【第三章:わたしの魔王さま】

結局片付けの全てが終わる頃には昼休みも頃合という時刻に至り、
猫は食堂に行くこともなくうろうろと徘徊していた。
食堂付近には居るのだが、そこに入らずうろついていた。
主人の施しは受けないと言った手前、入るのが躊躇われた、というわけでもない。
あんなところで食事をしても息が詰まるだけだと思っている故だった。
そんな理由からか、

アイルー『頼もう!料理を運ぶ手伝いをするから食を恵んではくださらんか!』

厨房の中に突撃すると、そんなことを口走っていた。
迎えたのは料理長のマルトーだった。
珍しがってか、その横にはメイド姿の少女も居る。

マルトー「なんでぇお前。貴族サマの召使か?」
アイルー『さすらいの使い魔、アイルーですニャ。本日はお願いがあって来ましたニャ。
     配膳を手伝う代わりになにか食べさせてくれないでしょうかニャ』
マルトー「おめぇさんが魔法でも使って配膳するってか。喋るだけでも驚きだってのに」

言うほど驚いてないらしいマルトーは、猫を見下ろしながら豪快に笑った。
よほど面白かったのか傍らの少女……シエスタに賄い料理の皿を持ってこさせると、
「それをそこの端から端まで運んでみな」と言った。
その顔も心底面白がっていた。

アイルー『お任せニャ!』

猫はといえば皿を頭に掲げるように両手で支え、
絶妙なバランスでトカカカカと走ってゆく。
その奇妙なバランス感覚を見せ付けられてマルトーはまた豪快に笑い、腹の痛みに涙した。

シエスタ「あなた、もしかしてミス・ヴァリエールの使い魔になったっていう……」
アイルー『アイルーですニャ。日々を面白く生きるために様々なことに挑戦してますニャ』
シエスタ「シエスタです。貴族の方々をお世話するために、
     ここでご奉公させていただいています」

ペコリとお辞儀する猫につられるように、シエスタも綺麗にお辞儀した。

アイルー『それで、どうですかニャ?お眼鏡に適うと嬉しいですニャ』
マルトー「……おめぇさん、なにか出来るかい?貴族サマみてぇに魔法使ったりだとか」
アイルー『とんでもないニャ、ボク自身は平民ニャ。
     天使の羽とか生えてるけど、それだけの猫ニャ』

ピコピコと天使の羽が動いた。

マルトー「俺としちゃあ構わねぇんだが、なにせ相手が物分りの悪い貴族サマだからなぁ。
     動物が食事を運ぶなんてこと、許すかどうか」
アイルー『大丈夫ですニャ!毛が飛ばないようにすることくらいは出来ますニャ!』
マルトー「うん?そりゃどういう───おぉっ!?」

マルトーが顎を触りつつ貴族の出方を想像していると、
猫が白いなにかに包まれ、人の姿をする。
その姿はまるで、小さい身体をさらにディフォルメしたルイズのようだった。
ご丁寧に「これでどうかしら」とか言いながら手で髪を弾いている。
ぶわさぁと広がる髪が無駄に綺麗だった。

マルトー 「そりゃあ魔法じゃあねぇのか」
ちびルイズ「違うわミスタ……なんだっけ?」
マルトー 「マルトーだ、マルトー」
ちびルイズ「違うわミスタ・マルトー。
      これは魔法じゃなくて、わたしが身に付けているものの力ですわのことよ?」

ヘンテコな言葉遣いに、マルトーは堪えていた笑いを盛大にぶちまけた。
ぶわぁっはっはと豪快に笑い、くすくすと笑うシエスタの肩をパンパンと叩いている。

シエスタ 「使い魔さん、さすがにその姿で配膳はまずいですよ」
ちびルイズ「……それもそうね。あとでご主人様になにをされるか解らないもの。
      じゃあ───ブリュンヒルデ」

