るんだ! 目覚めさせる鍵はティターニアが持ってる! さあ、悪夢を終わりにする冒険の始まりである!』 え……? と、シリカとユイの口が動いた。 この場には居ないが、キリトの口も。 声 『───この放送は、ソードアートオンラインで死亡して、 サーバーに意識のみを残して本体は燃やされた、 ギルド・ジークフリードのメンバー……ナナシの提供でお送り致しました』 シリカ「えっ───!?」 ユイ 「そんなっ!」 驚愕が走る。 だが、喋り方や発音の仕方、そもそも声自体がまさしくそれだったために、すとんと受け入れることが出来た。 大体、妙に常識を破壊するのが好きな人だったのだ。 あの人以外ではこうはいかないとはいえ、そんな奇跡を信じるのもいいかもしれないと思えた。今ここに居るシリカも、すずらん亭に居るキリトも。 声 『あ、ついでに一言。義理のオカーサマー! 見てるー!? あなたの大嫌いなゴミクズ以下の名無子だよー! あなたとその夫に一言もの申す! ───人を見る目なさすぎだバッカモーン! あんなタコをアスナの結婚相手に選ぶなぞアホかね貴様らは! と、はい! そんなわけで文句はここまで!』 誰もがポカンと口をあけているであろう瞬間に、彼はまだまだ喋ってゆく。 声 『ここALOはユグドラシル・シティの世界の一部として管理され、 これからも生きていくのでみなさんよろしく! もはや機械で動いてるんじゃなく、不思議な力で動いてるけど大丈夫! このナナシは、きみ達が裏切らない限り裏切らないと誓おう! 楽しいはここにある! 好みに合わんという人は別の世界を目指してくれ! ソード・アート・オンラインの世界にも行けるから、 デスゲームじゃないあの世界をもう一度って思える人は是非どうぞ! SAO事件で死んでしまった人の……まあその、意思というか魂? みたいなものもあって、そこには存在してるから、 目の前で死んじゃった人にとってはトラウマかもしれんけど』 この言葉に、すずらん亭に居たキリトは喉を鳴らした。 アニールブレードを手に入れる際、そのクエストで死んだ人物を思い出したからだ。 声 『世界はこれからも創られていきます。それこそ想像が創造を生む限り。 まあそこに辿り着くにはまずこのクエストを攻略しなけりゃなりません。 つまりは───楽しいを存分に味わうためにも! 私を倒してみるがいい!!』 どーん、とか鳴ってそうな言葉だった。 シリカもキリトもいつかのまんまなかつての仲間の反応に笑い、どうして存在していられたのかはさておいてでも、喜ぶことにした。 だって、楽しそうだったから。 裏切ってしまった自分たちは許されないかもしれないが、楽しいことが好きな彼が楽しそうならばと笑った。 声 『うお……また謝罪の念が。 あ、あのー、誰だか知らんけど、俺別に裏切られたとか思ってないからねー? あんなの、人として当然の反応なんだから。 むしろ俺、助かるためとはいえ茅場さん殺しちゃった殺人者だよ? 怖がっていいから感謝とか謝罪とかやめようよもう。 え、えー、そんなわけで! 全世界の諸君! こんな、サーバーにしがみついた電子幽霊みたいな僕が管理するゲームですが! 言いたいことは唯一つ! ……楽しみたいならリンクスタート! やり方はとっても簡単! ナーヴギアでもアミュスフィアでもいいから被って、 リンク・ユグドラシルシティと言えばOK! 初心者修練場がキミを待ってる!』 勝手にべらべら喋られる中、シリカは笑っていた。 笑いながらぽろぽろと涙し、怒ってなどいない上であの性格のままなナナシの反応に喜びを感じていた。 それはキリトも同様であり、現実世界のエギルもリズベットも一緒だった。 声 『ククク、しかし空中都市に辿り着いて高位種族になろうとも、 高位種族になったものはもはやこのイベントには参加出来ぬ。 一人をサポートして辿り着かせて高位種族にし、 のちにそいつに外側から飛んでつれてってもらうという方法は通用しない。 