【第四章:使い魔の一日】

ルイズ「……じゃあ本当にただの人間なの?」

その言葉に大きく頷く、煤だらけの魔王が居た。

中井出「中井出博光と申します。生まれは地球って星の地界って場所。
    で、ここがハルケギニアって世界……じゃなくて大陸か。の、トリステイン王国。
    それから考えるに、俺はルイズの手によって異界召喚されたようですな」

ヴェストリの広場の一件からしばらく。
ルイズの自室でどうしてか正座している中井出を前に、
かたやルイズはベッドに腰かけ首を傾げていた。

ルイズ 「チカイ?チキュウ?なにそれ」
中井出 「オラさ生まれ故郷だがや!……つーわけで離れてください」
キュルケ「あなたはわたしをはしたない女だと思うでしょうね……」
中井出 「うんはしたない」
キュルケ「ああんもう、その包み隠さないところがステキよダーリン!」
中井出 「離してくださいハニー!」

……何故か一緒に居る、キュルケとタバサも混ぜて。

ルイズ 「ちょっとツェルプストー!なに勝手に人の使い魔に手を出してるのよ!」
キュルケ「あら、人間だって解った途端にそれ?
     さっきまで魔王様〜とか言ってたの、誰だったかしら」
ルイズ 「あっ……あ、ああああれはちょっとした失敗で……!
     勘違いなんて誰にでもあるわよ!
     それを言ったらあんただって魔王様とかダダダダダーリンとか!」
キュルケ「あら、魔王って言われていたならそれでいいじゃない。
     それにあの凛々しくも恐ろしい姿……ぞくぞくしてきたじゃない。
     そこらへんに居る男にはない刺激よ」
中井出 「そんなのなくていいです」
キュルケ「これだけ言っても解らない?わたし、あなたに恋してるの」
中井出 「しないでください!」

それからキュルケは自分の中の松明がどーとか微熱がどーとか口上したが、
中井出は別のことに意識を逃がすことで全てをシカトした。
その別のことというのが……

フレイム『………』
中井出 「………」

キュルケの使い魔、フレイムとの会話である。
火のついた尻尾が温かそうである。

フレイム『きゅるきゅる、きゅる』
中井出 「きゅるきゅるきゅる、きゅる」
フレイム『きゅる?きゅるきゅる!』
中井出 「きゅるるきゅるきゅる!きゅるきゅる!」
フレイム『きゅるる〜!』

会話が成立した。
フレイムは嬉しそうにのしのしと歩き、中井出の腹にごしごしと自分の頭を擦り付けた。

ルイズ 「……なにやってんの?」
中井出 「フレイムと話をしておりました」
キュルケ「……?わたし、フレイムのこと紹介したかしら」
中井出 「や、それはフレイム自身から聞きました。
     キュルケは熱くなりやすくて困るって」
フレイム『きゅるっ!?きゅるきゅる!きゅるる!』
中井出 「おおっとしまった!今のは秘密のお話だった!」

言いながらも楽しそうにフレイムとじゃれ合う中井出を見て、二人は固まった。

ルイズ 「ちょっとあんた……解るの?サラマンダーの言葉が」
中井出 「万物是全ての声を聞き取ることが出来ます。
     ドラゴンから草花の声までなんでもござれ。
     たとえば───あ、キュルケさん、なにか武器を貸して?」
キュルケ「ふふ……どうぞ、ダーリン」

艶やかに笑むキュルケの身体が、中井出に押し付けられる。
途端、ルイズの頭が沸騰した。

ルイズ 「ツェツェツェツェツェツェルプストォオーーーーッ!!!
     あんただだだだ誰の使い魔を誘惑してんのよぉーーーーっ!!!」
キュルケ「あら、女の武器といえば身体よ。仕方ないでしょ?わたし、恋してるんだもの」
ルイズ 「なにが仕方ないよ!離れなさい今すぐ!
     あんたもデレデレ───……してないわね」
中井出 「悟りを開いております故、特定の女性にしかトキメきません」

その特定の女性というのがかつての妻である女性なのだが。
男子たる者、結婚したのならば生涯をかけてその者を愛すと誓ったからにはそれを貫く。
それが、差別を嫌う彼の意地である。
もちろん女子たる者も誓ったからには全力で夫を愛するべきだと思っている。
許せないのは離婚と浮気ときている。
だが、彼にはその相手には忘れ去られ、再婚さえされてしまっている。
彼がその誓いを貫く理由など、もうどこにも存在していないのだ。

キュルケ「特定の女性って……広場で言ってた平らな女性のこと?」
ルイズ 「……どうしてわたしを見ながら言うのかしら、ミス・ツェルプストー?」
キュルケ「ダーリンがあなたを喩えに出したんだから当然じゃない」

キリ、と杖を握るルイズが中井出を睨む。
と、「ヒィ!」と小さな悲鳴をあげて身を縮み込ませる中井出。
メイジ相手なら負けはないと思っていた彼にとって、とんだメイジが現れたものだ。

中井出「と、とにかく武器をください。出来れば身近なものがいいんだけど。
    その杖なんてどうでしょう、ルイズ」
ルイズ「……ご主人様って呼んだら、いいわよ」
中井出「ルイズって呼べって言ったのは貴様でしょうが!」
ルイズ「あれはあんたが魔王だと思ったからよ!なによ、結局平民ってことじゃない!
    なのにびくびくしたりして!一生の恥だわ!」
中井出「さて、これなるひと振りの杖」
ルイズ「───え?あれ!?どどどどうして!?」

ルイズの言葉を無視して杖を手にした中井出は、
意識を通してルイズの杖にコンタクトする。
器詠の理力……武器に宿る意志に意識を通す能力だ。
彼は武具から様々なものを読み取ることや、会話をすることも出来る。
よほどに強い意志がなければ会話は無理だが。