ちびっこいルイズが小さく唱えると、その姿が猫のそれに戻ってゆく。
とはいっても薄い膜のようなもので身体を包んでおり、
猫が毛を抜いて散らしてみせると、その毛は膜より先には飛んでいかなかった。
だからって動物に運ばせることを許可するわけにもいかないんだが、
猫はシエスタが持つ銀色のトレーを見ると奪い取り、
そこにデザートらしきものが乗っているのを見ると、
何処に届ければいいのかも訊かずに駆け出してしまった。
それを後悔したのが僅か数秒後。
猫は食堂の真ん中で途方に暮れていた。
丁度ルイズが座る席からは死角になるため、主人に気づかれてはいない。

「なあギーシュ、お前今誰とつきあってるんだよ」
「誰が恋人なんだ?」

困った状況の最中に届いた声に、耳がピンと立つ。
声のした方を見てみれば、その中心に金色の巻き髪に、
フリルのついたシャツを着たキザったらしいメイジが居た。
ご丁寧にバラをシャツのポケットに挿し、髪をさらりと弾いていた。

ギーシュ「つきあう?僕にはそのような特定の女性はいないよ。 
     薔薇は多くの人を楽しませるために咲くのだからね」

自分を薔薇に喩えているそいつは、無駄にくねくねと動きながら喋っている。
だからだろうか、彼のズボンのポケットからコトリと何かが落ちた。
……ガラスで出来た小瓶だった。
猫はハテと思いながらもそれを拾い、せっかくだしとデザートとともにそれを持ち上げる。

アイルー『貴族さん、これ落としたニャ。それとデザートをどうぞニャ』
ギーシュ「ぎっ……そ、それは僕のじゃない。キミはなにを言っているんだい?」

小瓶を見た途端に明らかに苦々しい顔を猫に向けた彼は、
突然そわそわと辺りを気にし始めた。
落とした時点ですぐに拾ってポケットに戻すべきだったのだろうが、
貴族が食事の場で身を折って物を拾うなど有り得ない。
そんな要らないプライドが彼を窮地に追い遣った。

「おお?その香水はもしや、モンモランシーの香水じゃないか?」
「そうだ!それはモンモランシーが自分のためだけに調合する香水!」
「それがギーシュ、お前のポケットから落ちたっていうことは、
 お前は今、モンモランシーと付き合ってるってことだな?」

口々に囃し立てられ、構築されてゆく事実。
人の色恋への興味など湧き出したら止まらないものだ。
実際反論の余地もそこそこに、金髪の彼はどんどんと追い詰められていった。

ギーシュ「違う、いいかい?彼女の名誉のために言っておくが───あ、ケ、ケティ。
     か、彼らは誤解しているんだ。
     いいかい、僕の心の中に住んでいるのはいつもキミだけ───」

言い終えるより先に、食堂に綺麗な炸裂音。
下級生の女の子に頬を叩かれたギーシュは呆然とするが、
その子が足早に去っていくのと入れ替わりにやってきた少女と対面し、顔を青くする。
話にあがった張本人、“香水”のモンモランシーその人だ。

ギーシュ「モンモランシー、誤解だ、
     彼女とはただ一緒にラ・ローシェルの森へ遠乗りをしただけで……」

再び言い終えるより先に、
モンモランシーはテーブルに置かれたワインを掴むと、
その中身をどぷどぷとギーシュの頭の上からかけた。
そしてたった一言。

モンモランシー「うそつき!」

炸裂した平手はおまけだろうか。
二股をかけていたらしい少年はワインの色に染まりながら、
かぐわしく酔ってしまいそうないい匂いを放っていた。

アイルー『ああ……あなたのその香りに酔ってしまいそう……!
     罪作りなオ・ト・コ……♪』

そんな時にそんなことを言うものだから、食堂は笑いの渦に巻き込まれた。
当のギーシュといえばわなわなと震えながら猫を睨むと、怒りに震える声を静かに放った。

ギーシュ「キミは……確かゼロの、ゼロのルイズが召喚した使い魔くんだったね。
     キミが軽率に小瓶を拾ったりするから、二人のレディの名誉に傷がついた。
     どうしてくれるんだね?」

