【第二章:ゼロのルイズ】

チュンチュン、チ、チチチ……

ルイズ「ん、んぅう……」

夜が終わり、朝が来る。
みじろぎをしながら心地の良いまどろみを堪能するように寝返りを打つ。
朝が弱い者にとって、この時間はなんとも幸せな時間といえる。
その日も彼女は肌触りのいいベッドに埋もれるようにして、
おきまりの“あと五分”を心の中で唱えながらもう少しもう少しとベッドを愛で───

『アァンタァア!!いつまで寝てんのホントもぉお!!』

乱暴に扉が開けられる音と、聞こえてきた声に身を縮み込ませた。
(え?なに?なんの声?)と混乱した頭で考えるが、混乱しているから頭が回らないのだ。
当然そんな頭でなにを考えても混乱したままなのが世の常である。
そうこうしているうちに急に毛布を剥がされ、
同時に身を襲う風の流れが眠気を少しだけ殺いでいった。

ルイズ 「な、なによ!なにごと!?」
アイルー『ホラ起きる!朝ごはん出来たよ!』
ルイズ 「はえ?そう───ってだだだ誰よあんた!」

目の前に猫が居た。
自分が被っていた、触り心地のいい毛布を畳んでいる猫が。

ルイズ(猫?猫がどうして……って、あ、ああ使い魔ね、そうだった)

昨日召喚したんだっけ、と冴えきっていない頭で答えを出した。
となれば、言うことはひとつ。

ルイズ「朝ごはんって……なに、あんたが作ったの?
    ……いらないわよ、食堂にいけばあるもの」

そう、このトリステイン魔法学院は全寮制で、食事は全て配給される。
料理をする者は平民のコックで、振る舞われる料理はどれも豪勢なものばかり。
だから料理など自分で用意する生徒なんて居ないし、食べたくなければ残せばいい。
そんな、平民から見れば罰当たりな者ばかりが貴族でありメイジだった。

アイルー『馬鹿言ってんじゃないの、朝ごはんは一日の頭のエネルギーの素になるんだよ!
     みのもんたもテレビで言ってたんだから!』

「誰よそれ」と呟き、まだ手放しきっていないまどろみ様を引き寄せながら、
猫が畳んだばかりの毛布を引っ張って身に纏う。
だがその眠気の大半は、毛布から覗く足を引っ張られたことで急激に飛んだ。

ルイズ 「ひゃわぁっ!?ななななにすんのよこのばか猫っ!」
アイルー『いい歳して子供みたいに毛布に恋してるんじゃないの!
     シャキっとしなさいっ!もう!』

そのままズルズルと引っ張られてゆく。
さすがにベッドからはソッと下ろされたが……そうなると、
ベッドから降りたのにいつまでも毛布を抱いているのはヘンだったから、
ルイズは渋々毛布をベッドへ戻した。
……視界がまだぼやけている。見つめるベッドと毛布が恋しかった。

アイルー『あぁもう女の子がそんな目脂つけて……顔洗ってきなさい!』
ルイズ 「うるさいわね使い魔の分際で……あんたの指図なんて受けないわよ……」
アイルー『しょうがないわね、こっちむきなさい《ベッ!》』

見かねた猫が、取り出したハンケチーフに唾を吐き出してルイズの目脂をコシコシと擦る。
ご丁寧に宙に浮いて、唾のついたハンケチーフで。

ルイズ 「んあ……?くさっ!!なななななななにすんのよききき汚いわね!!」
アイルー『ほら〜綺麗になった。女の子は綺麗にしないとダメッ!!』
ルイズ 「こっ……こ、ここここのっ……ばか猫ぉおおおっ!!!」
アイルー『キャーーーッ!!?』

……その朝、とある部屋で巻き起こった爆発は、
目覚めの悪い生徒たちのいい目覚まし時計になったらしい。




「……なにこれ、いい香り」

少しして、猫に着替えを手伝わせたルイズは一人呟いた。
どたばたして気づかなかったが、
部屋の中に充満している香りは少なくとも嗅いだことのない香り。
でも朝のお腹に心地のよい、食欲をそそるいい香りだった。