中井出「……苦労したな、ルイズ」
ルイズ「な、なによ急に」
中井出「いや……この杖に貴様の一年の時のことを教えてもらってたんだが……」

ほろりと涙がこぼれた。
それを見て意識的にその言葉が真実だと悟ると、顔を真っ赤にさせて───
引き出しから取り出した鞭を、指が白くなるほど握り締めていた。

ルイズ「こここここ、このばか猫ったら、ごごご、ごごご主人様の過去を勝手に……!」
中井出「それは素直にごめんなさい。だが貴方は立派だ!努力家だ!
    諦めない姿勢はどんなものにも勝るでしょう!俺はあんたを見直したよルイズ!」
ルイズ「へ───?」

てっきり馬鹿にされるものだと思っていた彼女は、ぽかんとした表情をする。
白くなった指に赤みが差していた。
褒められるだなんて思わなかったのだ、とんだ不意打ちだ。

中井出「俺も魔法使えないことに嘆いたけど、すぐに諦めてしまったからなぁ。
    や、自分に出来ないことをするヤツは素直に凄いよ。
    それを威張らないのもまたいい」
ルイズ「い───」

威張れるわけがないじゃない、と続ける筈だった声は途中で掠れた。
貴族である限り、魔法は使えて当然。
なのに失敗ばかりのゼロの自分は、
貴族の名だけをもらった平民が、魔法を使おうともがいてるようにしか見えない。
そんな無様な自分が褒められるだなんて思ってもみなかったのだ。
不覚にも、平民で使い魔のなんでもない言葉が、胸を突いた。

ルイズ「ふ、ふんっ!べつにあんたに見直される覚えはないわよ!」

涙が出そうになったから、悪態をついてそっぽを向いた。
こんな時ばかりはキュルケやタバサが来てくれていて助かった。
使い魔に涙を見せる主人なんて、わたしのメイジの像じゃあまったくない。
そんなことを思いながら、
キュルケに言い寄られてヘンな悲鳴をあげている中井出を余所に、目を拭った。

キュルケ「他には?他にはなにかないの?ダーリン」
中井出 「ダーリン言わないって約束できるなら見せましょうハニー!
     じゃないとハニーって言い続けるぞー!嫌でしょ!?嫌だよね!?」
キュルケ「そんなことないわダーリン、とても素敵」
中井出 「助けてぇええええっ!!」

産まれてこのかた、こんなにも情熱的に言い寄られたことのない彼は、もう涙目だった。
主人に涙を見せる使い魔なんて、僕の戦士の像じゃあまったくない。
そんなことを思いながら、何故か自分に集中してる視線に絶望を抱きつつ……涙した。

中井出 「お願いです!僕にもうくっつかないでください!
     僕は既婚者ですよ!?子供も居ますよ!?
     どーだまいったかわりゃわりゃー!」
キュルケ「えぇっ!?き……───既婚、者……?」
中井出 「イエス!……とっくに破棄されてるけどね。
     俺、死んだことになってるし、その上相手は再婚済みだし」
キュルケ「え───じゃあダーリンてばもしかして幽霊?」
タバサ 「───!?」

キュルケの言葉に、
今まで部屋の片隅で難しい本を読んでいたタバサが物凄い勢いで反応する。
物静かで必要なことしか喋らないという、無口で冷静な彼女にしては珍しすぎる反応だ。
心無し、たらりと汗を滲ませているような。

ルイズ「違うのよ、そいつは───」
中井出「うん僕幽霊!」
タバサ「──────ッ!!!!」
中井出「え?あれ?ギャアーーーーーーーッ!!!」

真実を知るルイズが、その真実を語ろうとするや、ソレを遮って嘘を吐く中井出。
瞬間、沈黙の少女が真っ青な顔で声にならない悲鳴をあげ、
中井出目掛けて容赦のない魔法を放ちまくった。
……当然、部屋は吹っ飛んだ。




ボロボロに崩れた自室で、ルイズは頭を抱えていた。
キュルケはばたばたともがくタバサを押さえつけ、
中井出はそんな彼女の前で稲川淳二の怖い話を聞かせていた。
タバサの杖は中井出の手にあり、杖がない彼女は叫ぶしかなかった。

ルイズ「……これ、全部わたしが……?」

修理費で飛ぶであろう金額を想像して頭を痛める。
それもこれも全部、あのばか猫……今は人間だけど、あのばか猫が悪いのだ。
その、タバサが幽霊嫌いなのには驚いたけど。
と、そんな時。杖を失ったタバサが口笛を吹いたかと思うと、
しゅごーーという音のあとに舞い降りる……竜。
すっかり吹き飛んだ壁の外に姿を見せた竜……シルフィードという風韻竜は、
きゅいきゅいと鳴くと、押さえつけられているタバサを見て目を鋭く───!

中井出   「ハロー!マイネームイズ───ナカイデ!」
シルフィード『きゅい!?きゅいきゅいきゅい!』
中井出   「イエス!アナタの言葉、ワカリマス!!ワタァシ中国人のニシさんネ!!
       ごめんうそ、中井出博光と申します。……OH!YES!
       ワタシ困ってるネ!ここの人たちワタシの言うことテンデ聞いてくれない!
       あのね?今シャル───ゲフッ!ゴフッ!
       ……タバサちゃんが押さえつけられてるのは、
       僕のことを幽霊と勘違いしたからなのね」
シルフィード『きゅい……?きゅいきゅい』
中井出   「そうなのね。ちょっと驚かすつもりでやったら、
       お姉様魔法をぶっ放してきたのね。ワタシびっくりしたのね。
       イエス?イエスイエス、ワタシナカイデ。
       アナタ、イルククゥ。きゅいきゅい《がばーっ!》ぐわぁああーーっ!!」

ずしぃん!という音が鳴って、男は潰れた。
話せる相手を見つけて感極まったシルフィードにぶちかまされたのだ。

シルフィード(あなたわたしの言葉解るのね!
       おねえさま以外と話せるなんて、シルフィ嬉しい!きゅいきゅい!)
中井出   (フ、フフフ……そしてタバサちゃんがいろいろ苦労していることも、
       この杖を通して知りました……)
シルフィード(そうなのね。おねえさま、とってもかわいそう。だから───)
中井出   (そこであなたにステキなお知らせ!……だからちょっとどいて?)
シルフィード(よくわからないけどわかったのだわ!)