ゼロの、と誇張する声に、騒動の中心に駆けつけていたルイズの肩が僅かに震えた。

アイルー『そうやっていっつもご主人を笑い者にしてるんだから、
     たまには笑われる立場ってのを味わってみなさい、二股貴族』
ルイズ 「え───」
ギーシュ「っ……キミはどうやら、貴族に対する礼を知らないようだな……!」
アイルー『そういう貴方様はレディに対する礼を知らないようですニャ』

どっと笑いに包まれる食堂。
ギーシュは顔をさっと赤くすると、もはや許すまい!と薔薇を突き出し言った。

ギーシュ「よかろう……キミには礼儀というものを教えてやろう。丁度いい腹ごなしだ」
アイルー『生憎二股貴族に教える愛の手ほどきを知らないから、
     ボクから貴方様に教えられることはなにもないニャ』
ギーシュ「……ヴェストリの広場で待っている。そこで決闘をしようじゃないか。
     せいぜい臆病風に吹かれてどこぞに消えてしまわないよう、
     勇気を振り絞りたまえ」

貴族である自分の勝利を確信してか、怒りは次第に晴れてゆき、
愉快さだけを含んだ笑い声が食堂に響いていた。
猫は歩いてゆく貴族の姿を見送りながら、ただボケーと呆けている。

シエスタ「あ、あなた……ころされちゃう……!」
アイルー『いきなり死亡確定!?』

いや、急に現実に引き戻された。

シエスタ「貴族を怒らせたら……!」
アイルー『え?あれ?ちょ───待ってェエエ!!』

だー、と走っていってしまうシエスタを引き止めたが、
立ち止まっても振り向いてくれもせず、彼女は食堂の先に消えていった。
そんな彼女を再びホウケた目で見送った時だ。
「あんた、なにしてるのよ!」という、この世界ではまあ聞き慣れた声が猫の耳に届く。

アイルー『ゴニャッ、これはご主人』
ルイズ 「これはじゃないわよ勝手に決闘の約束なんかして!
     ……今すぐ謝ってきなさい、今なら許してくれるかもしれないから、早くっ」
アイルー『おお、それはこのボクが殺されるからという仮定を根本とした結論ですかニャ』
ルイズ 「そうよ、平民のあんたが貴族であるギーシュに勝てるわけないじゃない」

猫の顔が、むっ、とした顔になる。

アイルー『ご主人。二度目になるけど、
     貴方が召喚したサーヴァントが最強じゃないわけがないニャ。
     ボクは決闘からは逃げないし、そりゃ逃げたくなれば逃げるけど、
     でもあんなヒョーロク玉相手に逃げるほど人として下の道は歩いてないニャ』
ルイズ 「そんなことはどうでもいいの。いい?平民はメイジには絶対に勝てないの。
     あんた怪我することになるわ。ううん、怪我で済んだらいい方よ」
アイルー『おお、ボクが怪我なら相手は瀕死ですニャ?』
ルイズ 「そんなこと出来るわけないじゃない!このわからずや!
     使い魔なら使い魔らしく、ご主人様の言うことを聞けばいいの!」
アイルー『それも一種の忠誠でしょう……だが断る。この博光の最も好むことの一つは。
     二股をかける野郎をこてんぱんにノシてやることだ』

「だからそれが不可能だって言ってるのに───!」……ルイズの言葉を耳から耳へ、
猫は生徒に「ヴェストリの広場ってどこニャ?」と訊ねると、
返ってきた言葉に頷いて走っていってしまった。

ルイズ「ああもう!ほんとに!使い魔のくせに勝手なことばっかりするんだから!」

主人である彼女からしてみれば、もう追うしかなかった。




ギーシュ「諸君!決闘だ!」

うおーっ!と歓声が沸き起こる。

アイルー『諸君!二股だ!』

はぁあ……と歓声が盛り下がる。
ギーシュは口の端をヒクヒクと痙攣させていたが、優雅なポーズでそれを誤魔化していた。
……ヴェストリの広場は魔法学院の敷地内、風と火の塔の間にある中庭である。
日中でも陽があまり差さないそこは、決闘や揉め事をするには打って付けの場所だった。
とはいえ、噂を聞きつけた生徒たちでその場は賑やかだったわけだが。