アイルー『ほんとにもうしょうがない子なんだから……
     ご飯はどうするの?大盛り?中盛り?』

部屋に並べられたものは、全部が全部見たことのないものだった。
料理……なんだろう、けど見たことがない。
でもいい香り……けど食堂に行かなきゃ。
いろいろ葛藤する中で、ルイズが出した結論は……
「少しくらいなら食べても平気よね」、だった。

ルイズ 「ま、まあせっかく使い魔が作ったんだし、食べてやらないこともないけど。
     そうね、軽くでいいわ軽くで。そう、中盛り。
     もう料理長に料理作らせてるもの、それなのに食べてあげるっていうんだから、
     あんたも寛大なご主人様に感謝して───」
アイルー『なァアに言ってんのそんな痩せた体でェエ!!
     女の子はねぇ!ちょっと太ってるくらいが丁度いいの!』
ルイズ 「やっ……!?や、ややややや痩せた体ってななななに……!?
     何処を、何処を指して言ってるわけ……!?
     ああああんた、わざとでしょわざとよねわざとなんでしょそうなんでしょ!!
     あんたもあのツェルプストーみたいに
     むむむむむ胸とか胸とか胸ばっかり太ってる女のほうが───!!
     大体!中盛りか大盛りか訊いてきたのはあんたじゃない!
     なんでご主人様であるわたしが怒鳴られなきゃいけないのよ!
     誰に向かって怒鳴ってるのよ平民のくせに!」
アイルー『口答えするんじゃないのォオ!
     アンタはもうホンット人の揚げ足ばっかり取ってェエ!!』
ルイズ 「口答えしてるのはあんたでしょ!?なによ使い魔のくせに!」
アイルー『いいからさっさとご飯食べちゃいなさい!ほら!』

でんっ!と注いだご飯が目の前に置かれると、その量に面をくらって動けなくなる。
……こんな量、食べたことがない。
けど香りはいいわけで、食べてみたいとお腹が語っている。

ルイズ「………」

仕方なくルイズは……手を彷徨わせた。

ルイズ 「ちょっとナカイデ、ナイフとフォークは何処よ」
アイルー『ノゥ、ソレは箸で食べるもの。ナイフ?フォーク?邪道だぜ?』
ルイズ 「ハシ?ハシって……」

ルイズの手が一番手前に置かれた長細い先の尖ったものを取る。
これで食べろというのだろうか。
……とりあえずナイフとフォークを構えるようにしてみるが、
ナイフとフォークの役目は果たせそうになかった。
と───そんな時。

「ルイズー?開けるわよー」

まるで“否定なんて知ったことじゃない”という声が聞こえたと思うや、
自室のドアは簡単に開かれた。開錠魔術の一種だ。
鍵をかけおいた筈のドアが、いとも簡単にその機能を手放していた。

キュルケ「はーいルイズ」

入ってきたのはルイズのクラスメイトであり、
家柄の関係からも仲があまりよろしくない相手だった。
微熱の二つ名を持つ女性にして、ルイズとは対照的に豊満な体で知られるキュルケ。
そんな理由もあってか、ルイズは即座に食って掛かった。

ルイズ 「ツェルプストー!朝からなんの用よ!勝手に人の部屋に───!」
キュルケ「怒鳴らないでよ、あんたに用があるんじゃないんだから。
     用があって来たのはわたしじゃなくて彼女」
ルイズ 「え?」

キュルケを睨んでいたルイズが、キュルケに促されて後方を向く。
するとそこには、いつの間に滑り込んだのか床に座って猫の料理を食べるクラスメイト、
タバサの姿が。

アイルー『日本料理は美味しいですかニャ?ボクの故郷の味ニャ』
タバサ 「…………おいしい」
アイルー『ニャハハハ、それは嬉しいニャ。たくさんあるから食べるニャ』

小さな口でさくさくと、ペースを落とすことなく食べ続ける青髪の少女タバサ。
おかわりはすぐに差し出され、次のおかわりも、その次も衰えるどころか増していた。

キュルケ「ふぅん……?ルイズったら猫に朝ご飯まで作らせたの?
     部屋も見違えるくらい綺麗だし……ふふっ?」
ルイズ 「な、なによ……自分の使い魔をどう使おうがわたしの勝手じゃない」