シルフィードの下でピクピクと痙攣していた中井出は、その重さから解放された。
ボソボソとなにかを話していたこともあって、
部屋に居る三人には妙な目で……特にタバサからは少し冷たい目で見られていた。

中井出「えーと、皆様にご紹介したい子が居ます。
    何分恥ずかしがり屋なので、あまり刺激してやらんでほしいのですが」
タバサ「……杖、返して」
中井出「いやあの、今俺が話して……」
タバサ「返して」
中井出「───…………ある夜の晩、男が一人で忘れ物を取りに学校へ行くと」

無言で耳を塞いだ。
恨めしい顔が中井出へと注がれる。
冷たい目で見られていたのはこれの所為だろうなぁと呟くと、
中井出は首に下げた首飾りをココンと突付く。
するとどうだろう、丸く綺麗な玉から、小さな小さな竜が現れるじゃないか。

ルイズ 「ドッ……ドドドドドラゴンッ!?」
キュルケ「うそっ!サモン・サーヴァント!?詠唱もなしに───!」
タバサ 「───」

小さな竜はパサパサと小さな飛翼をはためかせ、中井出の肩の上へと留まる。
それを見たシルフィードはしきりにきゅいきゅいと鳴きだし、
喜びを言葉で表そうとしていた。

中井出 「紹介するよ。僕の友達のシャモンだ。竜としての名前はイルムナルラ。
     月光竜っていう、月の光を力にする竜だ」
シャモン『クキュウ』

ペコリとお辞儀をする竜。
そんな小さくて礼儀正しく可愛い竜を前に、
珍しさよりも乙女ハートを擽られたキュルケが歓喜する。

キュルケ「やん可愛いじゃな〜い!どうしたのこの竜!やっぱりあなたメイジなの!?」
中井出 「ノー。僕は魔法使いではない。ただの人間、ただの平民だ。
     それとシャモンに向けて手を伸ばさないこと。
     こいつ、俺以外には懐かないから」

言葉通り、キュルケが手を伸ばすと中井出の頭の上に逃げる小さな竜。
コロロロロ……と喉を鳴らし、キュルケを睨んですらいる。

中井出 「それと、本気を出せばここら一帯焦土と化すから本気で気を付けて。
     これ、本気のお願いです」
キュルケ「焦土って。こんなに小さいのに?」
中井出 「とにかく嘘は言ってないから。あまり刺激しないように」
キュルケ「ふぅん……ねえダーリン?あなたの奥さんはその子に心を許してもらえてた?」
中井出 「いや全然。唯一許してたのが、義娘のナギーだけだった」
ルイズ 「あんた、娘まで居たの?」
中井出 「ん……まあ。戦いで死んじまったけどね」

その一言に部屋がしん、と静まり返る。
その空気を敏感に感じ取ってか、中井出は無理矢理明るい話題を搾り出そうとした。
面白いことが好きなだけに、暗い空気が嫌いなのだ。

中井出   「え、えーと、俺には三人の子供が居てさ!
       まあ実の子供は一人だけだったんだけど、
       みんな同じように可愛がってたよ!」
シルフィード『きゅいきゅい、きゅいい?』
中井出   「え?どんな子だったのかって?えーとね、まずナギーは……精霊だった」

ぶはぁっ、と暗い空気の中で噴き出す二人が居た。
ルイズとキュルケだ。

ルイズ 「せっ……せせせせ精霊!?精霊って、あの!?」
キュルケ「ダーリンそれ本当!?精霊の義理の親をするなんて!」
中井出 「ほんとほんと。ちなみにもう一人は義理の息子で、魔王の子だった。
     あ、ここで言う魔王は本当の魔王な?
     ナーヴェルブラングっていう魔王の子だった」
キュルケ「そ、その本物の魔王は───?」
中井出 「え?倒したけど」

……静寂が再び訪れた。
当の中井出は「あれ?俺なんかマズイこと言った?」と首を傾げるが、
この世界でいえば精霊を養子にもらうなんてとんでもないことなのだ。
そもそも精霊は見ることが出来るのかも怪しいというのに、
それを見たと言うばかりか養子にしたというのだ。

ルイズ「ま、まあ、解ったわ、いい、いいわ、ええ。
    そそそそれで?まだ言い残してることがあるなら聞くわよ。
    あとでまた実はアアでした〜とか言われたら、もうほんと引っ叩くわ」
中井出「それもそうだ。じゃあ遅れたけど報告。
    俺に魔法を放たないでください。問答無用で跳ね返しますから」
ルイズ「遅すぎるのよ!このばか猫っ!!」

壊れた部屋を見て、彼女は再び頭を抱えた。
そうなのだ。
タバサが錯乱して放った魔法の全ては反射された。
その光の行き先が何処だったのかといえば、
壊れて吹きさらしになった部屋を見ていただければ想像はつくだろう。

中井出「ああ、それなら大丈夫。
    俺の中の自然の力、大気に漂うマナの光、そしてこの場に咲き誇る自然の恵みよ。
    傷ついた我が友に、生きる力を与えたまえ……」

呟いた中井出が、彼目掛けて集ってゆく緑色の粒子を右手に集めると、
そっと静かに部屋の床へと押し込めた。
すると───みるみるうちに直ってゆくルイズの自室。
今では壊れる前よりも綺麗になり、この部屋だけが新品のように輝いていた。

中井出「はい終了。俺は魔法は使えないけど、
    自然の力を借りて奇跡を起こすことが出来ます。
    語りかける意味で唱えたけど、ほんとは詠唱も要りません」

一同唖然。

中井出「ですが勘違いしないでください。僕は人間で、平民です。
    俺が使える能力のいくつかは、全部俺じゃなくて武具がやってくれていること。
    俺が持つ武具に意志を通せるなら、多分誰だって出来るようになる」
ルイズ「それ貸しなさい」
中井出「ホホホやだ」

ルイズ が おそいかかってきた!
なかいで は にげだした!
しかしまわりこまれてしまった!