ギーシュ「とりあえず、逃げずに来たことは褒めてや───」
アイルー『逃げずによく来たな“二股”のギーシュ!
     やはり二股をかけるだけあって度胸は常人の二倍以上か!』

どっと、歓声が笑いに変わった。

ギーシュ「僕の二つ名は“青銅”!二股という不名誉なものではない!」
アイルー『“性道”!?スゲェよあんた!あんた男だいろんな意味で!』
ギーシュ「違う!───キミとは話をするだけ無駄のようだ……!
     すぐに終わらせてもらうよ!」

言うや、ギーシュが手に持った薔薇を振るう。
反動で舞い降りた花びらが地面に落ちると、それは甲冑を着た女戦士の人形になった。

ギーシュ「僕はメイジだ。故に魔法で戦う。よもや文句はあるまいね?」
アイルー『ないけど……えーと、もう始まってる?やっていいの?』
ギーシュ「ああ、存分に来たまえ。もっとも、近寄れたらだけどね」
アイルー『じゃあえーと……みんな聞いてほしいニャ!』

やれ、やれーと囃し立てていた声が途切れる。
「なにが始まるんだ」と生徒の目は猫に注がれ、その猫はこう言った。

アイルー『これから決闘をするわけだけど、これは決闘であるからして、
     平民であるボクにも攻撃権はもちろんあるニャ。
     だからもし貴族が殴られようが負けようが、逆恨みは無しにしてほしいのニャ』

「…………」……静寂。
次いで、場が割れるような爆笑が巻き起こる。
「なにを言うかと思えば!」「平民が貴族に勝てるわけないじゃないか!」
「そもそも近寄れるとでも思ってるのか!?」「ゼロのルイズの使い魔ごときが!」
飛ぶ罵倒と笑い声は絶えない。
そんな渦中にやってきたルイズには、それはもう居心地の悪い場所でしかなかった。
けど言わなきゃいけない。

ルイズ(なんでこんな面倒なことに……っ!それもこれもみんなあいつのせいだわ!)

決闘は禁じられている。
それは貴族同士のもので、貴族と平民の決闘が禁じられているわけじゃない。
だが主人と使い魔とが一心同体ならば、これはもうそんな次元の問題じゃないのだ。
だから止めようと、野次馬生徒たちの人垣を抜けて騒ぎの渦中へと躍り出た。
……出た途端、口が開いたまま閉じなくなった。

ルイズ「……な、なに、あれ……」

最初に目についたのは眩い光。
自分の使い魔が戦闘態勢を取ると、その体が輝き出した。
光は左手の甲から出ているようで、
しかしそれだけでは治まらず、猫の姿を完全に飲み込んだ。
思わず目を閉じてしまい、瞼の裏を突く光が弱まった頃に目を開ける。

「覚悟しろよ貴族野郎……後悔させてやる!《ガンババババォオン!!!》」

視界が開けるより先に聞こえた声と音。
それは猫が居るべき場所から聞こえたのだが、猫が居る筈の場所に猫は居なかった。
代わりに立っているのは……一人の男性。
そう。猫が……自分の使い魔が人の姿になるのを見て、あれだけ騒がしかった野次馬や、
止めようとした筈のルイズは動けなくなってしまっていたのだ。
姿からして平民。
どこかの田舎村の男性が着るような着衣の平民がそこに居た。
だがその両腕と背からは黒の炎が巻き起こり、
背中の炎に至っては、まるで炎の翼のように象られていた。

キュルケ「ちょっとタバサ、あれって───」
タバサ 「魔法の類ではない。一種の呪い的なもの」
キュルケ「呪い?……どっちが本当の姿なの?
     猫が人間になったのか、人間が猫になってたのか」
タバサ 「恐らく後者。猫が料理を作るなんて聞いたことがない」
キュルケ「へえ……」