笑まれた理由を猫の扱いへのものだと思った彼女は、
そっぽを向きながらバツが悪そうに言う。
けれども事実はそうではなく、
キュルケは自分の姿と彼女の姿をわざとらしく見比べて、もう一度おかしそうに笑んだ。
つられてルイズも比べてみると───未だネグリジェ姿だった。

ルイズ 「こっ、こここれはっ、このばか猫が起こすのが遅いからっ!」
アイルー『そうだ、スゲェだろ』
ルイズ 「ふぇ?」

慌てたために出たでたらめにあっさりと便乗、胸を張る猫に普通に驚いた。
猫は猫でルイズを横目に物凄く似合わないウインクをする。

キュルケ「あら健気じゃない、しっかりご主人様を守るなんて。
     いいのよそんなことしなくても、この子が朝弱いことくらい知ってるもの」
ルイズ 「あ───う、うううるさいわね!誰にだって苦手なものくらい───!」
アイルー『ご主人……弱点だらけニャ《しぱぁん!》ギャニャーーーッ!!』
ルイズ 「あんたは黙ってなさい!」
アイルー『踏んだり蹴ったりニャ……』

杖とは別の鞭が振るわれた。
地味に痛かったし、
いつの間に手にあったのかなど気にする猫ではないからあっさりと流した。

ルイズ 「そ、それより出てってもらえる?着替えなきゃ行けないじゃない」
キュルケ「ふぅん……?ふふ、着替えも使い魔にやってもらう気なんでしょう、ルイズ」
ルイズ 「いいから出て行きなさいよ!べつにわたしの使い魔なんだから、
     わたしがどうしたってあんたには関係ないでしょ!?」
キュルケ「あっはは、はいはい。
     せいぜい唯一の成功をこき使って楽しみなさい、ゼロのルイズ。
     ほらタバサ、もういいでしょ?」

図星を突かれて熱くなった口調はさらりと流され、
キュルケは視線をルイズから親友に移すとその側へと歩きだした。

ルイズ(っ……なによ、ゼロゼロって……!わたしだっていつかは───!)

横を通り過ぎるキュルケを余所に歯を噛み締めた。
好きでゼロなわけじゃない……
だからなんであろうとからかわれたなら言い返さないと気が済まない。
でも、言い返す言葉も見つからなかった。

ルイズ(主人と使い魔は一心同体……
    わたしのメイジとしての能力はあの猫程度ってこと……?)

サラマンダーを呼び出したキュルケに、風韻龍を呼び出したタバサ。
振り向いてみればそこに居るであろう同じクラスの女性たちと比べて、
自分の使い魔のなんと小さいことだろう。
空を飛ぶだけで、馴れ馴れしくてうるさくて、料理が出来るくらいで───

ルイズ(そうだ、料理……)

落ち込んでゆく自分を、思い出した使い魔の料理のことでなんとか繋ぎとめた。
周りからゼロと言われる通り、彼女には家柄以外に秀でたものがない。
日々努力はしているが、その努力にも何処か諦めが混ざっている。
どうせ出来ない、どうせ失敗するだけ、と。
だったらせめて、成功したものの価値を探ることから始めようと、
淡い期待を持ちながら振り向き───

アイルー『完食ニャ!お見事ですニャ!えーと』
タバサ 「タバサ」
アイルー『お見事ですニャ!タバサ!』
キュルケ「わたしはキュルケ。よろしくね、子猫ちゃん」
アイルー『失礼なことを申すな。拙者、こう見えて成人を過ぎた猫。
     姿こそ子猫のままだが列記とした大人である』
キュルケ「あらそうなの?」

……既に、料理が無いことに、気づいた。
つかつかと猫のもとまで歩き、見上げてきたその目を見て言う。

ルイズ 「……もう一度作りなさい」
アイルー『ニャッ?なにをですかニャ?』
ルイズ 「料理!もう一度作りなさい!」
アイルー『ニャニャッ、でもそうするとご主人が学院の授業に間に合わなくなるニャ。
     聞けばここには食堂なるものがあると聞いたニャ。
     それも聞かずに料理を作ってしまったこと、深くごめんなさいニャ』
ルイズ 「え……な、なによ、べつに頭下げるほどのことじゃ───」
アイルー『だからボクもう料理作らないニャ』
ルイズ 「はぇ?」