ルイズ「ご主人様の命令よ!いいから貸すの!」
中井出「め、命令ですと!?じゃあしょうがないね」
ルイズ「───え?いいの?」
中井出「いいですよ?でもひとつだけ。───死なないでね」
ルイズ「なにそれ、驚かそうっての?
    使い魔のあんたが平気でわたしが平気じゃないわけないじゃない」

中井出は装備の全てを一つの鞘として纏めると、
それをガシャンと持って桃色の少女に渡した。
ルイズの背よりも大きすぎる巨大剣を差した鞘を。
希望を前に盲目にでもなっているのか、
きらきらした目でそれを受け取ると───肩を外して絶叫した。



しばらくののちの、明かりが必要となった時分。

ルイズ「うぐっ……ぐすっ……!なんなのよ!なんなのよなんなのよそれぇっ!
    重いじゃない……!なんてもの持たせるのよ、ばかぁっ……!」

外れた肩を直してもらった桃色さんは泣いていた。
激痛の前では人は平等なのだ。

中井出 「総重量は1トン以上は行くかと。もっとも、俺以外のヤツが持ったらだけど」
キュルケ「それってダーリン専用ってこと?」
中井出 「や、この武具ってば意志持ってるからさ。
     こいつらに認められれば、多分誰でも持てるよ。
     試しに───みんな、ちょっと持たれてやってくれ。
     ………………うん、よし。許可出たから持ってみてくれ、ルイズ」
ルイズ 「ひあうっ!?い、いやよそんなの!
     なんでわたしがそんなの持たなきゃいけないのよ!」
中井出 「ルーーーイズ!貴様人の盟友たちをつかまえて“そんなの”とは何事か!
     こうなったら───鎧化!イン・我が主ルイズ!!」

がしゃんっ、と突き出した巨大な鞘と剣が輝きを放ち、
破裂したと思いきやルイズに襲い掛かる!
ルイズは思わず「きあーーー!」と奇妙な悲鳴を上げて目を閉じたが、
あの泣きたくなるほどの痛みがこないことに安堵しながら、
少しずつ目を開けて───最後にぱちくりと瞬かせた。
身体は……異常ない。
服も……同じだ。ナカイデの服がついてる、なんてことはない。
じゃあなにが?と疑問に思った途端、自分の体が酷く安らぐのを感じた。
喩えるなら、いろんなものが自分と一緒にある感じだ。

ルイズ 「なにこれ、すごい……!」
キュルケ「すごいって、どうすごいのルイズ、ねぇ」

だが周りからしてみれば、なにがどう凄いのかなど解るはずもない。
赤の髪と褐色の肌が特徴の彼女は、もったいつけられているような気分で訊ねる。

ルイズ 「ぽかぽか〜ってなって、じわ〜って……な、なによその目!
     仕方ないでしょ形容しがたいんだから!とにかくすごいのよ!」
中井出 「さ、それじゃあ早速どうぞ。これを貸してあげます」
ルイズ 「え───ちょっと!なによこれ!」

チャラリと、自分の首にかけていたネックレスをルイズにかける中井出。
安っぽい作りのものを急につけられたのが勘に障ったのか、ルイズが声を張り上げる。
だが、それもすぐに治まった。

中井出「……精霊の義娘の形見だ。大事にしてほしい」
ルイズ「かっ……か、形見、って……受け取れないわよそんなの!」

そもそもなんだって急にわたしにネックレスなんか。
もしかしてこいつ、わたしに気があるの?
そういえばわたしみたいな体系が好みだとか言ってたような。
でもでも既婚者だって言ってたし、
でもでもでも別れたとか忘れられたとか……ああもうワケが解らないわよ!
と、忙しい葛藤がルイズの中で巻き起こっている。

中井出「いや、あげるんじゃなくて貸してあげるだけね?無くしたり壊したりしたら僕、
    いくら相手がご主人でも激怒のあまりになにするか解らないよ?」
ルイズ「あずっ……そ、そうよね!解ってたわよ!?仕方ないわね預かってやるわよ!
    ……だからなに笑ってるのよキュルケ!」

自分の予想が間違っていることに気づくと、
顔が灼熱するのを感じたルイズは、笑いながら自分を見るキュルケに抗議する。
が、当然笑われるだけで主だった返事など返ってきはしなかった。

ルイズ 「それで!?なんなのよこれ!」
中井出 「うむ!それはナビネックレスといって、
     使い方によっては今すぐ魔法が使えるようになる不思議アイテムである!」
ルイズ 「うそつくんじゃないわよ!
     こんな安っぽいネックレス着けるだけで魔法が使えたら苦労しないわよ!」
キュルケ「ダーリン、そんな小さいのがそれだけのマジックアイテムだっていうの?」
中井出 「フいてねー!事実だ!なんで信じねーんだよてめーら!」