とても大きな剣を持つ彼の左手の甲が輝く。
いや、輝いているのは使い魔の証のルーンだ。
試しに武器を仕舞ってみれば猫に戻り、武器を握ってみれば人間になった。
それで納得がいったのか、男性……中井出博光は戸惑いを感じながらも、
自己解釈を済ませるとギーシュをギラリと睨みつけた。

中井出「戦闘の意思を爆発させると人間に戻れるのか。
    どれだけ戻ろうとしても戻れなかったのに。
    それでえーと青銅のギーシュっていったっけ。もう始まってるんだよね?」

手に持っていた巨大剣を、背中に括りつけた巨大な鞘にガギンと差し込みながら彼は言う。
それは最後の確認だった。
手に持たなくても篭手という武器を両手に装備している彼にとって、
武器は剣だけではなく篭手でも、そして具足でもあった。

ギーシュ「ああ、いつでも構わないよ。僕のワルキューレを越えられるならね」

優雅に言う彼のその後はたった一言で幕を下ろした。
ハッとなったルイズが「待って」と言うのと、中井出が地面を蹴るのとはほぼ同時。
その瞬間、その場に居た全員が中井出の姿を見失っていた。

ギーシュ「……え?」

ワルキューレが弾け飛んだ。
なにか突風のようなものが通り過ぎていって、後ろから冷たい感じが流れてくる。
これは、体験したことのないこれは、まさか、殺気、というものでは……?
退きながらバッと振り向いたギーシュの視線の先に、果たしてそいつは居た。
にこりと笑う、どこからどう見ても平民な男。
その右手に集う光と、嫌な予感が貴族である彼を恐怖に陥れる。

ギーシュ「ふ、ふんっ、速いだけでは僕には勝てないよ───!」

今度は薔薇を二度振るう。
落ちる花びらは六枚。その枚数の数だけ、ワルキューレとよばれるゴーレムが誕生した。
土の魔法系統を得意とする彼は魔法でゴーレムを作る。
その身体は硬く、武器は剣そのものの斬れ味をもっている。
ルイズは再び止めようとするも、時既に遅し。
六体のワルキューレがギーシュの号令を合図に中井出へと襲いかかる。
足が速いようだけど、平民があんな攻撃に耐えられるわけがない。
ヘタをすれば死んでしまう。
自分の、使い魔が。

ルイズ「やめ───!」
中井出「フン《ゴギンガンギンゴンッ!》フフン《ギギンゴンギンガンッ!》」
ルイズ「───……て?」

いや、死ぬどころか傷ひとつ負わなかった。
動転してたのかそのまま刃を振り下ろさせたギーシュが、あまりの出来事に腰を抜かす。
刃で切り付けたのに弾かれたのだ。
真実、傷など少しもない。

ルイズ「あ、あ……あんた、なにもの……?」
中井出「ん?おおご主人。何者もなにも。
    貴様の使い魔にして、召喚される前の世界では“魔王”の二つ名を持ってた者だ」
ルイズ「まっ───!?」

生徒たちが驚愕した。
「平民なのに魔王?」「いや、欺くための擬態なのかも」などなど、
思うことを口に出してはどよめく。

中井出「ククク、さあ立ち上がれ貴族よ。この博光に礼儀というものを教えるんだろ?」

言うや、彼を中心とした地面に炎の輪が燃え上がる。
次いで腕の奇妙な紋章からは黒と赤を混ぜたような炎がさらに吹き荒れ、
だが彼自身を燃やすこともなく───ギーシュに歩み寄ってゆく。
その姿はまさに魔王。
近寄られたことに驚いたのか、ギーシュが一体のワルキューレを向かわせるが、
右手から放たれた緑色の光弾が当たると爆発を起こして塵となる。

「ま、魔法だ!」
「でもなんにも唱えてなかったぞ!?」
「じゃあ───先住魔法……!?」

周囲が騒ぐが、その騒ぎが耳に届けば届くほど震えるのはギーシュだけだ。
観衆の不安が大きければ大きいほど彼は冷や汗を流し、目の前の男を見ては喉を鳴らす。

ギーシュ(あれはゼロのルイズの使い魔の筈。
     なのになぜ魔法……それも先住魔法を……?
     じょ、冗談じゃない、なにもしないで魔法を放ってくるなんて、そんな!)