ヘンテコな声が漏れた。
その態度と声を間近で観察していたキュルケは思わず吹き出し、小さく笑っていた。

アイルー『この世界の住人であるご主人には、
     きっとこの世界の料理が体質的に合ってるのニャ。
     ───さ、着替えを手伝うニャ。お二人ものんびりしてると遅れるニャ』
キュルケ「くふふふっ……そ、そうね、もういい時間だろうし楽しませてもらったから」
ルイズ 「たっ……たた楽しんだってなによ!」
キュルケ「べつになんでもないわ。ただプレゼントを横取りされた女って、
     きっとあんな顔するのねって思っただけよ」
ルイズ 「っ───!」

その言葉にルイズの顔が紅潮する。
“あんな顔”がどんな顔なのかは解らないが、
言われた意味がすとんとストレートに腑に落ちるのが、恥ずかしくてたまらなかった。
言い返そうとしたが、真っ赤になっているうちに二人は部屋を出ていて、
ルイズはきょとんとする猫を見下ろすだけに終わった。






アルヴィーズの食堂。
学院に通う貴族の生徒たちが食を嗜む場所であり、
教室以外で生徒たちが揃う場所に、一人と一匹は立っていた。
黒のマントの下に白いブラウス、
グレーのプリーツスカートという制服には見えない服に身を纏い、
メイジらしいのはせいぜい黒いマントくらいではないだろうかという姿に着替えた彼女が、
猫とともに食堂の一角、並ぶ椅子の一つの前に立つと、猫は椅子を引いて彼女を座らせた。
そうしてから猫は食堂を見渡し、
他の生徒たちがずらりと座る中で疑問に思っていたことを自分のご主人様にぶつけた。

アイルー『ニャニャッ?ボク以外の使い魔が居ないようだけど……なにごとニャ?』
ルイズ 「普通、使い魔は外。あんたはわたしの特別な計らいで連れてきてあげただけ」
アイルー『だったら外に出てるニャ。ボク特別なんて大嫌いニャ』
ルイズ 「主人であるわたしがいいって言ってるのよ」
アイルー『ニャ……解ったニャ』

椅子に座るルイズの少し後ろに立ち、
執事然とした居住まいで主人の食事の終わりを待つことにした。
だがその目に、床に置かれた皿に申し訳程度の肉の欠片が浮くスープと、
さらの端にぽつんと置かれた硬そうな小さなパン二切れが留まる。
それに気づいたのか、ルイズが上から見下ろす風情で「あんたの食事よ」とだけ言った。

アイルー『ありがとうございますニャ。……お百姓さん、料理長さん、
     今朝もささやかな糧を我に与えたもうたことを感謝しますニャ』
ルイズ 「………」

意外や、文句のひとつでも飛ばすと思っていた使い魔の態度に、
ルイズはぽかんと口を開けていた。
ただどうしても気にかかることがあって、気を取り直しては使い魔に言い放つ。

ルイズ「ちょっと、なに平民なんかに感謝してるのよ。
    感謝を捧げるべきは始祖ブリミルと女王陛下へでしょ」

「そんなことも知らないの?」と。
だが猫はといえば首をかしげ「作物を作るのは女王陛下じゃないニャ」とだけ言い、
スープをパンの切れ端につけて食べ始めた。
スープは冷たく冷え切っていて、
パンもガチガチだったが、猫はとても美味しそうに食べていた。

ルイズ(……なんなのよ、この猫)

心の中で溜め息を吐きながら、
ルイズは始祖ブリミルに感謝をしてから糧───朝にしては豪華すぎる料理を口に運んだ。





魔法学院の教室は、大学の講義室のようだった。
違うところといえばそれらが石で出来ているところ。
段差状にある机と、正面の一番下で教鞭を振るう教師。
一番後ろにして一番高い席に座る者にしてみれば、
黒板に書かれた文字など見えないのではと思わせる場所だ。
ルイズと猫が教室に入ると、先に教室に入っていた生徒たちが一斉に振り向いた。
そしてくすくすと笑い始める。
その中で男子の人垣を見た猫がそこを注視してみると、中心にはキュルケが居た。
なるほど、男子に好かれそうな容姿をしている。