偉そうな態度から一変して追い詰められた平民の顔をする。
その表情が面白かったのか、ルイズとキュルケはさらにさらにと言葉巧みに追い詰めるが、

タバサ 「論より証拠」
中井出 「おおタバサちゃん!その通りだ!じゃあルイズ、ちょっといい?」
ルイズ 「え───な、なによ」

タバサの言葉に表情を戻した彼は、
オモチャを見つけた顔でにじり寄ってきていたルイズの後ろに回った。

中井出「まず一つ。視界の端っこに妙な文字があるでしょ。多分読めねーと思うけど」
ルイズ「……あるわ。けど読めるわよ、馬鹿にしてるの?」
中井出「あれ?……まあいいや、じゃあまずジョブ設定っていうのを選んで。
    その項目を開きたいって思うだけでいいから」
ルイズ「ちょっと、なんなのよこれ。そんなことをして魔法が使えたら───」
中井出「いいからいいから。ほらGO」
ルイズ「………」

おそるおそる、といった感じに念を込める。
その念の中にはもちろん、少しの期待も混ざっていないわけじゃない。
ずっと使えなかった魔法が使えるかもしれないのだ、期待がないと言ったらうそになる。

ルイズ「きゃっ!な、なによこれ!文字がいっぱい出てきたわよ!?」
中井出「OK、ルイズはメイジだから魔法使いを選んで。
    つーかそれ選ばなきゃ魔法使えないから。
    さっきと同じ要領ね?押す、って念を込めるだけでいい」
ルイズ「………」

ごくり、と喉が鳴った。
何故って、こんなマジックアイテムは見たことがない。
見たことがないものならば、もしかしたらと思うのも仕方がない。
静かに、ゆっくりと、“魔法使い”の項目が押される。
ポインッ♪という気の抜けた音が印象的だった。
次いでルイズの視界に現れる文字。

“あなたのジョブが魔法使いに設定されました。
 初期魔法プチファイアとファーストエイドが使用可能になります”

そんな文字を、彼女はホケーとした目で見ていた。
(え?なに?これだけ?これだけでもう魔法が使えるの?)といった風情である。

中井出「ようがす。では早速使ってみましょう。
    詠唱呪文は個々の魔法の説明に書いてある通りだから。
    まずは……よし、この剣に向けてプチファイアを打ってみましょう」
ルイズ「…………《こくこく》」

期待が膨らんだ分、こんなにあっさりと使える、という事実に期待がしぼんでゆく。
こんなので使えるなら今までの苦労と苦悩はなんだったのよ、ということになる。
でも心のどこかで期待している自分は隠し切れなかった。
使い魔が構える剣を前にすると、そのわくわくはどんどんと広がっていった。
キュルケがタバサを抱えてシルフィードの後ろに隠れるが、気にならない。
気分が高揚する中で杖を振りかざし、

ルイズ「出でよ灯火!“プチファイア”!」

唱え、突き出す。
するとどうだろう、杖の先から小さな火が放たれ、使い魔の剣へと飛んでいくではないか。

ルイズ 「───え?」
キュルケ「うそっ!成功!?」
中井出 「ほい、これが初級魔法のプチファイアでございます。
     おめでとう、これで貴方は魔法使いだ」

ぽきゅんっ、と剣に吸収される火。
それを見送る目が、光り輝いていた。
光り輝いたままで言う。

ルイズ 「……ツェルプストー、わたしを叩いて」
キュルケ「……あんたがわたしを叩きなさいよ」
ルイズ 「いいからっ!早く!このわたしがいいって言ってるのよ!?」
キュルケ「どこのわたしよ!ほら、これで満足!?」

ムミミミミ……と頬が引っ張られた。

ルイズ 「ひたたたた!いふぁっ!いふぁいじゃない!ひょっとでいいのよ!」
キュルケ「叩けって言ったり痛いって言ったり、わがまま言わないでよ。で、痛いのね?」
ルイズ 「痛いわよ!」

ぱちんっ───離された柔らかい頬をさする。
だがそんな痛みが今は嬉しかった。

ルイズ「使えた……使えたのよね。
    一回だけ成功したんじゃなくて……い、出でよ灯火!“プチファイア”!」

ポンッ!と火が飛ぶ。
もう一度、もう一度。
唱える度に、火が飛ぶ度に、ルイズは確信とともに目を輝かせた。

ルイズ「やった……やったわ!ちぃ姉さま、わたし───!」
中井出「感激してるところ悪いんだけど、説明の続きしていい?」
ルイズ「うふふははははっ!!いいわよっ!?今のわたしは寛大なんだから!」

ない胸を張ってフフンと鼻を鳴らすルイズはご機嫌のようだった。

中井出「まず魔法でございますが、ステータス画面……視界の右下あたりにある文字、
    TPが尽きると使えなくなります」
ルイズ「魔力の限界値みたいなものってこと?」
中井出「そうそう。これはタクティカルポイントと言い、
    無くなっても少し待てば回復します。
    逆を言えば、その数値がある限りはいくらでも魔法が使えます」
ルイズ「そ、そうなの?それで?早く続きを言いなさいよっ」

反抗的だったお嬢様が目を輝かせて続きを促す。
それでも高圧的なのは性分なのだろうか。

中井出「レベルというものがありますね?
    それはネックレスを身に付けてからあなたが得た経験によって上がってゆく、
    魔法使いとしてのランクのようなものです。
    これは思いっきり経験がものを言うものです。
    学習から実戦まで、魔法に関係した行動全てがその経験となり、
    あなたを成長させるでしょう」
ルイズ「……ちょっと、今までわたしが学んできたことはどうなるの?繁栄されないの?」
中井出「我らの世界とここでは属性のそもそもが違います。
    我らの世界にある属性は13個。
    地、水、火、風、雷、氷、光、闇、元、然、時、死、無。
    この世界では伝説の系統とやらを合わせても5つでしょう。
    だからそれは反映されません。でもこれからは違います。
    学んだ全てが経験として蓄積されて、あなたは強くなれます」
ルイズ「……今までのことが無駄だったって言われてる気分だわ」