かたや、人間になってしまった使い魔を見る主人の目は……案外輝いていた。
喋って飛べて人になれてしかも魔王な猫。
姿が平民なのはアレだけど、でもあのギーシュを確実に追い詰めている。
心が躍った。わたしは凄い使い魔を引き当てたのだと。
と、そこまで考えてみて、さぁっ、と真っ青になった。
じゃあ、魔王な彼にいろいろ命令したり罵倒を飛ばしたりした自分はどうなるのかと。
ギーシュですら歯が立たない。
当たるところに当たれば人の骨くらい簡単に折ってしまいそうなワルキューレの一撃。
それを何度受けても平然としている相手に、いろいろ言ってしまった自分は───

 ごぅうんっ!

ルイズ「ひぃっ!?」

中井出が歩くたびにギーシュが下がるものだから、
ぐるぐるとそこら中を歩くことになっていた。
そんな彼が背中の剣を鞘から抜いて振るうのと、ルイズの位置が丁度一致した。
鼻先を、巨大な剣が通り過ぎる。

ルイズ「あ、あうあ、うう……!ご、ごご、ご……ごしゅっ、しゅじ、じじっ……!」

ご主人様に向かってなにすんのよ、とでも言ってやりたかったのだが、
瞬間的に“自分は死ぬんだ”って妙に悟るような刹那が目の前を通り過ぎたために、
追ってやって来た恐怖が彼女に饒舌を許さなかった。

キュルケ「すごい剣……でも、あれって振るえるのかしら」
タバサ 「でなければ片手で持つのは不可能」
キュルケ「うわ……」

自分の身の丈よりも長い剣を彼は片手で持っていた。
大剣どころの騒ぎではない、巨大剣と銘打つのが丁度いいくらいの剣。
それを見て悲鳴を上げたくなったのはもちろんギーシュだ。

中井出「我が二つ名は“魔王”。
    戦士だから剣でもなんでも、武器になるものはなんでも使う。
    よもや、文句はあるまいね?」

彼を知る者が見れば、「彼らしくもない」と口々に言うところだろう。
戦いが始まった瞬間、どんな手を以ってでも敵に勝つのが彼の常套手段。
卑怯者と呼ばれようがクズと言われようが勝つことこそが大事である。
そしてなにより楽しむことこそが大事。
そういう信念の下に行動する彼にとって、
ぐだぐだと話をするのは好ましいものではない。

中井出 「お覚悟、よろしいか?」
ギーシュ「はっ……は、く、……っ!?」

風に飛ばされたのだろう。
なにかの花びらが飛んできて、中井出が持つ剣の刃に付着すると───
まるで最初から二枚の花びらだったかのように、自然に、ゆるりと花びらが切れた。
振るってもいないのに切れるなんてどうかしている。
もうギーシュの頭の中はワケの分からないことでいっぱいだった。
だが自分は貴族である。たとえ立たぬ腰で無様に後退ろうとも貴族なのだ。
だから少しも戦わないうちに杖を納めることなど出来ない。

ギーシュ「いけっ、ワルキューレ!」

それが最後の言葉だった。
命令を聞いて襲い掛かったワルキューレの全てが斬り裂かれた瞬間に爆発し、
その音に驚いた時には彼は抱え上げられており、跳躍とともに地面に───

中井出「トルネードフィッシャーマンズスープレックスゥッ!!」

ぎょぐるしゃー!と捻りを加えた跳躍落下式スープレックスで夢の世界へ旅立った。




「平民が勝った!」

ノビたギーシュをぽかーんと眺めていた生徒の一人がそう叫んだのがきっかけだった。
他の連中も次々と騒ぎ出し、平民の勝利と魔王疑惑に華を咲かせている。
そんな喧噪に勇気をもらってか、ご主人様である彼女は「うん」と頷くと、
ゆっくりとだがガッチゴチになって使い魔であり魔王であるらしい彼に歩み寄っていった。