生憎とこの偽妖精王は悪知恵だけは働くのよグオッフォフォ……!! 外側にはガーディアンがたっぷりだからせいぜい苦労するがよいわ!』 うぅわっ……相変わらず、妙なところでクズです……! なんてことを素直に思えてしまえるあたり、やはりナナシさんだなぁとシリカとユイは腹を抱えて笑った。 声 『一人でも到達できれば300人は解放されます。 ちょっとプロテクトが厳重にかけられてて、 どうしてもなにかのスイッチが必要なの。 だからどうせならってこういうイベントにしてみました。 ……仕事ばかりで疲れている人。娯楽に溺れて人付き合いを諦めた人。 勇気がなくて、人を見捨ててしまったことがある人。……誰でもいい。 失敗しても何度でも挑める最高の人助け。───してみませんか?』 ……そんな言葉を、ゲームにログインしている人や、外の人全員が聞いていた。 ある人は立ち止まり、ある人はヘッドホンをしていて聞いてなかったり、眠っていた所為で聞いてなかったり。 けれども耳にした人は、いつか自分の不甲斐なさを“仕方ないさ”と諦めた人は、あの時ああしていればと後悔した人は、確かに今……小さく、拳を握っていた。 声 『誰かがやるから俺はいいや、じゃない。 今から始めたってどうせ上位プレイヤーがクリアするんだろ、じゃない。 そんなものはキミの意思とは関係ない。 やりたいけど、どうせ誰かがやるからいいやって思えたなら、 ほんの僅かでも動こうって意志があったってこと。 どうかその僅かな意思を大切にしてやってください。 ……まあ昇ってきたら全力で潰すがなグオッフォフォ……!!』 いいこと言ってる……と感心してたシリカが盛大にズッコケた。 すずらん亭でじっとしていられず、駆け出した黒好きの少年も盛大にズッコケ、階段から転げ落ちたりしたが気にしちゃいけない。 声 『俺はもう亡霊みたいなもんだから、生きた意志は救えない。 だから俺は魔王できみらは英雄。ボスを倒して魂を救え! そんなクエスト! さあ! 楽しいを始めよう! 僕はここに居るよ!』 そんな言葉を最後に、通信らしきものは途切れた。 じっとしていられなくなったシリカはアイテム欄をもう一度調べ、????から本来の名前に戻っている武具を装着。 懐かしいフォルセティとパリィングダガーが片手ずつに輝いている。 天使のような装備もいつかのままだ。 ただしこの世界の色なのか、少し青が混ざった色に変更されている。 変更といえばケット・シーの特徴なのか、頭に獣耳があった。 両端に結わっているショートツインテールの根元から飛び出ているような耳だ。 意識してみると、ハタタッと揺れた。 不思議だ。 シリカ「それよりも───!」 あの空の果てに居るのだ。 死んでしまい、もう会えない筈の人が。 謝罪なんていらないって言っていたけれど、無理にでも聞いてもらう。 300人を解放して、さらに聞いてもらうんだ。 そこまでしてようやく、あたしのSAO事件は終わるのだから。 SAOに係わった人ならきっと、誰もがそう思ってるに違いない。 それは押し付けの自分勝手な考えだけど、そもそもあの人自身が自分勝手の塊なんだから、文句を言われる筋合いはない。 もう決めたのだ。あたしはあたしのために世界樹を攻略して、アスナさんや他のプレイヤーを救出して、その上でナナシさんに謝罪する。謝罪して、また仲間になるのだ。 喧嘩しても許し合えるから友達。 そんな子供っぽい理屈でさえ、当然のように受け入れられるのがあの人なんだから。 シリカ「いこう! ユイちゃん! ピナッ!」 ユイ 「はいっ!」 ピナ 『キュアアッ!!』 やがて走り出す。 相変わらずの速度特化装備を用いて、あの空に浮かぶ浮遊要塞へと───……! シリカ「……ところで……飛ぶのってどうやるの?」 その日、彼女はAIがズッコケる姿を初めて見たそうな。 Next Top Back