努力家とまで言われることとなった日々はなんだったのだろう。
桃色の君は、見えない遠くを眺める気分で自室の壁を見つめた。

中井出「まあまあ。というわけで、ゆ〜っくり息を吸ってください。
    この世界でいう魔力がどんなものかを俺は知らんけど、
    我らの世界では魔力自体は自然から発生する感じだったの。
    だから自然を感じること=魔力の向上って方程式があったかもしれんが気にしない
    で次にいこう。自然を感じることが出来れば魔力も確かに向上する。
    この世界の大気にもマナは存在してるみたいだから、
    それを集めることが出来ればTPを消費しなくても魔法が使えるようになります。
    俺が二股のギーシュにやったみたいにね」
ルイズ「じゃああんた、ほんとに魔法なんて使えないの?」
中井出「もちろんですよ。言ったでしょ、俺ゃただの人間だって。
    持ってるものが特種なだけです」

桃色が溜め息を吐いた。
魔王かもしれなかった相手がやっぱりただの人間だったことについてだ。
けど得られたものは大きかった。
これは予想外の取得物だ。

中井出「まあ我らの世界のこととかはそのネックレスに記憶されてると思うから。
    “アイテム”ってところの“貴重品”の項目を開いて、
    “歴史”ってやつを調べてごらんなさい。
    以前の所有者、ナギーが得た情報が並んでる筈だから。
    ただし“コンバート”だけはしちゃならない。
    ルイズ、キミの努力が全て水の泡になる」
ルイズ「な、なによそれ。どういう意味?」

幸せ絶頂状態だったのに、急に胸に濃いモヤが誕生する。
極度に緊張した時に現れるソレによく似ている感覚だった。

中井出「コンバートは以前のネックレスの持ち主の能力を自分に上乗せするものだ。
    だから、自分が経験して手に入れたもの以外が一気に押し寄せる。
    自分で手に入れたものじゃない能力がだ。
    俺はキミにそのネックレスを渡した。それでキミは魔法が使えるようになった。
    けどそれはまだまだ初歩。そこから経験を積んで、
    大魔法使いになるかならないかはキミ次第だ。
    なのにコンバートなんかしてみなさい。確かに大魔法使いにはなれるけど、
    それはあなたが積んできたものとは全く別のものだ」
ルイズ「そ……そうなの。わかったわ、コンバートを押さなければいいのね?
    わたしだってきっかけはどうあれ、自分の経験が生かされないのは嫌だもの。
    その点、これは努力した分だけ成果があるってことなのよね?」
中井出「その通りでございます」

今までの悔しさの分、ルイズは自分の心が躍っているのを感じた。
馬鹿にされないで済むだけじゃない。魔法が使えるというだけじゃない。
頑張ればそれだけ実るという事実が、彼女の視界を滲ませた。
すぐにそっぽを向いて目を擦ると、彼女は早速歴史を開こうとして───振り向いた。

ルイズ「ねぇ」
中井出「うむ?」
ルイズ「その……し、信じてあげるわよ、あんたが別の世界から来た、って。
    だってこんなマジックアイテム、聞いたこともないもの」
中井出「エエ!?まだ信じてなかったの!?どれほど頑固なの僕のルイズ!」
ルイズ「なぁっ!?だ、だだだ誰があんたのルイズよ!」
中井出「いや、僕の主人のルイズを略してみたんだけど」
ルイズ「誤解を受けるような略し方するんじゃないわよ!
    ……け、けどまあいいわ、許してあげる。今のわたしは気分がいいし、
    こんないいものをくれた使い魔には少しくらいやさしくしてあげないとね」
中井出「いや……貸すだけですよ?あげません」
ルイズ「わっ……!わわ解ってるわようるさいわね!」

高揚しすぎていてすっかり自分のものだと思い込んでいた彼女は、
再びそっぽを向いて、今度こそ歴史の紐を解いていった。
その後はどれだけ話し掛けても「うるさいわね!」とか「今忙しいの!」とか、
なにかに夢中になりすぎた気の悪い主婦みたいなことを言っていた。
そんな彼女を見て、コリコリと頭を掻いた中井出はタバサへと向き直る。
いつの間にシルフィードの傍らから移動したのか、ベッドに寝転がっていた少女は、
中井出と目が合うと咄嗟に耳の傍らに自分の手を用意した。

中井出 「ふぅむ……ねぇキュルケ、使い魔って主人の目となり耳となるってほんと?」
キュルケ「そうね。その通りよ」
中井出 「……じゃあ、イルククゥ、ちょっといい?……ブリュンヒルデ」

中井出はルイズからブリュンヒルデを回収すると、
自分に纏わせてシルフィードと向かい合った。
部屋の隅に招き寄せての密談だ。
厳密に言えばシルフィードとではなく、タバサと。

中井出(タバサ、内緒の話をいたしましょう)

シルフィードに話し掛けてから、チラリとタバサを見る。
……ふるふると首を横に振っている。
どうやら確かに聞こえるらしい。

中井出 (あなたの母さまを救ってやれるかもしれませんが、それでも?)
キュルケ「きゃあっ!?」

言葉の途端にがばっと起き上がったタバサに、
ベッドに腰かけていたキュルケが声を上げた。
ベッドから降りるのももどかしくなったのか空を浮き、
タバサは中井出に掴みかからん勢いで距離を詰めて降りると、彼を見上げた。
掴みかかることはしなかったが、服の端をちょんと摘んでいる。
それだけで、彼女の必死さが中井出には解ってしまった。
元々杖を手に取って、彼女の過去を杖から聞いてしまった彼は、
勝手に過去を知ってしまった償いをするつもりだった。
それがこんな目で見上げられたのでは、助けてやらねば男じゃない。