ルイズ「ちょっ───ちょちょちょちょっとあんた!?はなっ、はな、話、が───!」

いきなり噛んだ。
噛んだらもうまともに話せる自信がなかった。
なにせ魔王であり先住魔法まで使ってしまうバケモノ。
そんな彼を召喚したのが自分で、ご主人様なのだ。
怖い、とても怖いが、従えることが出来ればもう馬鹿にされることもない。
だったら、まあその、怖いけど、なんとか───などと考えているのだ。

中井出「どうしたご主人、ヘンテコな声出して」
ルイズ「ひえっ!?そんなっ!ごごご主人だなんて恐れ多いですわ魔王様!」
中井出「エ?」

いきなり主従が逆転していた。

中井出「いやあの……様とかやめてお願い。
    僕普通がいいの。ほ、ほらー、平民だぞー?」
ルイズ「ごごご冗談を!
    平民が魔法を───それも先住魔法を使えるわけがありませんわ!」
中井出「……先住マホーってなに?つーかあのご主人?ほんとその口調勘弁して?
    いつものようにばか猫だのなんだの言ってくれた方が気安いし、
    俺はそっちの方が落ちつくの。ね?」
ルイズ「ご主人!?ルイズと!ルイズとお呼びください!
    もう呼び捨てで結構ですので!」
中井出「おーい……帰ってきてくれーい……」

カタイ間柄が滅法嫌いな彼にとって、主従関係というのは好ましくはない。
そしてどうせなるなら下についているほうが面白くていい。
主側など遊び以外ではごめんなのだ。
そうして困り果てている彼の腕を、ソッと抱き締めて身を寄せてくる女性が一人。

キュルケ「見物させていただいていましたわ、先ほどの決闘。
     随分とお強いのですわね、魔王様は」

キュルケである。
傍らにはタバサも居る。

中井出 「……あのー、どうして僕の腕を掴んでいるんでしょうか」
キュルケ「それはあなたが魅力的だからですわ、魔王様」
中井出 「どうして僕を魔王様と呼ぶんでしょうか」
キュルケ「それはあなたがご自分の二つ名を魔王と言ったからですわ」
中井出 「じゃあ僕魔王じゃなくていい。だから離してください」
キュルケ「あんっ、そんなところもステキよダーリン!」
中井出 「誰ダーリンって!色気でこの博光に取り入ろうったってそうはいかんぞ!
     俺はえーっとその、色気のある女など苦手なのだ!」

言って、無理矢理キュルケを引っぺがすと離れた位置へと押しやった。

キュルケ「あん、ダーリン!」
中井出 「ダーリンじゃありません!」

嫌な予感がする。彼女は危険だと。
彼には嫌いなものがある。
一つは正義を名乗ってそれが正しいと言い張り、なんでもかんでも好き勝手にやる者。
一つは女だから子供だからといって様々な状況において裁かれない差別。
そして……男が、身体を差し出せばなんでも言うことを聞くと思っている女。
ようするに差別的なものが嫌いであり、
自ら悪を名乗って外道に走ることなどしばしばな人間だった。
魔王でもなんでもない、そう呼ばれただけの、ただの人間。
そして人間、苦手なものや嫌いなものが目の前に現れれば、
それが自分を狙っていれば焦りもする。
故に、言ってしまった。

中井出「俺はね?あのね?こーいう通常よりも下なのがいいの!
    たとえばそう、ご主人───ルイズみたいな!
    ヴォンキュッヴォンはいいの!こういう平らなのがいいの!
    え?ロリコンじゃないよ!ただそういう体系のほうが望ましいって言ってるの!
    だから───……あれ?あの、なんで震えてるのご主人。
    いや……あれ?えっと、どうして杖振りかざすの?
    どうして真っ赤なお顔で僕を睨むの?ちょ───待って!待ってよ!
    どうしてかキミの爆発だけは反射できないんだからそれは待ってほしいよ!?
    やめ───ヴァーーーッ!!」

……その日。ヴェストリの広場の一角で、巨大な爆発が巻き起こった。





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