アイルー(なるほど、巨乳はどの世界でも共通言語か。
     そこに愛が無ければどうでもいいけど)

興味なさそうに溜め息を吐くと、ルイズが座った席の比較的近くの段差に立つ。
どうにも貴族というのは平民が自分と同等なのが気に入らないらしい。
それを初日で理解した故の行動だった。

ほどなくして、紫色のローブに身を纏った中年女性が入ってきた。
先生なのだろう。シュヴルーズという名の彼女は、
教壇に立つとにこやかな笑みで生徒たちを見渡した。

アイルー(……魔法の授業って、そういや受けるの初めてだったっけ)

簡単な自己紹介と、始まった授業を前に眠そうに欠伸をする猫。
基本的に授業的なものが苦手な彼は、
以前居た世界でも修行らしい修行、授業らしい授業をしたこともやったこともない。
一度だけしたこともあったが、今ではどうでもいいことだった。

ルイズ「……ちょっと、なに欠伸なんかしてるのよ」

ぴんっ、と耳が跳ねた。
猫が振り向いた先には、面白くなさそうな顔で自分を睨む主人の姿が。

アイルー『退屈ニャ。逃げてもいいニャ?』
ルイズ 「いいわけないでしょ。なによ、従順になったと思ったらいきなりそれ?」
アイルー『暇なんだニャ……面白くないのは嫌いなのニャ……。
     さっきから聞いてれば魔法の四大系統は四つだとか五つだとか……。
     ボクが居た世界とは違いが多すぎて、学ぶ気にもなれないニャ……』
ルイズ 「違いってなによ。魔法系統が火、水、土、風なのは当然でしょ?」
アイルー『それと伝説の系統“虚無”を合わせて五つって言ってたニャ。
     ボクの世界だと属性系統は13コあったニャ』
ルイズ 「なに言ってんのよ、そんなにあるわけないでしょ」
アイルー『あるニャ』
ルイズ 「ない」
アイルー『あるったらあるニャ!』
ルイズ 「ないったらないっ!───あ」

つい大声をあげてしまい、生徒たちの視線に気づいたルイズはハッとして固まった。
いつの間にか立ち上がっていたらしい身体を所在無げに縮み込ませ、
顔を真っ赤にさせながら座ろうとする。

シュヴルーズ「ミス・ヴァリエール。授業中の私語は慎みなさい」
ルイズ   「は、はい、すいません……」
シュヴルーズ「おしゃべりをしている暇があるのなら、あなたにやってもらいましょう。
       ここにある石ころを、望む金属に変えてごらんなさい」
アイルー  『ニャニャッ?ネンキンというやつニャ?』
ルイズ   「錬金よ」

そう言うルイズだったが、立ち上がろうとしない。
困ったようにもじもじするだけだった。

シュヴルーズ「ミス・ヴァリーエル!どうしましたか!」
キュルケ  「先生、やめておいたほうがいいと思いますけど」

降りてこない生徒を眺め、
コツコツと石を小突くシュヴルーズに、キュルケがきっぱりと言う。
「危険ですから」と。その言葉に教室中の生徒が大仰に頷いた。
その態度に、ルイズが無言で立ち上がった。
即座にキュルケが蒼白な顔で「ルイズ、やめて」と言うが、聞こえてなどいなかった。
頭を支配するのは悔しさと苛立ちと緊張。
彼女の二つ名を知る者は彼女に魔法を使えなど言わない。
それがどういう結果に繋がるかを知っているからだ。
だが運が悪いことに、シュヴルーズがルイズに教えるのは初めてのこと。
他の教師から“ミス・ヴァリエールは努力家だ”ということしか聞いていない彼女は、
「失敗を恐れていては何もできませんよ?」と教師然とした風情で笑んでいた。

 のちに、大爆発。

土系統の基本、錬金を発動させた筈のルイズの目の前で爆発が巻き起こり、
教卓を挟んだ向かい側に立っていたシュヴルーズはその勢いで黒板にめりこんだ。
見事な壁画の完成である。