中井出「家、遠いよね?」
タバサ「遠い」
中井出「帰る予定があるのはいつ頃?」
タバサ「次の夏季休暇」
中井出「……よし。じゃあその時だ。一緒に行ってもいいか?」
タバサ「………」

きゅっ、と服が強く握られる。
それは“期待してもいいのか”って訊ねられているようで、
中井出は苦笑気味に笑み、タバサの頭を撫でた。
ゆっくりと、やさしく。

中井出「断言はしてやれないけど、多分大丈夫だ。ダメだったら別の方向で考える。
    絶対に無理っていう常識なんてのは、破壊するためにあるんだ。
    なんだったらタバサをいじめる悪い悪女・イザベラ様から守る悪魔になるも良し。
    え?ナイトじゃないのかって?俺正義って嫌いだから悪魔がいいの」
タバサ「何も訊いてない」
中井出「うん……そうだよね……」

部屋は締め切っているのに、彼にだけは悲しい風が吹いたように感じられた。

中井出「あ、そうそう。今度任務を任された時は俺にも教えてくれ。
    多少は役に立てますぞ」
タバサ「………」

タバサは撫でられ続けながら、静かに頷いた。
そして一言。

タバサ「実力を見てみたい」
中井出「いや……まあいいけどね」

ただでさえ素性の知れない相手なのだから仕方が無い。
中井出はなんだか寂しくなったが、彼女に杖を返すと屈託無く笑った。
会話に置いてけぼりにされたキュルケは一人寂しく、サラマンダーを撫でていた。





中井出「諸君!決闘だ!」

そして真っ暗な深夜。
再びヴェストリの広場に訪れた中井出とタバサ。
諸君もなにも、二人以外は誰も居ないそこで、二人は杖と剣を混じり合わせた。

タバサ「任務はとても危険」
中井出「危険なくらいの方が面白い」

言ってからステップして下がる。
対面する二人を見る姿は広場には無い。
つまり別のところにはあるのだが、二人はそれに気づきながらも向かい合っていた。

タバサ「───、───」

詠唱が始まり、直後に中井出を竜巻が襲う。
だが彼は飛ばされることなく、竜巻の中心で熱を爆発させると竜巻を消し去ってみせた。
しかしその間隙を縫うように放たれた次弾が中井出を襲う。水流での攻撃だ。
洗濯などに使っている水汲み場から、岩さえ砕きかねない水の塊が飛んでくる。
が、それもいとも容易く蒸発させられてしまう。
身体に灼炎を纏った中井出が水流に飛び込んだだけでだ。
熱のケタが違う。
あれは人など一瞬で黒コゲに出来るほどの炎だ。
ウィンディ・アイシクル───氷の矢を幾重にも放つが、
どれもこれも当たる前に蒸発していた。
ならばと唱えたのがエア・ハンマーだった。
どごんっ、という鈍い音。
そのまま突っ込んでくるつもりだった中井出が衝撃を受けて吹き飛んだ。
───次いで詠唱。
氷の矢でダメならば氷の槍を。
吹き飛んだ拍子に散った炎に頷きながら、
タバサは二本作ったうちの一本を中井出へと放った。

中井出「せいっ!」

ごばぁん!───炸裂音がして、氷の槍は破壊された。
無様に倒れたけれど即座に体勢を立て直した彼が剣で斬り滅ぼしたのだ。
───でもこれでチェック。
どんな達人でも剣を振るえば振るっただけ隙が出来る。
そこを狙い、放たれたもう一本の氷の槍が、中井出の脇腹へと───届く前に破裂した。

タバサ「───」

なぜ───目を疑った彼女の視界に、蒼の剣が映ったのはそんな時だった。
見れば、最初の一本を破壊した右手にあった剣は赤。
二本目を破壊した左手に持つ剣は蒼。
一本だった筈の剣が二本になり、ジャベリンを破壊したのだ。
(次を───)杖を振るおうとしたが、
それより早く、目の前に殺気を込めた彼が迫っていた。
思わず後ろに退くが、その程度で距離を置けるほど、彼の疾駆は遅いものではなかった。

 二本の剣が一つになり、そこに雷が篭る。

瞬間、自分は死ぬんだ、と───そんな言葉がすとんと胸に落ちた時、
タバサは自分の喉の奥にとある言葉が爆発しそうになったのを感じた。

 “死にたくない”

母を守るためにやらなければいけないことがある。
母をあんな風にした人達に、返したい報いがある。
そして───そして……

 雷撃が落ちた。

地面を破壊し、地面を抉り、巨大なクレーターを造るほどの雷撃が。
ギガブレイク、と叫んでいたのが耳に残っている。
……そう、彼女は生きていた。
クレーターの中心で尻餅をついて、杖を取りこぼして。
地面に剣を突き立てたままの彼を、どこか怯えた表情で見ていた。
……手が伸ばされた。
反射的にビクッと身体が震えたが、
彼の手は彼女にトドメをさそうとしたわけでも、叩こうとしたわけでもなかった。
ただ、差し伸べられた。
その手は赤い篭手に覆われていて、そこだけ見れば騎士のようだった。
次いで、意図が解らずに視線を手から上へと上げた。
……そこに、笑顔があった。

中井出「小さい身体で、今までよく頑張った。
    俺は武具がなければただの人間だけど──少しくらいはお前の力になれると思う。
    だからさ、たまには少しくらい……人に頼ってみろ、寄りかかってみろ。
    俺はそれを拒まないし、いつでも受け止めてやる。
    ずっと突っ張ってばっかりだとつまらないぞ?
    俺が、お前をつまらない退屈な世界から連れ出してやる」

 “だから、俺と友達になろう、シャルロット”

……杖を通して自分の過去が知られたことは、シルフィードを通して知っていた。
この人が強いことなんて、ギーシュとの決闘の中で気づいていた。
それでも任務についてくるっていうのなら、それなりの覚悟を持ってほしいと思った。
わたしは母のためという動機がある。
だけど彼にはそれに付き合う理由がない。
ならば───と思っていたのに。
……手が、彼が差し伸べた手に乗せられた。
それが無意識で、そうしたことに気づいた時には暖かい雫が目から零れ落ちていた。
ずっと一人で戦ってゆくんだと思っていた。
ずっと誰にも理解されずに、ひとりぼっちなんだと思っていた。
褒めてくれる人もおらず、頭を撫でてくれるやさしい手は、人形だけしか撫でなかった。
それなのに。
つい最近会って、自分の過去を知ったばかりの彼は、
わたしの全てを理解した上で、それでも手を差し伸べてくれた。

タバサは泣いた。
子供の頃のように涙を流した。
忘れていた安堵を感じ、張り詰めた自分が破裂するのを感じながら。
だからだろうか。
思い出したのは子供の頃に読んだ本……イーヴァルディの勇者という本で、
勇者が囚われの姫を救い出すという物語だった。
自分は彼になにを見い出したのだろう。
ヘンな人だと思い、強いと感じ、怖いと思い、敵わないと感じ、死んでしまうと思った時、
死にたくないと思って、生きていて、そして───暖かい、と……そう思った。
撫でられた頭が暖かかった。
心に染み渡ってゆくくらい、ただ暖かかったのだ。
他のことなど考えられないくらい暖かくて、タバサは泣いた。
その涙が消えるまで、頭は暖かいままだった。

「なんだ今の音!」
「ヴェストリの広場の方からだ!」

───いや。そうでもなかったもかもしれない。
クレーターが出来るほどの強烈な一撃だったのだ、当然音も凄かった。
何事かと人が集まるのも当然のことで。

中井出「ヤベェエエエエ!!デケェ音出しすぎたぁああっ!!ずらかるぞシャモン!」

ココンッ、とノックした玉から再び小さな竜が現われる。
次いで中井出はタバサをお姫様抱っこで抱きかかえ、
涙目でポカンとする彼女を見下ろすとニコリと笑んだ。
その笑顔と自分が置かれた状況に軽く戸惑うタバサだったが、
次の瞬間に起こった出来事に、普通に驚くこととなる。

シャモン『クワァアカカカカァォオオンッ!!!』

そこらへんを飛んでる鳥くらいの大きさだった竜が、
月の光を浴びた途端にシルフィードよりも大きくなるではないか。
これにはさしものタバサも目を丸くした。

タバサ「これ───」
中井出「シャモンは月光竜だからな。
    月の光を浴びると本領発揮できるんだ。原理は知らん。
    ───しっかり掴まってろよ。結構速いぞ」
タバサ「………」

彼女にしては珍しく、ためらったように手を動かした。
その手は空を彷徨い、やがて───彼の服をきゅっと握るだけで終わった。
中井出は苦笑したが……まるで娘にそうするかのようにやさしく、彼女の頭を撫でた。

 ───月夜の空を、月の竜に乗って風を切った。

広場に集まってきた生徒たちが眼下でなにかを叫んでいるが、
タバサの耳には言葉として届かない。
彼女はただ撫でられる心地よさと暖かさを思い出しながら、
服を掴む手に力を込めると眠るように目を閉じて、静かに言った。

「……イーヴァルディ……」

「?」……耳に届いた声に、視線をタバサに移すが、彼女はもう眠っていた。
募り、張り詰めていたものが解けた今、その寝顔は酷くやすらかなものだった。
中井出はもう一度彼女の頭を撫でると、大きく息を吸って吐いた。

中井出「……親戚が子供だった自分の命を狙ってたなんて……ひでぇよな」

そして呟く。
彼女の過去の一端を。
彼女は命の危機にさらされている。
他でもない、親族から。
心を壊す薬というもので精神破壊を企まれたこともあるが、
それを母が奪い、飲んだ故に母は心を壊した。
タバサという名の人形をシャルロットと呼ぶようになり、
ならばとシャルロットはタバサと名乗るようになった。
その子が、彼の腕の中で眠っている少女である。
命を狙った者は王族であり、タバサの父を殺した存在だった。
彼女は他国の王族の血を持つお姫様だった。
この学院に来るきっかけとなったのは厄介払いとしてのみであり、
そのくせ王はタバサに危険な任務を押し付け、
その最中で死ぬことを願っているという最低な王だった。
父を殺され、母の心が砕かれた。
こんな少女が復讐心を抱いてしまうのも無理はない。
そう思ったら、中井出は彼女をほうっておけなかったのだ。
彼にも娘が居る。タバサよりも歳は上だが、背丈はそう変わらない。

中井出「……ごめんな、紀裡。俺、ここから帰る理由が見つからないわ」

自分はかつて、死ぬ覚悟をした。
実際死ぬほど傷ついて、本気で死ぬんだって思った。
でも生きてて、皆には死んだと思われてて、
誰にも見つからずに無茶やって、また死にかけて、ルイズに召喚された。

中井出(みんなに会いたいか〜って言われたら、そりゃ会いたい)

だが、なによりも面白いことが好きな彼にとって、この世界には未知が溢れていた。
慣れ親しんだ世界よりも、未知を開拓する楽しさを。
それが、彼が出した結論だった。

中井出「アディオス地界!俺、この世界で強く生きていくよ!まあその、使い魔として!」

エイオーと振り上げた篭手が、二つの月の光を浴びて輝いた。
それと同時に、彼はひとまず自分の世界のことを忘れることにした。
死ぬ筈だった自分が生きている。
だったら、この世界で新たな生を感じてみるのも悪くはないと。
それは、たった二日のうちに心に決めた、一つの覚悟だった。





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