ルイズ「……けぽっ、こほっ…………ちょっと、失敗したみたいね」

かたや、煤だらけになり黒い煙を吐く、杖を振りかざしたままの桃色少女。
その言葉に激昂した生徒たちが口々に罵倒を飛ばすが、
ルイズは慣れたもののように振る舞って席に戻った。
……のだが、教師が気絶していては授業続行が成るわけもなく。
授業は自習扱いとなり、その間中ルイズには罰としての片付けが命じられた。
魔法を使って直してはいけないという文句だったが、
使えないからゼロである彼女にはあまり意味のない文句だった。

ルイズ 「………」
アイルー『………』

無言の片付けが続く。
既に教室には誰もおらず、一組の主人と使い魔が揃って掃除をしているだけだった。

ルイズ 「……なにか、言いなさいよ」
アイルー『グヘヘヘヘ、サボって逃げちまいやせんか旦那ァ《しぱぁん!》ギャーーイ!』
ルイズ 「貴族は逃げたりしないわよ!
     自分でしたことの責任くらい……っ、わたしにだって取れるもの……!」
アイルー『じゃあボクはサボっていいニャ?《しぱぁん!》ギャアーーーーッ!!』
ルイズ 「あんたわたしの使い魔でしょ!?
     主人と使い魔は一心同体なんだからあんたが手伝うのは当然のことなの!」
アイルー『じゃあ食べるものも一緒に出来るニャ?一心同体のご主人。
     冷たいスープと硬いパンで我慢出来るニャ?』
ルイズ 「貴族はあんなもの食べないわよ、あれはあんた用。
     どうしてご主人様のわたしがあんたに合わせなきゃならないのよ」

貴族である以上は平民より上。
一心同体と言おうがそれだけは譲れない。
譲れないというよりは、固定概念として刻まれてしまっているのだ。
だから相手が貴族ならまだしも、平民猫である限りはそんなことを頷けるわけもない。
いや、自分から貴族としての地位が奪われようとも、そんなものを食べるわけがない。

アイルー『解ったニャ、ご主人は……じゃないニャ、
     この世界の貴族というのはとても我が儘で頑固ニャ。
     頭が硬くて、地位だけが全てって思ってるやつらばっかニャ』
ルイズ 「なによ、なにが言いたいのよ」

苛立ちが篭る。
いつものこととはいえ失敗し、
しかもこんな、魔法なら簡単に片付けられることをやらされているのだ。
やりきれない思いと同時に苛立ちが露になるのも当然だ。
そんな彼女の目を真っ直ぐに見て、猫は口を開いた。

アイルー『ご主人、これからボクの分の食事の一切は必要ないニャ。
     ボク、貴族の世話にならなくても生きていけるニャ。
     もちろん変わらずご主人の身の回りの世話はするニャ』

思わず「え?」と口に出かけたが、それを押し込んだ。
ようは意地の張り合いだ。
ここでダメだなんて言ったら使い魔にも馬鹿にされるに決まってる。

ルイズ 「……ふ、ふぅん?そう。解ったわ。
     ご主人様のことを我が儘だとか頑固だとか言う使い魔は
     ご飯抜きにしてやろうと思ってたから丁度よかったわよ」
アイルー『ゴニャッ、成立ニャ。それじゃあさっさとここ片付けちゃうニャ』

(……なによ、嬉しそうに)……心の中の呟きが届く筈もなく、
猫はどこか寂しげな主人を余所に、吹き飛んだ教卓などに手をかけると、
『ご主人、ちょっと目を閉じててほしいニャ』と言って振り向いた。

ルイズ 「なんでよ」
アイルー『それが必要なことだからニャ。お願いしますニャ』

ワケが解らない。
つい今、施しの一つを蹴ったばっかりだというのにこの馴れ馴れしさ。
文句の一つでも飛ばしてやろうと思ったが、
これでは完全に愚痴だと一息を吐いて目を閉じた。
……瞬間、突風が吹く。
驚いて目を開ければ、教室の中はすっかり元通りになっていた。

ルイズ「……なに、これ」

自分が放った魔法の失敗の痕跡がなくなっていた。
もちろん黒板はシュヴルーズ型にヘコんだままだが、
それ以外の目立つ痕跡はなくなっていたのだ。

ルイズ 「あんた、なにしたの」
アイルー『てめーにゃ教えてやんねー!くそしてねろ!!』

まさに外道。
その日二度目の爆発が、正されたばかりの教室で巻き起こった。





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